イノリノハジマリ その2
後先考えずに飛び出してしまった事を、羅世蘭は後悔していた。
店主の殺され方を見れば、マキナを連れ去ったのはかなり手練れのこういった殺しや誘拐に慣れた者だと推測出来る。
そんな人間に、今まで特筆出来る事と言えば勉強くらいしかない自分が対抗できるのか?
答えは明白……、無理だろう。
どうあがいても。
しかも、羅世蘭はこの辺りの地形を熟知していない。
こうしてウロウロしている間に既にもう町の外に出られているかもしれない。
(だが……)
ここで俺は何もしなければ、今よりもっと後悔することになるだろう。
「マキナっ!マキナぁぁ!!」
羅世蘭は裏路地で1人大声で叫ぶが、返ってくるものはなにもない。
マキナを見つける事が出来ないかもしれないという不安が大きくなるだけだ。
(くそっ……、やっぱり船に戻って仲間に連絡するべきだったか……?)
一瞬弱気な思考に陥り、足が止まる。
「……くそ!」
やけくそ気味になり、羅世蘭は近くの建物の壁を叩いた。
その感触は、ヌルリとしていて、流動性がある……。
「……?」
羅世蘭は不思議に思い、壁に目をやる。
そこには、赤黒い液体がこびりついていた。
まだそれほど渇いておらず、壁に付着してからそこまで長い時間は経っていないだろう。
血液は上へと引きずられるように付着しており……。
(おそらくこれは……、マキナの血……。だがこの血の付き方……、屋根の上に登ったのか?)
こんな目立つ場所にあった手掛かりを見過ごしてしまうほど自分の視界は狭くなっていた事を羅世蘭は自覚させられ、想像以上に熱くなっていた頭を落ち着かせるため大きく深呼吸……。
(マキナを連れ去った犯人は手負いのマキナを背負って屋根の上に登ったって事か……?人は意外と上は見ないと言うけれど……。それでもそんな面倒な事、するはずが……)
羅世蘭の頭は考えを巡らす内に、この血痕は罠ではないかという可能性を思案し始めていた。
(普通屋根の上には登らない……。当たり前だ、昼間だしな……。人目にもつく)
だが、罠、ブラフだという可能性をどれだけ考えても、それでも羅世蘭はマキナが屋根の上へと連れ去られたという可能性を捨てきる事が出来ずにきた。
(何だ……、見知らぬ土地だからか……?わからんが……。この屋根の上には何かある……。そんな気がしてならない)
「あぁくそ!!」
羅世蘭は近くにあった木箱を足場にすると、鬱々とした感情を振り切るかのように勢いよく屋根の上へと飛び上がった。