りんどんりんどん、しゃらりんどん。
リハビリ兼気分転換のため、勝手気ままに筆の赴くまま書いた。
『りんどんりんどん、しゃらりんどん』
ある街にたったひとつ、人々に時を知らせる大きな大きな鐘がありました。
人々はその鐘の音を頼りに目を覚まし、仕事に向かい、鐘が鳴るとまた帰って来ます。
その時の鐘は街の人々にとって生活そのものでした。
時の鐘がなければ人々は目を覚ますことも、決まった時間に出かけて、同じように帰って来ることもできません。
街の人々は時の鐘が大好きでした。
朝を知らせる鐘です。そして、仕事を終えて家に帰る音色です。一生懸命働いたあとで、家族の笑顔を見ることができるのです。
ある日、王様が隣国と戦争を始めてしまいました。
たくさんの大人の男たちが戦争に駆り出されました。王様の命令です。とても逆らうことはできません。
今度は戦争に使う武器が足りなくなりました。
王様は街中のありとあらゆる鉄を集めようとしました。
人々はフライパンや包丁を差し出しました。
フライパンや包丁は熱い火で溶かされて、今度は剣や槍になりました。
たくさんの剣や槍ができました。それでもやっぱり足りません。
王様は時の鐘も溶かして剣と槍にすることに決めました。
街の人々は必死に止めました。もう男たちは街にいません。女たちが王様の宮殿の前に集まって、声を高らかに叫びます。
「時の鐘を溶かさないで! あの人を帰して」
そうです。時の鐘がないと、大切な人たちが終わりを知らずに帰って来ることができません。
けれども、王様は知らんぷりです。
街の人々の声を無視して、ついに時の鐘を壊して溶かし、新しい剣や槍にしてしまいました。
王様はご満悦です。武器さえあれば戦争を続けることができます。
街の人々が文句を言いますが、王様は聞きません。
それどころかこう言って彼らを黙らせました。
「鐘の音色がなくても起きるものは起きる。空を見れば太陽があり、夕刻になれば空は茜色に染まるのだから、時の鐘に頼るまでもない。戦争が終われば、男たちは帰るだろう」
街の人々はどうすることもできず、王様の言葉を信じることにしました。
そうして、時の鐘がなくなった翌日。
街は大混乱です。
パン屋さんは寝坊してしまい、朝食のパンが買えません。
男の代わりに働く女たちはいつの間にか夕焼け空に気付いて慌てて家に帰ります。
けれども、そんな慌ただしい日々も一ヶ月、二ヶ月と過ぎると誰もが慣れていきます。
ようやく街の人々が時の鐘のない生活に慣れ始めたころ、王様が言いました。
「戦争に勝ったぞ!」
女たちは喜びました。戦争が終われば男たちが帰ってくるのです。
温かい料理を作り、お風呂を沸かして男たちの帰りを待ちます。
けれども、待てど暮らせど誰ひとり帰ってきません。
街の入り口に、多くの女たちが首を長くして、大切な人の帰りを待っています。
ついにはしびれを切らした人々が王様の宮殿に向かいます。
男たちが帰って来ないと王様に訴えました。
けれども王様は、そんなはずはないと話を聞いてくれません。
戦争に勝ったのです。
新しい領地も手に入りました。
王様は街の人々のことなど知らんぷりです。
なぜならば、王様は街の人々に嘘を吐いていたのです。
本当のことを言えるはずがありません。
たくさんの男たちを戦場に連れて行きました。
たくさんの鉄を集めて武器を作りました。
そして、戦争には勝ちました。
新しい領地も手に入れました。
けれども、男たちはみな死んでしまったのです。
正直に打ち明ければ、女たちは王様のせいだと怒るでしょう。
王様は黙っていることにしました。
男たちのいない街は寂しいものです。
元気で威勢の良い声が聞こえてきません。
大路に並ぶお店の軒先で声を出すのは女たちです。
重たい荷を運ぶのも女たちです。
壊れた橋を治すのも、女たちなのです。
女たちだってやってやれないことはありません。
けれども、どうしたって男のように力持ちではありません。
頑張って、頑張って、疲れてしまいます。
そんな女たちが、街にたくさん溢れていました。
とある機織りの女がついに倒れて寝たきりになってしまいました。
機織りは女の仕事でした。
けれども、その女は機織りの仕事が終わると、寝る間も惜しんで夫の仕事をしていたのです。
働き過ぎたせいでその女は病に倒れてしまったのです。
女には幼い娘がいました。
まだたくさんの言葉を知らない少女です。
少女は母に問いました。
「時の鐘が鳴れば、お父さんは帰ってくるの?」
母は首を横に振ります。もう時の鐘はなくなってしまったのです。
剣や槍になってなくなったのです。
一度なくなったものを、また元に戻すことはできません。
それに、母は夫がもう帰って来ないだろうことを知っていました。
戦争が終わってずいぶん月日が経ちました。生きていれば、きっと帰って来なければおかしいのです。
けれども、まだ幼い娘に父親の死を告げる勇気がありませんでした。
母は幼い娘に言って聞かせます。
「いつかきっと、お父さんは帰ってくるわ。それまでお行儀良くして待っていましょうね」
幼い少女は頷きます。
けれども、じっと待っているなんてできません。
少女はお家を飛び出しました。
父親が帰ってくるのを、母の言葉を信じて待ち続けます。
時の鐘がなくなってしまったのです。
もう帰る時間を知らせる音色はありません。
少女は唄います。時の鐘の代わりに、麗らかな鈴のような声で唄います。
――りんどんりんどん、しゃらりんどん。
時の鐘の音色を真似て、街に響き渡るような大きな声で。
少女は毎日毎日父親を待ち続けます。
――りんどんりんどん、しゃらりんどん。
大きな声で唄います。
――りんどんりんどん、しゃらりんどん。
朝から、西の空に太陽が沈むまで、少女は唄います。
――りんどんりんどん、しゃらりんどん。
するとどうでしょう。
太陽の沈んだ薄明かりの空にたくさんのほうき星が光りました。
空いっぱいに溢れるばかりに光の粒が流れていきます。
――りんどんりんどん、しゃらりんどん。
――りんどんりんどん、しゃらりんどん。
星になった父親が、戦争に行った男たちが星になって帰ってきたのです。
街の女たちは少女が呼び寄せたほうき星を見上げます。
誰もが知らず知らずのうちに口ずさみます。
――りんどんりんどん、しゃらりんどん。
それはいつしか、大切な人の無事を祈る言葉になりました。
――りんどんりんどん、しゃらりんどん。
たったひとりの少女が生んだ、時の鐘の歌です。
家族の帰りを待つ平和の音色なのです。