3-30. 魔獣出現予測
大型の魔獣を斃したあと、陽夏と私はダンジョンを出た。勿論、私は元の身体に戻ったのだが、陽夏が元の身体に戻る前に藍寧さんに見てもらった方が良いと言い、そんな陽夏を宥めつつ、裏では念話で藍寧さんに連絡して見てもらって、問題ないことを確認していた。そして、取り敢えず元の体に戻ってみて、問題なくても後で藍寧さんに見てもらうということで、陽夏に納得してもらった。
第五層からダンジョンの入り口まで戻るのは簡単だった。私の力が増えて、探知範囲が大きく広がったため、転移できる距離も伸びたからだ。それで、私が陽夏を連れて入り口まで転移した。
この後夕方から、また仕事で一緒になるのだが、陽夏は一旦自分の家に帰りたいとのことで別れた。そのとき、陽夏の力のことは他の人には秘密にしておくことを約束させられた。
「お師匠様にも内緒なの?バレない自信がないんだけど」
「ああ、柚葉ちゃんなら問題ないよ。知ってるから」
「え?陽夏、お師匠様のこと知っているの?」
「うん、実はね」
陽夏と柚葉ちゃんとの間に、既に繋がりがあるとは思っていなかった。本当に柚葉ちゃんは、どれだけのことを把握しているのだろう。
陽夏と別れ、私も一旦家に帰ることにした。夕方まで休憩して、いつものように喫茶店メゾンディヴェールに行こう。きっと柚葉ちゃんもいるに違いない。
「あら、愛子さん、いらっしゃいませ」
喫茶店メゾンディヴェールの扉を開けると、いつものように琴音さんの声に迎えられた。
「琴音さん、こんばんは」
私はカウンターの向こうに立っていた琴音さんに挨拶した。
「お師匠様、来てますね」
「はい、来ていますよ。愛子さんも行きますよね?」
「行きます。注文良いですか?」
「お願いします」
「いつものキリマンジャロと、今日のパスタは何ですか?」
「ウニのスパゲッティですね」
「じゃあ、それ一つお願いいたします」
「はい、畏まりました。お待ちくださいね」
琴音さんがパスタの準備を始めたのを見届けると、私は二階のリビングに向かった。
リビングでは、柚葉ちゃんがソファに座って寛いでいた。ソファの前のテーブルには、水の入ったデキャンタに、おしぼりと空のコップがあった。私はソファに座ると、早速柚葉ちゃんに報告した。
「お師匠様、課題クリアしました」
「うん、魔獣引き取り窓口に大型の魔獣が届いたって聞いていたから、多分そうじゃないかと思ってた。愛子さん、巫女の力の本質を知ることができたんだよね?」
「はい、分かったと思います。陽夏には随分と迷惑を掛けちゃったけど」
「ダンジョンに一回入っただけで分かったんだから、早いと思うよ」
「お師匠様に褒めて貰えると嬉しいです」
「でも、ダンジョンに一度も入らなくても、出来て良かったんだからね」
「返す言葉もございません」
相変わらず厳しい。でも、微笑んでいるから怒っているのではないと思う。
私は一息ついて、テーブルの上のデキャンタからコップに水を注いで、一口飲んだ。
「ところでお師匠様、聞きたいことが
あるのですが」
「何ですか?」
「5月の時に、私に渋谷に魔獣が出るという話をしていたじゃないですか。お師匠様は、何故渋谷って場所を特定できたのですか?」
「渋谷に特定した理由?それとも特定した方法?」
「理由と方法とがあるのですか?」
「そうですね、今だから言っちゃいますけど、理由の方は簡単だったんですよ。愛子さんが渋谷で仕事があったから」
「は?私の仕事が渋谷だったから、渋谷に特定したんですか?」
「ええ、だって藍寧さんは愛子さんに会おうとしていましたから」
「え?私?」
意外な方向に話が行って吃驚した。
「あの短時間の現場を二度も連続で目撃しておかしいと思いませんでした?どう考えても、愛子さんがターゲットでしょう?」
「私がターゲット?私に見せるために藍寧さんが?」
「まあ、私はそう思ったので、渋谷の時も他の候補を外して渋谷だろうと推測してました。でも、それが正しかったのかどうかは藍寧さんに聞いてください」
「分かりましたけど、驚きです。私は藍寧さんに嵌められたってことですか?」
「悪く言えばそうですね。でも、愛子さんは巫女になりたかったのでしょう?」
「それはそうです。別に巫女になったことは後悔していないですし」
「そのあとをどう考えるかは、愛子さん次第ですよ。ただ、アドバイスすると、あまり短絡的に物事を判断しない方が良いんじゃないかなと。長い目で考えた方が良い結果を生むと思いますよ」
相変わらず高校生っぽくないアドバイスだと思う。
「ありがとうございます、お師匠様。それで、もう一つの渋谷を特定した方法はどうなんですか?」
「それなんですけど、愛子さんが渋谷で魔獣に会った時、候補が三つあったのは知っていますか?」
「はい、渋谷と目黒と半蔵門ですよね?」
「そう、それで調べたんですけど、目黒と半蔵門には、魔獣避けのような魔道具が設置されていました。だから、渋谷なんだろうって分かったんです」
「魔道具があったんですか?」
「ええ」
「その魔道具は、誰が設置したのですか?」
「私は藍寧さんだと思っていますけど。藍寧さんに聞いてみてください」
「それも藍寧さんなんですね」
「そう、だけど、藍寧さんが何もしなくても、いずれにしてもどれかには魔獣は現れたでしょうね。藍寧さんはそれを絞り込んだだけ」
そうなのか。それであれば、藍寧さんに罪は無いのかな?
「それで愛子さんは、何でそんな質問をしてきたの?」
柚葉ちゃんが鋭い眼光で私を見つめて来た。不味い、黙って内緒にさせて貰える雰囲気ではない。
「あの、内緒なんですけど」
「それで?」
「はあ、お師匠様、言いますから内緒にしておいてくださいね」
「分かったので先を言って」
「私の知り合いの女の子なんですけど、魔獣の出現が分かることがあるそうなんです。実は、渋谷のこともその子がネットで呟いたことらしくて。でも、呟いたのは渋谷か目黒か半蔵門だったので、何故渋谷に絞ったのかって聞かれたんです」
「ふーん。そういう能力を持った子がいたんですね」
柚葉ちゃんの目が怪しく輝いているようなのですけど。
「当然、次を予測していますよね?」
「お師匠様、何で先読みするんですか?まあ、良いですけど。次は、上野か大崎か赤羽で、今度の日曜日だそうです」
「また今度は随分と離れた場所ですね」
「はい、それで、大きい魔獣なのではないかって言ってました」
「まあ、考えられそうな話ですね」
柚葉ちゃんは、何やら考え込んでいた。
「愛子さん、ともかく藍寧さんに連絡を取って、魔獣の出現場所を絞り込む方法を聞いてください。それで、今回は上野に絞りましょう」
「上野ですか?」
「大型の魔獣が出現するかもしれないのでしょう?なら広い場所が必要です。確か上野なら駅前に大きな横断歩道があった筈だから、そこが丁度良さそうに思えるので」
「なるほど。分かりました、藍寧さんに聞いてみます」
「藍寧さんの使っていた方法が、大型の魔獣でも使えるのかも念のため聞いておいてくださいね」
「はい」
「愛子さんは、今度の日曜日は仕事?」
「そうですね、昼過ぎからですけど秋葉原で」
「抜け出せる時間はありそう?」
「撮影が始まってしまうと無理ですね」
「じゃあ、直前を狙うしかないかな。藍寧さんに昼前に魔獣を呼び出せそうかも聞いてみてください」
「え?魔獣って呼び出していたんですか?」
「そうじゃなくちゃ、あんな街中に魔獣が出るわけないでしょう?魔獣は普通、人けのないところに出るんだから。それに、自然に任せていたら、タイミングを合わせられないでしょう?」
「タイミングって、ああ、そういうことですか、私の行動に合わせていたんですね」
「その通りです。愛子さんは、昼前に上野で魔獣を呼んで、ロゼの姿でその魔獣を斃して、ジャンプして消えて、即転移して仕事場に行く。できますよね?」
「できると思いますけど」
「けど?」
「何か自作自演のアピール動画みたいで嫌ですね」
「でも、それをやらないと、いつ何処に魔獣が出てくるか分からなくなるから、被害が出ちゃうかも知れないですよ。だからやるしかないです」
「そうですね。淡々と魔獣を呼び出して、淡々と斃して消えるようにします」
柚葉ちゃんは、満足そうに頷いた。
「それで、愛子さん、その魔獣の出現が予測できる子には、いつ合わせて貰えますか?」
柚葉ちゃんの笑顔が眩しいのだが。




