第三話 変身 ─トランス─
彼らは目標地点が目視で確認出来る所まで到着したようだ。
ここに来るまでにニ機の偵察型<モスキート>と、一機の移動砲台型<ヒュドラ>を確認していたが、無駄な戦闘は避けたようだ。
「あれだな、奴らが新設している施設ってのは」
「新型<オーガ>がいますね。そしてその奥には<スパイダ>が……、四十機ですね」
TK-225が索敵思念波を飛ばし、一瞬で数を把握した。
<スパイダ>と<オーガ>はまだ起動しておらず、待機形態であった。
「スパイダが少し多いがなんとかなるだろう」そうSW-770が呟き、彼らは物陰に一旦身を潜めた。
「よし、では<スパイダ>起動前までに新型<オーガ>を三人がかりで叩く。
<オーガ>のP・シールドを無効化してくれ。そうしたら俺がブレードで<オーガ>の装甲を剥ぐから、コア・ユニットの狙撃でケリをつける」
「了解、SW-770、任せたぞ」
「TK-225は、FI-440のサポートを頼む」
「了解です」
SW-770が、後の二人に指示を出している。その映像を眺めていて私は悲しみを覚えた。
彼の的確なリーダーシップは皆の評価が高く、信頼も寄せていた。もう彼の指示を仰ぐ事が出来ないのだ。
彼らは話し終えると、自らの思念の中を潜水するかの様に集中を始めた。
思念の奥底で、彼らは特殊な思念波を練り始めた。
「変身!」
そう口から発せられた起動コマンドと思念波は彼らの心を越え、この物質世界の境界線を超えて、自身の<フォース>へと導かれる。
伝わる波は、<フォース>の閉ざされた五次元への扉を叩いた。
解放されたその隙間から思念波は新たな世界へ旅立ちを始める。
エネルギーに反応し、反発し、寄り添い、化合しながら、寄せ返す海の波のごとく、また別の思念波と混ざりあい増幅を始めていく。
それは人が知覚できないほどの長い年月だった。その世界で過ごした思念波は、成熟し、唯一の波となって、生まれた故郷、彼らの心に戻り始めた。
辿ってきた過程を巻き戻りながら、行きでは存在していなかった行き止まりのような“揺らぎ”を受け、成熟した思念波は物質世界へと弾き出された。
物質世界ではその旅はまるで無かったかのように、瞬く間に。
元々無かったものが“在る”という状態へと変わり、彼らは装甲を身に纏った。
機械の体を持つ<ヒューマノイド>は、戦闘用身体へと変身したのだ。
彼らは脚部のサイ・スプリング機能と両足裏の反重力システムを使い一気に跳躍し、腰に装着している小型E・ブースターを噴かし加速を行った。
空中へ跳び上がったFI-440とTK-225が重力に引かれ自由落下を始めると同時に、足裏のサブ・バーニアを地に向け焚き、姿勢制御と落下速度の低減を実行する。
構えたブラスターのスコープとバイザーがリンクし、狙撃モードに入る。
そして目下に映る<オーガ>の、頭上後部にあるブレインユニットに照準を合わせた。
ロックオンされたことを感知したオーガの光学レンズが、待機形態から戦闘形態へと移行したことを知らせる赤色に点灯する。
「バースト!」
二人はトリガーを引き二つのマゼンダの光線が迸った。光線が<オーガ>のブレインユニットを貫き、その熱線は二つの焼灼孔を空けさせた。
ブレインユニットを破壊された<オーガ>は迎撃プログラムの通りにP・シールドを展開するが、出力計算が上手く出来ていない為に、完璧に身に纏えていなかった。
それを認識した<オーガ>は、体を傾け、背面のミサイル・ポットを解放。幾多の対人ミサイルを二人に向けて放出した。
二人は同時に<フォース>に働きかけ、五次元空間から短機関銃型のブラスター──M・ブラスターを生成し、左手に握る。更に、索敵思念波を全方位に飛ばし、ミサイルという“重さ”を感じ取らせ、重さを<思念波増幅器>が増幅させ、バイザーの信号へ変化させた。
思念信号変換機構──思念アシストにより、無意識化でミサイルに照準を合わせ、腕を動かし銃口をそちらに向けさせた。
四丁の銃口が一斉に火を噴いた。
思念とセンサーにアシストされた狙いは一線の光弾も外さずに、まだ距離を進めていないミサイルに吸い込まれていく。
焼灼孔を空けたミサイルは一瞬の間を置いた後、衝撃と熱をばら蒔きながら飛散した。
<オーガ>の間近に、爆発の壁を生じさせたのには理由があった。
爆発の火炎を背にSW-770が、<オーガ>の胸部正面に現れる。
彼は二人が跳び上がったと同時に走り出していた。そのまま前かがみになる加速姿勢に移り、"高速移動"とそこからの"加速跳躍"を行ったのだった。
彼は、跳躍前に生成していたブレードの柄を強く握った。
ブレードの刃の生成は<フォース>からエネルギーそのもの──<ライヴ>を呼び出し、光刃形に固定し続ける必要があるため、強靭なイメージを常に、ブレードへと送り続けなければいけなかった。
<ヒューマノイド>といえども、それぞれに得意不得意はあり、この<ライヴ>の制御というものに関しては特に、その差が顕著に現れていた。
そのため、全ての<ヒューマノイド>が使いこなせる訳ではなかった。
そして、SW-770はその扱える一人だった。
彼の柄の発振器から緑青色の光が突形状に伸びていく。
右頭上に掲げた腕を彼は斜めに振り下げた。
爆発の衝撃をP・シールドが事前に吸収したため、ただでさえ不安定だったシールドは脆くなり、E・ブレードの膨大な熱エネルギーの光刃を防ぐ余裕はなかった。
袈裟斬りされ内部のコア・ユニットが覗き見える。間髪入れずに一筋の光線がSW-770の背後から飛び出し、<オーガ>の心臓部に突き刺さった。
彼は<オーガ>の腹部を土台にして、反重力システムでアシストした跳躍で距離を取った。
オーガの動力である水素パワーセルが過負荷状態に陥り、それによる発光が胸部の切断面から漏れ出ている。
ぼうっと音が弾け、荒狂う渦となって魔物の名を語る機械の兵士は爆散した。
FI-440達はそれぞれ前腕のP・シールドを展開し、その爆風を堪える為に全身の人工筋肉を膨張させた。
叫び声にも似た爆音が通り過ぎ、靄のかかった視界が徐々に開けてくる。
そこに広がるのは、赤いレンズの煌めきだった。
四十機の<スパイダ>が、<オーガ>を失った清算を<ヒューマノイド>三体で賄おうと、眠りから目覚めたのだ。
彼らは立ち上がり、各々の武器を構え直す。
アクチュエータの空圧の音と共に、<スパイダ>の前進が始まった。