満足してんだよ!
かわいそう、と。
例えば、羽のない鳥。
例えば、布団のない寝床。
例えば、優秀な身内を持つ者。
かわいそう、と。
私の兄は騎士団長をやっていた。齢は聞いて驚くだろう、十八である。まだ高校二年生だった。兄は学校を休校しているが、退学しているわけではない。学校ではいつも兄の名前が飛び交っていた。兄はどこでもヒーローだった。
ぽっとで、というわけでもない。まだ一桁の歳から結果を出し、十二の頃には戦争にも参加していた。十三の頃にはジアパン国序列の十位を記録し、十五の頃には三位にまで登り詰めていた。連日メディアに取り上げられる時期も多々あって、私はそれがとても誇らしかった。
私たちは隣国のチエイナ国出身だった。チエイナ国は武人の国と呼ばれるほどの強国で、遺伝子から戦うために生まれてきた、という人さえいる。だから兄も、『チエイナは違うな』、『チエイナの血筋め、純ジアパンよりも目立つな』など、様々な難癖をつけられていた。兄は、その、お世辞にも格好良くはなくて、戦いぶりも、えっと、私は好きなんだけど、優雅ではないというか。そんなんだったから、肩身は広くはなかったと思う。
それで、つい昨年。ジアパンはチエイナとの戦争に勝利した。
兄がチエイナの司令官を討ち取ったのだ。
強国チエイナ。その司令官ともなれば、ジアパンの民なんぞ歯牙にも掛けない存在だ。そもそもジアパンは世界でも四番手五番手、よくて二番手程度の曖昧な実力しかもっておらず、また隣国という立地もあってチエイナに最も研究される。ジアパンがチエイナに勝つのに百年はかかるとまで言われていた。
そんな中で、ジアパンを勝利に導いた兄。その年の武術大会も当たり前のように優勝して、その頃には兄を余所者と非難する者は限りなく少数派だった。兄の出陣は騒がれ、兄の試合はもっと騒がれる。そんな光景が日常になった。
今日もそうだ。その日は武術大会初日だった。兄はシード枠で初日に試合はないのだが、開会式で昨年度優勝杯を返還しなければならなかった。そしてついでに、そのまま観客席にとどまったのだ。
「お前の試合が見たい」と。
私は、もちろんシードなんかじゃない。徴兵された軍人も参加する一般枠ですらない、全ジアパン武術大会ジュニアの部。高校生以下しか参加できない小さな枠組みの、さらに最下層程度の実力だった。
一般的に言えば、全国大会出場すら、尊ばれることもあるらしい。さらにいえば県大会ですらも。「え、お前県大会出れるの? すごいじゃん」などと戯れる同級生を見たことがある。彼らにとってはきっとそれが常識で、まして全国大会ともなれば、一回戦負けでも一目置かれていたと思う。
私は一回戦負けだった。
競技場は会場に全部で六つあって、そこで同時に試合が行われる。有名な選手が試合する競技場脇にはカメラマンがずらっと並んでいる。私の競技場には他の競技場と比べて、文字通り桁違いのカメラマンたちが押し寄せていた。
私は一回戦負けだった。
今朝の新聞を見た。兄の武術大会二連覇の記事と、その脇に、小さく私の記事。『妹サティスフ・ハリウッドも全国大会出場!』と。罵倒などもってのほか、兄との比較などもっと無い。比べるまでもないからだ。『兄妹揃って凄腕武術家』と、称賛しか載っていない。
新聞は、いいのだ。最も公共的なメディアといっても過言ではなく、そこに貶めるそれなどありはしない。また、事実だけが載っている。
問題は、その他のネット記事だ。
ちらり、とそれを見る。気になったわけではなく勉強のためだ。動画投稿サイトに載っている私の試合だった。ああ、ここの足運びが悪い。ここも、ここも。
指は、勝手に画面をスクロールして、コメント欄を開いていた。
曰く、『妹サティスフも悪くない。兄が異常なだけで十分強い』
曰く、『兄と比べて不甲斐ない』
曰く、『ことあるごとに兄と比べられてかわいそう』
曰く、『おれがサティスフだったら、きっと劣等感や焦燥感に潰されている』と。
「サティ、すごい顔してるよ」
話しかけてきたのは友人だった。彼女は笑って私に言う。
「抱いてあげよっか?」
「……うん」
友人は私の顔を自分の胸に押しつけ、よしよしと頭を撫でた。涙が出るわけでもなく、寂しくなるわけでもなく、ただ怒りが沸いてくる。
気付けば、口が開かれていた。
「……劣等感とか、焦り?」
「うん」
「……そんなの、ないよ。全国出場で満足したらダメ? ……私、強いよ」
「うん。サティは強い」
「……それなのに、ああ、もう腹が立つ!」
私は抱きしめる友人の腕を振り払った。
「うるせえよ! 勝手に妄想して、勝手に想像して、なにが『かわいそう』だ! お兄ちゃんはすごいんだよ!お前らの誰よりそのすごさを知ってんだよ! 私には私のペースがあるし、焦って卑屈で強くなれるんならなってんだよ! 私が兄と比べられるのをかわいそうって思うんなら、それを口にも出すな! 私と兄を切り離せ! 私を私のまま評価しろ! 私を勝手に決めつけるな! わかったような口を利くな! もう喋んなよ、私に構うな!」
私は叫んだ。
「私のどこが『かわいそう』なんだ!」
私は満足してんだよ!
いい匂いのする友人はゲラゲラ笑っていた。
モデルはとあるスポーツでした。私が一番彼女を決めつけてるけど。




