4-11. 巫女の姫愛
水曜日の夜、仕事が終わってから姫愛と二人で食事に行った。何となく手羽先気分だったので、名古屋の手羽先のお店に入った。ビールと手羽先とそのほかの料理を頼む。ビールを飲みながら食べる手羽先は美味しいんだよね。
手羽先を食べながら雑談している中で、月曜火曜と仕事が無かったので、ダンジョンのB級ライセンス取得で進展があったか聞いてみることにした。
「それでさあ、姫愛。ダンジョン探索ライセンスのB級を取る話は進んだの?」
「魔獣の斃し方は教わって、何とか4体斃したんだよ」
「え?そうなんだ、凄いね」
「でもまだ4体なんだよ。今日からしばらく仕事だし、こんなペースだったら、いつになったら20体まで行くのだろうって、気が遠くなっちゃうよ」
「何言っているの。まだ始めたばかりじゃない。それに一週間で4体だと言ったって、五週あれば20体なんだから、そんなに時間掛からないと思うけど」
「えー、私は明日にでも仲間にして欲しいのに」
「その気持ちは分かるけど、無理なこと言ってても仕方がないでしょ。それにもう4体斃せているんだし、同じようにやれば良いだけなんだから20体はすぐだよ」
「そうかも知れないけどさぁ」
何だか姫愛が駄々っ子モードに入っている。ダンジョンに入り始めてすぐに4体斃せたんだから、20体なんて時間の問題なのに。私は、駄々をこねている姫愛の言葉は流すことにした。
「それはそうと、姫愛。魔獣の斃し方は誰に教わったの?」
「ダンジョンに潜っている女子高生だよ」
「え?良くそんな親切な女子高生を見つけられたね」
「偶々私が良く行っている喫茶店の常連だったんだよ。部活動でダンジョンに潜っていて、丁度他の子たちもB級ライセンスを取ろうとしているからって、仲間に入れて貰えたんだ」
確かに、ダンジョンに潜ることを部活動でやっている高校があることは聞いたことがあるけど、そんなにあちこちにあるとは思えない。でも、いまそこを突いても得るものも無いか。逆に私に対して変な疑いを持たれたくないし。
「じゃあ、姫愛は、高校生に負けないようにしないとね」
「そうしたいけど、私はこれから毎日仕事でしょ?高校生は毎日ダンジョンに行けるんだよ。だから、高校生の方が早く20体に到達すると思うんだ」
「ああ、そっか。今週末は土日とも仕事だしね」
「そうそう」
「まあ、でも、基本的に仕事が優先だよ」
「そうなんだけどね」
姫愛としては、ダンジョンに行きたい気持ちは強いのだろうけど、根が真面目なので、流石に仕事を放ってまで行くことはしないだろう。
そして、実際、姫愛は仕事を休まなかった。その代わり、仕事終わりに食べに行ったときに、必ずと言っていいくらい、ダンジョンに行きたいという話を聞かされた。
翌週の水曜日、姫愛は少しご機嫌だった。月曜日と火曜日にダンジョンに行けたのが良かったらしい。ただ、女子高生たちは既に14体まで行ったのに、自分は8体なのは不満なようだった。
「良いよなぁ、高校生は。今週中にB級ライセンスが取れちゃうんだもん」
「姫愛だって8体まで来たでしょ。それに今度の週末は日曜日に仕事が無いから、ダンジョンに潜れるんじゃないの?」
「そうなんだよね。今度の日曜日は、頑張って沢山魔獣を斃すつもり」
「その日も、女子高生に手伝ってもらうの?」
「駄目かな?一人でダンジョンに潜るのは心配だし、他に一緒に行って貰えそうな人の当ても無いし」
「まあ、そうだね、無理にお願いしなくても手伝ってくれると言うのなら良いんじゃないの?お礼は後で何か考えるとして」
「うん、そうだよね」
姫愛は、次の日曜日のダンジョン探索に目標を置いて、気持ちが前向きになったようだった。
その翌週の水曜日、仕事の帰りに姫愛と一緒にイタリアンのお店に行った。
赤ワインを飲みながら、ピザやパスタを食べ、仕事の話やら雑談などをしていた。しかし、いつまで経っても姫愛がダンジョンの話に入らない。何かがおかしい。私は会話結界の魔道具を起動してから姫愛に迫ってみた。
「姫愛さ、どうしちゃったの?」
「い、いや、どうもしていないよ?」
「何言ってるのよ?先週は、日曜日にダンジョンに潜って沢山魔獣を斃すんだって言ってたじゃない。それなのに、今日はそれについて何も言っていないよね。凄く変なんだけど」
「あー、そうだったっけ?」
「何をとぼけようとしているんだか。あなたアーネに仲間にして貰ったんでしょ?」
「ねえ、陽夏。こんな場所でその話は不味いんじゃないの?」
「え?ああ、姫愛も十分警戒するようになったんだ。成長したね」
「なにそれ陽夏、何だか私が考え無しのようなことを言って」
「ごめんごめん。そうだね、姫愛が正しいよ。だけど、おまじないしてあるから、いまここだけは大丈夫」
段々誤魔化すのが面倒になってきたので、おまじないと言うことにしてみた。
「何?おまじないって。本当に大丈夫なの?」
「私を信じてよ。それで、仲間にして貰う話はどうだったわけ?」
「いや、何もして貰ってないデスヨ」
怪しいというか、そんな言い方すればバレバレだよ。でも、何を気にしているんだろう。少し揺さぶれば、話してくれるかな。
「ふーん、姫愛ってば、相棒の私にそういう態度を取るんだ」
「だって、黎明殿の巫女の力を貰ったって言うと、陽夏が私に嫉妬しちゃうって」
「ああ、そういう風にアーネに言われたんだ。なるほどね」
多分、アーネはあちこちに吹聴するなという意味で言ったのだろう。それは正しいのだけど、姫愛は私にまでそれを当て嵌めようとしたのだ。巫女の仲間にして貰うことをずっと言っていた私に今更隠そうとしたって無理なんだけどな。黙っていたところで、力の波動を感じるからすぐ分かってしまうのに。ただ、姫愛からは殆ど力を感じない。分かっていなければ気付けないかもしれないレベルだ。姫愛の方は、私から力の波動を感じないのだろうか。一応、力の利用は最小限に抑えているとは言え使っているから、何か感じるんじゃなかと思うんだけど。まあ、いっか。
「大丈夫だよ、姫愛。私は姫愛には嫉妬したりしないから」
「本当に?」
「本当だって。それよりも、私は姫愛が力に押しつぶされちゃうじゃないかって言うことの方が心配だよ」
「力に押しつぶされる?」
「そう。普段持っていない力は、体に負担を強いるからね。力をたくさん使おうとすると、体を壊すかも知れない。姫愛が無茶をして体を壊すんじゃないかって心配になるってこと」
「私は無茶はしないよ」
誰だって、自分は無茶はしないと言うんだけど、実際にはどうだか分からない。巫女の力は護りの力。護る心が強いほど、強い力を出すことができるけど、それって他者を想う気持ちが強いことの証。いざという時に他者を優先してしまう可能性も高い。昨年の夏の柚葉ちゃんのように。姫愛も無茶をしないとは限らないので、釘を刺しておきたいのだけど。
「本当にそう?例えば、私が魔獣に襲われてピンチになって、姫愛が助けようとしても普通の力じゃ助けられないとき、無茶しないって言える?」
「え、そりゃあ、陽夏がピンチだったら、私は何としたって陽夏を助けたいよ」
「姫愛ならそうだよね。だけど、それでもやっぱり無茶しちゃいけないんだよ。私は姫愛が無茶して体を壊すところは見たくない。だから、無茶しなくちゃいけないところまで行っちゃたら、私を見捨てて欲しいんだ」
「何言っているの、陽夏。見捨てろって、そっちの方がよほど無茶を言っているよ。陽夏を見捨ててしまったら、きっとそのあと私、そのことをずっと後悔し続けるよ」
ありがとう、姫愛。でも、私は姫愛を犠牲にしてまで生き延びたいとは思っていない。姫愛は望んで巫女になったけど、本来姫愛を護るべきは、生まれながらにして巫女だった私の方。巫女の役目を捨てた私を護る必要はない。姫愛は、その得た力で他の沢山の護るべき人たちを護ってあげて欲しいと切に願う。
「まあ、まだ姫愛には難しいよね。力を持てば、これからきっと色んな場面で選択を迫られると思うんだ。他人を助けられるってことは素敵なことだけど、でも、まずは自分自身が生き延びなくちゃいけない。それを姫愛には知っておいて欲しいな」
そう、お願いだから、姫愛、自分を大切にして生きて欲しい。




