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人間機械 ─マン・マシーン─  作者: 安藤 政
第一部 銀色の男
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第二話 弔う者

 私達は遺体安置所に来ていた。正確には、メンテナンスルームだ。


 作業台兼ベットの上に置かれたFI-440であったそれを眺めて私は合掌をした。それは旧世界の死者に対しての慈しみを現す動作だった。

 そんな事をしても、FI-440からは言葉も念も伝わってはこない。


「それ、なに?」

「合掌、だ。死者に対して慈しみ、弔うための動作だ」

「死者を弔う、ね。今までそんなことすら考えたことがなかった」

 KI-520は、少しばかり伏し目がちに言葉を紡いだ。


「僕も、最近になって初めて知ったよ。そんな気持ちや、それを表す動作があるなんて」

「そうね……。今では、人が死ぬのが当たり前で。それより前は……、今と変わらず、それほど重くなかったわね。さみしくなったらデータやプログラム人格(<バーチャリアン>)が、故人の代わりになったから」


 旧世界──戦争が起こる前の、人類の栄光の時代。

 私達人類の科学技術は、争いだけでなく、死すら乗り越えてしまえていた。人それぞれの考え方や、特徴を模倣したプログラム人格──<バーチャリアン>は、故人の代わりに残された人に寄り添った。しかし、それらの技術も全て<マシン>たちとの戦争により、潰えてしまった。

 今の人類が唯一<マシン>たちよりも勝っているのが、<ヒューマノイド>技術、それだけだった。


 そしてメンテナンスルームの奥から、その<ヒューマノイド>技術を研究する、一人の男が歩いてくるのが視界に映った。


「これはこれは……。KI-520ではないですか。どうされましたか?

 はっ!もしや、私にあなたの<フォース>を見せてくれる気になったのですか?」

 KI-520を見つけるやいなや、パッと瞳を輝かせた男は早足で彼女に近付いた。どうにもこの男は研究の事となると、とても楽しげな様子になるのだった。

 彼の思念は、人間にしては珍しく、だだ漏れだった。私には爛々と光るメリーゴーランドが視えた。

 そして、そのイメージはもちろん対象のKI-520も感知していた。


「必要な時以外は、貴方の手は煩わませんので。結構よ!」

「また、また……。<フォース>の研究は、人類にとって、とてもとても重要なことですよ?それに、<ヒューマノイド>最強と噂の貴女を、じっくり研究出来るのなんて、私としては貴女がここに居る今だけですからね。

 このチャンス、逃す訳にはいかないんですよ」

 もう既に思念のメリーゴーランドは暴走状態で回転している。

 私は顔を引きつらせたKI-520に同情し、助け舟を出すことにした。


「アル、もうやめないか。ちょっときもいぞ」

「ちょっと?だいぶ、の間違いでしょ」

 KI-520が、私に向かって何故か、熱を持った怒りの思念をぶつける。

 私は<ヒューマノイド>である為、本当に熱く感じるのでやめて欲しい。


 アルと私が呼んだ男は、それでも尚、食い下がる。

「RK-690からも言ってくれ。KI-520を弄ることは、この支部、いや<フォース>の解明、人類の勝利にとって必要なんだって!」

「弄る?

 セクハラだ!ふざけるな!この研究オタクが!」

「おいおいおいおい、二人とも、止めだ、止め。」


 私はアルを手で押さえつつ、KI-520に鎮静の思念を送るため、柔らかな絹の触り心地を思い浮かべた。

 これは私独特の思念だったが、彼女には効き目があったようだ。彼女から、徐々に熱さが遠ざかっていく。

 私は大きな溜息を吐いた。疲れを感じていた。


「まったく……。アル、ここに来たのは違う理由だ。FI-440のバイザーのデータを閲覧したい。準備頼めるか?」

「来ると思ったから、もう大体は出来てるよ。確認するのは待っておいた。誰も見に来ないしね。

 それと……、RK-690、残念だったな」


 先ほどとは打って変わってそこには、しおらしく悲し気な彼が居た。

 私はそんな彼を見て、()()()鼻を鳴らした。


「お互いに、な。これからは、二人っきりでポーカーをする羽目になりそうだ」

 アルはニヤリと笑った。

「それだとお前の勝ちは、殆ど無いぜ」

「そうかもな」


 その会話に、机のガラクタを床に落として座る場所を確保していた、KI-520が口を挟んだ。

「ポーカー位なら、私もやるわよ」

 私は疑り深い目を彼女に向けた。

「へぇ、珍しい。カモがネギを背負ってきたぞ」

 KI-520は、ムッとした表情を向けた。


 設定を入力し終えたアルがメンテナンスルームの中央にグラフィックモニターを展開する。ただ、映像を映し出すにはまだ二、三の手順がある様だ。


 その間に私はKI-520の座る机までキャスターが外れた椅子を引きずった。彼女に話掛けながら、これ以上壊さないように慎重に座った。


「なあKI-520、FI-440しか回収出来なかったのか?他の二人は?」

 KI-520は首を横に振った。

「残念ながら、彼のビーコン付近には見当たらなかったわ。バイザーの分析データには、彼が最期を迎えるときまで傍に居た情報は残っていたのだけれど……」


 傍に居たのに何処に二人は消えたんだ?

 私はその事を、とても不思議に感じたが、結論を直ぐに見出す事は出来なかった。

「そうか。ともかく、今は確認が先決ということだな」


 アルがもういいかな、と言うかの様な表情と共にキーを押し、モニターの表示を切り替えた。


 そこには真夜中の廃墟が、ヘッドライトに照らされて映し出されていた。








***


 そこは旧世界のビル街であった場所。

 乱雑と均等の取れたハイテクの森であった場所。

 そして戦争によって滅びかけている人類の墓標のように感じる場所。


 FI-440はブラスターを肩に担ぎ、ブーツの爪先で煙草型吸引器シガーの先端のボタンを押し、消しながら、苦味の強い補給液を飲んだところだった。


「あと、どれくらいなんだ?」同じように休息をとっているSW-770に彼は尋ねた。


「目標地点まであと十キロといったところだ。あと二キロ先で奴等の領土に入り込む」SW-770もまた、レーションを補給液で流し終えたところだった。


「了解」FI-440はそう答えると、今度はもう一人の<ヒューマノイド>へ話しかけた。

「それとTK-225、もう一度作戦内容を今度は音声記憶で共有しておきたい。モジュールを展開してくれ」


 そう言われたTK-225は、何もない右手を前に出し、念じ始めた。

 すると、瞬きのうちにてのひらに球体のモジュールを握らせていた。


 <フォース>の物質生成機構だった。


 <フォース>内部に量子データとして格納してある、今この場に無い物を、“在る”と自らの認識を上書き(オーバーライド)させることで、念じた物質を手元に生成することが我々<ヒューマノイド>には可能だった。


 生成を行うには、その物質の構造、素材、機能、触感等々を事細かに知っていなければならないため、<思念増幅器>とバイザーの補助が不可欠だった。


「今回の任務は、<マシン>兵補給基地の破壊です。

 この補給基地は旧世界の工場を基礎として戦争開始直後に<マシン>たちによって建てられていますが、長らく使用されてませんでした」

 モジュールの中央のボタンが押され、基地外観のグラフィックビデオが展開される。


 <マシン>たち建造する施設は一目で分かる。この灰と、骨と、瓦礫の山においてあまりにも殺風景な見た目をしているからだ。

 しかし、この建物においてはまだ建築途中だったのか、はたまた増設しようとしているのか、周囲には骨組みと配管を積んだ自動運転の重機などが所狭しと駆け回っていた。


「そして、最近になってこのように建設作業が確認されました。よって、我々はこの施設が<マシン>兵の補給基地に改造されていると判断し、<ヒューマノイド>三名による破壊工作を行います」


 次にグラフィックが<マシン>兵士のデータを表示する。


「この施設は建設途中であるため、<マシン>兵の数は少ないと考えられますが、偵察部隊が新型の<マシン>兵を目撃したとの情報が入っています」


 データにはパラメータの入っていない、陸戦戦車型の<オーガ>が映し出された。


「パラメーターはありませんが、従来より火力、防御力が十パーセントほど増加したと考えられます」


 グラフィックが<オーガ>の背面に増設されたミサイル・ポッドと、プラズマ・シールド用の排熱フィンを映し出す。


「以上が今回の概要になります。FI-440、こんな感じで宜しいですかね?」

「ああ、大丈夫だ。今回も新型がいるが、こちらも三人だ。確実に対処すればそんなに大変な相手ではない」

 

 少し強張った面持ちのTK-225に対し、煙草型吸引器シガーを口に加えたSW-770が口を開いた。

「まぁ、油断大敵という言葉もあるくらいだ。焦らず行こう」

 彼の一言でTK-225の緊張感が少しばかり和らいだ。



***


 作業台に腰掛けたKI-520の声が、私の斜め上の辺りから聞こえてきた。

「ねえ、極東支部は三人行動が多いの?」

「いや。むしろ三人でも多いくらいだ」

 極東支部に配属された<ヒューマノイド>は、任務の量に対して絶対的に人が足りていなかった。


「他の支部はどうなんだい?」

「西では、分隊は組むわね」

「西の戦況は常にかんばしくないからな。向こう程の激戦区ではないこちらは、人手が足りていないんだ。整備士と研究者もひとくくりだぜ」アルは大袈裟な身振りを交えて嘆く。

 KI-520はその言葉の一つも心に刺さっていない、と言う様な冷たい口調で答えた。

「貴方には、それが丁度いいわね。忙しいと、うるさくないから」


 アルは嬉しそうに大声で笑った。それでいいのか、アル……。


 だが、アルの言うとおりだった。


 <ヒューマノイド>は絶対数が限られている。

 増えていく事は、無い。<フォース>の数と、適合者の数は有限だからだ。

 そのため、激戦区ではない極東支部に人員が行き渡らないのは必然だった。


「まあ、今に始まったことではないし。それに、今は君が何人か分の働きをしてくれるのだろう?」

 私の挑発に、KI-520は口角を上げて、皮肉げな笑みを零した。


 私の頭にふと疑問がぎった。

「しかし、あの補給基地破壊任務だったのか……。それなのに、人型<マシン>兵の情報は掴んでなかったのか?」

「いきなり現れたということ?」彼女は顔を真剣な面持ちに切り替えて問いかけてきた。


「うん……、その可能性は低い。この任務だって、我々皆で何度もデータ採取を行い、吟味してきた施設だ。対策や作戦は十分に練られていたはずだ」

 最終的なデータは当直の担当にしか渡されないが、少なくとも今までの作戦会議や、偵察任務で人型の情報が上がってきていないのは確かだ。

 それはFI-440の話しぶりからも、彼ら当直にも知られていなかったということだ。


 何故だろうか。

 

 背筋が“冷たさ”を感じている。体感センサには何も異常が出ていないのにも拘らず。


「じゃあなに?

 ……誰も考えもしない有り得ない事実があるってこと?」


 “冷たさ”は、疑いの思念だ。だが、私が何を疑っているのかは、自分でも分からなかった。

 だから私は、含みを持たせた彼女の問いに、答えることが出来なかった。


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