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人間機械 ─マン・マシーン─  作者: 安藤 政
第一部 銀色の男
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第五話 銀色の男

 KI-520は困惑した。


 彼女が目にした新型の<マシン>兵は、予想以上に巨大だった。大型タイプの<オーガ>ですら全長五メートル程度だが、目の前のそれはボディのみで<オーガ>ほどの大きさがあり、長い尾と脚部を合わせると、まるで壁が迫ってくるような威圧感を覚えた。


 <スコーピオン>──六つの脚部と、鎌首をもたげる尾、人の身の丈程あるマニピュレータを備えたその<マシン>兵は、一歩進むごとに辛うじて形を留めている廃墟の街を完全な更地へと戻してしまっていた。


 焦りが思念を、そして<ライヴ>を乱れさせる。下唇を噛み、乱れそうな心を呑み込むとKI-520は長年握ってきた剣の柄をイメージした。

 彼女の両手に乳白色のグリップとエナジー発振口が設けてある棒状の機械が握られる。どんな過酷な戦場でもKI-520の期待に応えてきた剣を彼女は信頼していた。


 今日もまた、応えてくれ……!


 彼女の念に応じるように、緑青色の粒子が発振口から出力される。

 生成された二対のE(エナジー)・ブレードを腰だめに構えたKI-520は急降下した。


「はああああ!!!」

 KI-520は咆哮を上げ、<スコーピオン>の後ろ足に斬りかかる。チーズを切る時のように何の抵抗も感じずに光刃が装甲を溶断した。

 砂埃を巻き上げながら着地したKI-520の頭上から、もはや只の鉄塊になった<スコーピオン>の脚が落下してくる。


 KI-520は足裏の反重力(リパルサー)システムで僅かに浮かび、背部大型E・ブースターを点火した。

 超低空で<スコーピオン>の下腹を潜り抜ける。通りすがりに剣を薙ぎ、<スコーピオン>の右の脚部を全て切り落とすと、丁度足元に転がっていた軍用車の残骸を駆け登る。


 右側の脚部を失い傾いたボディを、その尾とマニピュレータで支えた<スコーピオン>が目にしたのは、ブースターを翼の様に広げ、空を舞う女性の<ヒューマノイド>の姿だった。


 緑青(ろくしょう)色の<ライヴ>がKI-520を包む。

 "カストロール"によって速度を速めた斬撃の乱舞が、それを防ごうと伸ばされた<スコーピオン>のマニピュレータを細切れにしていく。

 そしてその刃はKI-520を見つめていた複眼センサにたどり着き、根元から斬り落とした。


 切断面のチューブやギアに向かってKI-520はブレードを突き刺した。金属の溶ける臭いが、ショートした電流の発光が、彼女のKI-520の視界を埋め尽くした。ブレードを引き抜き、ブラスターを生成した彼女は、その銃口を溶けて出来た焼灼孔に挿入した。

 思念波がブラスターの設定を高出力(ハイ・パワー)モードへと変更させた。唸り声をあげ、ブラスターのチャンバーが回転を始めた。完了を待たず、KI-520はトリガーを引いた。

 <スコーピオン>の表面装甲が、光線が通過に沿って、跳ね上がっていく。


 金属が擦れる金切り音が<スコーピオン>腹部から鳴りだした。ブラスターが特殊合金で反射させられたのだ。KI-520はすぐさま音が鳴った箇所をバイザーに読み取らせ、ブラスターを<フォース>に格納すると左手に握っていたブレードを再度出力させた。緑青の刃が伸びた。

 バイザーが表示したボディの中心部に向かって剣を突き立てる。

 一際大きく擦れた金属音を立てて、ブレードが<スコーピオン>のコア・ユニットを貫いたことを触感で知らせた。

 コア・ユニットが過負荷状態に陥り、臨界を始める。KI-520は両腿のサイ・スプリングを解放すると、空中へ跳び上がった。


 頭と脚、そして心臓を失った<スコーピオン>が、彼女を羨望の目で見つめていた様な気がした。

 KI-520は、少しばかりの安堵を覚える。何も思わない機械ですら、そのように感じてしまうのに、人を斬ることになってしまった暁には、自分は、<ヒューマノイド>は、どう感じるのだろうか?

 それを想像し、KI-520はぐっと強くブレードを握った。


 彼女は、考えるのを止めた。


 KI-520は探索思念波を戦場へと伸ばす。残りの<マシン>兵も排除しなければならない。

 伸ばした思念波に柔らかで優しげな感触が伝わる。それがRK-690の存在だとすぐさま気がついたKI-520は、すぐさまその方向に向かって身を翻した。





***


 私は驚愕した。


 何故なら、数百メートル先からの爆発音を聞いたからだ。その地点には新型の<マシン>兵が、そしてKI-520が居るはずなのだ。

 ここで更に<ヒューマノイド>を失う訳にはいかない。

 いや、希望を指し示せる彼女をこんなところで終わらせてはならない。

 いや、むしろ理由なんてどうでもよかった。


 彼女を助けにいきたい。


 どうしてか、今の私の思念はその事のみで詰まっていた。


 五機の内、最後の一機の<オーガ>に、E・ブレードを突き刺す。P(プラズマ)・シールドがその熱量を反発させようと<ライヴ>の粒子を分解、放出するが、私には問題ではなかった。

 P・シールドの波長をバイザーに読み込ませる。ランダムに常に変化し続け、振幅も大きい。だが、バイザーで可視化し、()()取れれば<ヒューマノイド>はその世界を征服できる。

 P・シールドの波長と<ライヴ>を同期させるために、<思念(ヴィジョン・)増幅器(アンプリファイヤ)>の出力を絞る。

 自分の心をわざと乱れさすのだ。

 

 私はこの感じが堪らなく嫌だった。

 が、今はそんな悠長な事を言ってはいられない。


 私は乱れる心を産み出すために、ある過去を辿ることにした。

 


「どうして!」

「いやだ!」

「来るな!」

「悪魔め!!」

「お母さぁん!」

「殺さないでぇ!」


 人の悲鳴が、呻きが、絶望が、脳の片隅から這い出てくる。思念全てを埋め尽くすかのような勢いでだ。

 どうして、奴等のP・シールドの波長は、私たちの苦痛の記憶と似ているのだろう。

 くそ、と悪態をつく。


 紅の飛沫、肉の爛れる臭い、そして、死人を抱く感触。

 忘れたいのに忘れられない、心の奥底に常に潜むおぞましい戦いの記憶。

 E・ブレードの粒子が、私の思念に揺られ、最早刃へ留まることを止めてしまっていた。


 しかし、私は知っている。

 最後に聴こえる、その声の温かさを。


「―――、ありがとう」


 そして伝わる別れの思念を。


 振り切るように私は吼えた。

 そうすれば、全て消えると信じてるかのように。


 E・ブレードがP・シールドを吸収し、混ざりあっていく。

 血の色が組合わさったかのように、黄色(イエロー)に近くなった<ライヴ>の粒子が渦状に舞い上がる。身の丈程の刃を形成させて、最早金属の塊でしかない<オーガ>に私は、剣を振るった。


 まな板の鯉のように、二枚に下ろされた<オーガ>を横目にKI-520が居る方向へと跳躍しようとしていた、その時だった。


 私の膝が、突然力が抜けたようにかくんと折れた。


 一瞬で、しかも無意識の事に状況の理解が追い付かない。


 ──なんだ?


 そのまま地面へ倒れ込む。それは、重力が強くなったかのような、はたまた巨大な“てのひら”に押さえ込まれている様な、強烈な圧迫感と不自由さを感じた。

 何とか目線だけを、正面へ向けてみる。顔を動かすだけでも、まるで深海に沈んでるように鈍くしか動けない。


 廃墟のビルの合間に見えるのはKI-520だった。生きていた、と安堵する一方で、彼女もまた這いつくばって呻いている。

 私はKI-520に呼び掛けようと、思念波を練り込む。だからなのか、思念の窓を開放した私の心にぬるりとなにかが侵入した。

 その気色悪さに私は吐き気を催す。


 侵入した()()()が心に触れる度に、鳥肌が立つ。追い出すためには向き合うしかない。私はその得体の知れないなにかを掴むイメージを念じた。直ぐ様、握った、と知覚する。


 するとどうだろうか、引き摺られて、猛烈な勢いで海の底へ泳いで、いや、沈んでる様に感じる。まずい、と上を向けば灼熱が全身を炙る。


 ぐわんぐわんとシェイクされてるのは、私の体か、脳か、心か。

 着地地点を見失った私が、放り投げられるのを感知した。


 宙に浮いたと知覚した思念が私を一瞬だけ現実へ連れ戻す。


 私は今、ひび割れたアスファルトに寝そべって、KI-520を見ていた。

 そして先程までは居なかった、人影が一つ。

 そいつは彼女を見下ろしていた。銀色の装甲が炎の揺らめきを反射して神々しささえ醸し出していた。

 それは、“人型の<マシン>兵(マン・マシーン)”。


 奴は……そう奴が、FI-440を殺した奴か!


 そう私が知覚し、幻の景色は消え去る。しかし、微睡みに沈んだままの全身の人工筋肉は私の思念に追従して動いてくれない。


 その銀色の<マシン>兵は何処からともなく<ヒューマノイド>のE・ブレードとよく似た光刃の剣を取り出した。

 そして、紅の粒子が尖突状の刃を造り出した。


 まずい……!!


 私の口から出たのは、情けなく彼女を呼ぶ声だけだった。


「KI-520!」



 そして、紅の光が宙を舞った。



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