なんか緑の猿っぽい小さい奴が出た
八郎が首を捻りながら、外を気にしていると密林の中を何かが動いた。
緑色をしているので見にくいが、たしかに何かが動いている。
「おい」
低く、言うと美津子と、弘夢が気がついて傍に寄ってきた。
「なんか来たようだぞ」
茶色の木の幹の前に一瞬その姿が浮かび、またすぐ密林の中に紛れてしまう。
「人っぽいが…、緑色だな」
「お猿さん?腰蓑つけてたわね」
弘夢は目を瞠るとすぐに兄と姉を呼びつける。
「すぐ出て逃げた方がいいと思う。」
「兄さん、見た?」
「おう、見えた」
「店の中を荒らしたのは奴らだろうね」
「仲間を呼んできたのかもしれないわ」
「逃げよう」
「どこから?」
「奴ら、正面玄関から出入りしてると思う。反対の非常口からでましょうよ」
「従業員用の出入り口があると思う」
「よし、それならさっき見かけた。こっちだ」
八郎はプライベートと書かれたドアを押して開けた。
従業員用の通路を抜け、守衛室前を通り、セキュリティのあるドアまで行きつく。
「どうしよう」
「むしろ、警備会社に連絡行って、かけつけてくれた方がよくないか?」
「だね!」
八郎が、そう言ってドアのロックをはずそうとすると、けたたましく警報が鳴った。
「しまった。こっち系統の電気は生きてたか」
「非常用蓄電?発電?んもぅぅぅ。こんな時に!」
『ぴーぴーぴー!不正な出入りを確認しました。警備担当者は至急現場を確認してください。繰り返します…』
「やばいよ。音でかい!気づかれちゃう!どうする??」
「とにかく逃げよう!こっちの方のドアだ!一旦店側に戻ろう」
「あっちに搬入口あった!あっちいこう!」
今度は万理の先導で、畑中ファミリーは走りだす。
「やばいよやばいよやばい」
弘夢は真っ青な顔をしている。
万理は母親が遅れはじめているのに気が付いた。
「母さん!がんばって!」
「だめ。普段、走ってないから母さん無理…」
こんな事ならダイエットでランニングをしておくんだった。
理津子は後悔するが、それは今思っても仕方のない事だった。
「息がきれて…」
「理津子!手をだせ!」
八郎は理津子の手をひくと引っ張りながら走る。
光平も光平でパニクっていた。
(もし、あれが俺達が思っているものだったとしたら…捕まるとヤバイ!)
その時、ふと売り場のある物が目に入る。
(花火セットか、一か八かやってみるか!)
花火セットの中から派手な音のなるネズミ花火を取り出す。
「兄ちゃん!何してんだよ!」
弘夢が気がついて戻ってこようとするのを制して光平は叫ぶ。
「いけ!先にいけ!すぐ追いつくから!」
ひとつ、ふたつまとめて、先程、棚から拝借したライターで火をつけるとカートにそれらを放り込んで思い切り、表玄関側へ蹴った。
カートが転がって行き、光平がきびすを変えて走りはじめてしばらくするとパンパンパンと玄関側から花火がはじける音がした。
そしてその火はまだ点火していない花火にも燃え移っていく。
搬入口に続くプライベートの通路に潜り込めた畑中一家は遠くに聞こえるパンパンという花火がはじける音と店の中へなだれ込んできたであろう生き物のグギャグギャ言う鳴き声が金属製のドアで遮られたのを感じた。
「懐中電灯を消せ」
八郎が搬入口から漏れる光で十分足元が見える事を確認して小声で注意を促した。
搬入口のシャッターのところにはセキュリティカードがかかっていた。
不用心な事だが、畑中一家にはラッキーだった。
セキュリティ部分にカードをかざしてみるが、何も反応しない。
どうやらこっちのセキュリティは停電とともに死んでいたようだ。
「そうっとだぞ」
重そうなシャッターの下の部分に手をいれた八郎だったが、それは万理に止められた。
万理はシャッターの一部を指さしている。…ドアだ。
一部分にドアがついている形のシャッターだったため、そこ鍵をくるりとまわしてロックをはずし、音もなく外に出る事が出来た。
「…中に全部いるかな」
「こちら側には一匹も来てないようだよ」
「念のため、静かに周囲に気を配りながら、帰ろう」
「ここヤバイ奴多すぎだろ」
「母さん…大丈夫?」
「大丈夫…今、息を整えるから、ちょっと待って……。すぅはぁ、すうはぁ。…いいよ。もう行きましょう」
畑中一家は後ろを振り返り、振り返り、密林の中へ足を踏み入れた。




