第七話 握手と名前、俺の望み
登場人物
主人公(俺)…異世界に憧れ、異世界に誘われた少年。
モンスターとの戦闘で自分の名前と一部の記憶を失っている。
性格も手元も不器用。
メティアナにほのかに恋心を抱き始めた。
メティアナ…秘境の村、アンムルの薬師。
優しく、美しく、非の打ち所のない美少女に見えるが、毒舌で身内には手厳しい。
皆からはメティと呼ばれている。
兄妹の妹の方。
エムバラ…秘境の村・アンムル一番の弓使い。
面倒見がよく多芸に秀でて、頼りになる人物ではあるが、身内に対しては幼さも見せる。
名前の発音はンバラだが呼び方はどちらでも良いらしい。
兄妹の兄の方。
ダマ先生…火術研究所の長である老人。
義に厚く、皆からは尊敬を集めているが、人を試したがる悪癖も持っている。
メティとエムバラの義父には借りがあるらしい。
ミゲル…火術研究所、ダマ先生の弟子のひとり。
金髪の美少年でメティアナにぞっこんの様子。
火術師である事を非常に誇りに思っているようだ。
あらすじ
主人公の少年は異世界に強い憧れをもち、ある日異世界へと誘われた。
しかし、彼がたどり着いたのは“打ち捨てられた異世界”と呼ばれる過酷な地だった。
モンスターとの戦いに敗れた主人公は、記憶の一部と自らの名前をなくしてしまう。
秘境の村の兄妹に救われ、一命を取りとめたが、未だに自分が何を成すべきか決めあぐねていた。
エムバラの発案により、隣村の火術研究所へと赴く事になった。
そこで主人公は自らが異世界人である事を皆へ告げるのだった…。
「こちらが客間でございます、ご自由におくつろぎください。」
侍女が丁寧にペコリと頭を下げる。
お辞儀はここも共通なんだな。
……俺に会わせたい人物とは誰なんだろう…。
期待と不安のない交ぜになった気持ちを抱えたまま、客間の入り口でフラフラとする。
「なにビビってんだよ、へっぴり腰だぞ。」
「いや、もしかしたらもう誰かいるかなと思って……。」
「んなわけねぇだろ、邪魔だから早く入れ。」
エムバラにつま先で尻を小突かれる。
「いてっ!いてぇな!」
俺たちが小競り合いをしている脇をメティが素通りしていく。
いつもであれば、やれ『バカ兄ィ!』がどうのと言い出しそうなものだが…。
「…メティ?どうかしたのか?」
「あ、うん、大丈夫……ホントに大丈夫だから…。」
先ほどまであんなに怒っていたのに、今は何だか上の空だ。
異世界で俺と握手! 第七話 【握手と名前、俺の望み】
客間には上等な座椅子が8つと、赤いテーブルクロスの掛けられた長机が置かれている。
普段はここで会食や会議が行われているのだろうか。
俺は落ち着かなく部屋を見回し、メティは近くの窓から外を眺めている。
「なに突っ立ってるんだよ、くつろげって言われたら座って待っておくのがマナーだろ。」
確かにエムバラの言葉はもっともだ。
しかし、無礼の極みみたいなエムバラに、マナーを指摘されるのは何だか心外だ。
「お?なんだその目は?
普段は自分の方がマナー悪いだろって言いたげだな。」
「うん、そのとおりだ。」
俺の率直な意見にエムバラは腕組みしてソッポを向く。
「別に良いんだよ、俺は。
ちゃんと相手と自分の立場を見て振る舞いを変えてるんだかし、それが大人ってもんだ。」
「ふーん、大人ねぇ…。」
「カーッ!!お前なんだかメティに似てきたんじゃないか?
緩めるトコロは緩めるのが大人の流儀なんだよ!!」
「へぇ、緩んでばっかりなんじゃないか?」
「おぉ?この口ですかー?
そんな事言うのはこの口ですかぁぁ~~?」
両頬をつねられる。
「いひぃ、ひゃめろ!!はなふぇ!!」
メティは静かにエムバラの隣に腰をかけると、そのまま重苦しい表情のまま押し黙っている。
内心期待していた。
俺たちがこうやってバカをやっていれば、メティもいつもの調子に戻るんじゃないかと思っていた。
でも、実際はそうではなかった。
彼女はきっと、俺の事で悩んでいるのだろう。
俺の事を何度となく助けてくれた彼女が、今もまた俺のせいで悩んでいるのはとても心苦しい。
「メティ、俺は…。」
なんとか彼女を元気づけてあげたい。
「辛気くせぇ顔だな、一体なんだってんだ。」
エムバラが声をあげる。
「えっ…?」
「お前だよ、メティ。」
俺は黙る事しか出来なかった。
「そりゃ俺だってコイツが異世界人だって知って、正直ビビったさ。
だが俺は、一度助けた以上は、コイツがいっちょ前に生きて行けるようになるまでは面倒を見てやるつもりだ。」
「……。」
「お前もコイツを患者だと思ってるなら…。
自分に医者としての責任があると思っているなら、胸張って“もう大丈夫だ”って言えるところまでは面倒を見てやるべきだ。
それが医者ってモンだろ?」
「……。」
メティは黙ったまま静かに頷いている。
「それに、さっきあれだけタンカ切ったんだ、コイツを信じるって言うなら、いつまでもそんな顔してないで“医者としてどう向き合うべきか”だけ考えてろ。」
「兄ィ…私、さ……。」
メティが口を開くと同時に客間の扉が開く。
「お話中すみません、長がお見えになりました。」
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「いやすまん、少し待たせてしまったかな?」
侍女の声があって、しばらくしてからダマ先生が部屋に顔を覗かせる。
「会わせたかった者が中々強情な奴でな…。
ここに無理やり引っ張ってくるのに大分時間が掛かってしまった。」
困ったような、呆れたような表情を浮かべて部屋の入り口を振り返る。
「これ、いつまでそうしている気だ、お客人を待たせていないで、はやく中に入りなさい。」
ダマ先生の声に人影がおずおずと中に入ってくる。
ヨレヨレのワイシャツのような服を着た、覇気のない中年の男性だった。
肌は白く、目は青、髪はやや金色みがかっていた。
「ほれ、そこの黒髪の少年がそうだ。」
中年男性に俺の存在を示唆する。
男性はハッとした顔をした後、こちらの顔をしげしげと眺めだした。
相手が若い女性なら気にならないが、見ず知らずのオッサンに理由もわからず凝視されるのはなんとも不快だ。
「ほれ、自己紹介くらいせんか!」
中年は怒鳴られてからしばらくモゴモゴと口ごもっていたが、意を決したのか口を開いた。
「私はリチャード=ハーパー、…リックです。
私はあなたと同じく、異世界人です。」
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「あなたと同じく、異世界人です。」
「え?」
俺の聞き間違いだろうか、だが彼は今確かに自分の事を“異世界人”だと言っていた。
俺の隣にいる二人も驚きの表情を浮かべている、どうやら俺の聞き間違いと言うことはないようだ。
「皆驚いたようじゃな。
実はこのリック、数ヶ月前からこの研究所で住み込みで働いていたのだ。
素性は私と側近の数名しか知らんがな。」
「はぁ~、なんだよ先生、あんたも異世界人と知り合いだったんじゃないか、人が悪いぜ。」
エムバラが口を尖らせる。
「すまんな、何せリックは臆病で慎重な性格だ。
異世界人という共通点だけで、果たして二人を引き合わせて良いものか知りたかったのだ。」
リックはおずおずと前に進み出ると、エムバラに手を差し出す。
「リックです。」
「ああ、アンムル村のンバラだ、呼びにくかったらエムバラでも構わない。」
エムバラが握手に応じる。
二人は軽く握手を交わすと、リックが視線を逸らしながら口を開く。
「君は弓使いなんだね。」
「ああそうだけど…。
あれ?弓持ってきてないのに良く気づいたな、ダマ先生から聞いたのか?」
「いや、君の親指のタコ、これは弓をしている人の特徴だからね。
それと反対側の手、手の内が盛り上がっているのを見て間違いないな、と。」
「へえ~。」
とエムバラは感嘆の声を漏らす。
「それと、君は教会から洗礼を受けていないようだね、君は“ブランク”かい?」
「(ブランク?……そう言えばさっきもダマ先生が言ってたな…。)」
「いや、アンムルでは教会じゃなく……修道所が近いかな…儀式のやしろで身体に洗礼のタトゥーを入れるんだ。
教会の祭る元素の神じゃなく、村に古くから伝わる狩猟や薬学の神の祝福を受けるからな。」
「…なるほど、君も稀少種の一族だったのか。
聞いた事はあったけれど、こうして実際に会うのは初めてだな。」
「稀少種ねぇ、まぁそりゃお互い様さ、俺だって異世界人と触れる事なんて初めてだ…………コイツを除けばだけど。」
なんだか話が弾んでいるようだが、二人が何を言っているのかチンプンカンプンだ。
「この通り、リックは観察力と記憶力に非常に優れている。」
「直感全振りのエムバラとは真逆だな。」
俺は思わずボソッと感想を述べる。
「るせぇ、聞こえてっぞ。」
そしてこの地獄耳。
「つまり、コイツの事をもっと調べてもらおうって腹だな。
元の世界の情報を知ってて観察力もあるそのオッサンは適任だと。」
「オ、オッサン…。」
リックは物言いたげにしている。
「賢くなったな、ンバラ。
勉強が嫌でベソかきながら逃げとった頃の方が可愛いげがあったがな。」
「やっ、やめろ!今その話は必要ないだろ!!」
「クスッ。」
今、メティ笑わなかったか?
少し嬉しくなってメティを二度見する。
今や俺の中を占めていたのはメティの事だけだった。
自分やリックが何者であるかなど、もはやどうでも良い。
メティが元気にさえなってくれれば……俺は…………。
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「さて、話が横道に逸れちまったが、次はお前を見てもらう番だな。」
「ちょ、別に俺は………。」
面倒くささと、観察される事への抵抗感、そして何より自分を知る事の恐怖心から、俺はリックに診断してもらう事が嫌だった。
「なにグダグダ言ってるんだよ、こんな機会二度とないかも知れないんだぞ、早く見てもらえ!」
エムバラに背中をグイグイと押される。
「おい、やめろ!押すな!!」
「……彼、嫌がってるけど、大丈夫かい?」
「ここまで来て診てもらわないって選択肢はないだろ、お前も観念しろ!!」
俺はエムバラに促され、渋々右手を差し出す。
「俺、記憶がなくて、まだ名前がないんだけど……ヨロシク。」
「ああ、リックだ、よろしく。」
俺たちは握手を交わす。
「……ん?」
リックは握手と同時に渋い顔をして首をかしげる。
「な、なんだよ…、なにかわかったのか?」
リックはしばらくもの思いにふけっている。
すると、何かを思いついたのか、ハッとした顔をして口を開く。
「なぁキミ、片手をそっちの彼女と繋ぎながら、もう一度私と握手してくれないか?」
「はっ、ハアアァッッ!?」
突然何を言い出すんだこのオヤジはっ!?
気でも触れたのか!?
「いっ、い、意味わからん!おちょくってるなら帰るぞ!!」
彼の意味不明な提案を却下する。
「おちょくってなんていない!君の能力についてわかるかもしれないんだ!!」
リックは食い下がってくる。
「い、いや、俺が良くっても、メティの方が…。」
「いいよ。」
「……へっ?」
「私ならいいよ、キミの力になれるんだったら、私は協力するよ。」
メティは極めて真剣な表情でこちらに語りかける。
……なんだか引くに引けない雰囲気になってしまった。
「わ、わかったよ!!手ぇ繋いで握手すれば良いんだろ!?
やりゃあいいんだろ!?」
俺はヤケクソ気味に告げると、メティの手をそっと取る。
メティの体温が手のひらを伝い、おもわず胸が高鳴る。
「ほ、ほら、これで握手すれば良いんだろ!?」
「ああ、ありがとう。」
リックは俺が差し出した手を握ると、なんだかまんざらでもなさそうな表情を浮かべてくる。
「な、なんなんだよアンタ!!もう良いだろ!?」
俺は少し薄気味が悪くなり、リックの手を振りほどいた。
「彼の素性はわかりません、おそらく髪や目の色から、私たちの世界で言うところの東洋人である事は推察できますが…。」
「あ、ああ、俺は日本人だけど…。」
「おお、おお!!君は日本人だったのか!コニチワ!ドーモ=コニチワ!!」
彼が真剣なのは伝わってくるが、何だかバカにされているようで少しイラッとくる。
「わかった事はそれだけか?」
ダマ先生が問う。
「いえ、次は彼の身体を調べれば何かわかりそうですが。」
「な、何を言ってるんだ!?ひょっとしてアンタそういう趣味か?」
「まぁ!?」
メティは頬を赤らめて聞いた事もない声をあげる。
「心外だな、私にあるのは知的好奇心だけだ。」
リックはこちらに近付くと、肩や背中、頭に次々と手を置いてゆく。
「ふむ、彼の能力がわかりましたよ。」
「能力……と言うと、異世界人が皆持っているという、魔術のような資質の事か。」
リックは頷く。
「お、俺の能力だって!?」
俺は思わずリックの肩に手を置く。
「教えてくれ!俺にはどんな力があるんだ!?」
リックはこちらの目をまじまじと見据える。
「君は《握手を介して人を共感させる》能力の持ち主のようだ。」
「は?」
落胆と否定の入り交じった声が口をつく。
頭が理解を拒んでいる。
「最初の握手をした時、私は“見ず知らずの人間と嫌々握手をさせられる”ような感覚を覚えた。」
「そ、それはあんたが勝手に思っただけで…。」
俺の言葉を無視してリックは続ける。
「次に、彼女と手を繋ぎながら私と握手した時は、意中の女性と一緒にいる時のような高揚感と幸福感を感じた。
僕は君に対して何の印象も持っていなかったにも関わらず、だ。」
「……マジかよ。」
信じたくない、俺の持つ能力は《ドラゴン殺し》や《魔獣使い》や《閃光使い》のようなカッコいい能力であって欲しかったのに…。
「《握手で共感》ってなんなんだよおおぉー!そんな能力に共感出来ねぇよおおぉーーっ!!」
すごく…カッコ悪いです…。
俺は愕然となり肩を落とした。
―――――――――――――――――――――― ――
「だ、大丈夫…?」
さっきまで落ち込んでいたはずのメティにまで慰められる始末。
俺は得体の知れないオッサンと握手させられ、内心を暴露される羞恥プレイを受け、ショボイ能力しか持っていない事を暴露された。
とんだ恥を曝されただけじゃないか!!
「まぁそう落ち込むなよ、お前の能力は使いようによっては使えるかもしれないぞ。
要は握手しただけで人の気持ちを操れるわけだろ?」
エムバラがフォローを入れてくる。
「それは商人たちにとってはノドから手が出るほど欲しい能力だ。
自分がどんなに良い商品を持っていても、共感が得られなきゃ売れない。
だがお前は、握手さえ出来れば、お客に商品が良いものである事を伝えられるわけだ。」
「そう言う事だね。
ただし、商品の質が悪いとわかっている場合や、商品の価値に少しでも疑いをもっていれば、それらの情報まで伝わってしまう、諸刃の刃だね。」
リックが補足する。
やっぱり使いにくい能力じゃないか!!
「僕が思い付いた使い方はもっと別だ。
例えば君が“殺したい程恨んでいる相手”の友人に、強い殺意を抱いたまま握手したらどうなるだろう?」
突然のリックの言葉に、背筋に氷が当てられたようにゾクッとする。
「例えば君が“何を犠牲にしても戦争を起こしたい”と考えながら、周辺国の要人たちと握手していったら…どうなるだろう?」
心臓が無秩序に拍動し、リズムを失う音が聞こえる。
閉じきった汗腺を破って嫌な汗が一筋頬を伝う。
「君の力は、今の君にはなにももたらさないかも知れない。
しかし、ひとたび悪意を持って使えば世界をも滅ぼせる“悪魔の力”だ、…と僕は思う。
使い方には十分気を付ける必要があるのではないかと…。」
「これ、あまりお客人をおどすものではないぞ。
若造どもみんな固まっとるではないか。」
ダマ先生の声に振り向くと、二人も凍りついたような表情を浮かべていた。
「年下を正しく導くのは周りの大人の勤めだ。
エムバラよ、彼の事を頼んだぞ。」
「……はい。」
エムバラは凛々しい表情を浮かべて静かに頷いていた。
「時に、そこの廊下…誰ぞおるのか?」
突然、ダマ先生が扉に向かって声をかける。
「…………!?」
「聞こえているなら出てきなさい。」ダッダッダッ……!!
呼び掛けられた主は、ダマ先生の言葉を無視して走って遠ざかって行ってしまった!
「しまったのう、今の話、誰か聞いておったようだ。」
「おいおい、先生、逃げちゃったみたいだけど大丈夫なのか?」
「外部の者がここまで入れるとは思えん、所員だろう。
お主らに迷惑をかけるわけにはいかんしな…、始末は私がつける。」
「……私が誰だったか調べましょうか?」
リックがダマ先生に尋ねる。
ダマ先生は静かに首を横に振っている。
「いや、心当たりはついておる…私から話をしておこう。
ややこしい事にならねば良いのだが…。」
――――――――――――――――――――――――
俺たちはダマ先生たちとの話が終わり、宿への帰路についていた。
メティは先程までと打って変わって、晴れやかな表情をしていた。
………数分前
「最後にこれだけ相談したかったんです。
ダマ先生…私は彼の記憶を取り戻してあげるべきなのでしょうか。」
「どういう事だね。」
「彼は異世界人、そして彼は今、記憶を失っています。
彼は優しい人ですが………記憶を取り戻すに従って、アームストロング一味のように……彼らのようになってしまわないか不安だったんです。」
「そんな…。」
メティの発言に俺は少なからずショックを受ける。
メティから見れば、俺も“異世界人”という畏れの対象なのだ。
メティは“記憶が戻った俺”ではなく“今現在の俺”を信用してくれているに過ぎなかった事を思い知らされた。
その事実自体には俺は怒りを覚えた。
…同時に、彼女は俺にそれを伝えるべきかをずっと悩んでいたのだと知って胸が痛む。
「話題に割り込むようで申し訳ないけど、その心配はないじゃないかな。」
リックがそう言ってメティを見る。
「あまり詳しい事は話せないけれど、私の国ではこの世界に来るような連中は、大抵血気盛んで粗暴なばかりだった。
彼らは恐らく記憶を失ったところで略奪や暴力を止める事はないだろう、その点は私が保証しよう。」
それはそれで、なんだか嫌な保証のされ方だな…。
「なので、彼がまだ人に対して暴力や略奪を行った事がないのなら、彼は元々その種の事をしない人間だったと言えるだろうね。」
リックが自分のアゴをさすりながら話す。
「なぁメティ、これは俺の勘なんだが、俺もコイツはその悪党どもとは違う種類の人間だと思うぞ。
こんな緊張感も邪気も皆無な人間は子供ぐらいなもんだ。
仇討ちみたいな理由がない限りは悪事を働かないタイプだ。」
「それ、なんかバカにしてる?」
「当・然!!」
「この野郎!!」
開戦の合図だ!!
エムバラと俺は互いに脇腹を小突き合う。
「あぁもう、バカ兄ィったら、人前で恥ずかしいからやめてよ!
キミも調子に乗らない!」
メティが呆れ笑いを浮かべて仲裁に入る。
「おっ、ようやく調子出てきたなメティ!その意気だ!」
エムバラは嬉しそうに攻撃の手を強める。
「うわっ、やめろバカ!!変なトコ触んな!!
…うひゃひゃひゃっ!!」
「ふむふむ、若けぇちゅうのは良いことじゃのう、なぁリック?」
「は、はぁ。」
………。
………。
………。
「さっきから黙ってるけど、考え事?」
俺はメティの呼び掛けで意識が呼び戻される。
「ああ、そんな所かな。」
馬の前に乗るメティは、心なしかいつもよりも楽しそうに見えた。
「何を考えてたの?」
「さっきまでの事と、俺の新しい名前かな。」
日がかなり傾いてきた、草木を夕日が赤く照らしている。
一寸間をおいてメティは会話を続ける。
「へぇ、新しい名前考えてたんだね。」
「ああ、……メティ、俺さ、新しい自分の名前決めたんだ。」
「えっ!?そうなの!?
なになに?」
メティの表情ははっきりとは見えないが、何だか楽しそうな雰囲気だけは伝わってくる。
「“カムド”、火を入れると色を取り戻す岩絵の具の名前を貰おうと思うんだ。」
「カムド、かぁ、意外と悪くないかもね。」
「ああ、決めたんだ、色んな人と出会って、記憶を取り戻して行けたらって。」
「う~ん。」
なにやらメティが唸っている。
「発想は好きだけど、なんか詩人っぽくてキミらしくないかなぁ。」
「ちぇ~、随分言ってくれるじゃねぇか。」
「えへへへ…。」
「はははっ…!!」
夕日を背に俺たちは馬をかる。
色々な人と出会い、俺たちは少しずつ変わってきている。
この“打ち捨てられた異世界”で。
俺は新しい名前を名乗っていく。
これからどんな出会いがあり、俺はこの能力をどう活かしていくべきなのだろう。
今はまだわからない、知らない事だらけだけど…ひとつだけわかっている事があった。俺の今一番の望みは、彼女の笑顔と…もう少しの間だけ寄り添っていたいという事だった。
第七話 完
ようやくタイトル回収できました。
いやぁ長かった。
勘のよい方は、タイトルと話の流れで主人公の能力に勘づいていたかもしれません。
彼の新しい名前も気付いていたかもしれませんね。
この作品のコンセプトは
・世間知らずなだけの〈本当に普通の少年〉が
・〈微妙だけど使いようのある能力〉を手にして
・本当に過酷な世界でどうやって生きて行くのか
…が書きたかっただけの作品なんです。
「俺、○○、普通の高校生!ある日チートパワーを授かって、俺つえーしちゃうぜ!」ってテンプレには皆さんもう飽きたんじゃないかなって。
ぶっちゃけ自分は飽きました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
なので、テンプレ崩しを書いてみたくなったんですね。
チートものって、掘り下げて見てみると主人公はどう見ても普通の学生じゃない場合が多いですし。
本当の普通の学生は最初の戦闘でビビって負けるんです、矢だってヘロヘロですし、馬にだって乗れないのです。
偏見かな?w
まぁそのために、主人公はしばらく無能として描くつもりです。
対比と主人公の成長の為に、周囲の人間は有能な人ばかりです。
見ててイライラする部分もあると思いますが、カムドくんの成長を共に見守って頂けたら幸いです。
弱くて、ダサくて、根性のない彼ですが、いつの日か、決める所は決めれる男になってくれる事を信じて、応援してくだされば幸いです。
長くなりましたが、それではまた。