馬車を拾う
明け方、死屍累々という感じで理津子以外の家族はリビングで倒れていた。
そこを寝室から出て、片足をひきつつ歩いてきた人物がいた。
昨夜、手動スライムキルマシーンと化していた理津子である。
抗生剤が効いたのか、レベルアップが効を得たのか、一晩で回復したようだ。
「ちょっと怪我したところはまだ痛いけど、なんか肩こりも腰痛も治ったかんじがするわ。なんか爽快ね」
しかしその爽快な気分もリビングの残状を見て霧散した。
「何よこのありさまは…」
カップ麺の容器やパン菓子の袋などが散らばっていて、その上、あちこちに死んだウサギが放置されている。
ふと理津子の目が動いた。
シュッ!
テーブルの上のコップが風音を切って飛んだ。
ゴン!!!
「あらまぁ」
自分の仕業なのに驚いている理津子。
息をふきかえした兎をその辺のコップを投げて息の根を止めたようだ。
「ええ?、ちょっと当たっただけなのに」
コップの底の厚い部分がウサギの脳天にヒットしたとはいえ、めりこむなんてどんな手品?
自分の仕業とはいえ、どんびきをする。
「それにしても、のこぎり状のぎざぎざの角をもつ兎ねぇ。…」
ポチがもそもそ起きだしてきて、さっき息の根をとめたウサギを咥えそうになったので、あわててウサギを拾い集め、ポチの届かない高い場所に置く。
「いつものフードをあげるから、そっちにしなさいよ」
そういいつつ入物にペットフードを入れ、水入れに水を継ぎ足す。
「やぁね。あなた、兎を食べたの?」
口のまわりの血液の汚れに気が付いて、ウエットティッシュできれいにする。
ポチはご機嫌で、尻尾ふる。
「飼いならされたとはいえ、野生の声には逆らえなかったか?、この角ウサギキラーめ!」
もふもふもふと一通り撫でまわして首を傾げる。
「ん?お前、ちょっと大きくなった?」
わふ!
どこか自慢気に鳴くと、寝ている八郎の元へとてとてと歩いていき鼻ずらで頭を押し上げる。
「散歩の催促ね。パパ…わるいんだけど」
理津子は、八郎を起こすのだった。
朝食は焼き餅にした。正月用の餅はまだまだ残っている。トウユーでもいくつか持ってこれたため、しばらくはこれにする。水を使用しなくてもいいからだ。
火はカセットコンロを使用しフライパンの上で焼いた。どこかにバーベキュー用の網があったはずだ。
もう少し落ち着いたら探してみようと理津子は思った。
せめての栄養不足を補うために、野菜ジュースと鯖缶をつけた。すでに冷蔵庫の野菜は元気がない。
しおれたり腐ってしまう前に乾燥野菜にしようと理津子は決めた。
臭いで起きてきた3人の子どもに朝食をすすめると、理津子も餅を口にした。ゆうべ熱を出したからか、いくらでも食べられそうだ。
味付け海苔にさとう醤油、黄粉と用意した。小豆餡の缶詰もあるので、次あたりはお汁粉が食べたいものだと思う。
「大丈夫?母さん」
万理に心配されたが、嘘のように身体が軽い、万年患っている肩こりまで解消したかのような調子のよさだ。
他の3人は寝起きのためぼーっとしている。
ゆうべは自分のために頑張ってくれたのだ。
きっと寝ずに看病してくれたのだろう。
まさか自分が意識のないまま、ずっとスライムにとどめを刺し続けたとは知らないので、理津子はそう思うのだった。
朝食をすませ各自大自然の中で用をすませると、理津子は再び家をその敷地ごとアイテムボックスに収納する。八郎と光平に交互におぶさり、移動を開始するのだ。
「うわぁぁ。なにあれ」
「ガードレールだねぇ。道路標識も…」
「ビニールハウスの残骸だよ。」
「トタン屋根にブロック塀の一部だ」
「軽トラ…あっちには軽自動車だ。」
「丸金板金…うちの近所の店の看板だなこれ」
暫くすすむと、元の世界の落としものが次つぎ見つかる。
「ウチだけじゃなくて、いろんな物が飛ばされたんだねぇ」
「バス亭に…バスも…」
残念な事に中は無人で、人がいた形跡はなかった。
「自販機…まぁ。」
その全てを何かの役にたつかもしれないとアイテムボックスに「しまっちゃう」理津子。
軽トラはあちこち凹んでいたものの、鍵もついていたので、ありがたく使わせてもらう。
と、いうのも、舗装はされていないが、道らしい道に出たからだ。
ちなみに運転が八郎で助手席には理津子、足元にポチ。
荷台には3人の子ども達が乗っているがかなり揺れる、揺れるどころか跳ねる。
「舌かみそう…」
「あっ!馬車だ」
さすがにそれはこちらの世界のものだろう。
八郎は軽トラを止め、様子を窺う。
何も動かないのを見て、車から降りてよく検分することにした。
その馬車は 根ごと倒れ、横倒しになっている木の側でひっくりかえっていた。
「松ね。ずいぶん大きい…」
どうやらこの松の木に乗り上げて、この馬車はひっくり返ったようだ。
「この松もしまっちゃえるかしら?」
「何に役立つんだよ」
「あ、ほらそっちの枝の方に魚網がひっかかってるわ。それに邪魔よ」
「……」
もう好きにすれば?という形で理津子以外は匙を投げている。
馬車も一度理津子が「しまちゃってから取り出し」すれば、きちんと元にもどった。
「あ、馬?足が多い気がするけど馬?」
「本当だ、八本足だけど馬っぽい」
一度は逃げたのだろうが、人恋しくて馬車のあったところまで戻ってきたらしい。
八郎達を見ると喜んでかけ寄ってきた。
「よしよし、お前達は賢いねぇ」
馬車のところで、引きたそうに鼻でたずなを押している。
誰かがたずなを切って馬を逃がしたらしい。切り口は刃物によるものだった。
「足跡がある」
「馬車がひっくり返って、ここから逃げたんだな。荷物らしい物もけっこう残ってるからよほど慌ててたんだろうよ」
「この足跡の主、生きてるかな?」
「あっ…」
道のはずれの叢に光るものがあった。
光平と八郎が用心しながら近づく。
「護衛だった人かな」
「げっ」
その遺体は金属の鎧のようなものを身につけていた。
「死んでる?」
「この人はアンデットにはならなかったみたい」
「アンデットになる奴とそうじゃない奴、どこが違うのかな?」
今日までにアンデットと戦ってきて、何となくただの死体かアンデットの昼間の状態なのか判別がつくようになった。
「…これ歯型だよな?」
籠手の部分がはずれている腕が何者かによって噛みちぎられている。
「今度は何だよ…」
いくぶんうんざりとした感じで光平が言う。八郎もいささか疲れのためか反応が薄い。
「ポチの足跡と似ているね」
その頃、弘夢と万理は馬車と足跡の方を検分していた。
「山犬とか、狼とかって事じゃないかしら」
「ポチ、どう思う?」
しきりに 八本足の馬を警戒しつつ周囲で臭いを嗅いでいるポチに弘夢が問いかける。
いつもなら名前を呼ばれるだけで尻尾をふるのに、なんだか神妙な顔つきで尾もたれている。
「ポチが変な顔をしてる」
「この足跡の主がまだ近所にいるとか?ポチ、どうなの?」
ポチの耳がピピッと動く、何かの音を拾ったのだろうか。
「やっぱり長居しない方がよさそうね。怖いなぁ…先を急ぎましょうよ」
先に行った所で安全とは言い難い。
誰もこの先がどうなっているか知らないからだ。




