でました、でちゃいました
寝苦しい夜も夜明けとともに気温が下がってきたとみえ、八郎はぐぅっと眠りを深めてしまったようだ。
今の時間帯は長男が起きて不寝番をしているはずだ。
うぅぅ
あまり吠えない犬であるポチが小さく唸り声をあげた。
八郎はそのかすかなうなり声で目が覚めた。
光平の姿がない。万理の姿もだ。
落ち着かない様子で、ポチは室内を歩きまわる。
「どうした?」
気配で理津子と弘夢が起きたようだ。
「パパ、外、電気がついてる」
美津子に言われて、2階へあがりそっとベランダから灯りの方を見る。
ガチャ
玄関のドアがあく気配がして誰かが家の中に入ってきた。
「光平か?」
「光平と万理よ」
理津子の答えにまた外を窺う。
センサーで光る照明が点灯していた。
そこに浮かび上がるのは人らしき影。
しかし次の瞬間、叫び声をあげなかった事を八郎は自分で自分をほめてあげたくなった。
八郎はしばらく、そこでじっと外を窺った。
やがて静かに窓をしめ、鍵をかける。
深呼吸して、ゆっくり居間へ戻った。
「…見たのか?」
八郎の問いに光平も万理もぶるぶる震えて頷いた。
「トイレに行きたくなって、光平兄ぃについてってもらったの。そしたら…」
センサーで点灯する照明に浮かびあがったのは人間だった。
しかし、すでに死んで時間がたっていると思わしき姿で、うつろな眼窩をこちらに向けてくる。
「ゾンビとかまでいるとか、どうしたらいいんだよ」
光平が手を口で覆うしぐさをしながら、うめくように言った。
理津子は万理の背中をさすってやっている。万理の腕には盛大にサムイボが立っているようだ。
「ちょっと来い」
八郎は光平を連れて2階へあがる。後ろから弘夢もついてくるようだ。
「ポチをおさえておけ、鳴かせないようにな」
そうっと背をかがめて、2階のベランダへ出る。
「見ろ、連中は何故あそこからこっちへ来ないんだ。いや来ない方がいいんだが」
「あのバリケードと堀のあたりからこっちには来れないみたいで、足を踏み出しかけると引っ込めるんだ」
「あの辺り…なんか光ってるみたい」
弘夢が指さすあたり、たしかにほんのりと光っているような気がする。
「なんかバリア的なものが家の周囲にあるみたいなんだよ。関係あるかどうかわからないけど、玄関の正月飾りもなんか光ってた。」
「日本の神様が守ってくれているのかもな」
八郎は自分で言っていながら、半信半疑であった。
「万理が知らないで近づいたゾンビはすごい勢いで消えてったけど」
「万理か・・・万理のそれも『そういう系統』って奴か?
「かもしれないね。かもしれないとしか言えないけど」
八郎は首を傾けたが、わからない物はわからないのだ。それより、考える事はいっぱいある。
「謎バリアはありがたいが…。それより連中の恰好をみたか?」
光平はうんざりとした顔で答えた。
「ええ、革鎧に革の足通し、手に寂びた剣とかナイフとか矢のない弓とかも持ってる奴もいたし、やっぱり中世っぽいよ」
「死んだ時期はいろいろなようだけど、皆現代の服装の奴は一人もいないよな」
「あそこの奴なんて騎士としか思えない恰好だよ。」
「僕達、来ちゃったんだね…」
弘夢が茫然としながら言う。
その手はしっかりとポチの身体を押さえている。いや押さえているようで縋っているかのようだ。
「まぁ、でもおかげで中世風の文明と人間がいることはわかったよ。あんな訳のわからないゴブリンみたいな化け物だけしかいない場所じゃなくてよかった。」
「親父、どうする?あれ?」
「あれ以上こちらに近づけないようだし、明るくなったら考えよう。生きてる人にとっちゃ、暗いってだけで十分怖いものだからね」
八郎の言葉に光平もため息をついていう。
「ゴブリンじゃなくてよかったかもね。せめて、だけど…」




