ゆめ
もうすぐ聖夜祭だと言うのに、世界はちっとも騒がしくならない。
天気がどんよりしているのはいつものこととしても、世界で流行っている未知のウイルスのせいで、ほとんどのお店は閉まっているし、街のデコレーションもいつもよりも控えめだ。
なによりMが家にいつもいるせいで、まったく変化が感じられない。冬になることのなにが楽しいかって、寒い中、祭りが近づいて、気温と反比例するかのようにワクワクが高まることだ。これじゃあ、寒くなっただけ損だ、とMは不満だった。
いつもだったら、どこかに小旅行に出かけたり、友人の家族の家にお邪魔したりして過ごすのに、今年はそれすらもなくなった。この三ヶ月どころか、ほぼ一年、家にいて、変化のない日々を送った。
いちばん大きな変化は、夢の世界だった。
なんの刺激もない生活に、脳の方は早々にギブアップしたらしく、寝てる間に脳の中に、好き勝手に刺激的な世界を生み出している。
もともと刺激のないのにも、多すぎても耐えられない脳だった。以前も、一週間ほど家に閉じこもり切って勉強していた時、彼は勝手に暴走し、勉強の復習をするのではなく、夢の中で勝手に遊び始めたものだ。
Mが昔から見る夢は、だいたい二、三パターンくらいに分けられる。
故郷の家の周りにある、田んぼの周りを自転車で走り回る夢。ほとんどの場合、誰とも知らない人に追いかけられている。前回この夢を見た時は、たまたま道ですれ違った、知らない二人組の男だった。いつまで経っても家にたどり着くことができずに、ぐるぐると走り回っている。そして、どこかで見たことあるようなスーパーに着いたりもする。
そして、ここから辿るストーリーは大体、二つに枝分かれしている。一つ目は、このスーパーに迷いこんで抜け出せなくなる。もう一つは、そこからさらに遠く離れて、アミューズメントパークにあるようなわざとらしいハリボテの城に逃げ込んで、そこに閉じ込められてしまう。最初に城に閉じ込められて、自転車で逃げ出した際にスーパーの前を通ることもある。ほとんどの場合、家には帰れない。
夢の中ではきっと、家に帰りたいのではなく、母親に起きた出来事を話して、守ってもらいたいのだろう。無事に家にたどり着いた場合でも、夢が続くと、母親には会えずに、今度は家に閉じ込められたりするからだ。その場合の、焦燥感や絶望感、孤独感はとんでもない。その時まで一緒に行動していた同士も、いつの間にか消えていたりする。かわいそうに、とMは夢の中の自分に同情する。
もう一つの夢は、同じように故郷が舞台で、今度は自分の実家が出てくる。そして、最初からこの家に閉じ込められている。前回、見た時は、鏡を通して反対側の世界を行ったり来たりして、追いかけてくる人から逃げようとしていた。最後は大抵、逃げ切ろうとしてパルクールのような動作で、階段を飛び降りたり、高いところから身を投じて終わる。たまに、空を飛んだりもする。こう言う時は楽しい。
もちろん、それ以外の夢も見る。
城の図書室で遊んだり、おもしろい人と出会って冒険していたり、動物や赤ん坊を気持ちわるいと思いながらも、必死に守ろうとしていたり。
最近見たのは、自分の家に哀れな捨て犬を連れ帰った夢だった。この犬は、怯えていて、触るのも嫌がるほどの何かがあったらしかった。それだけの夢だった。目覚める直前になると、少し懐いてくれたのがかわいかった。
一昨日は、まるでゲームの世界のようだった。舞台は、本物の城で、ここには勇敢な騎士だったり、祝いの歌を唄う姫君がいたりした。そして、この夢でいちばん特徴的だったのは、ブロックで積み上げられたこの城の、最上階にある一室にある仕掛けがあることだった。この部屋の中央には祭壇のようなものがあり、部屋の戸を閉めて、祝いの歌を唄うと、時を巻き戻せるのだ。
すっかり忘れてしまったが、なにか問題が起きて、姫君含めた何人かで、時を戻した。この問題を解決しようと駆けずり回っていた時に、たくさんの軍勢が押し寄せてきた。仲間が何人も討ち取られてしまい、地下に逃れたものの逃げ場がない。お姫様と騎士と夢の中のMの三人で、城の地下から『時どもし』の部屋まで駆け上った。騎士の犠牲のおかげで、なんとかこの部屋にたどり着いたMと姫君。Mが歌を唄うが、時が戻った様子はない。姫君にどうしてかと尋ねると「音程がずれてる」などと指摘される。その間にも近づいてくる敵兵。今度はMの代わりに姫君が唄うが、それでも近づいてくる足音は止まれない。
パニックになっていると、ついに部屋の戸口に穴が空いて、そこから敵の手先である子供の大きな目がギョロリと覗いているのであった…。
これもなかなかスリリングでおもしろい夢だった。そして怖かった。
今朝方見た夢は、高校の時の同級生がMの暮らす国に旅行で訪れた夢だった。この同級生が出てきたのは現実世界で最近、彼女から連絡があったためだろう。この同級生と、白雪ちゃんと白雪ちゃんの妹でお茶会を開催したのだが、白雪ちゃんたちの喋れる言語と、同級生の言語が重ならないために非常に気まずい時間を過ごした。
夢の中なのに、気まずい思いをするばかりでままならないものだなあ、とMは不満である。それでも、脳がこんな夢を見せることをやめないのだから仕方がない。それに今日はどんな夢を見られるのか、少し楽しみでもあるのだ。
でも、できるなら、それらが現実で起きればいいのに。そう思う。