第五話 旅の踊り子、幼き剣士の夢
登場人物
主人公(男)…異世界に憧れ、異世界にいざなわれた少年。
魔物の奇襲にあい、記憶を失ったが、秘境の村の兄妹に救われる。
憧れたものの前では歯止めの効かない破天荒さを覗かせる。
弓と絵と乗馬がすごく下手。
メティアナ…秘境の村・アンムルで薬師をしている少女、主人公よりやや年上。
美しく母性的だが、兄に対しては容赦がない。
みんなからはメティと呼ばれている、兄妹の妹の方。
エムバラ…秘境の村・アンムルの弓使いの少年。
器用で多芸持ちだが、心許せるものの前では幼稚さを見せる。
本名は“ンバラ”だが呼び方はどっちでも良いらしい、兄妹の兄の方。
怪紳士…怪しいおっさん、出てこない。
あらすじ
異世界に憧れていた主人公だったが、彼がたどり着いたのは“打ち捨てられた異世界”と呼ばれる危険な土地だった。
そこで待ち受けていたモンスターとの戦いに敗れ、主人公は記憶を失う。
秘境の村・アンムルの薬師の兄妹の家で一命を取りとめた彼だったが、自分が何を成すべきか定まらないままいた。
そんな最中、兄のエムバラが隣村へ行くことを決め、主人公もそれに同行することになった。
しかし、旅の途中で彼らはゴブリンの群れと遭遇し……。
俺たちの遥か前方、目視出来るかギリギリのところに数個の人影がみえる。
一つは人間のもの、後の三つはモンスターのものだろう。
俺とメティを乗せた馬は、その人影へ向かって猛然と走っていた。
人がモンスターに襲われている…。
その事実だけで全身が震える。
「待っててくれ、今助けるから…!」
メティが手綱を取り、俺が馬上後方で弓を構える。
「まだ早いよ、モンスターの注意を引けるギリギリまで引き付けて!」
「わかってる…!」
俺はエムバラから渡された、尖端の丸まった変わった形の矢を握りしめる。
手の平がじっとりと汗ばむ。
「ここだああぁ!!」
俺は頭上やや上から放物線を描くように
矢を放った……!!
異世界で俺と握手! 第五話【旅の踊り子、幼き剣士の夢】
「いけえええぇ!!」
俺がモンスターたちの上方目掛けて矢を放つ。
矢は赤い毛羽をなびかせ
ビュオオォッ!!
っと、けたたましい風切り音をさせながら奴らの上を飛び越えて行った。
モンスターたちは何事かとこちらを振り向いた。
俺はその顔目掛けて矢を放つ!!
スカッ!
当たらない。
ビュンッ!!
やはり当たらない。
「ちょっとストップ!!馬やあの人に当たったらどうすんの!!」
遂には前に乗っていたメティから文句を言われてしまう。
「大丈夫、もう十分気は引けたみたいだよ!」
メティの言う通り、ゴブリンは既にターゲットをこちらに変えて猛然と走ってくる。
「いいよ!この距離なら……私でも……!!」
メティは自分のポーチを開けると青色の小瓶を取り出す。
「馬、止めるよ!」
「えっ、えっ!?」
「振り落とされないで……ねっ!!」
メティは突然左手に手綱を持ち変えると、グイっと引っ張りあげる!!
すると、それまで猛然と走っていた馬は立ち止まり、前足を振り上げた!!
「うわっ!?」
俺は振り落とされまいと、必死に鞍にしがみつく。
あやうく舌を噛むところだった…。
少し安堵しながら視線を上げると、もうすぐそこまでゴブリンの群れは迫っていた!
「く、来る…!!」
俺は震える照準の定まらない手で弓を構える!
「待って、弓は良いから足を掴んで!!」
「……へっ!?」
メティは突然上体を乗り出すと、右足をあぶみから外して鞍の上に片足立ちのような姿勢で乗りあげた!!
俺は混乱しながらも、鞍の上に差し出された右足に無我夢中でしがみ付き、支える!
メティは「ふんっ!!」と右手をコンパクトに振り抜き、ゴブリンめがけて小瓶を投げつける!!
小瓶はきりもみしながらゴブリンの顔面にヒット!!
ガシャン!!
小瓶はゴブリンに命中すると、中の液体を撒き散らしながら割れた。
「ガアアァァァッ!!」
ゴブリンは液体を被ると、顔を押さえながらのたうち回る!!
「ちょっと刺激が強すぎたかもね!!」
メティは不敵な笑みを浮かべながらバサッとローブをひるがえす…!
「(メティっち格好いい……!)」
俺はその光景にただただ見惚れていた…。
「あっと、うっ!!……ねぇ、キミ?」
「んっ?」
メティは足をくねらせ変な格好をしている。
「もう足は離してくれて大丈夫だから………っていうか離して。」
「アッハイ。」
…俺っちカッコ悪い。
「ターゲットは十分引き付けたから、兄ィと合流するよ!!」
「わかった!!」
俺が馬の鞍にしがみついた事を確認すると、メティは手綱をグイッと引いて馬を後方に方向転換させる。
「ゴグァァー!!」
しかし、モタモタしている間に残りのゴブリン二匹がすぐ後ろまで迫って来ていた!!
ゴブリンは手に持っていた小石をこちらに向かって投げつける。
「ヒヒィン!?」
ゴブリンの突然の奇襲に驚き、馬は俺たちを振り落とそうと暴れる。
「キャッ!?
……くっ…………ねぇ、落ち着いて!!」
メティは慌てて馬をなだめる。
……しっかりしがみついていて良かった。
普通に乗っていたら俺は落ちていたかもしれない…!
一瞬背筋に寒いものを感じる。
「お願い、走って!!」
メティが馬の背中をタン!タンッ!と叩くと、馬はようやく我を取り戻して走り始めた……!
「ガウッ!」
だが、走り出すのが一歩遅かった……!
射程距離に入ったゴブリンの一匹はこちらに向かって飛び掛かかっていたのだ…!!
「……くっ!
このおっ!!」
俺は咄嗟に手にもっていた矢をゴブリンに向けて振るう!!
スッ……ズバアァーーッ!!
嫌な感触が手を伝うと同時に、振るった矢の先がゴブリンの顔の表面に赤い筋を描く。
切りつけられたゴブリンはとっさにのけぞって後方に飛びのく!!
遠ざかり際に、俺は恐る恐るヤツの顔を振り返る…!
顔の表面のが上下に切り離され、皮が鼻の重みでベロリと下に垂れ下がっていた…。
皮の隙間からは赤とピンクのグロテスクな血と肉のまだら模様が覗いている……。
ゴブリンは垂れ下がる自らの顔の皮を、なんとか元に戻そうと何度も皮を顔に擦り付けていた、何度も………何度も………。
だが皮は重みに負け、赤いしぶきを撒き散らしながら垂れ下がってくるのだ…、
「う、うげぇ…!!!」
興味本意で見るべきではなかった…。
想像を越えた醜悪な光景に、思わず胃酸がこみ上げ、食道をヒリつかせる。
「うっ………うっ…ぐうぅ。」
口の中を酸っぱ苦い悪臭が占める………吐いてしまえればどんなに楽だろう…。
「やらなきゃこっちがやられてたかも知れない、仕方ないよ…。」
メティは俺の様子を察してか、静かに、だけど冷淡に俺を諭す。
遅れる事しばらく、エムバラの馬がようやく到着する。
「…後は俺がやる。」
俺たちの顔色を察してか、エムバラは短く告げると弓を構える。
そこからはあっという間の出来事だった。
エムバラは疲弊したゴブリンたちを次々に射抜いた。。
二発、三発と雷のような速さで次々とゴブリンを射抜いていき、瞬く間にゴブリンの群れは地に倒れ伏した。
「……ねぇ、大丈夫?」
メティは俺が青い顔をしている事に気付くと、声を掛けてきた。
「ああ、大丈………う゛ぅ゛っ……。」
俺は思わず口を押さえて馬を飛び降りると、そのまま地面に伏して胃の中のものを吐き出す。
「う゛ぉぇっ………う……………う゛う゛ぉぉぉ………。」
自然と涙が溢れる。
「うっくっ………ちっくしょう…………情けねぇ……。」
俺は苦しさと不甲斐なさで涙が止められない。
異世界で魔物と戦う、それがどういう事だったのかを改めて突き付けられた。
俺は甘く考えていたんだ、死を賭して戦うという事の意味を!!
考えないようにしていたんだ、敵を殺すという残酷さの意味を!!
かつて、漠然と異世界に憧れていた自分を呪わずにはいられず、涙が頬を伝う。
「使って。」
メティが自分の手拭いを俺に差し出す。
気を使ってくれているのだろう、背後から、俺の情けない顔が見えない位置に立っている。
俺は手拭いでさっと目尻を拭き、袖で口元をさっと拭う。
「すまん…………ありがとう……。」
「やっぱり戦いは怖いよね。
でも、あなたが頑張ったお陰で私たちは助かった。
……ほら、この子も感謝してるよ?」
今まで俺にだけはなつく事のなかった馬が、俺の背中に鼻筋をすり寄せてきたのだ……。
「…助けてくれてありがとう。」
馬の仕草に合わせてメティが優しく呟く。
「…男の癖にめそめそと……情けないよな…。」
「そんな事ないよ…。」
メティも俺の背中にそっと手の平をかざす。
「私だって、あの兄ィだって最初はモンスターが怖くて、戦うのが怖くて、よく泣いていたんだよ。」
少し驚いたが、俺はそのままメティの話を黙って聞く。
「誰だって何かを傷つけるのは怖いし、自分が死ぬのはもっと怖い。
…でも、自分が怖がっていたせいで、大事な人を守れないのはもっと嫌だから…だからみんな強くなろうって思えるんだよ。」
話を聞いているうちに、また涙が込み上げてくる。
「さぁ、兄ィも待ってる、襲われていた人の所に行こう。」
…そうだ、こんなところで感傷に浸っている場合ではない。
襲われていた人はメティの治療を待っているかも知れないんだ。
俺はもう一度顔を拭くと、メティの後ろに駆け乗った。
―――――――――――――――――――――――
エムバラに遅れる事しばらく、俺とメティを乗せた馬がやっと襲われていた人の元に辿り着く。
格好を見る限り女性のようだ、意識を失っているのかエムバラに膝枕されながら地面に倒れている。
「エムバラ、その人……。」
「大丈夫、息もしてるし脈もある。」
「そっか、良かった…。」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
しかし、倒れている事に変わりはない。
「意識がないのか…?」
「多分…な。」
「私、看てみるね。」
メティが馬を飛び降りて彼女に歩み寄る。
「う…………ん………。」
そこで彼女が意識を取り戻す。
「ここは………?」
「平原のど真ん中さ、あんたがゴブリンに襲われていたのを見つけて助けに来た。
あんたは?」
「………マルーシャ…と、申します、旅の踊り子です。」
エムバラはピューっと茶化すような口笛を吹く。
「へぇ、踊り子ねぇ、道理で色っぽい格好してるわけだぜ。」
「こら、バカ兄ィ!!怪我人をからかわない!!
……ったく、ごめんねマルーシャ?」
マルーシャは「うふふっ。」と笑う、薄褐色の肌に艶やかな銀髪がとてもエキゾチックだ。
「大丈夫ですよ、私は気にしていません……
危ない所を助けて頂いてありがとうございます。」
マルーシャは行儀よくペコリとお辞儀をする。
「ともかく、無事でよかった、私たちはアンム………。」
「ちょい待ち、みんな疲れてるし自己紹介は明日だ、今日はここで野営をするぞ!
お前たちはメシの準備を始めててくれ。」
エムバラは話を途中で切り上げて食事の準備をすりように促す。
「わかった、ほら、キミはこっちで野草を摘むのを手伝って。」
「……?
ああ。」
エムバラが今までにない表情をしているのが少し気になるが、俺はメティに続く。
「さて、マルーシャ……あんたはこっちだ、ゴブリンの肉は安いけど金になる、集めるのを手伝ってくれ。」
「……はい。」
―――――――――――――――――――――――
「ゴブリン~ゴブリン~、にっくにく~っと。」
エムバラは鼻歌混じりにゴブリンの死体から矢を抜き取り、持ち上げる。
「おい、マルーシャ、なにボーッとしてるんだよ、手伝ってくれ!」
「すっ、すみません……!」
マルーシャは恐る恐るゴブリンの死体へ近付く。
「そんなおっかなびっくりしなくて大丈夫さ、もう死んでるよ。」
「はい、すみません………。」
「すみませんすみませんって、別に何も悪いことしてないんだから謝らなくても良いんだぜ?
それともこれから悪いことしようとしてんのかな~?わっはっはっ…!!」
エムバラはいつもの調子でマルーシャを茶化す。
「おっ、あんた短刀なんて持ってるんだな。」
エムバラはマルーシャが腰から下げていた短刀をチラリと見る。
「はい……護身用に…。」
「まぁ、女だてらに旅するんなら必要かもな。
悪いがそいつを血抜きに使わせてくれ、俺がこうやって逆さまにゴブリンを持っておくから、コイツの頸動脈を切ってくれ。
今日の晩飯にするからさ。」
「えっ、あっ、あの……。」
「なぁにモタモタしてるんだよ、ずっと持っるから手が痺れてきちまったよ……はやくはやく!!」
エムバラに急かされ、マルーシャは慌てながらゴブリンの首をススーッと掻き切る。
「へぇ、慣れてないにしては上手いな。」
マルーシャが切り込みを入れると、ゴブリンの首から一瞬しぶきが吹き上がり、ほどなくして大量の血がダラダラと垂れては、地面に落ちていった。
「サンキュー、こうやってしっかり血抜きしておかないと、血生臭くて日持ちのしない肉になっちまうからな。」
エムバラはニカッと笑い、マルーシャを見る。
「くんくん、そういえば、あんた…なんか変わった匂いがするな、香水か?」
「えっ、ええ……。」
「俺は結構鼻が利くんだ、こう鉄臭い中でも、あんたが珍しい匂いだってわかるぞ。」
「は、はぁ……。」
マルーシャはなんだか少し引いている。
―――――――――――――――――――――――
一方その頃、俺とメティは近くの茂みで野草を摘んでいた。
「ほら、これね、青葉の先端が二股になってるのがネギ化の野草、これを集めてね。」
「こ、これか…?」
俺は近くにある、似た見た目の葉っぱを引き抜く。
「どれ?ちょっと見せて。」
「ほい。」
メティに野草を手渡す。
「ふーん、えいっ!!」
ポイッ!!
「あぁっ!?なんで捨てちゃうんだよ!!」
「似てるけどあれ毒草だよ?
あんなの食べたら痺れてしばらく動けなくなっちゃうよ。」
「ゲッ!そうなの…?まったく見分けがつかん…。」
まいったぞ…さっきからずっとこんな感じだ。
これじゃ、手伝っているんだか邪魔しているんだかわからない……。
「焦らなくて大丈夫だよ、キミはゆっくり強くなっているから。」
「ははっ、女の子に慰められてるようじゃ格好わるいなぁ。」
「でも私の方がちょっと年上だよ。」
俺は上手い返しが思い浮かばす黙る。
「兄ィもね、昔は剣士を目指してた時期があったんだ。
『俺がみんなやメティを守るんだ!』ってね、毎日朝から晩まで剣の練習をしてたよ。」
「エムバラが?」
それは少し意外だ、客観的に見て彼には弓に天賦の才能があると思う。
その彼が剣士を目指していたのか…。
「うん、でも、モンスターと戦っているうちにね、敵を切りつけて倒すのが怖くなっちゃってね……。
あの時は、もう狩人の仕事をする事も諦めちゃってたんじゃないかな。」
今の話……なんだか今の俺と重なる所があるな…。
「それから…どうなったんだ?」
「うん、うちのじっちゃんも弓使いだったんだけど、そのツテで知り合いの弓名人の人を教えてもらったの。
それが兄ィの弓の師匠。」
メティは懐かしそうに目を細める。
「厳しいけど優しい人でね、兄ィの事を『臆病で優しすぎる彼には弓の方が向いてる。』って言ってくれてね…、
その一言で吹っ切れた兄ィはあっという間に弓が上達してったんだ。」
メティは俺を見つめる。
「だからキミも、きっと弓が向いているんじゃないかな、そんな気がするよ。
臆病で優しいキミも、きっと弓が上手くなるはず。」
胸の奥が静かに脈打つ。
励ましてくれた彼女に何か伝えなくちゃいけない…!
「俺さ、モンスターと戦うのはやっぱり怖い…。
メティたちに助けられた時も、……本当はモンスターを殺すのが怖くて仕方なかったんだ。
大声で威嚇すれば逃げてくれないかなって思ってたら………
後ろからボスに襲われて…。」
「うん…。」
「でも、俺……さっき夢中でメティたちを守れて、マルーシャを助ける事が出来た事は…本当に嬉しかったんだ。
こんな俺でも誰かを守る事が出来て、…本当に嬉しかった。」
「うん……。」
「メティ!俺………。
もっともっと弓を頑張るよ、エムバラみたいになれるかわからないけど…、俺の弓でメティやエムバラやみんなを守りたいんだ!!」
突然メティが俺に抱き付いてきた、俺は思わず目を見開く。
「ちょ、ちょっと……メティ!?」
「大丈夫、キミはきっと強くなれるから、一緒に強くなれるように、キミの本当の名前も一緒に取り戻せるように……頑張ろう!」
彼女の花のように赤い髪が揺れ、ほんのりと香り、彼女の柔らかな腕が背中を包み込んでくる。
鼓動が高鳴り、頬が熱くなる。
女の子の体温を、こんな距離で感じるのは初めてだ。
脳髄がクラクラする、…つ、次は当然…き、キス?
「さ、兄ィたちも待ってるだろうし、そろそろ帰ろう。」
「えっ……。」
拍子抜けだ、“そういう流れ”を期待していたのは俺だけだったのだろうか…。
「あ、あの………メティ…続きは?」
ガッツいているとは思われたくないが、でも…
……ハグで終わりは生殺しすぎないか!?
「なぁに?話しの続き?また今度ね、えへへ…。」
「は?………いや、えぇー……。」
上手くはぐらかされたのか、それとも俺が舞い上がっていただけなのか…?
思春期の純情ハートが年上の女にもてあそばれたような、そんな何とも言えない気分になった…。
―――――――――――――――――――――――
食材集めを終えた俺たちは野営の準備を始めていた、メティたちは食事作りを、俺とエムバラはテントのピック打ちをしていた。
俺は先程の事を思い返しながら深く溜め息をついた。
「はぁ………、レモン、イチゴ、プラム……。」
俺の独り言にエムバラはギョっとした表情をする。
「あ゛?……お前、どうしたんだよ。」
「いや、どんな味がしたのかなぁと思ってさ…。
パイン、オレンジ、プルーベリー……。」
「なんだかわからんが、怖いから落ち着くまで近寄らないでくれよ。」
「マシュマロ、シュークリーム、ガトーショコラ………。」
「コイツはヤベェ、こわすぎる!!!!」
エムバラはササッとピックを地面に打ち込むと、メティの元へ駆け寄った。
「おい、アイツ帰ってきてからおかしいぞ!!
さっきから、突然ニヤけたかと思ったら、ため息つきながら食べ物の名前ブツブツ言ってるんだぜ!!」
「お腹すいてるんでしょ。」
「あー………んん?そうなのか???」
メティは特に気にかける様子もなく調理を続ける。
「ほら兄ィ、ご飯までもうちょっとかかるから、ちゃんとテント作ってよね。
お客さんもいるし2個なんだよ。」
「あー、わかってるけどさぁ~。」
エムバラは釈然としない表情のままテントの設営に戻る。
マルーシャはエムバラの後ろ姿をじっと見ていた。
「お兄さん、面白い方ですね。」
「ああ、まぁ動物見てるみたいで飽きないよね。」
メティは憎まれ口をたたく。
「でも、凄い方です、きっとお強いのでしょう?」
「ああ、まぁ確かに強いんだけどね、ちゃらんぽらんと言うか、気分屋と言うかね。
アレの奥さんになる人は絶対苦労するだろうね~。」
「うふふっ……きっとそうですね。」
マルーシャは妖艶な微笑みを浮かべてエムバラを見つめる。
「茶碗蒸し、卵焼き、だし巻き卵……。」
「うわぁ、まだやってるよ……。」
「エムバラ………様…。」
―――――――――――――――――――――――
「さぁ、ごはん出来ましたよー。」
メティが大声でこちらに呼び掛ける。
「はぁ~、腹減ったよ、めっしめしぃ~~!!」
エムバラは跳び跳ねてメシを歓待する小踊りを踊っている。
「今日は肉鍋ですよ~!!」
「肉って……その肉、もしかしてさっきの?」
俺の脳裏を先程のグロ映像がよぎる…。
「えっと……まぁ、そうだね…。」
「はぁ~っ、キッツイなぁそりゃ……。」
露骨に食欲が失せる。
「そんな気にするなよ、俺なんか解体した後だけど食欲爆発だぜ!」
「そうか、ならお前はもっと気にしろ。」
「ウフフ、楽しいですね。」
マルーシャはくすくすと笑う。
「マルーシャさんよぉ、笑ってるとこ悪いがよぉ、俺らの掟ではゲストが口をつけるまでメシが食えないんだよぉ!!
そんなわけで、アンタ早く食ってくれ!!」
エムバラはメティが皿によそった肉鍋をマルーシャに突き付ける。
「まぁ、よろしいのですか?それではお先に頂きますね。」
一同、固唾を飲んで見守る中、マルーシャはニコリと笑うと、上品に食べはじめた。
「…………、ええ…とても美味しいです。」
「ああ良かった、ゴブリンの肉なんて固くてにおいも悪いから口に合うか心配だったんだけど…。」
「よっしゃ、食ったな!?それじゃいただきます!!
ガツガツハグハグ!!」
待っていましたと言わんばかりにエムバラが鍋をむさぼりはじめる。
一方、俺は最初のひとくちがなかなか食べられないでいた…。
「やっぱり食欲出ない…?」
「くっ……いただきます!!」
俺は意を決して木匙で鍋を口に流し込んだ!
すると、ネギやショウガのような心地よい香りと共に、トロッと溶けかかった肉が口の中に滑り込んできた。
「……うまい!!」
「うん、良かったぁ。」
メティが安心したように笑う。
「本当においしいですね、あの短時間でここまで美味しく作れるんですね!」
マルーシャが感嘆の声を漏らす。
「うん、ゴブリンの臭いはスパイスとハーブを肉に刷り込む事で結構消せたね。
煮込み時間は臭み消しに炙ったたのが良かったのかな?あとは使った部位が意外と肉薄で良かったみたい。」
メティは少し照れくさそうな顔をしながら説明する。
「へぇ、どこの部位を煮込んだんだ?」
俺は何気なく問いかける。
「えっ…それ聞いちゃう……?
えっとね………………ほほ肉。」
「あっ…………。」
う~ん。
聞かなければ良かった……………!!!!!!
―――――――――――――――――――――――
食事が終わり、各々が床につく。
男ふたり、女ふたり別々のテントで就寝していた。
「ううん…………レモンの味ぃ………うぅぅん………ちゅっちゅっちゅ………。」
「……………あぁうっせぇなぁ………。」
エムバラは眠れない夜を過ごしていた。
もちろん俺の寝言のせいもあったが………。
ガサゴソ………。
「(へっ、やっこさん……ようやく来なすったか。)」
………。
………。
「こんな世の中にどこかお出かけですかい、お嬢さん。」
夜の暗闇をたいまつの炎が照らす。
炎の明かりが照らした先にはマルーシャがいた。
「かわやはそっちじゃないぜ?」
「あぁ、えぇ、間違ってしまいましたわ、ごめんなさい。」
「そうかい、ところで俺たちの馬に何か用だったかな?」
エムバラはたいまつを地に突き立てると静かに弓を引く。
見ると、彼女は馬の繋がれている杭に手を掛けていた。
「……いつからお気づきでしたか?」
「最初から気づいてたさ、
ひとつ、踊り子がキャラバン隊も付けずに一人だというのは不自然だ。
ふたつ、旅の踊り子がモンスターの解体に慣れているのは不自然だ。
みっつ、あんたの匂いが気に入らない、信用のならない人間の匂いだ。」
「におい?匂いですか?あはははは……!!
そう、匂いでしたか……、それは気を付けないといけませんね……!」
マルーシャは人が変わったように笑い声をあげる。
「今すぐ失せれば見逃してやるよ、手綱から手を離しな……。」
「試してみますか?
私が無事に逃げ失せるのが先か、貴方が私を射抜くのが先か……。」
ビュン!!
エムバラは矢を放つと、マルーシャの頭飾りを射抜いて飛んで行った。
「ハッタリならやめときな、俺の弓の腕を知らないわけじゃないだろ?」
エムバラは眼光鋭くマルーシャを睨む。
「次はないぞ………失せな。」
「チッ………。」
マルーシャは舌打ちをすると、脇にある茂みの中に飛び込み、そのまま姿を消した………。
……。
「悪いなメティ、起こしちまったか。」
エムバラは背後の人影に声を掛ける。
「………うん。」
「俺が見張りしておくから、寝てくれ。」
エムバラは振り返らずに答える。
「マルーシャさん、彼女は盗賊だったの…?」
「まぁ、そういう所だ。」
「悪い人だったの?」
「イイやつではなかったけど、極悪人でもなかったさ。
やろうと思ってなりふり構わなければなんだって出来たはずだ、お前やアイツを人質に取る事もできたし、毒を使って襲う事も出来た。
それをしなかったのはアイツなりに良心があったんじゃないか………と思う。」
メティは悲しそうな顔でエムバラに話しかける。
「兄ィ、マルーシャさんについてなんだけど…。
………彼女が盗みの為に私たちに近付いたことなんだけどさ………彼には黙っててもらえないかな…。」
「はぁ?なんで?」
エムバラは納得できないといった様子でメティに問う。
「彼……あんなに頑張って…マルーシャさんを救えた事をあんなに喜んでたのに。
利用されただけだって知ったらきっとすごく傷つくから…。」
「だから意味があるんだろ、外には悪い人間がごまんといる。
この世界で生きて行くには、頼れる人間と、信用ならない人間をかぎ分ける鼻が必要だって、いい勉強になるだろ。」
エムバラがメティの顔を見上げると、彼女は大粒の涙を溜めていた。
「なんだよ、なんでお前が泣いてんだよ…………
あぁもうウゼェな!女ってのはそういうトコがずりぃよ!!」
エムバラは後頭部をボリボリと掻く。
「わかったよ…、黙っててやるからもう変な顔すんな。」
「変な顔なんて………ぐしぐしっ。」
メティは袖で顔をゴシゴシと拭く。
「姉貴ヅラか?あんまり過保護すぎるのも良くないと思うがね。」
「みんなが兄ィみたいに強いわけじゃない……。」
「なに言ってんだよ、俺は弱いよ。
弱くてこわいから慎重に、頭が回るようになった、それだけさ。」
エムバラは静かに夜空を見上げる。
「夜は長い、ここで俺が見張りをしておくから、お前は寝ておけ。」
「……………うん。」
メティは静かに頷く。
「あのさ………兄ィ。」
「なんだ…?」
「なんでもない………おやすみ。」
「ああ、おやすみ。」
メティは兄への尊敬の言葉を口に出しかけてやめる。
エムバラの背中を見ていると、その言葉がひどく陳腐に思えたからだ。
メティは平原の虫の音に耳を傾け、眠りについた。
その晩メティが夢に見たのは幼少の頃の記憶だった。
幼き日の兄は、『俺がみんなを守ってやるんだ!』と、今と変わらない笑顔を浮かべていた………。
第五話 完
マルーシャちゃん、あんな扱いになってしまいましたが、割りと好きです。
パーティー加入させても良かったんですが、もっと魅力的なキャラになってもらう為にああするしかなかったんです、伸びしろですねー。
あえてああいう扱いにしました、あえてね。
そもそも、パーティーキャラをちやほやするだけの女なんていらねぇんだよ!!(半ギレ)
あと、なんとなく旅の踊り子って怪しくないですか?
旅して闘ってるのに踊り子なんです。
私がシナリオ書いたら、ドラ●エ4のマー●ャは裏切りの洞窟で敵対するキャラになってたでしょう。
ロマ●ガのバー●ラもアメジストを剥がれた恨みから猿院の手下になってた事だと思います。
ファイ●ァンのダンシングダガーも私が設定したら呪いの装備になってた事でしょう、死ぬまで踊り続ける的なやーつ。
まぁなんかね、旅の踊り子っていうのはそのくらい怪しいんです。
旅の踊り子にはみなさんも気を付けてください。
それではまた。