第八話 決闘!火術研究所
あらすじ
ある、異世界への転移が常識と化した近未来の話。
主人公の少年は異世界に強い憧れをもち、ある日異世界へと誘われた。
しかし、彼が転移した先は【打ち捨てられた異世界】と呼ばれる過酷な世界だった。
主人公はこの世界で最初の魔物との戦いに敗北し、魔物に殺される寸前の所で辺境に住む兄妹に辛くも命を救われたが、ショックから自らの記憶の一部と自らの名前を失う。
兄妹に促されるまま、隣町に赴く主人公だったが、そこで出会った人々から自分たち地球人は恐怖と嫌悪の対象である事を聞かされるのだった…。
登場人物
カムド(主人公)
異世界に憧れ、異世界に誘われた14歳の少年。
ある日、念願叶って異世界へと旅立つが、直後に魔物の群れに襲われたショックから、記憶の一部と自らの名前を忘れてしまった為、現在は自らをカムドと名乗る。
世間知らずで無鉄砲だが、根は臆病者。
握手を交わした対象に共感を持たせる能力を持っているが、本人はあまりそれを気に入っていない様子。
メティアナ
辺境の村の薬師にして、赤髪の美少女、あだ名はメティ。
知識・才能・美貌に恵まれているが、身内には毒舌を放つ。
どうやらカムドの事を憎からず思っているようだ。
兄妹の妹の方。
エムバラ
辺境の村の弓使い、正確な発音はンバラ。
弓の腕は超一流で、細工や陶磁器の作成にも精通している多芸な面も持つ。
才能は確かだが、故に相手に傲慢不遜な態度を取る事も多い。
兄妹の兄の方。
ダマ先生
隣町の火術研究所の首長をしている。
メティたち兄妹の恩人、研究所には何人もの弟子たちが泊まり込みで日夜修行に励んでいる。
リック
リチャード=ハーパー、アメリカ人。
現在は火術研究所の客人として招かれている異世界人。
慎重な性格で、洞察力に長けている。
ミゲル
火術研究所の下っ端、主に門番や雑事を任されている事が多い。
メティアナに密かに恋心を抱いている。
「よっしゃ、ここでお前の装備を調達するぞ。」
「装備って…ここ雑貨屋だぞ。」
エムバラに案内してもらった先は武器………等ではなく、生活雑貨や農具を扱っている店だった。
「こんな店で武器を調達できるのか?」
「お前がどんな装備を期待してたか知らないが、今日買うのは小ナタとロープ、あとは竹カゴだ。」
「…は?俺用の剣を買ってくれるんじゃないのか…?」
「そんな高くて実用性の低いもん買うかよ、ナタで十分だ。」
「な、ナタかよ……。」
落胆の気持ちで足がワナワナと震える。
「お前、ナタをバカにすんなよ!藪なんかを刈るのに便利だし、スゲー農具なんだぞ。」
「だから嫌なんだろ!どこの世界に農具振り回す勇者がいるんだよ!!」
「誰が勇者だ!調子に乗んな!!
お前なんか、ただの弓の下手な記憶喪失のガキん子じゃねぇか!!」
「う、うるせー!弓の上手さは関係ないだろ!!」
あーもう、事実過ぎて反論の余地がございませんよ。
俺に残された選択肢はムキになって吠えることしかなかった。
異世界で俺と握手! 第八話【決闘!火術研究所】
「はぁ、草刈りナタかぁ、カッコワリィなぁ…。」
新品のナタを見つめながら思わずため息をつく。
「さっきからブツブツうっせぇなぁ!……せっかく買ってやったのになんなんだよ…!」
エムバラは不愉快そうな声を上げている。
「私は良く似合ってると思うけどなあ。」
すかさずメティがフォローを入れてくる。
「そうかぁ、こんなの似合っても嬉しくねぇなぁ…。」
いつもはありがたい彼女のフォローが、かえって追い討ちとなる日が来るとは思わなかった。
「でっ、でもナタも便利なんだよ?
薪を割ったり木の実の殻を外したりできるし!」
「……。」
髪色以外は似てないと思っていたが、やはりエムバラとメティは兄妹なのだなと再確認する。
秘境の村で生きていくには剣の道に馳せるロマンよりも、藪を刈ったりや薪を叩き割るような実用性の方が大事なんだな…。
でもやっぱりナタよりせめてナイフとかがよかったなぁ…。
新品のナタを見つめて、またため息がこぼれる。
鉄のカタマリに申し訳程度に刃が付いた無骨な刀身は、こちらの落胆をよそににび色の光を放っていた。
――――――――――――――――――――――――
「ふあぁ~~っ、装備と矢の調達も済んだし、ボチボチ火術研に行きますかね。」
エムバラがかったるそうに伸びをしながら喋る。
「ああそっか、そろそろ焼き物が仕上がる頃なのか。」
すっかり忘れていたが、レヴィナに来た本来の目的はそちらだった。
昨日の出来事を自分の中で反芻する。
馬車を恐れて逃げていくモンスター。
奇妙な建物の中で火術を研究する魔道師たち…。
火術研究所……?
「なぁ、そう言えば俺って火術を覚える事とか出来ないのか?」
何気なく兄妹に尋ねてみる。
「覚えられるだろうけど、やめといた方がいいぞ。」
「何でだよ。」
返答にいまいち納得できない。
「確かにお前は《ブランク》って言って、今はまだ何の神様の祝福も洗礼も受けてない《白紙の状態》だから、火の神の洗礼を受ければ術自体は覚えられるんだ。」
「じゃあ、覚えておいた方がお得なんじゃないか?」
「恩恵を受けられるだけで済むなら良いんだがな…。」
エムバラが首をひねっている。
いつもと違い返答の歯切れが悪い。
「多分…なんだが、術の神様の洗礼を受けると能力が使えなくなる。」
「能力って……“握手の力”か?
それは正直なくなってもあんまり困らない…。」
「だがな、お前ら異世界人の場合…多分会話が出来なくなる………と思う。」
「えっ!?」
「実際に確かめた事はないから“多分”としか言えないけど…、こっちの世界の神様の祝福を受けたら、お前らの世界の神様の祝福は受けられなくなる可能性は高い。」
そういえばダマ先生が言っていた気がする、あらゆる言語を喋れるとかどうとか…。
つまり、“洗礼”とかいうモノを受けて術を使えるようになると、異世界転移の時に受けた力が全て消えてしまう……かもしれない?
「何で力が消えちゃうんだ?」
「この世界の神様は一神教を原則としてるんだよ、諦めろ。」
「そこをなんとかならないかなぁ?」
「そんな事俺が知るかよ、神様かダマ先生みたいな詳しい人にでも聞いてくれ。」
素っ気なく返されてしまう。
この使い道に困る能力はさておき、身体能力の底上げと翻訳能力が取り上げられてしまう事だけは何としても避けなくてはならない。
今この能力がなくなってしまったら、俺がこの異世界で生き残れるとは到底思えない…。
「くっそー!魔法……使いたかったなぁ…。」
「そんなに落ち込まないで、強くなる方法は他にいくらでもあるよ。」
メティがそっと肩に手を置きながら声を掛けてくる。
「私や兄ィだって広い意味では《ブランク》で、術が使えないんだよ?」
「えっ…そうなのか?」
「神様から強力な術の祝福を得るには一神教である必要があるんだけどね、アンムルみたいな秘境の村では多神教な事の方が多いんだ。」
多神教?日本の神道・仏教その他ごった煮のようなものなのだろうか…。
「兄ィが祝福を受けているのは狩猟の神様【アグム】。
私が祝福を受けているのは医学・薬学の神様【ペルムル】。
どちらも魔法を司る“元素の神様”じゃないから、私たちは強力な攻撃魔法の《四大魔法》は覚えられないんだ。」
「そうなのか…?」
「その代わりね……。」
メティが続ける。
「兄ィが弓使いとしては優秀なのも、私が強力な薬を使えるのも、私たちがそれぞれ【狩猟の神様】と【薬学の神様】の恩恵を受けているからなんだよ。」
「えっ、どういう事だ?」
「まぁ聞いたそのまんまの意味だ。
お前たち異世界の連中が“能力”と呼んでいるのと同じような力を、俺ら“希少種”の人間は得ることが出来るんだよ。」
エムバラが口を挟む。
「通常は5歳の誕生日に《元素の神の洗礼》として地域の神様の洗礼の儀式を受ける。
その時に利き手と反対側の手に焼き印なり刺青なりで“元素の神の紋様”を入れるんだ。」
「うわぁ、5歳でかぁ痛そうだなぁ…。」
「魔法使いたちはその紋様を通じて神と交信して、元素の術を使うんだ。」
「ち、ちょっと待ってくれ、そろそろ言ってる意味がわからなくなってきたぞ……!」
情報過多だ!何を言われてるかわからないぞ!
「まぁ早い話が《魔法使いは必ず左右のどちらかの手に刻印が打ってある。》
《魔法の系統や出身地域は刻印の柄で判別できる。》
《手に刻印がない(洗礼を受けていない)者の事を“空白”と呼ぶ。》
《ブランクの中にも、独自の神の洗礼を受け、魔法とは異なる能力を持っている者がおり、彼らは希少種と呼ばれる。》
って所だけ知っておけば問題はないだろうな。」
「ようし、なるほどぉ!!
……って、わかるかい!!!!!」
渾身のノリツッコミを決める、が、エムバラの視線は冷たい。
「そんなに難しい事は言ってねぇだろ。」
「難しいわ!それに難しいかどうか以前の問題だろ!
情報量が多すぎて覚えきれないんだっつーの!」
懇切丁寧な説明をされている事は感じるが、覚えきれないものは覚えきれないんだから仕方ない。
頭の中ではファルシのルシがコクーンでパージしている。
「ともかく、だ、お前ら異世界の連中の能力はお前らの世界の神様による祝福の可能性が高い。
下手にこっちの世界の神様の祝福を得ると能力が上書きされてしまうかもしれない、だから属性魔法は諦めろ。」
「だぁー!!これ以上情報を増やさないでくれー!」
「まぁまぁ、ゆっくり覚えたら良いじゃない、わからなかったら聞いてくれればまた答えるからね。」
メティはいつでも優しいなぁ、まるで天使だ、大天使メティエルだ。
「俺は2回は教えないぞ、教えてほしけりゃ『教えて料』を払え。」
それに引き換えコイツ(エムバラ)は本当にちっちゃい、ちっちゃい男だ、ミクロマンだ。
「教えて料ってなんだよ!!!」
「覚えられないならメモをとるんだよ、心のメモを!」
「心のメモって何だよ!!そんな便利な機能人間にゃ付いてねぇわ!!」
どうやらこの世界の術の形態を覚えるには心のメモとやらが必要なようだ…。
――――――――――――――――――――――――
「荷造り完了っ、と……そっちは忘れ物ないか?」
「うん、あとは今朝買った物を積んで…。」
メティとエムバラは火術研究所へ向けての荷造りをしている。
「おっ、旨そうな芋だな、こっちは豆か、これが朝市で買ったっていうお目当ての食材か?」
エムバラが食材の詰まった木箱を持ち上げながらメティに問う。
「うーん、まぁ買ったには買ったんだけど…。」
エムバラの質問にメティは口ごもる。
……。
……2時間前。
「その“カレーライス”っていうのはどういう料理なの?」
「煮込み料理だよ、トロッとしたスープを米の上に掛けて食べるんだ。」
メティは少し困った表情をしている。
「お米かぁ、この辺りの主食はお芋と麦だから…都まで行かないとお米は手に入らないんじゃないかなぁ。」
言われてみれば、この世界に来てからの食事はパンや芋、野菜や肉ばかりだった気がする。
「まぁ、本場のカレーは小麦粉を焼いた“ナン”って呼ばれる食べ物に浸けてるから、小麦粉でも良いとおもう。」
「小麦粉…麦の粉だね?うん、それなら作れるかも!」
メティは嬉しそうに頷く。
「それで、肝心のスープの作り方なんだけど…どんな風に作るものなの?」
「ああ、ニンジン、ジャガイすモ、玉ねぎ、肉を鍋で煮込んで、カレールゥを入れるんだ。」
「聞いたことない食材ばっかりだけど…ジャガイモと玉ねぎって言うのは芋とネギだよね?それなら代用が効きそうだね。
……ところで、その…カレールゥってなに?」
彼女が知らないのも無理はない。
「カレールゥっていうのは…調味料とスパイスを固めたもので…。」
「固める…?どうやって固めてるの?凍らせてるの?」
「どうって…いや凍らせてはいないよな。
…そう言えばなんでアレって固形なんだ…?」
言葉に詰まる、唯一カレーライスを知っている俺も、カレールゥが何から出来てどう作られているのか知らないからだ。
考えてもみれば、俺は今まで当たり前のように食べていた食事がどのような材料からどう作られているのかすらよくわかっていないぞ…!
「だ、大丈夫だ、カレールゥがなくてもカレー粉さえあれば作れるから…!」
「…そのカレー粉の原材料は何だかわかる?
まさかクムヌだけじゃないよね?」
「うぐっ……。」
自分の無知さに思わず閉口してしまう…。
カレー粉だけではない、俺は慣れ親しんだ醤油や、味噌や、ダシの原料の作り方すらよくはわかっていないのだ。
「うぅん……元いた国の料理から記憶を呼び起こす、かぁ。」
メティが考え込む。
「いいアイデアだと思ったんだけど…まさかキミが異世界人だとは思わなかったからなぁ……。
誰か異世界の料理に詳しい人がいれば良いんだけど…。」
俺の記憶を取り戻すため、元いた世界の料理を再現する。
簡単そうに聞こえるそれが、こんなに難儀なものだとは想像もしていなかった…。
「悪い、俺…自分で料理した事なんてほとんどなくて…。」
「あっ、いやっ、カムドの事を責めてるわけじゃないんだよ!!」
いつもの事ながら、メティに気を使われてしまう始末だ。
こんな事なら家庭科の授業も真面目に受けておくべきだっただろうか。
『こんなもの、将来異世界に移住する俺には関係ねぇ!』などと抜かしていた過去の自分が恨めしい。
俺たちの計画は、始まる前から早くも暗礁に乗り上げてしまったのだ…。
……。
………。
「とまぁ、かくかくしかじかでして…。」
「異世界の調味料ねぇ。」
エムバラが顎に手を当てて何かを考えている。
「異世界人に聞くのが手っ取り早いんじゃないか?例えば、あの火術研にいたオッサンとか。」
「あぁっ、そう言えば!!」
すっかり忘れていた、ダマ先生の所で秘書をしていた男……!
リック=ハーパー、自らを異世界人と名乗っていたあの男なら元いた世界の料理について何か知っているかも知れない!
「それだよ!あいつが何か知ってるかもしれない、早く火術研に行こう!!
早く行こう!今行こう!!」
「ったく、うるせぇ!火術研に行くために荷造りしてたんだろうが!!
騒がなくても行くから黙って手伝え!!」
――――――――――――――――――――――――
昨日と同様、村外れの火術研究所へと馬車を走らせる。
各々が何か考え事をしていたのだろうか、言葉数は少なかった。
ほどなくして火術研究所の建物が見えて来た。
…だが、何か昨日と何か雰囲気が違う。
建物の中には数人の弟子が落ち着かない様子で行ったり来たりしていた。
彼らはこちらに気付くと、焦ったような、気まずいような表情を浮かべながらこちらに近付いてきた。
「ンバラ、よく来た、待ちかねたぞ!」
弟子たちはにわかに色めき立つ。
「よぉ、そんな慌てて何かあったのか?
……今日はミゲルのアホはいないのか?」
エムバラは何かを察したように低く落ち着いた声で彼らに問う、
「そのミゲルだ!!
今、中では大変な事になっている!ちょっと来てくれ!!」
「えっ…ミゲルくんが?どうかしたのかな…?」
メティは心配そうな表情を浮かべている。
「さぁ?なんだろうな。」
対照的にエムバラは無関心な表情。
「よし、連れの少年もいるようだな、君も来てくれ。」
「えっ、お、俺?あ、ああ…。」
理由もわからないまま、俺たちは研究所の中へ急がされるように押し込まれていく。
「馬は私が預かるから、早く中へ!!」
「おいおい、借り物なんだから丁寧に扱ってくれよ。」
よほど焦っているのだろうか、乱暴に手綱を奪おうとする弟子にエムバラが釘を刺す。
「す、すまない……だが、こちらも急いでいて…。」
彼が何を言わんとしているのかはわからないが、中で余程の事が起きているのだろう。
俺たちは案内に従い、促されるままに修行の間へと急いだ。
――――――――――――――――――――――――
「遅かったな、ンバラ、そして異世界人!!」
修行の間の中心にはミゲルが鼻息荒く部屋の中央で仁王立ちしていた。
「おいニール、大変な事がどうのって聞いたが、なんだ?」
エムバラはミゲルを無視して部屋の奥の門下生に声を掛ける。
奥にはリックも所在なさげに佇んでいた。
「ニール先輩、止めても無駄ですよ、私はそこの異世界人と決闘をする事に決めたのです。」
「はっ?」
「どうせいつもの発作だろ、あんなの放っておいたら良いじゃねぇか。」
エムバラは面倒くさそうな表情を浮かべて頭を掻く。
「それが、今回は本気のようでな…。」
「ンバラ、お前にも邪魔立てはできないぞ!
なぜなら僕は今、“私闘血判”を持っている、もし異世界人が決闘を断れば僕はこれを行使する。」
やはりそうだ、ミゲルは俺の事を異世界人と認識しているようだ。
リックがおずおずと喋りだす。
「ど、どうやら昨日の会話を立ち聞きしていたのはミゲルらしいんだ、私も散々食ってかかられたよ……。」
「はぁ…、どうやらそうみたいだな。」
「僕は本気だぞ、異世界人!決闘を受けろ!」
ミゲルは鬼気迫る表情で手に持った羊皮紙をこちらに見せてくる。
「こんなことやめてよ、ミゲルくん!」
「メティアナさん…止めないでください、これは僕の復讐なんです…!」
「バカ野郎が、赤の他人に復讐心向けてどうすんだよ!アイツらとこいつは違うぞ!」
エムバラはウンザリと言った表情で首を横に一度首を振ると、視線をニールという男に向ける。
「ニール、ダマ先生はどこにいる?」
「それが、今朝から姿が見えないのだ…。」
「まったく!肝心な時に限っていないのかよ!」
こちらを振り返ると、エムバラはおもむろに口を開いた。
「おいカムド、決闘を受けろ!」
「は?はあああああっ!?」
耳を疑うような提案が飛び出る。
「ば、バカ言うなよ!なんでそんな事しなくちゃいけないんだよ!」
「まぁ聞け、あいつ…ミゲルが手に持っているのは私闘血判って呼ばれる……。
まぁ平たく言うと呪いのアイテムだ。」
「なっ、何でそんなものを持ってるんだ…!?」
「何で持ってるかなんて俺が知りたいぐらいだ。
だがアイツがそれを持っている以上は、お前はあいつの決闘を受けるべきだ。
まぁ頑張ってこい。」
エムバラの手がポンと俺の肩に置かれる。
「なんでだよ!意味がわからない!いーやーだーっ!!」
当然、そんな話は承服できない。
なぜ何の恨みもないミゲルと決闘などしなくてはならないのか、そんな馬鹿馬鹿しい提案は当然却下だ!
「断らない方が賢いと思うぜ。
アレは一度行使されたが最後、どちらかが死ぬまで戦わなければいけなくなる。」
「そんなもん、無視して逃げれば良いだろ、ともかく嫌だ!!」
「残念だがそれは無理だ、私闘血判により決闘宣言を聞かされた人間が逃げ出せば、血判の呪いにより神の祝福や恩恵を全て失うんだよ。」
「はぁっ!?…そ、それってつまり……。」
「ああ、握手の能力も、力の底上げも、この世界の言葉を理解する能力も全て失う事になるだろうな。」
「なっ………!!」
「もうひとつ厄介なのは、あれを使われるとその場にいる人間は決闘を見届ける義務が発生する。
もし見届けの制約を破って決闘を妨害すれば、妨害したヤツにも祝福を失う呪いが掛かる。」
エムバラは侮蔑の表情でニールたちを睨む。
「こいつらも魔法を使えなくなるのが怖くて手出しができないんだろうよ、まったく大した兄弟子だよ。」
無茶苦茶だ、なぜ何の恨みもない相手にそんな物を突き付けられなければならないのか…!!
理不尽だ。
「怖じ気づいたか、異世界人!所詮お前はこの世界で生きていくのに相応しくない人間なのさ!
わかったらさっさと元の世界に帰ることだな!!」
「なんだよあいつ、好き勝手言いやがって…!記憶がないのに元の世界でどうやって過ごせって言うんだよ…!」
ミゲルは勝ち誇ったように侮蔑の笑みを浮かべている。
それまで何の感慨も抱いていなかったミゲルに対して、フツフツと怒りが湧いて来る。
「エムバラ、出来れば戦わずになんとかしたいんだが…無理か…?」
「そんなに戦うのが嫌なら降参を申し出たら良いんじゃないか?
あいつの気分次第では生かしてもらえるかもよ。」
「それだけは出来ない!!」
言いがかりに対してこちらが頭を下げるような真似だけは死んでもしたくない。
俺は怒りを込めてミゲルを睨みつける。
「じゃあアレを使われる前に決闘を受けてアイツを倒す、それ以外にないんじゃないか?
使われたら最後、お前か奴が死ぬか、能力を失う事になる。」
「冗談じゃない!!」
ミゲルに対して怒りは湧いているが、だからといって殺すのも、ましてや殺されるのもゴメンだ。
「決闘を受けるならあの紙を使われないうちだ、今なら最悪でも決着後に俺やニールが止める事も出来る。」
「ぐぅ~~~!!
クソォッ、俺はもうどうなっても知らないからな…!!全部アイツが悪いんだ!」
「あっ、カムド……。」
メティが何か伝えたそうに手を差し伸ばすが、俺はそれを無視して前に進み出る。
「なにをゴチャゴチャとやっているんだ?
決闘を受ける気になったのか?」
「ああ、受けるさ!!やりゃあいいんだろ!?
ただし、そんな紙キレなくても勝負くらい受けてやるさ!!」
半ばヤケになりながらミゲルの前に進み出る。
「威勢だけはいいな、後で吠え面をかいてもしらないぞ。」
「その前に聞かせろ、なぜ決闘なんて申し込んで来た?俺はお前に恨まれる覚えはないぞ!」
怒りを拳に込めて握り締める。
だが拳を振るう前に事情だけは知っておきたい。
「理由は簡単さ。」
ミゲルは一瞬メティの顔を見つめる。
「僕は異世界人を恨んでいるからさ。
お前のような……異世界人のような連中が僕の友人の傍にいる事は我慢ならない!!」
「……そんな理由で…!!」
そんなくだらない理由で……今もこうしてメティを不安がらせているのか…!!
ギリギリと指が音を立ててきしむほど拳を固く握りしめていた。
「決闘の前にルールを決めよう。
相手が参ったと言うか、気を失うか、死ぬまで勝負は続く。
敗者は勝者の命令を聞かなければならない、以上だ。」
ミゲルが何かの武術のように両手を胸の前で構える。
「んなもん知るか!!一方的にわけわかんねぇ事まくし立てやがって!!
俺はお前の事を一発ぶん殴ってやるだけだ!!」
端から見たらただの子供のケンカのようだ。
だが、この時の俺は完全に頭に血が上っていた、自分でも何を喚いているのかわかってはいない。
ただ、自分の事を「異世界人」と連呼し、生まれて初めて【謂れ(いわれ)のない憎悪】の感情をぶつけてくるこの少年に対して、怒りの感情を抑えられなかったのだ。
「行くぜぇ!!」
俺は鼻息荒く、腕を捲り上げるとミゲルに向かって突っ走った。
――――――――――――――――――――――――
「行くぜぇ!!」
俺は鼻息荒くミゲル目掛けて猛然と突っ走る!
一方的な物言いをしてくるミゲルの鼻っ柱に、一撃くれてやるまでは気が済まない!!
「ふっ、思った通り単純なヤツだ。」
ミゲルは余裕たっぷりに笑みを浮かべると、右手の人差し指と中指を揃えて構える。
「轟焔弾!!」
ミゲルが左手甲を指でなぞると、水平に構えていた手のひらから赤色の火柱が燃え立ち、こちら目掛けて飛んで来た。
「ぬおっ!!」
「カムドッ!!」
間一髪のところで身をひるがえすと、炎は俺の胸をかすめて飛んで行った。
「あちっ!!あちちっ!!」
衣服の端がチリッと燃え、焦げ臭い匂いが立ちこめる。
俺は慌てて服をパタパタとはたいて火を消した。
「ハッタリかとも思ったが…どうやらミゲルのヤツ、マジみてぇだな…。」
エムバラは首を横に振りながらため息をつく。
「轟炎弾は一小節以下の呪文だから詠唱が省略される。
ノータイムであの威力の炎を出せるのは驚異だ。」
リックは冷や汗を垂らしている。
「カムド!気を付けて!!」
メティが悲壮な声で俺に呼び掛ける。
「気をつけるったって…!」
「………!!
くそぅ、メティさんはなんでお前みたいな……!!」
ミゲルは歯ぎしりしながら何やら小さく呻く。
「轟連弾!!」
ミゲルの言葉に合わせて矢継ぎ早に左手から炎が繰り出される!!
「うおっ!!ぎぃっ!!くぬぅっ!!」
幸い、火の玉は全力で走れば避けきれる程度の速度だ。
かわした火の玉が赤いカーペットのような床を焦がして、パチパチと燃え、踊る。
「ミゲルのやつめ派手にやって…。」
「ぐぉっ!!くそっっ!!」
俺は次々と飛んでくる火の玉を横っ飛びでかわし、柱の陰に身を潜めた。
幸い、石材製の柱は炎を防いでくれている、ここに隠れている間は安全だろう。
「男同士の決闘で逃げ隠れするとは、情けないヤツめ。」
遠くからミゲルが吠える。
何とでも言え、遠距離から一方的に攻撃を仕掛けるような奴に文句を言われる筋合いはない。
「あくまで逃げ隠れするのか、ならばっ…!!」
ミゲルが何やら呟くと、俺の横の床で小さく燃えていた炎がユラッと動く。
「追炎操!!」
「なんだぁ!?」
燻っていた炎が突然勢いを増すと、柱の裏にいた俺の元に飛びかかってきた!!
「あぶねぇっ!!」
咄嗟に足を跳ね上げて炎の弾をかわす。
ミゲルの方を見やると、ヤツは俺の方に向けて手首を返した。
「おいっ、走れカムドッ!!ボーッとしてんな!!」
「はっ!?」
俺はエムバラの声に反応し、わけもわからないまま走り出すと、先ほど立っていた場所目掛けて火球が飛んで来た!!
「でえぇぇっ!?」
あのまま突っ立っていたら今頃火だるまにされていただろう…、顔から血の気がスッと引いていく。
「あいつ、本気で俺を殺すつもりみたいだな…。」
俺は弓を手放した事を後悔しはじめていた。
どうやら俺もミゲルを殺すつもりで相対さなければ……こちらが殺されてしまうかも知れない…。
―――――――――――――――――――――――――
「どわたぁっ!!」
ミゲルの攻撃の手はやむ気配がない、床で燃えている炎が次々と俺の元へと飛んでくる!!
「カムドッ!頑張って!」
メティが悲痛な声を上げる。
そしてメティが声を上げる度にミゲルは歯噛みしながら攻撃の手を加速させていく。
「なぜ……なぜお前みたいな異世界人にぃっ!!」
ボゴォッ!ボゴオオオォーッ!!
火弾が獣の唸り声のような音をたてながら襲いくる、俺はそれを避け続けるのが精一杯だった。
「…まずいな、こりゃあカムドがかなり不利だ。」
エムバラが呟く。
「どういう事…?」
「見ろよ、ミゲルのヤツ、あれだけ術を連発しているのに涼しい顔してやがる。
おそらくこの建物に刻まれてる祝福が炎の術者の魔力を強化してるんだ。」
エムバラは「そうだろ?」とニールへ視線を向ける。
「あぁ、更に言えばあの床だ、カーペットに赤の刻印が刻まれていて、炎を増幅させつつ、万が一の時の為に燃え広がらないようになっている。
この床の上で戦い続ける限り、操炎術を習得している者は無敵と言っても過言ではないだろう。」
「まったく、なんてェ余計なモン作ってくれてんだよ、先生!!
しかもこの肝心な時にいやしねぇ!」
「そうだ…ダマ先生がいれば…リック、先生がどこにいるのか知らないのか?」
ニールはリックの方をチラッとうかがう。
「……う、うーん、私はわからないなぁ。」
リックはばつが悪そう視線を泳がせていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「(マズイな、このまま逃げ回っているだけだとどんどん火柱に追い込まれていく…!)」
「見えているぞ異世界人!!」
ミゲルは尚も手を休めずにカムドのいる柱の裏へ炎を繰り出してくる!!
「(くそっ、こうなったら一か八か賭けてみるか…!)」
俺は意を決すると、追ってくる火の玉をかわしてミゲルの前へと躍り出した。
手には先程まで着ていた上着と、小ナタを握っている。
「ふっ、この時を待っていたぞ!」
ミゲルは間髪入れずに俺に向かって炎の玉を飛ばしてきた!!
「あぶないっ!」
メティは口元を抑えて絶叫する。
俺は火の玉を片手に持っていた上着で包むようにしながら投げ捨てる。
すると上着はゴウッ!っと音を立てながらバチバチと燃えるように後方へと飛んで行った。
「一発避けたからなんだと言うんだ!」
ミゲルが更に次の火球を打ち込む為に手を構える。
俺はその隙に、もう片手に持っていたナタを放り投げた!
ブンッッ!!
ナタは鋭い風切り音をさせてミゲルの横をかすめていった!
カシャーーン!
カランカラン!カラカラカラ…。
「ひっ……!」
ミゲルは一瞬たじろいだが、ナタが奥の壁に当たり地面に落ちた事を確認すると余裕を取り戻し始める。
「今のは一瞬ヒヤッとさせられたが、どうやらお前の起死回生の一発は無駄に終わったみたいだな!!」
「…………。」
俺は黙ったままうつむき、その場に力なくしゃがみ込んだ。
「どうやら観念したようだな、食らえ!」
「誰が反撃はあれで終わりだって言った!」
俺は鉈が切り刻み剥がれかけたカーペットの端を掴むと、乱暴に引き剥がした!
「ふぬおおおおおぉっ!!」
「あいつ、ナタをデタラメに投げてたわけじゃなかったのか…!」
エムバラが小さく唸った。
俺は顔を真っ赤にさせながら全身の力を込めてカーペットを引っ張ると、奥に立っていたミゲルがもんどりうって地面に叩きつけられた!
「うっ!?」
ピタァーン!!
状況を未だ理解出来ずにうずくまるミゲルめがけ、俺は猛スピードで詰め寄る!
「ひいいぃっ!?来るな!来るな!来るなぁ!」
ミゲルは必死の形相でこちらに火の玉を放って来る!
「あちぃなコンチキショーがああああ!」
俺は火の玉をカーペットの端切れで吸収していく!
カーペットの服は炎を吸い込み、その場で揺らめいているが、それ以上燃え広がる事はなかった。
「そっかっ…!あのカーペットは炎をその場にとどめることが出来るから…!」
メティが驚きと共に口を開く。
「だが、あの布も温度まで遮断してくれるわけじゃない!あのままでは蒸し焼きだ!」
リックが冷や汗を流しながら言葉を添える。
「お前も一緒に焼かれな!!必殺…ヒートタックル!!」
デタラメな必殺技名を叫びながら、俺はミゲルめがけてガムシャラに突撃した!
ドガガアァァァ!
「ぐっ…ぶぅあぅ!!」
俺は燃え盛る外套を纏ったまま、ミゲルへ渾身のタックルを見舞う!!
…が、当然前なんて見えていないから、まともに受け身も取れず、その場にもんどり打つようにして倒れ込んだ。
衝撃と共にミゲルの細身の体は火の粉と共に宙へと投げ出され…。
ドサアァッ!
そのまま地面へと叩きつけられた。
「あれがっ…!」
「ヒートタックル…。」
(((……ダッサ!!)))
「うわだぁ!あっちちちち!これ、火が消えてねぇじゃねぇか!!?」
パチパチと火の着いた衣服を慌てて払う。
その場に居合わせた誰もがその姿を呆然と見守っていた。
「カムド!大丈夫!?」
見かねてメティが俺の元に駆け寄る。
「い、いかん、我々もミゲルを!」
それを見て、ミゲルの兄弟子たちもハッと我に返るようにミゲルを取り囲んだ。
「脈も呼吸もある……生きてはいるようだな。」
「また暴れられても困る、念のため捕縛しておけ!」
ニールが他の術師たちに呼び掛ける。
――――――――――――――――――――――――
輪の外でエムバラはひとり柱にもたれながら腕組みしている。
「まったく、危なっかしいヤツだぜ。」
エムバラはそうひとりごちるとあきれ気味に首を振る。
「そうかな…私は彼は中々大したヤツだと思いますけどね。」
柱の脇から先程まで静観していたリックがそっと言葉を投げ掛ける。
「ミゲルも曲がりなりにもこの研究所の魔術師だ、戦いを見ていた誰もがミゲルの有利を確信していたはずです。
でも彼はミゲルを殺す事なく、自らの機転と勢いだけでああやって勝つことが出来た。
私は彼は大したヤツだと思いますよ。」
「いいや、殺さず勝とうなんて甘ちゃんの考えだね。
アイツはいつか必ずそれで足元をすくわれる日が来る。」
エムバラは不機嫌そうにフンッと鼻を鳴らす。
「だからこそ、あなたみたいな年長者が見守っているのでは?」
「俺はそこまでお人好しじゃない。」
エムバラはぶっきらぼうにリックにそう返すと、静かにカムドたちに歩み寄った。
ミゲルとの決闘でなんとか金星を挙げ安堵するカムドたちだったが、この時既に悲劇が始まっていた事を、彼らはまだ知らなかった……。
第八話 完
8ヶ月ぶり
8 ヶ 月 ぶ り
は ち か げ つ ぶ り!!
楽しみに待っていてくれた方、いるかどうかわかりませんが本当に申し訳ありませんでした。
ほんっっっとうに申し訳ありませんでした!
しかも久しぶり過ぎて一度投稿のしかた間違っちゃったよ!!!
投稿・編集環境を変えてからというもの、めっきり更新意欲が減退してしまいました。
自分でもびっくりすると共にがっかりしました。
同時に、意欲が足りなかろうがバリバリ作品を作り続けられる作家さんっていうのは本当にスゴいんだな、と再認識。
いざ、久しぶりに作品に向き合おうとすると「この作品のこんなところがつまらない」とか「このキャラ性格悪いなぁ」とか「このキャラいる意味あんの?」とか、作品に対する嫌悪感が噴出するんですよね。
本当に苦しい期間でしたが、これも何かの糧になると信じて、あと苦しんだなりに今後の面白そうな展開も考え付いたので、あとは話をどう繋げて行くかですね。
次は9ヶ月後とかにならないように頑張ります!!!!!