第六話 俺、異世界人。
登場人物
主人公(俺)…異世界に憧れ、異世界に誘われ、記憶の一部をなくした少年。
自分を救ってくれた兄妹と行動を共にしている。
自分に弓の才能がない事を察し、今は術使いに憧れている。
メティアナ…秘境の村・アンムルの薬師。
優しく、美しく、才能に溢れる女性だが、したたかな一面も併せ持つ。
主人公の事を弟のように思っている部分がある。
兄妹の妹の方。
エムバラ…秘境の村・アンムル一番の弓使い。
歳の割に達観しており、多芸に秀でるが、口が悪く幼稚な一面も。
兄妹の兄の方。
マルーシャ…妖艶な雰囲気を持つ旅の踊り子・・・は仮の姿、正体は旅人をターゲットにしている野盗だった。
エムバラの直感により撤退する。
あらすじ
異世界に強い憧れを抱いていた主人公だったが、ある日彼が誘われたのは“打ち捨てられた異世界”と呼ばれる過酷な世界だった。
魔物に襲われ、記憶の一部を失った彼だったがアンムルの人々と兄妹はあたたかく迎え入れてくれた。
ある日、主人公はエムバラの発案から、アンムルの隣村にある“火術研究所”を目指す事になる。
道中、ゴブリンとの戦闘や女盗賊との邂逅を経て、彼らは尚も隣村を目指す…。
クェー!クェー!!ケッケケケ…!!
遠くで鳴く鳥の声に目を覚ます。
「ふー……んぐぐぐ!!」
テントの中で背伸びする、周りを見回すと既にエムバラの姿はなかった。
「ふあぁ……おはよー。」
俺はあくびしながらおもむろにテントの口を開く。
すると、ゴブリンのミイラと目が合った。
「ほんぎゃあああああああああああ!!!!」
異世界で俺と握手! 第六話 【俺、異世界人。】
「ほんぎゃあああああああああああああ!!!!」
特大ボリュームの絶叫がこだまする。
ケケケッケ!ギャーギャーギャー!!
バサササササ!!
遠くの鳥は絶叫を聞きつけると、羽根を猛烈に羽ばたかせて飛び去って行った…。
「うるせぇ!朝からうるせぇ!!馬がビックリしてるじゃねえか!!」
エムバラが怒声をあげる。
当然、エムバラの声にも馬は驚いている。
「わ、わりぃ……でも、このゴブリンのミイラは何……?」
皮を剥がれ、血を抜かれたゴブリンは天日のもと竿に吊るされていた、こうなるとあわれである。
「あぁ、干し肉を作ってたんだよ。
そのままだと持って行くのにかさばるし、日持ちもしないからな。」
「へ、へぇ……ところでこの頭とか腕は…?」
「ああ、食材としてはイマイチな部位なんだけど、薬の材料には持ってこいらしくてな。あとは胆のう、肝臓、副腎はメティが薬の材料に使いたいって言ってたな。
レバーなんか食った方が旨いに決まってるのに、勿体ないよな。」
エムバラはよだれをぬぐいながらのんきに馬のひづめを磨いている。
対照的に俺は、ゴブリンの解剖図を想像して、思わずオエッとなりそうになる。
「ん?そういえばメティとマルーシャはまだ寝てるのか?」
俺は姿の見えない女性二人の事を聞いてみる。
「ああ、マルーシャの事なんだけどな………。
実はこの近くに彼女の宿があるらしくて、昨日のうちに帰って行ったぞ。」
「えぇっ、そうなのか?一人で帰ったのか!?」
「あぁ、送るか聞いたんだが、あんまりにも一人で平気だって言い張るからなぁ。」
「大丈夫かな?心配だ。」
昨晩何が起こったかを知らなかった俺は、純粋にマルーシャの事を心配していた。
「ああ、あいつはああ見えてなかなか大したタマしてるよ…。」
エムバラは昨晩の事を思いだしながら小声で話す。
「ただいま~。」
するとそこへ水汲みに行っていたらしいメティが戻ってきた。
「おっ!おかえりメティ!マルーシャさんの事聞いたか?」
俺がそう切り出した瞬間、エムバラがギロッと睨まれる。
エムバラは首を横にブンブンと振る。
「マルーシャさん、ゆうべ一人で帰っちゃったんだって?
心配だなぁ。」
メティはなぜかホッとした表情を浮かべて微笑む。
「ホントだよねぇ、兄ィも送って行ってあげればいいのにね!」
「…は?」
エムバラはポカンと口を開けている。
「本当だよ、エムバラは冷たいなぁ。」
「ね~。」
「え~…。」
エムバラは憮然とした表情だ。
「ともかく、お肉の加工が終わったら昼には出発しないとね。
まずは朝食でモモ肉を使っちゃおう。」
「ゲッ、またゴブ肉かぁ……。」
メティが上手く話を切り替える、エムバラは白けた顔で馬のひづめの手入れを再開していた。
「(まったく、ウチの妹も良い神経してるよ……。)」
エムバラの心境など、この時の俺は知るよしもない。
女は強く、たくましく、そしてこわい。
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「くんくん……なんだか良いにおいがするな…。」
モクモクとスモークの匂いが立ち込める、ゴブ肉の加工は最終段階に入っていた。
「即席ベーコンだよ、昨日摘んできたハーブと塩・スパイスを塗り込んであるんだ。
天日で乾かして、馴染んできた頃にこうやってスモークで香り付けと火入れをするの。」
「へぇ、こうなってくると、もう元がゴブリンだってわかんないな。」
これなら俺でも食べられるな、という安堵感を覚える。
「ウェッホ!ゴッホゲッホ!!
なぁメティ、火の番代わってくれよぉ……。」
「ざーんねん、私たちはこれから水汲みだよ~。」
「えー、水汲みならさっき行ったじゃないか。」
「さぁ、兄ィはほっといて水辺に行こう。」
「ああ、わかった。」
エムバラが不平を垂れるのを尻目に、俺とメティは水汲みに行く。
「はい、これがキミの分の水袋ね。」
俺はメティからプニプニと弾力のあるゴム風船のような物を渡される。
「なんだこれ?羊の皮?」
「聞かない方が良いんじゃないかな…。
えっとね、ヒントは形だよ。」
「形…?」
袋には大きい穴がひとつ、小さい穴がふたつ空いており、大きい穴と小さい穴ひとつは、糸でしっかりと返し縫いで塞がれていた。
「う~ん、わからん……。」
「わからない方が良いんじゃないかな。」
メティが露骨に隠すのを聞いて余計に気になる。
「なぁ、なんなんだよ、教えてくれてもいいじゃん。」
「教えない方が良いんじゃないかな!」
「頼む!教えてくれ!一生のお願いだ!!
このままじゃ気になって夜も眠れない!!」
俺が食い下がるのを聞いてメティは観念したような表情になる。
「ぼうこう……。」
「えっ?」
「だからゴブリンの膀胱だってば!!」
「膀胱ってあのションベンを溜める……?」
「で、でも今朝しっかり洗ったから大丈夫だよ!!」
メティが取り繕おうとする。
「洗っても膀胱は膀胱だよな?」
やめておけば良いものを、俺は逃れようもない核心を突いてしまう。
思わず二人してなんとも言えない表情になる。
「もしかして今朝食べたスープもぼうこ……。」
「もうっっっ!!だから聞かない方が良いって言ったじゃない!!」
生きていくためには使えるものはなんでも使う。
それが自然の中で生きていく秘訣だ。
ああ、サバイバルって大変なんだなぁ……。
文明って偉大だったんだなぁ……。
―――――――――――――――――――――――
ゴブリン討伐により、期せずして食糧・水分を確保した俺たちは、再び馬で火術炉のある隣村を目指した。
途中で獣やモンスターを見掛ける事はあったものの、それらと戦いになるような事はなかった。
「なぁ、メティ、モンスターは馬に乗ってる俺らの事は避けて通ってるみたいだけど…?」
「そりゃそうでしょ、人里近くのモンスターは人間には痛い目に逢ってるヤツラばっかりだし、人間や馬がこわいんだもの。
馬に乗ってる人間になんて早々手を出そうなんて思わないよ。」
「ふーん、そういうもんか。」
納得仕掛けたが、やはり小骨のように疑問が引っ掛かる。
「なぁ、でもマルーシャさんを助けた時は俺たちが馬に乗ってても襲ってきたぞ?」
「あれは、彼らが臨戦態勢に入ってる時にちょっかいを出したからだね。
その辺にいるモンスターに片っ端から矢を射掛ければ、何匹かは追い掛けて反撃してくると思うよ、やってみれば?」
彼女、なにかとんでもない事言ってないか?
「嫌だよ、面倒くさいし矢の無駄だろ…。」
モンスターこわいし。
「そりゃそうだね……あと、もうひとつモンスターが逃げていく理由があるんだけど、わかる?」
メティは勿体つけた口調で問いかけてくる。
「なんだよ?勿体ぶってないで教えてくれよ。」
「えへへへー、それはね。
隣村、レヴィナに着いたからだよ!」
メティは木の柵をくぐり抜け、馬の速度をゆるめるとスッと地面に降りた。
「へぇ、ここが……。」
俺は周囲をキョロキョロした後、メティに続いて馬を降りる。
「村の近くの木柵を見掛けるとね、利口なモンスターは人間と鉢合わせしないように逃げて行くんだ。」
「へぇ、面白いな。」
木柵を振り返ろうとすると、突然脇を風が通りすぎて行く。
エムバラの馬車だ。
「おぉっ!?」
「ほらほら、ボーッと歩いてると危ないぜ!なははははっ!!」
馬の上でエムバラが楽しそうに高笑いしている。
「はいはい、バカやってないで宿にいきましょ、ついてきてね。」
メティは慣れた足取りで村を先導し、俺はその後を付いて行った。
「なはははははっ!!わーっはっは!!」
「おーい、エムバカ兄ィ、こっちだぞー。」
「だそうだぞ、エムバカー。」
「誰がバカじゃコルアアァ!!!」
―――――――――――――――――――――――
「たのもー!!」
「はいはい!いらっしゃ………なんだ、ンバラかよ。」
「なんだって事ァねぇだろ、元気してたかい?」
「元気も何も、最近は宿に来る客も減って商売あがったりさ……!
なんだい?今日は行商かい?」
「今回はそっちはおまけだな、火術研に用があるのさ。」
「何でもいいからもっと来てくれよ。」
「やーだね、ここのメシマズいし。
もっとマシな宿があればそっちに行ってるよ。」
ニヤニヤしながらエムバラが悪態をつく。
「ハハハッ、まったく口の減らねぇ…毎回あれだけバクバク食っといて、よく言うぜ!!」
主人も笑う。
「なっはははははっ!!バレた?」
エムバラと宿の主人が談笑をしている。
「へぇ、仲良いんだな。」
「あー、まぁ、うん…。」
メティは周囲をキョロキョロとしている、その様子は何かを警戒しているようでもある。
「あら、メティちゃん、また来てくれたのねぇ…いらっしゃぁい。」
すると、突然俺たちの背後から優しくもねっとりとしたオーラを纏った声が響く。
「はっ、はいぃ!!!」
メティは驚いた猫のように体をビクッと跳ねさせると背後を振り向く。
「ア、アメリアお姉さま!お、お元気そうで良かったです!!」
メティは冷や汗をダラダラ流しながら目を白黒とさせる。
「うふふふ………ところでメティちゃん、そちらの方は……彼氏さん?」
アメリアと呼ばれた女性はこちらに視線を向ける、心なしか視線から敵意を感じるんですが……。
「か、彼………いえ、この人は私の所の患者で……。」
「あらあら、私ってば早とちり、てっきりメティちゃんについた悪い虫かとばかり…。
………ごめんなさいねぇ。」
サッ!!
この人、いま、背中に何か隠さなかったか……?
メティが緊張していたのもわかった気がする、彼女からはただならぬオーラを感じる。
特に、俺に向けられた視線には、忌々しいものを見るような負の感情を感じた。
「(こ、こえぇ…………なんか知らんが…この人こえぇ!!)」
―――――――――――――――――――――――
俺たちは宿の予約を取り、手荷物を預かってもらうと、村の反対側にあるという火術研究所に馬を走らせた。
「なぁエムバラ、今研究所に行かなくちゃいけないのか?
俺、疲れちまってさぁ、宿でゆっくりしてたいんだけど。」
「なぁに呑気な事言ってんだよ、白磁は焼きに出してから終わりまで半日以上掛かるんだぞ。」
「えぇっ、そうなのか!?」
「嘘ついてどうするんだよ、明日の昼にこの村を立ちたいなら、今行っても遅すぎるぐらいだ。」
エムバラは面倒くさそうに頭をガシガシと掻いている。
「あぁ、あとな、お前の名前についても問題がある、宿に帰るまでに考えておけ。」
「はっ?なんでそんなに急に…。」
「宿には帳簿ってものがあるだろ、泊める側も名前のないような信用置けないヤツに宿は貸さない。」
「そんなの、偽名を適当に書けば…。」
エムバラは嘆息気味に続ける。
「お前は村社会ってものをわかってないな、隣近所は全部顔馴染みなんだぞ?
帳簿なんて形に残るものに適当な名前を書いてみろ、瞬く間に村全体に広まるぞ。」
「そうなのか?」
「娯楽の少ない村だしな、一度広まり出すと火の手よりあっという間に広がるぞ。」
「つまり、台帳に書き込む名前が当面の俺の名前になるって事か…。
くっそー!それならもっと早く言ってくれれば良かったじゃないか!!」
「言わなかったのには2つほど理由がある、ひとつはさっきまで帳簿の存在を忘れてた!」
「オイッ!!」
「ふたつめは、ギリギリまで黙ってた方が面白そうだったから!!」
「オイッ!オイッ!オイイイッッ!!てめぇ、呪っちゃるぅ~!!」
「まぁせいぜい悩むこったな!なははははっ!!」
「ちくしょ~、ひとごとだと思いやがって……!!
名前、名前………うぬぬぬぬっ!」
いかん、はじめて味わう種のプレッシャーに知恵熱が出てきたぞ…。
「こらこら兄ィ、あんまりおどかすようなものじゃないでしょ?
キミもさ、あんまり悩んだって良い答えなんて出ないんだから、こういうのは直感でポンポーンと決めるべきだよ。」
メティの言うのももっともかも知れない、命名なんて閃きの世界だ。
ウンウンうなった所で、良い名前が浮かぶとも思えない。
ここは自分のセンスと直感を信じて勝負すべきなのかも知れないな。
「…まぁ困ったら俺が適当に決めてやるから心配するな。
たとえば“タヌキ”なんて良いんじゃないか?
火膨れのトカゲみたいな生き物の名前なんだけどさ!」
間違ってもエムバラだけには頼まないと心に誓う。
「タヌキ………ぷふぅ!!wwwwwww
んっふっふはははっwwwww」
メティも笑ってんじゃねぇ!!
―――――――――――――――――――――――
その後、馬を走らせること数分、レンガ作りで煙突がいくつも立った建物が見えてくると、俺たちを乗せた馬はゆっくりと速度を落とした。
「うっへぇ、すっげぇ煙突だな…もしかしてここが……。」
「もしかしなくても、他にこんな怪しい建物ないだろ。」
そりゃそうだ、これが普通の建物のはずがないか。
「お察しの通り、これが火術研究所さ。」
大自然に囲まれた村には不釣り合いなほど、人工的で、大きく、威圧的な門構えだ。
所々に炎を模したような奇妙な紋様が見える。
「止まれ!!」
「!?」
建物の中から黒いフード付きのローブを纏った男が姿を見せる。
「モンスター!?……いや、人か…?」
俺は反射的に弓を構える。
「怪しいとは何事だ、訂正しろ!」
「いや、その格好含めて十分怪しいだろ、なぁミゲル。」
エムバラは気だるそうにローブの男に話し掛けと、男はフードを外す。
「お前は相変わらず口が悪いな、ンバラ。」
中からは華奢な体躯の金髪美少年が顔を覗かせた。
「(ホッ、やっぱり人だったか。)」
俺はひそかに安堵する。
「この伝統と格式ある術師の導衣を言うに事欠いて怪しいとは…、嘆かわしいほど学がないヤツだ。」
美少年はかなりムッとしている。
「すまねぇなミゲル、今日はお前じゃなくてお前のお師匠さんに用があるんだ。」
「ああ、わかったわかった、早く用事を済ませてさっさと帰ってくれ。」
かなり険悪な雰囲気だが、大丈夫なのだろうか…?
「ミゲルくんごめんね、ウチのバカ兄ィが。」
見かねたメティが二人の仲裁に入る。
「なっ、…めめめ、メティアナさん!?いいい、いつからそこに!?」
「ずっとだバカタレ。」
ミゲルはローブをパパッとはたき、羽織直す。
「ようこそおいでくださいました、お兄さんとはいつも仲良くさせていただいておりますよ!あっははっは!!」
「…どの口が言ってんだ。」
「あははー。」
メティは乾いた愛想笑いを浮かべている。
「ったく、こんなの相手にしてたら日が暮れちまうよ、早く行くぞ。」
エムバラは馬から荷台をカチャカチャ外している。
「おい、お前もボーッとしてないで手伝ってくれ。」
エムバラが俺を手招きする。
「俺?ああ、わかった。」
エムバラの求めに従って荷台に駆け寄る。
ミゲル少年は俺の顔をまじまじと見つめると、不思議そうな表情を浮かべている。
そんなにじっくり見られると作業しにくいなぁ。
「………?
彼は誰だ?」
ミゲルが尋ねた瞬間、横にいたエムバラは何か思いをついたかのように、底意地の悪そうな笑みをニタァァーーーッ……と浮かべる。
「ああ、コイツか?俺の新しい弟だ!」
ニヤケた笑みを浮かべたまま、エムバラは俺と肩を組む。
「「「えっ。」」」
エムバラ以外の三人がピッタリとハモる。
「お、おと、おとと、おとおと、おとと………。」
ミゲルは酸欠の魚のように、白目を剥きながら口をパクパクさせている。
「ちょっと!私たちそんなんじゃ……!!」
「なーっはっはっは!!他人の恋路を邪魔するのは楽しいなぁ、弟くんよ!!」
「悪魔かアンタ……。」
「よいせっと、じゃあ行くか、お前は後ろから押してくれ、オトウトくん!!」
エムバラは愉快そうな笑みを浮かべ、取り外した荷台を引く。
「後ろ?わかった。」
「もう、兄ィってば…私たちまだ…。」
メティが赤面する後ろで、ミゲルは一人言をぶつぶつとつぶやいている。
「おと?おっとっと?おとりんこ!!おとりんこ!!」
ミゲルは意味不明な言語を口走りながら目をパチパチとさせている。
俺たちはおかしくなってしまった彼を置いて、建物の奥へと向かった。
―――――――――――――――――――――――
俺たちは荷車を転がしながら建物の奥に進んで行く。
建物の中にはミゲルと同じ黒いローブを着た人たちが円陣を作り、火術の練習をしていた。
「ん?客か。」
リーダーらしき青年がこちらを振り向く。
「アンムル村のンバラだ、長に会いたいんだけど、いいか?」
「わかった、今呼びに行かせるので少し待っていてくれ。」
精かんな顔付きの青年はパチン!パチン!と三度ほど手を打ち鳴らすと、侍女らしき女性が奥の部屋へと入って行った。
「へぇ、女性もいるんだな。」
「まあね、今の時代は女性も魔術くらいは覚えてないとね。
それに、術の反復練習は女性の方が得意だって聞くからね。」
無骨な外観とは違い、部屋の中には朱色のテーブルや山が描かれた絵が飾られている。
ボケーっと装飾に見とれていると、部屋の奥から黄色の導衣を纏ったシワだらけの老人が姿を見せた。
「やぁダマ先生、こんちは、元気してた?」
エムバラが恐ろしくフレンドリーに話し掛ける。
「きさま、長に対して、なんという口の聞き方を……!」
リーダーの青年は眉をひそめる。
「よいよい、彼の祖父には私も大変世話になった。
彼は私の孫も同然だ。」
一見こわもてに見える老人が目を細めて微笑む。
続いて後ろにいたメティにも視線を向ける。
「メティ、お前も元気そうでなによりだ。
母に似て一層美しくなったな。」
「お褒めいただきありがとうございます、先生もお変わりなさそうで何よりでございます。」
「以前お前に作ってもらった薬、本当に良く効くものでな。
おかげでお迎えが伸びてしまったわい。」
「まぁ、ご冗談を。」
「はっはっ…。」
長はしわくちゃの顔を更にシワシワにし、エムバラの時よりも豪快に笑う。
やっぱり老人になっても、男は若い女性の方が好きなんだなぁ。
「ところでンバラ…まさか遊びに来たわけではあるまい?
なんの用事で来た?」
「いえね、ここのデッカイ炉でまた焼き物の仕上げを頼もうと思いましてね。」
「ほっほ、聞いたか皆、今夜は徹夜で炉の番だな。」
弟子たちは文句こそ言わなかったものの、一部は面倒くさそうな表情をする者もいた。
「こりゃ、これも修行だ!シャッキリせんかい!!」
「悪いな先生、金が出来たら報酬はキッチリ払うからさ。」
エムバラの申し訳なさそうな表情を見るのは初めてだ。
「悪いついでにもうひとつお願いがあるんだけど、良いかな?
…………おい名無し、ちょっと来てくれ。」
「なんだ?」
俺はエムバラに呼ばれて長の前に歩み出る。
「こいつなんですけどね、実はモンスターに襲われてから、自分の事を忘れちまったらしくて…。」
「…ほう、私で何かわかるか、調べてほしいと。」
「さすが!察しが早くて助かるぜ。」
「では早速、ちょっと失礼。」
長は俺に近付いて来て、顔や手をじっと観察される。
なんだかムズムズしてきたぞ。
「いいか?お前、暴れんなよ?」
エムバラにクギを刺される。
さすがの俺でも老人相手に暴れたりしないぞ…!
少しムカッとするが、直立不動で成り行きを見る。
「ふむ、彼はブランクだな。」
「ブランク?」
「この辺りの村ではそれ自体は珍しい事ではないが…。」
長が難しそうな表情をしながら口を開く。
「お主、歳は何歳だ?」
「えっ、じゅ…14歳です。」
周囲は突然ギョッとした表情を浮かべる、今の質問はそんなに変な内容だったか?
「他に兄弟は?」
「いないです、俺一人だけ。」
「お前……なんで…。」
「ウソみたい……。」
みんながザワつく。
「一体なんなんだよ!そんな変な会話じゃなかっただろ!!」
俺は反応に我慢できなくなり、怒気を含んだ声をあげる。
「内容なんてどうでもいいんだよ、なんでお前が俺たちさえ意味のわからない”古代語“がわかるか、それが問題なんだよ!!」
「は?古代語?」
キツネにつままれたようだ、彼らが何を言っているかわからない。
「お前さん、異世界から来なすったね。」
「えっ!?」
メティは口を押さえてビックリしている。
そんなに驚くような事なのか…?
「以前聞いた事がある、異世界から来た者は適応の為にあらゆる言語を理解でき、その地の公用語を話せるようになる、と。」
「えっと、隠すつもりはなかったけど、……そうです。」
「なんでそれを早く教えてくれなかったの!」
メティは少し怒っている様子だ。
「まぁ、話す必要もないと思ってたし…、第一そんなことを急に言ったら変なやつだと思われるだろ?」
「それは……そうだけど。」
メティは困惑し、悲しそうな顔をする。
エムバラは青い表情のまま黙っている。
研究者たちは警戒の色を示してざわついている。
「おいおい、おとなしくしてりゃ、みんなしてなんなんだよ!
異世界人ってのはそんなに変な事なのかよ!!?」
俺はむかっ腹が立って怒鳴る。
「お若いの、そう興奮しなさんな、理由は私から説明しよう。」
長が俺をなだめるような口調で語る。
「お前さん、アームストロング一味の事を知ってるかね?
最近、都を騒がせている悪党共だ。」
「アームストロング……?
さぁ?聞いたこともないけど…。」
「彼らはみな異世界人だ。」
「えっ…?」
言葉に詰まる。
「異世界から来た者は、我々が持たない技術や術式を持ち、みな悪鬼のような怪力の持ち主ばかりだ。
そんな者たちが悪しき思想を持ち、寄り集まればどうなると思う?」
思考が止まる、彼が何を言わんとしているのかがわからない。
「彼らは暴力と略奪の限りを尽くした………なにせ、彼らからしてみれば我々の方こそ異世界人。
彼らにとっては邪魔な異世界人を殺す事など獣や魔物を殺すのと大差がなかったのだろう。」
嫌な気分で胸が締め付けられるようだ。
呼吸がままならない。
「彼らは、たった数日でこの国の首都を滅ぼした。
自らの娯楽の為だけに、男は拷問にかけられ、女は犯され、飽きれば皆殺された。」
なんだそれは…、俺と同じ地球人がそんな事をしていたって言うのか?
この話を聞いていた時の俺は、きっと酷い顔をしていたのだろう。
「じつは、近年凶暴化した魔物が増えているのもそのせいなのだ。
彼らは行く先々で悪逆を尽くしている、町や村に溢れた死骸を魔物が食らえば、当然魔物も数を増やして行く。」
「どうして…。」
どうして彼らはそんな酷い事をできるんだ……!!
憤りに胃液が沸騰し、頬と目頭がじんじんと熱くなる。
「そう、異世界から来た…お主の仲間が……。」
その一言にカッとなり、握りこぶしを握る。
頭の中で理性がプツンと弾ける音がした。
「そんな連中と……!!」
いけない!!抑えろ!!
この人に八つ当たりして何になるんだ!!
弟子たちも術式を放てるように身構えている。
「そんな人たちと彼を一緒にしないでっっ!!」
叫んでいたのは、俺ではなくメティだった。
「彼の事をなにも知らない癖にっ!!
何を根拠に彼の事をそんな風に言えるんですか!!?」
「メティ……。」
彼女の言葉に胸が震え、涙がこぼれそうになる。
「彼は、本当はモンスターを殺す事さえためらうような、優しい人なんですよ!
それを暴漢たちと出身地が同じなだけで“仲間”なんて一括りにするなんて、信じられません!!
ダマ先生の事、見損ないました!!!」
「おい、よせメティ、ダマ先生は鎌をかけただけだ。」
「えっ?」
「先生、悪い癖が出たんじゃないですか?」
エムバラはやれやれ…と首を振る。
メティは目をパチパチさせている。
「いや、すまん。悪いとは思っていたんだが、彼の人となりを見る為に試させてもらったんだ。」
ダマ先生は「すまんすまん。」と拝み手を振っている。
「なかなか実直そうな少年ではないか。
何より、メティからそこまで信頼を勝ち取っているなら間違いは起こさないだろう。」
「試した?……それであんな暴言を?
やっぱりひどいです!先生!」
ダマ先生は困ったような顔で頬を掻く。
「メティ、落ち着け、俺はいいから…。」
「良くない!!」
落ち着けようと仲裁に入ると、逆に怒られてしまった。
メティはまだにプンプンと怒っている。
「いやぁ参った参った……。」
困り果てたような顔をして佇むダマ先生。
「そうさな、お詫びと言っては何だが……お前さんたちに会わせたい人物がいる。
来客の間で待っていてはくれないか?」
「会わせたい人?」
俺は首をかしげる。
「お前さんは特に会って損のない人物だろう。」
「ダマ先生がそう言うんなら間違いないだろう、行くぞ。」
「あ、うん。」
エムバラの呼び掛けに俺は返事をする、メティはむくれたままずっと黙っている。
「(俺と同じ異世界人、……アームストロング一味…か。)」
皆の反応から、先ほどの話は嘘や脚色ではなかったのだろう。
他人のした事ながら、俺は罪悪感ににたやりきれなさを感じていた。
俺たち三人は、侍女に促され来客の間へと向かう。
ダマ先生の言う、“俺に会わせたい人物”とは一体何者なんだろうか………?
第六話 完
少しお待たせしてしまいました、いつもより少し期間が空いてしまい、申し訳ありません。
いや………誰か待ってたのかな?w
ようやくアームストロング一味に触れる事が出来ました、この辺りは発案初期の頃から絶対に書いてやろうと考えていた部分です。
まだ名前だけにとどまっていますが、彼らの存在は物語のメッセージ的な部分に関わってくるので、上手く描けるといいなぁ。
物語の方は有能兄妹が勝手にキャラとして動いてくれるので非常に助かっています。
新キャラも増えて来ましたが、彼らもどんどん話しを転がして、コロコロしてくれるキャラに育って欲しい、育ちなさい、育て!!
まだまだポカリが手放せない時期ですね、皆様も体調お変わりありませんように。
それではまた。