元旦明けたら異世界に来てた件
コンコンコン
なーに?あたし、今引きこもってるの
畑中八郎45歳は、ノックした娘の部屋の前で項垂れていた。
ノックした内側からの娘の返事は昨日と同じ。
彼は諦観のこもった目でそのドアを睨みつけるとそのドアの隣の部屋のドアをノックする。
きぇぇぇぇぇ!
奇声が返事代わりに返ってきて八郎はため息をついた。そしてその隣のドアをノックする。
「なに?」
今度の相手は内側からドアを開け顔を見せた。
末息子の弘夢は八郎の三人の子どもの中で唯一まともにコミュニケーションが出来る相手だ。
「大掃除しないの?」
「だって寒いし」
八郎にとって年末とは、大掃除をし、身のまわりを清浄にし新しい年を迎える為のものだ。
ところが平成生まれの自分の子らにとっては、単なる休みと一緒らしい。
しかたなく八郎は一人で玄関を片づけ、リビングに掃除機をかけた。
そんな事をしている内に、朝から出かけていた妻、理津子が大荷物を抱えて戻ってきた。
「うへぇ。寒かったー。すごい人だった!そして高過ぎ!正月価格ぼりすぎ!」
「理津子、店は1日から開いているんだから…」
もう冷蔵庫はパンパンで食品庫からも物があふれているのに、3ヵ日店が開いていなかった時代の癖で、妻の理律子はいつも食べきれないほどの食糧を買い込む。
「そうだけどさー空いてる店だって少ないし、混むし」
たしかに店は1日から開いているが、初売りや福袋目当ての客で異様に混む。それに正月で開店時間を短くしている店も多い。
「去年だって、急にわさびがないーとかあったじゃん。やじゃん炬燵から出るの」
去年は正月に某漁港の卸センターまで行って購入して冷凍しておいた刺身を解凍し、いざ食べようとしてわさびがないことに気が付いて、誰が買いにいくかでたしかにひと悶着あった。
「パパはどうせ飲むんだから運転しないじゃん。今年は私も飲むつもりだしー」
妻は最近ハイボールに目覚め、今回の買い物の荷物の中にも庶民的なウィスキーとそれを割るための炭酸が見えている。
「それにこれから荒れるって言ってたよ?」
例年、年末年始は静かな日が多いが、今年は戦後最大級の寒気が下がってきており、日本海側には低気圧も居座っている。今年の元旦は酷く荒れるだろうと予想がされていた。
免許のある二人が飲酒してしまえば、買い物に車を出すものがいない。
3人の子供達の誰かに不足分を買いにいかせるにしても、天候が悪いようじゃ頼みにくい。
この地方都市では買い物に車が出せないというのは致命的だ。
「…、まぁそれはそうだけどさ」
八郎は眉尻を下げて言った。
どのみち自分の発言権は家の中では弱いのだ。
風が強くなってきたと見え、網戸がガタガタと鳴った。
「今のうちに灯油の残量、みといてねー」
「ハイハイ」
八郎は大人しく言われたまま、残量を確認しに行くのであった。




