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ひたすら逃げる

 その辺の木で、ちょうど良さげな枝を折る。

 息子の光平も難なく枝を折っている。

 レベルアップしたのではないか?との指摘を先ほど子らから受けたので、半信半疑だったのだが、どうやらその認識で間違いないらしい。

 でなければ、こんなに簡単にこの太さの木の枝は折れないと思う。

 最もこの世界の木が弱いのかもしれないが。

 どこか疑う部分もあって、八郎はまだ少しだけ疑いの気持ちを捨てきれなかった。


 八郎が高校生の頃に夢中でやった16ビットのあるゲームにこの世界は似ているという。

 懐かしく高校時代を思い出すが、友人と馬鹿をした記憶の方が鮮烈に思い出された。


 「山田、元気かなぁ」


 たしか15年前くらいのクラス会で会ったのが最後だった気がする。八郎の結婚式の時には山田はインドに駐在してきてボイスチャットでおめでとうをもらった記憶がある。


 「あいつ出来がよかったからな」


外国語が苦手だった八郎と違って、山田は語学が堪能だった。

大学を卒業してからも、中国、ベトナム、インド、シンガポールと海外を飛び回っていたなと思い出す。


頭をふって、山田との思い出を頭の隅に追いやり、バスタオルを3枚、先程の枝に結び付け、ぽっちゃり体型の理津子が乗ってもはずれないようにしっかりと取りつけた。


 「どうだ?」


 「強度は問題なさそうだよ」


「そうっと横になって、そうそう。足に負担かけないようにして」


「二人で担げるかな?」


「やってみよう」


 よっ!ほっ!と声を合わせ、光平とともに八郎は理津子の乗った担架をもちあげる。

正直、腰が心配だったが、何の負担も感じない。


 「お、軽いな?理津子、痩せたか?」


 空気の読めない八郎の発言は3人の子どもどころか、理津子その人からもスルーされた。

八郎としては重くなりがちな空気を弛めるつもりの発言だったのだが。


 人が生活するならば、川の近くに住むであろう。

 農業をするにも、煮炊きをするにも水は必要だ。

 ゾンビとはいえ、元は人間だった者の姿は確認している。

 

 川上の方にはゴブリンが出た。

 では、目指すのは川下だ。


 川に沿ってこの獣道を進もう。


 まだまだあの倒した3匹以外のゴブリンがいて、こちらを狙っているかもしれない。

 早く少しでも安全と思える場所まで進みたい。



 畑中家一家は再び移動を開始した。




 その頃、畑中家と同じように謎の作用によって同じ世界に落ちたリプレ、トウユー南浜店の中では異変が起きていた。


 畑中一家が、逃げだした後、謎の物音に警戒を深めていたゴブリン達は、警報システムの沈黙により、事態は収束したと考え、いよいよ食品コーナーを中心に店内を荒らしまくっていた。


 そして一匹のゴブリンがプルタブの開け方を発見した後、ゴブリン達は調子に乗って、飲料コーナーのありとあらゆるプルタブを開けまくった。

 その中にアルコール飲料があり、ゴブリン達はきそって酒類を開封し煽るように飲みまくったのだ。

 やがてワイン類が貯蔵されている棚に行き着くと、ガラス瓶を叩き割り、床にこぼれた酒を直接すすった。

 酔った勢いで、床にこぼれた物を舐めまわしたりもした。


 この行為がゴブリン達の運命を変えた。


 どんなに清潔に気をつけて清掃していても、不特定多数の人間が土足で歩き回った床に落ちた食材を加熱もせずに大量に食べたらどうなるか。


 日本の地方にあるスーパーの床にあったのは、ありふれた常在菌だった。

 割とどんな場所にでもいる、それも一般家庭などでも普通に見られるありふれた菌がほとんどだった。

 中には深刻な症状をきたす菌もあったが、きちんと衛生状態に気をつけていれば、身体の免疫反応で問題なく処理できるはずの菌だった。


 だが、ゴブリン達にははじめて出会う、菌であり免疫が一切ない菌であったのが災いした。

 腐ったものやゲテモノをも食べるゴブリンであったが、一見どこも汚れていないように見えるスーパーの床の見えない常在菌の存在など完全に意識の外であったに違いない。


 最初ゴブリン達は身体の不調を酒の飲み過ぎだと考えた。

 だが、襲いかかってくる高熱や吐き気、口内に出来る水泡に一匹一匹と倒れる者が出始めると、それを呪いだとか罠だとか考えるようになった。


 そしてついにトウユーに放火するという暴挙に出たのである。


 ギャッギャッ!グギャギャ!


 呪いの神殿に火をつけてやったぞ!!


 ゴブリンの中でひときわ大きなボスがそう雄叫びをあげたが、そのボスもその後、すぐに熱を出して倒れた。


 ゴブリンの巣穴は壊滅的な被害を受けることになったのだが、そのことを畑中一家は知らない。


 そして異文化同士の洗礼というべき、目に見えないものの脅威は畑中家をも襲っていたのだった。

 





 



 



 





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