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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第4章 故郷を離れて (陽夏視点)
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4-7. 柚葉との再会

あの夏の沖縄ロケからあっという間に刻が過ぎ、気が付いたら年が明けていた。いまはもう1月も下旬に入っている。

今日は月曜日でオフの日だった。別に仕事があるからと言って早く起きるわけでもないが、遅めの時間に起きた私は、何か食べるものが無いかとキッチンに行く。妙子さんは庭にいるから洗濯物を干しているのだろう。朝は基本的に自分で何とかすることになっているが、大抵の場合は冷蔵庫におにぎりがあったり、冷凍庫に小分けにされたご飯が凍らせてあったりする。それらは自由に食べて良いことになっていた。今朝は、おにぎりがあった。私は冷蔵庫からおにぎりを二つと、常備されている漬物を出した。おにぎりはレンジで少し温めて、海苔の缶から半分に切られた海苔を二枚取り出し、レトルトの味噌汁をお椀に入れてお湯を注ぐ。これだけあれば、朝食には十分だ。私は用意したものをダイニングのテーブルに運ぶ。飲み物が欲しかったので、冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを出してグラスに注ぎ、ついでに自分の箸を取り出し、それらもテーブルまで持って行った。

「いただきます」

言う相手はいないけど、最早習慣だ。私はお味噌汁を一口飲んでから、おにぎりに海苔を巻いて食べ、お箸で野沢菜の漬物を摘まんで口に入れた。そうして食べていたら、美鈴さんが二階から下りて来た。

「おはようございます、美鈴さん」

「あ、陽夏ちゃん、おはよう」

「美鈴さんもこれから朝ごはんですか」

「そうだよ。昨日遅くなっちゃったからね」

そう言って美鈴さんはキッチンに行った。キッチンの方でガサゴソ音がしている。美鈴さんの朝食は大抵シリアルなので、深い皿にシリアルを盛って牛乳を掛けている音だろう。案の定、美鈴さんがダイニングに戻って来た時には、手にシリアルの入った皿を持っていた。美鈴さんは私の前に座ってスプーンでシリアルを食べ始める。美鈴さんは定職が無く、色々なアルバイトをしている、いわゆるフリーターだった。髪はショートで、いつも黒銀のピン型の髪留めを付けている。切れ長の目の印象で、クールな雰囲気があるが、実は結構人思いで優しいのだ。

「陽夏ちゃんて今日はお休みだよね?」

「そうです」

「じゃあ、後で打ち合いする?」

「ええ、お願いします」

美鈴さんも武の心得があって良く庭で訓練をしている。私も訓練をしているけど、一人だと単調になりがちなので、都合が合うときは美鈴さんに打ち合いの相手をして貰っている。

私はおにぎりを食べ終え、ウーロン茶を飲み干すと、美鈴さんに「お先に」と言って席を立った。食器は軽く洗って食洗機に入れておく。

ダイニングを出た私は二階の自分の部屋に戻った。ベッドに寝転がりながら、今日は何をしようかと考える。午前中は美鈴さんと訓練するとして、午後は洗濯物が溜まっているから洗濯でもするかな。そうしてゴロゴロしていると、いつの間にか時間が経ってしまう。

部屋の前に人が立って扉を叩く音がした。美鈴さんだ。

「陽夏ちゃん、そろそろどう?」

「はい、行きます」

打ち合いのお誘いだ。動き易いようにトレーナーに着替えて下に降り、リビングから庭に出る。武器は庭の倉庫に木剣やら木の槍があって、訓練に使って良いことになっていた。盾も置いてはあるものの、美鈴さんも私も使ったことが無い。私は大抵は木剣か無手、たまに気が向くと木槍を使っていた。美鈴さんも似たようなものだったけど、無手が多いかも知れない。今日は二人とも剣を取った。

「陽夏ちゃん、それじゃあ、始めるよ」

美鈴さんが木剣を構える。それに合わせて、私も木剣を構えた。

「はい、よろしくお願いします」

美鈴さんが打ち込んでくる。その軌道を見て剣で受け、すかさず反撃に入り、美鈴さんの空いた胴に水平に剣を打ち込もうとする。美鈴さんはそれを下がって避け、私が木剣を振り切ったところで前に踏み込み頭上から木剣を振り下ろす。私は振り切った剣を戻しながら、顔の前で美鈴さんの木剣を自分の木剣で受け止めた。

美鈴さんと打ち合いをするときは、身体強化は使わないことにしていた。一人だけ使ったらズルになってしまうと思うからだ。なので、体力を使うし、緊張もする。だけど、全力で打ち合える相手はなかなかいないので、私にとっては楽しい時間だ。二合、三合と打ち合いを続ける。

そうして美鈴さんと打ち合っていたら、玄関に回る通路の方から声がしてきた。

「ちょっとそちらに行かれると困ります」

「いえいえ、大丈夫ですから、お構いなく」

噛み合っていない会話が聞こえたと思って打ち合いを止め、そちらを見たら、建物の脇の通路から女の子が一人庭に出て来た。その後ろを妙子さんが困った顔をしながら付いてきていた。

「柚葉ちゃん」

そう、その女の子は柚葉ちゃんだった。以前会ったときは、後ろで三つ編みにしていたのに対して、いまは頭の後ろで髪をまとめて簪を挿しているけど、その顔は確かに柚葉ちゃんだった。

「陽夏さん、お久しぶりです」

「ええ、お久しぶり。でも、どうしてここに?」

「今後のことでご挨拶に。でも、いまは打ち合いをされているのですよね。よろしければ続けてください。お話はあとで」

柚葉ちゃんは、リビングの前の縁側に座って、見物の姿勢に入った。妙子さんは相変わらず困ったような顔をしていたけど、私が「良いですよ」と言うと、頷いて家の方に戻っていった。

「美鈴さん、続けても良いですか?」

「ええ、どうぞ」

私は美鈴さんとの打ち合いを再開した。柚葉ちゃんは、大人しく美鈴さんと私の打ち合いを見学していた。二合、三合と打ち合ううちに集中力が高まる。柚葉ちゃんに見られていることを忘れて、無心で打ち合いを続ける。

一しきり打ち合ったところで、柚葉ちゃんから声が掛かった。

「陽夏さん、少しだけ私と変わって貰えますか?」

「え?美鈴さんが良ければだけど」

「私は構わないけど、その子はどれくらいできるの?」

「大体私と同じくらいには」

「なら良いわよ」

美鈴さんの了解が得られたので、私は柚葉ちゃんに木剣を渡して場所を譲った。柚葉ちゃんは、木剣を受け取ると、堂々と美鈴さんの前に出た。

「南森柚葉と言います。柚葉と呼んでください。よろしくお願いします」

柚葉ちゃんは挨拶と一緒にお辞儀をした。

「柚葉ちゃんね、よろしく。私は、黒銀美鈴。美鈴と呼んでくれて良いわよ」

「ありがとうございます、美鈴さん。では、行きます」

両者とも木剣を構えると、柚葉ちゃんが打ち込みにいき、美鈴さんが受ける。その後、互いに木剣を打ち合い続けていたが、柚葉ちゃんの動きは、先程までの私の真似をしているように見えた。当然のように打ち合いはスムースに進む。

そこで突然柚葉ちゃんが、動きを変えた。美鈴さんは、その変えた動きにちゃんと付いていっているが、どことなくぎこちない部分があるように見えた。しかし、打ち合いを続けるうちに美鈴さんの動きが洗練されていく。柚葉ちゃんの方は、美鈴さんの打ち込みに安定して冷静に対応できている。

一旦、二人が離れて木剣を構え直した。柚葉ちゃんは、何か満足そうに微笑んでいる。

「美鈴さん、大体分かりました。次の攻撃を躱してみてください」

柚葉ちゃんは、美鈴さんに打ち込みに行く。最初の何合かはいままで通りだったが、フェイントを掛けて打ち込みのタイミングと方向を変えた。美鈴さんがそれを受けて反撃の姿勢を取ろうとするが一歩遅れ、その前に柚葉ちゃんの次の打ち込みが入ろうとしていた。美鈴さんは、それにも対応しようとしたが、態勢が崩れかけ、柚葉ちゃんがその打ち込みを途中で止めて更に別方向からの打ち込みに変えたとき、美鈴さんは対応しきれずに尻餅をついてしまった。

柚葉ちゃんは、木剣を左手に持ち替え、美鈴さんに近づいて、右手を差し伸べた。

「美鈴さん、無茶やってごめんなさい」

「柚葉ちゃんも、随分とやるわね」

美鈴さんは、柚葉ちゃんの手を取った。その一瞬、美鈴さんの顔が歪んだような気がしたが、次の瞬間には普通に笑顔になっていた。

「陽夏さんも、訓練途中で交代して貰ってありがとうございました」

柚葉ちゃんは、私に剣を帰そうとしてきた。

「それは構わないけど、柚葉ちゃんは私に話があって来たんじゃないの?」

「そうですけど、急ぎじゃないので待てますよ」

私は柚葉ちゃんから剣を受け取りつつも、美鈴さんを見た。

「私はまだ続けても良いけど、そろそろお昼も近いし、今日はこれくらいにしておかない?」

美鈴さんが、優しくフォローしてくれた。

「美鈴さん、ありがとうございます。お言葉に甘えて、今日はここまでにさせてください」

「ええ、またやって貰えるわよね?」

「はい、勿論、お願いします」

美鈴さんとの今日の訓練は終わりということで、使った木剣は倉庫に仕舞った。それから、柚葉ちゃんも一緒に家に入り、リビングに行った。

「そういえば、お茶も出してなかったね。ゴメン」

私は冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを出そうとしたら、妙子さんに止められた。

「陽夏さん、私がお茶を出しますから、座っていてください」

「はい、妙子さん、ありがとうございます」

私は妙子さんに素直に従った。妙子さんは、皆の分のお茶を煎れてくれた。

「それで、柚葉ちゃん、話って何?ここでして良いもの?」

「ええ、良いですよ。隠すような話じゃないですから。私、4月から東京に引っ越すことにしたことをお知らせしたかっただけです」

「え?柚葉ちゃん、故郷を離れて良いの?」

「皆と相談してそれが良いと言うことになったので、大丈夫ですよ」

てっきり、巫女は封印の地から離れられないと思っていたので驚いた。

「勿論、家族は残るので、東京に来るのは私一人だけです」

「それじゃあ、一人暮らし?危なくない?」

「そうですね。ここだったら良かったんでしょうけど、残念ながら満室のようですし」

柚葉ちゃんは悩ましげな顔をしたけど、そのあと直ぐにこやかになった。

「なんて、大丈夫ですよ。春の巫女の一族の息の掛かっているところを紹介してもらうことになっているので。今回東京に来たのも、その関係で家を決めるためです」

「それなら良いんだけど」

巫女の一人暮らしなんて危ないのではと思ったけど、考えたら自分にも跳ね返ってくることだった。柚葉ちゃんは、もしかしてその事も気にして私に会いに来てくれたのだろうか?ここだったら良いって言うのは私もいれば安全ってことかな?

考えても答えが出そうにないので、私はそれ以上考えるのを諦めた。

「柚葉ちゃん、取り敢えず話はそれで終わり?そろそろお昼だから、どこかに食べに行こうか?」

「はい、ご一緒します」

私は、柚葉ちゃんを連れて近くの食堂に行った。何故か美鈴さんも一緒に来て、三人で話しながら食事をした。柚葉ちゃんから島の夏祭り後の様子を聞いたり、私の仕事の話をしたり、美鈴さんがどんなバイトをやったことがあるのか聞いたり。あっという間に時間が過ぎた。

話が一段落したら、食堂を後にして、柚葉ちゃんを駅まで送っていった。そう言えば、柚葉ちゃんのスタイルの変化について話を聞かなかったなと思ったのは、柚葉ちゃんと別れた後のことだった。


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