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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第4章 故郷を離れて (陽夏視点)
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4-2. 星華荘

「ただいま」

「あら、陽夏ちゃんお帰りなさい」

星華荘の食堂兼リビングに顔を出したら、管理人をしている妙子さんが私を見て声を掛けてくれた。

星華荘は、いま私が住んでいる賄い付きの下宿の名前だ。管理人をしているのは山花妙子さん。妙子さんは、私より少し年上で、すらりとした美人さんだ。髪は家事をやるのに邪魔にならないようにするためだろう、頭の後ろで纏めている。

「陽夏ちゃんは、外で食べてきたのよね?」

「はい、今日も姫愛と食べに行ってました」

「二人は仲が良いわねぇ。一度会ってみたいから、ここに連れてきたら?」

「ええ、そのうちに」

妙子さんは、世話好きで話好きだ。色んなことを聞きたがってくる。だけど、聞いちゃいけないことは分かるのか、こちらの守りたい一線の中には入ってこない。その絶妙な距離の取り方が、妙子さんと付き合う上での安心感に繋がっているし、誰からも好かれるだろうなと思わせる。

「妙子さん、ただいま。お水貰える?あ、陽夏ちゃん帰ってたんだ」

(がん)さん、お帰りなさい。またお酒の飲み過ぎですか?」

「気を付けちゃあいるんだけど、ついつい飲み過ぎてな」

「巌さん、はい、お水。でも、本当に飲み過ぎには注意してね」

「妙子さん、ありがとう」

巌さんは、妙子さんから水入りのコップを受けとると、一気に飲み干した。

「ふーっ、これで大丈夫だろう。俺はこれで寝るから。お休み」

「お休みなさい」

巌さんは、挨拶するとリビングを出ていった。巌さんが何の仕事をしているのかは聞いたことが無い。飲むのが好きらしく、週末も飲みに出たりするけど、そんなにお酒が強い訳でもなく、良く飲み過ぎて帰ってくる。

ここには他に、大学生の小鳥遊(たかなし)舞依(まい)ちゃん、フリーターの黒銀(くろがね)美鈴さん、学校の用務員をやっていると言う話の細波昌樹さん、先生と呼ばれている本名不明年齢不詳の年配の小父さんが住んでいる。星華荘には、一階は二部屋、二階に四部屋あるのだけど、一階に住んでいるのが巌さんと昌樹さん、二階は奥から先生、美鈴さん、私、舞依ちゃんになっている。

最初の頃は、雑多な人の集まりに見えて、事務所の社長の紹介でなければ来なかったのにと思っていたけど、今ではすっかり慣れて居心地の良さを感じるところになった。

「それじゃ、妙子さん、私も部屋に行きますね」

「はーい。お風呂空いていると思うので、早めに入ってくださいね」

「分かりました」

ここにはお風呂は一つしかない。それで、女子の方が早く入るのが暗黙のルールになっている。私は、リビングから出て、風呂場の入り口の表示を見て、空きになっているのを確認すると二階の自分の部屋に行った。

二階の部屋は六畳間に一間の押入れが一つだけど、窓に面した部分に少し板の間の張り出し部分がある。だから、広さは七畳半ほどある。隣の舞依ちゃんの部屋も入ったことがあるけど、大体同じ造りになっていた。

私は、板の間のところにベッドを置いて、六畳の方にローテーブルにテレビ台、ローソファーと簡易クローゼットを配していた。引き出しはベッドの下と押入れの中にある。

荷物を置いて、部屋着に着替えてから、ベッド下の引き出しから下着の着替えとタオルを取り出して、階下の風呂場に行く。風呂場の入り口の表示を入浴中に切り換えてから、中に入って鍵を閉めた。

脱衣所の篭に着替えを入れると、そこにある洗面台で化粧を落とす。そして服を脱ぐと、それも篭の中に入れて浴室へ行く。浴室では湯船に入る前にシャワーを使って頭と体を一通り洗い、体の汚れを落とす。体が綺麗になったところで、湯船に入る。故郷にいた頃は、最初に体にお湯をかけただけで湯船に入っていたけど、皆が入るお風呂では最初に体を洗うようにと妙子さんに言われ、それ以来その言葉に従っている。今では当たり前の手順になった。

湯船の中で、自分の胸やお腹を見る。そこには無数の傷が付いていた。私が力を使えなくなった原因となる出来事があったときに付いたものだ。その傷は背中にも残っている。


私は、封印の地を護る巫女の本家に生まれ、黎明殿の巫女の力が使えた。私の持っていた力はそれなりに強いものであったのだが、私はより強い力を求めて試行錯誤を繰り返していた。そして高校二年のとき、家の蔵にあった古文書で集束陣のことを知った。集束陣は、光星陣から放たれた光線を集束させて強くするものだった。集束陣を知った私は、ダンジョンに行ってそれを試した。光星陣の向こう側に集束陣を出し、光星陣から放った光星砲の光線を集束陣に当てると、反対側から強力な光線が発射された。しかし、それでも大型の魔獣相手では力不足だった。私は、集束陣に当てる光線を増やせば、集束陣から出る光線が強くなるのではと考え、モノは試しと、集束陣に当てる光星陣を三つに増やしたのだ。そしてそれらの光星陣から放たれた三本の光線が集束陣に集まったとき、砲撃の力を増幅するために大量の力が私の体内を流れた。結果、その大量の力の流れに私の体が耐えられず、体のあちこちに亀裂が走り、私は気絶した。もし、あの時、私が一人だったら、気絶したまま魔獣に襲われて命を落としていただろう。幸いにも同行者がいたお蔭で、ダンジョンから救出され、命を落とさずに済んだ。巫女の力を使えば治癒もできるのだが、救出されたときはどんなものであれ力が流れると体が痛んだため、最低限の治癒しか使えなかった。そのため、体のあちこちに傷が残っている状態だった。傷は力の多くが通るらしい上半身の胴体部分に集中していた。その後、それらの傷は消すこともできたのだが、自分の過ちを忘れたくないという想いもあって、ずっとそのままにしてある。通常、力を使う場合は、自分の体の耐性に応じて力の出力が抑えられるのだが、集束陣にはそのルールが適用されず、利用する上でのリスクとなっていることを後になって知った。ともかくも、そのことがあってから、私は体を流れる力の感覚がトラウマになってしまい、強い力を使うことができなくなってしまった。その結果、私は皆を護るものから、単なる足手纏いになってしまい、故郷の中で肩身の狭い思いをするようになる。家族は気にするなとは言ってくれたが、私はそれが嫌で、高校卒業とともに故郷を飛び出して東京に来たのだった。


そんなことを湯船に入り、体の傷を見ながら思い出していた。このことは、東京に来てから誰にも話したことが無い。そもそも話せる相手もいない。東京には多くの人が住んでいるが、黎明殿の巫女のことなんて知る人はほとんどいないだろう。この辺りにいるとしたら、東の巫女の関係者か黎明殿本部の事務局の関係者だが、私はどちらにも出会ったことが無かったし、会いたいとも思っていなかった。姫愛は、今ではもう親友だけど、流石に巫女のことを一から説明してまで伝えたいとは思わなかった。

湯に浸かって十分に温まった私は、湯船から出て体を拭き、浴室から出た。脱衣所で服を着て、設置されているドライヤーで頭を乾かして廊下に出る。私が風呂場の入り口のプレートを「空き」に戻していたら、ちょうど舞依ちゃんが帰ってきた。舞依ちゃんは、緩くウェーブの掛かったセミロングの髪にしている。大人っぽさを醸したいからと言っていたが、童顔なこともあるのか、大学四年生で既に二十歳を過ぎているのに、いまだに高校生に見られることもあるらしい。

「陽夏さん、ただいま」

「あ、舞依ちゃん、お帰りなさい。いま、ちょうどお風呂から上がったところだよ。舞依ちゃんもお風呂に入ったら?」

「はい、そうですね。早く入るようにします」

そう言いつつ、舞依ちゃんはリビングに入っていった。妙子さんに帰って来たことを言いに行ったのだろう。

私は階段を上って、二階の自分の部屋に戻った。


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