「5」
-探せ!探せ!-
“夜快”は無数に立ち並ぶ鏡の森を見つめながら
声を張り上げ数を数え続ける。
川野百合の小さな足音が、暗闇に小さく反響していた。
それだけで大体の位置は解る。
―ヤ・カ・イ…
囁くような、小さな声。
例の若くして死を迎えた魂達だ。
―アノコ…カエシテ・アゲ・テ。
―ワタシ・タチノ、コトハ…イイノ
―ヤカイト イッショニ イラレレバ…ソレデ…
だが夜快は答えなかった。
魂達がそう言いだすだろうと言う事を、彼はもぅ知っていたから。
彼等は限りなく やさしい。
それだけにあまりにも不憫だった。
だから、出来るなら本当は例え他人の肉体であろうとも人生をやり直させてやりたい。
世の中には悪事に手を染める様などうしようもない連中が後から後から腐る程、湧いて出てくる。
だが、実際に彼がそれをした事は一度もない。
理由は二つ。
ヒトツは、魂達が必死でそれを止める事。
もうヒトツは…
百合の足音と息遣いから流れ出る“焦り”と“後悔”と“罪の意識”を感じ取りながら夜快は高らかに
「50!!」と叫んだ。
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「50!!」
百合はそのカウントを聞いて「後50…!」と呟いた。
足が重い。
膝の裏がキュッと硬くなった気がして一瞬立ち止まった。
その間も夜快のカウントは、容赦なく続く。
―どうしよう…
百合は荒い息を整えようと強く息を吸い込んで、むせた。
咳き込んでいると苦しさと、良く解らない哀しさとが咳と一緒に溢れ出してきて知らないうちに涙が頬を伝う。
大分ラクになって少し落ち着いて顔を上げた時、
調度耳に「69!!」のカウントが飛び込んできた。
「もうそんなに!?」
百合は苦しさを堪え、また走り出す。
だが、幾ら走っても走っても、何度も何度も鏡の中を覗き込んでみても、どの鏡も全て寸分たがわない。
ただ見慣れた廊下や窓や、死んだように倒れている自分の体が、冷たい透明の板の向こう側に同じ様に無表情な顔をして、そこに存在してるだけだ。
「どれなの…!?」
百合の声は既に泣き声だった。
「ワカラナイよ…」
―…違う…
夜快はその呟きを耳にして想った。
―…ワカラナイんじゃない…解ろうとしてないんだ…!
「こんなにイッパイある中から…
たったヒトツを見つけるなんて…絶対無理だよ…」
―…無理なんかじゃない…そう想ってるだけだ…!
夜快は首を小さく横に振った。
百合はその場に膝と両手をつく。
ポトリ…
闇色の床に、微かな音を立てて透明の雫が落ちた。
ポッ…ポツン…ポタ…
それは丸で雨の様に止め処無く、暗闇に落ちては消えていく。
知らない内に嗚咽が漏れた。
自分の非力さが情けなくて、涙が溢れた。
腹のソコから哀しいって、きっとこう言うのを言うんだ。
結局私は、この勝負に負けてしまうのか…。
小さくしゃくりあげながら涙の落ちていくのを見追っていた
…その時。
夜快のカウントダウンと、自分の嗚咽以外に、
どこからか声がするのに気がついた。
「6」へ続きます。