幼馴染がウザいので無視することにした
俺はどこにでもいる普通の高校生、コウイチだ。
「コウイチ、あなたまた1分遅刻よ? ほんとどうしようもないグズなのね」
そしてこいつは早乙女レイカ。
俺の隣の家に住む幼馴染だ。
「この私があなたみたいなボンクラのために毎朝迎えにきてあげてるんだから、もう少し心がけることね」
「……すまん、明日から気をつけるよ」
「ふん、どうせ口だけでしょうけれど」
このように、レイカは非常に口が悪い。
今だって、たった1分の遅刻を理由にグズだのボンクラだの罵ってくる始末だ。顔が可愛いだけに性格の悪さが際立つ、残念な幼馴染である。
いつもと変わらない通学路を並んで歩いていると、レイカがまた俺に文句を付けてきた。
「それにしても、いつまでそんなボサボサの髪型してるつもりかしら? きちんとした美容院で切ってもらいなさいって言ったわよね?」
「……別に、そんなの俺の勝手だろ」
確かに俺はお洒落に気を使ったりする方ではないが、俺の頭がダサいことはレイカにはなんの関係もないはずだ。
俺たちは恋人関係ではないし、ただ幼少期からの腐れ縁が続いているだけなんだから。
とやかく言われる謂れはない。
「まあ、あなたがカッコいい髪型にしたところでたかが知れてるとは思うから、どうでもいいけれど」
……だったらいちいち言ってくるなよ。
俺はレイカを疎ましく感じ始めていた。
口が悪いのは昔からだが、最近のこいつは度が過ぎる……はっきり言って迷惑レベルだ。
「ならせめて清潔感のある長さに保ちなさい? じゃないと隣を歩いてる私まで不審者だと思われちゃうから」
……ウザい。
ウザすぎる。
「だったらもう別々で学校行こうぜ」
「……え?」
俺は前々から思っていたことを口にした。
そもそも、一緒に登校しているのは小学生のころからの習慣のようなもので、高校生になった今そのしきたりを厳守する必要性はどこにもない。
ただ毎朝レイカが律儀に家を訪れるから、仕方なく一緒に行っているだけだ。
「つーか、もう無理して俺に話しかけに来なくていいぞ。そんなに嫌なら終わりにしようぜこの関係」
そう言うと、レイカはやけに焦った様子で苦笑いを浮かべた。
「え……なに突然怒ってるの? そんなこと一言も言ってないじゃない」
何が突然だ。
こっちは溜まりに溜まったフラストレーションを解放しただけだ。
そうだ、少しお灸を据えてやろう。
これからしばらくの間、レイカを徹底的に無視してやる。
その間にせいぜい反省することだな。
「じゃ、そういうことだ」
呆然とするレイカを尻目に、俺は早歩きで学校へと向かったのだった。
◆◇◆
昼休み。
いつものように、レイカがお弁当を持って俺の席へとやって来た。
彼女はなぜか俺の分の弁当も作ってくる。
勝手に作ってくるにも関わらず弁当代はきちんと要求されるのだから迷惑な話だ。
レイカは気まずそうに口元を引き結びながらも、反抗的な目つきは変わっていない。
「コウイチ、一緒にご飯……」
俺は財布を握りしめて席を立つ。
今日は学食で飯を食おう。
ああ、久しぶりに悪態を吐かれずに優雅な昼食がとれるぞ。
「は……はあ? ど、どこにいくつもりかしら?」
まるでレイカのことなど見えていないかのような俺の振る舞いに、彼女は困惑した様子で後ろをついてくる。
が、俺は徹底してそれを無視する。
「こ、コウイチ……?」
彼女は今、透明人間にでもなった気分だろう。
「ふ、ふざけるのもいい加減にしてくれる?」
今まで困惑するばかりだったレイカが、ようやく苛立ちを見せ始めた。
「朝の件をまだ引きずっているの? あなたって本当に幼稚ね」
「……」
「その耳はお飾りでついているの? 前々から低能だとは思っていたけれど、ついに聴覚すら失ったのかしら?」
ねちねちと言葉攻めしてくるレイカだが、俺は断固無視を貫く。
食堂の中に入り、たぬきうどんの食券を購入する。
「……お弁当、作ってきたのに」
そう溢すレイカを無視して、適当な席に座ってたぬきうどんを食べる。
レイカは諦めきれないのか、まだ近くでグチグチと文句を言っているようだ。
当然、無視し続ける。
それでも数分ほど経つと文句を言う元気もなくなってのか、彼女の口数も少なくなってくる。
おそらく、想像以上に俺の意志が固かったことに面食らっているのだろう。
「ねえ」
「……」
「……怒ってるの?」
「……」
「返事くらいしてよ」
「……」
「ねえってば」
その時、「コウイチくんだ」という声とともに第三者が現れた。
彼女の名前は大黒ユイ。
俺と同じ美化委員会の先輩で、明るく快活なタイプの女子だ。
とはいえ、別の学年だから特に絡みがあるというわけではないのだが。
「あ、大黒先輩」
俺はわざとらしく明るい声音で大黒先輩に挨拶した。
「食堂でコウイチくん見たの初めてかも、珍しいね」
「今日からは食堂で昼メシ食おうと思って」
「相席いいかな?」
「混んでますし、もちろんどうぞ」
俺は明朗快活に向かいの席を大黒先輩に譲った。
その様子を見ていたレイカはわなわなと身体を震わせ、戸惑いを隠せない様子だった。
「な、なんで……なんなのよ」
俺が大黒先輩にあまりにも普通に喋り返したことが、自分だけが無視されているという現実を色濃く認識させたのだろう。
「大黒先輩、金曜の花壇の整理ですけど、あれは牧田が肩代わりするそうです」
「先週分の?」
「あいつサボりましたからね」
「そっか、じゃあ臨時休暇だね」
俺と先輩が談笑している間、レイカはただ黙って床の方を見つめていた。
席にも座らず、弁当を持って立ち尽くしているレイカを不審に思ったのか、大黒先輩が苦笑いを浮かべつつ言う。
「……? コウイチくん、その子は知り合い?」
「え、その子って誰ですか」
「いやいや、そばに立ってるじゃん」
俺はちらりとレイカの顔を見る。
彼女は困惑と苛立ち、そして少しの後悔を滲ませた目つきで俺を見返してくる。
俺は大黒先輩に向き直って言った。
「いや、どこにも俺の知人は見えませんよ」
その言葉を聞いたレイカは「……ッ」と声にならない声をあげ、俺の分の弁当を床に放り投げると食堂を去って行った。
……ふん、散々付き纏っておいて謝罪のひとつもないとはな。
俺が何に怒っているのか分かっていないらしい。
自己中心主義の塊のようなやつだ、今だって被害者意識に塗れているに違いない。
まだまだ無視してやる。
そしてそのまま奴との腐れ縁も切れてくれればいい。
恋人でもないのに、迷惑なんだよ。
「こ、コウイチくん……? どうしたのあの子……?」
状況を理解できない様子の大黒先輩がそう訊いてくるが、俺は特に関心のないふりをして言い切った。
「さあ、知らない人なんで」
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