3-29. 体の限界
第四層にいる魔獣は中型だが、ほぼ群れだ。しかも、群れにはそれを統率するリーダーのような個体がいる。第三層の群れにはリーダーがいなかったので、各個体の動きがバラバラで各個撃破も難しくなかったけど、統率された群れは攻略が難しい。まずリーダーを見つけて、それを斃す必要がある、と柚葉ちゃんに言われていた。
「うーん、探知だけで群れのリーダーを見つけるのは難しそう」
「そうなんだ。動きに特徴がある個体とか無いの?」
「ごめん、私にはどれがリーダーの特徴ある動きなのかが分からない」
「それはそうか。仕方ないね。戦って覚えるしかないよ」
第四層の群れにいる魔獣の数は五体以上みたいだ。なので、まず五体の群れから戦ってみることにした。
一つの群れを決めて、戦いに向かったのだけど、最初から苦労した。闇雲に攻めてきたりしないからだ。私は背後に防御障壁を張り、その後ろに陽夏を置いて戦おうとしているが、その私の両側から隙を突いて背後を狙おうという動きが見えていて、私自身がなかなか前にも左右にも出ることができないでいた。ただ、統率しているリーダーは明らかに中央の個体だ。私はギリギリまで狙っていることが分からないよう、剣に乗せる力を可能な限り強くした。それとともに剣の輝きも増していく。リーダーとの距離はあるが、探知を使えば絶対的な位置が把握できる。私は自分の射撃のセンスは当てにせず、リーダーの頭上に転移して剣を振り下ろし、結果を見る前に元の位置に転移して戻った。どうやら、私の剣はきちんとリーダーを捉えたようだった。リーダーが倒れ、残りの魔獣の動きに統制が無くなったように見えた。それを確認するために、右側の一体を転移して攻撃し、再度元の場所に戻って観察すると、残った三体は辺りをウロウロするばかりだった。そうなってしまえば、あとは防御障壁に近い方から各個撃破すれば完了だ。最早当たり前のように、順番に転移して斃していった。
「うーん、何とかなったけど、際どかった気がする」
「そう。ちゃんと最初にリーダーを攻撃できたじゃない」
「まあ、今回のは分かり易かったから」
ともかく、結果が良かったので次の群れに進むことにした。
次の群れは六体で、右、左、真ん中と二体ずつに分かれて、どれがリーダーなのかが分からなかった。真ん中のどちらかだと思われるのだが、どちらなのか手掛かりが無い。仕方がないので、真ん中の二体のうち、左側に向けて光弾を撃った。すると、右側の個体が左側を庇う動きを見せた。であれば、リーダーは左側と考え、先程同様に剣に可能な限りの力を纏わせてから転移して一撃し、再度転移で離脱して元の位置に戻った。どうやら左側がリーダーということで当たりのようだった。そこからはまた、リーダーの無い群れを相手にするのと同じ各個撃破で斃し尽くすことができた。
「光弾で様子見したのが良かったね、姫愛」
「もう一体が庇うように動いてくれたからね。そうじゃなければ分からなかったし」
「姫愛のスピードなら、真ん中の二体をまとめて攻撃しても大丈夫だったかもね」
「確かにそうかも知れないけど、そこで時間を取られて陽夏への攻撃を許してしまったらと思うと、なかなか思い切れなんだよね」
「私のことを考えてくれてありがとうね」
それから、第四層で三つの群れを相手に戦った。一番焦ったのは、様子見をせずに、いきなり左右から攻撃してきた群れのときだった。そのときは観察している暇もなく、ともかく大急ぎで攻めてきたうちの右側の一団のところに転移して一撃ずつ入れ、続けて左側の一団のところに転移して一撃ずつ入れ、両側の攻撃の勢いが落ちたところで真ん中一団のところに転移してリーダーらしき個体から斃していくことで、陽夏を護り切ることができたが、本当に冷や汗を掻いた。
それでも第四層でも戦えることが分かったので、いよいよ第五層に向かうことにした。
第五層は、中型の魔獣の群れもいるが、それとは離れた場所に大型の魔獣がいる。私が柚葉ちゃんから指示を受けたのは、その大型の魔獣の討伐だ。大型の魔獣は、中型の魔獣よりも強くて硬い。柚葉ちゃんと来た時は手も足も出なかった。でも、今日は、陽夏のお蔭で力の出し方も分かってきたから、勝てる可能性もあるのではと思っている。万が一の時は、陽夏を連れて転移で撤退する。どういう戦いになるにしても、絶対に陽夏に害が及ぶようなことにはしないと心に誓った。
「陽夏、これから大型の魔獣のところに行くよ」
「うん、緊張するね」
「陽夏は絶対に私が護るから」
「期待しているよ、姫愛」
探知で既に大型の魔獣のいる場所は分かっている。不安はあるけど、ここまで来たらやるしかない。一番近い大型の魔獣と戦うことに決め、そちらに向かった。
そこにいたのは、クマみたいな魔獣だった。同じような中型の魔獣も存在するけど、こちらの大型のは、中型の1.5倍以上の大きさがある。まずは前足の攻撃を避けて、前足に反撃してみる。本当は後ろ足に行きたいが、私の攻撃が効かずに陽夏の方に向かわれては困るので、いまの位置から動くのは躊躇された。
前足への攻撃は、効くには効いたみたいだが、結果としては怒らせただけのようでもあった。今度は反対の前足を使い、私への攻撃を繰り返してきた。一度攻撃を受けてみたが、余りに重くて二度は受けられないと悟り、それ以降は避けて反撃することにした。そうすることで、魔獣の前足の傷は増えていったが、私の方もじりじりと陽夏の方に押し下げられてしまっていた。後ろは見えていないが、探知によって、もう少し下がってしまうと、陽夏も魔獣の攻撃圏内に入ってしまうことは分かっていた。
私はこれ以上後ろに下がるわけにはいかなかった。そんな私の心の動きを察知したのか、魔獣の動きが変わった。それまで片足ずつ攻撃していたのに対し、体を起こし両手を上げ、その両手を同時に私の方に振り下ろしてきた。私は咄嗟に剣で受けるのは不可能と判断して剣を捨て、両手を上げて防御障壁を張るとともに身体強化で攻撃の衝撃に備えた。
大型の魔獣の攻撃に、防御障壁は耐えられずに割れ、魔獣の両方の前足が私の両手に乗った形になった。この状態では動けないし、ここで私が潰されたら陽夏もただでは済まない。
私は陽夏の身を想い、例え自分がどうなっても陽夏を助けたいと願いながら力を振り絞ろうとする。
そのとき、全身に痛みが走った。
「うがあああああっ」
体中が針に刺されたような痛みだった。とても痛かったが、動くわけにはいかなかった。でも、痛くて涙が止まらなかった。最初、何が起きたのか分からなかったが、痛みに耐えている中で、巫女の力が強まっているのに気付いた。柚葉ちゃんの言う通り、強い巫女の力に身体が耐えられていないのだろう。だけど、それがこんなに痛いことだとは聞いていない。
「姫愛っ、姫愛っ」
後ろで陽夏が叫んでいるのが聞こえたが、私には答える余裕が無かった。痛みはずっと続いている。
「駄目だよ、姫愛っ。そのままでは姫愛の体が壊れちゃう。早くアバターに切り替えて」
ああ、そういえばアバターがあったっけ。でも、この状態で身体を切り替えられるとは思えない。
「この、まま、じゃ、無理」
痛いながらも何とか口から言葉を発したが、陽夏に聞こえただろうか。
「姫愛、いやぁ。このままじゃ死んじゃうから、お願いだからアバターに」
陽夏が泣いて懇願するが、無理なんだよ、陽夏。
「陽夏、逃げ、て、お、願い」
私の方こそお願いだよ。陽夏、逃げて。
「姫愛を置いて逃げられるわけが無いでしょう、馬鹿」
最早体が痛すぎて、探知どころではなくなっていた。だから私の後ろで陽夏がどうしているのか把握できずにいた。願わくば、私が耐えていられる間にできるだけ遠くに逃げていて欲しい。
その瞬間、私の後ろで力の躍動を感じた。私の後ろに誰かがいる?
「いい、姫愛。私が魔獣の隙を作るから、その瞬間にアバターに切り替えてよ」
「え?」
後ろにいたのは陽夏だった。あれだけ逃げてと言ったのに、陽夏は逃げずに留まっていたのだ。でも、この力の波動は何?
陽夏が私の後ろから右手横方向に移動し、私の張った防御障壁を蹴り破った。そして、魔獣に対して体を右に向けて足を開き、弓を射るかのように左手を伸ばして、右手を右耳の前方に出した。そして、両方の手の前に異なる作動陣が現れた。続いて右手の作動陣の前が光り輝いて太い光線を放出し、そのビームは左手側にある作動陣に当たる。そして左手の作動陣からは細くてしかし非常に明るい輝きの光線が飛び出し、魔獣の顔に突き刺さった。
その攻撃が余程効いたのか、魔獣が一瞬怯み、私は魔獣の前足を押し返すことができた。
「姫愛、今よ。アバターに」
私は、転移陣を呼び出して身体を入れ替えるとともに、意識を切り替えアバターの姿になった。
「はい、あなたの剣。ここからはあなたは本当の全力が使える筈だから、思いっきりやってね」
陽夏の顔は、まだ涙目だったが、晴れやかだった。私は陽夏に頷いて、剣を受け取った。
「じゃあ、やりましょうか」
私は力を呼び出した。先程は痛かったが、いまはとてもスムースに力が体に流れているのが分かる。力が大き過ぎて、自然と体から放出されているのも感じる。これが柚葉ちゃんの言っていた体の限界だったのかと理解した。しかし、いまは目の前の魔獣を斃すのが先決だ。私は剣に力を乗せる。その力をどんどん増していくと、剣の輝きが強くなっていく。さらに力を乗せていくと、輝きは剣の長さでは収まらずに、剣の先に伸びていく。私は剣を頭の上に振りかぶり、さらに力を籠めてから、一気に振り下ろした。
すると、目の前の魔獣が真っ二つになった。
「陽夏、斃せたよ」
「うん、斃せたね、姫愛」
陽夏はまだ泣いていた。そして、私に抱き付いて来た。
「ごめんね。私のために姫愛に痛い思いをさせちゃって」
「大丈夫だって、陽夏」
私は左手で陽夏の頭を撫でてあげる。
「それから、もう一つごめんね、姫愛に黙ってて」
「陽夏が黎明殿の巫女だってこと?」
「そう。まあ、正確には、巫女だった、かな。私ね、前に強い力を使おうとして体を壊してしまって、戦えなくなってしまっていたの」
「でも、さっきは攻撃していたじゃない?」
「あれは、姫愛が死んじゃいそうだったから、必死で。でも、また体を痛めるんじゃないかと思って、強い力は出せていないよ」
「でも、陽夏の攻撃で私は助かったんだ。ありがとうね」
「姫愛、良かった、本当に」
そうしてしばらくの間、私たちは抱き合って泣いたまま戦いの後の余韻に浸った。




