表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で俺と握手!  作者: 醍醐郎
4/20

第四話 弓術と火術、アンムルと隣村

登場人物


主人公(俺):異世界に憧れ、異世界に誘われた少年。

異世界への転移に成功するが、魔物との戦いに敗れ、記憶の一部と名前を失う。

好きなものには一途でひた向きだが、子供故の周囲を省みない破天荒さを併せ持つ。


メティアナ:秘境の村、アンムルで薬師を営む少女。

強く、優しく、美しく、非常に大人びているが、心を許せる者には年齢相応の幼さを見せる。

主人公より少しお姉さん、兄妹の妹の方。


エムバラ:秘境の村、アンムル一番の弓使いを自称する少年。

いつもおちゃらけており、年齢よりも幼く見えるが、非常時には頼りになる存在。

陶磁器などの焼き物についても詳しい、兄妹の兄の方。


怪紳士:主人公を異世界に誘った怪しい紳士。

出番が少ない。


リーリア:アンムルの村の幼女、可愛い。


ガンテ:鉄器屋の熊親父、ちょっとハゲてる。



あらすじ


これはある近未来の話。

主人公は異世界に憧れる普通の少年だった。

ある日怪しい紳士の誘いに乗り、異世界への転移に成功する。


しかし、移った異世界は“打ち捨てられた世界”と呼ばれる過酷な土地だった。

主人公はそこで出くわした最初のモンスターに敗北を喫する。


秘境の村の兄妹に救われ一命は取り止めたが、記憶の一部を失ってしまった。

記憶を取り戻す事に一抹の不安を抱えていると、兄妹・兄のエムバラが「準備」と称して何やら画策を始めた。


果たして、エムバラの行動の真意とは?

そして主人公の選択は…?

周囲が明るく白み、鳥がさえずり出す。

もうじき夜が明ける。


俺とメティがうつらうつらとする中で、エムバラは一人火と格闘を続けていた。


「よし、これでボチボチ薪を消せるな。」


夜を徹しての火の番も、今や最終コーナーを曲がった所に差し掛かった所だ。


「Zzz……スピー。」

「ぐがっ!!…………フゴッ!!…………んあ?」


「えぇい、気が散る!!コイツら邪魔しに来てるんじゃないだろうな!?」


異世界で俺と握手! 第四話 【弓術と火術、アンムルと隣村】



「よっしゃあ、素焼き工程終了だな。」


「おぉー、ようやく完成かぁ。」

パチパチパチパチ。

安堵感から思わず拍手していた。


「何言ってんだ、こっから磨き・絵付け・本焼きが残ってるんだぞ。」

「は?」


今、とんでもない事言ってなかったか?思わず真顔になる。


「少なく見積もってもあと2日は掛かる仕事だ。」

「知らなかった………焼き物ってそんなに大変な仕事だったのか……。」


「仕事ってのは古今東西問わず大変なものさ。」


大して歳も変わらないと思っていたエムバラがやけに大人に見えた。


「………二人とも凄いよな、メティは薬を作れるし料理も上手い、エムバラは弓や焼き物を自分で作れる……それに引きかえ、俺は何も知らないどころか、自分の事さえ覚えていない。」

「別に凄いことなんてねぇさ、生きていく為には覚えるしかなかった、それに…………。」


エムバラは続ける、


「お前も何か持っているはずだぜ、お前しか持っていない、まだ自分すらも知り得ない…特別な何かを。」


エムバラの言葉が胸に響く、思わずじぃーーんと感じ入ってしまった。


「良いこと言うな、お前。」

「ま、たまにはな!」


二人の様子を見ながら、メティは一人白けた顔をしている。


「ああ、兄ィのこれね、格好つけてるけど全部弓の師匠の受け売りだよ。」

「……えっ、そうなの!?」


一気に場の空気が冷える。


「バッカお前、なんでバラすんだよ!!」

「それに兄ィのは大事な部分が抜けてるんだよね『それを見つける為にも毎日の修行・研鑽が大事なのに、なぜお前はそんなに勉強が嫌いなんだ!』って続くんだよ。」


「や、やめろーー!!俺の黒歴史を掘り返すなぁーー!!」




―――――――――――――――――――――――




帰宅後、俺とメティはひたすら焼き物のヤスリを掛けていた。

エムバラが「ちょっち仮眠!」と言って寝室に籠ると、そのまま爆睡モードに入ってしまったからだ。


「んがぁーーっ!!ぐごぉーーー!!」


今も部屋で大の字になりながら、大いびきをかいている。


「ふぅ~、もう!!バカ兄ィってばいつもああなんだから、カッコつけた事言っておいて、結局いつも誰かに後始末を任せてさぁ!!」

「まぁさ、夜通し窯の番をした後だし良いじゃ………。」


「良くない!そうやって甘やかす人がいるから、いつまでたっても周りを省みないんだよ!!」

「……あっははは。」


まるで我が事を言われているようで耳が痛い。


「メティ、俺さ…………旅に出ようと思うんだ、この世界を旅して…色んな物を見聞きすれば記憶が戻るかも知れない。

もし、記憶が戻らなくても、旅して新しい事を学べば、この世界で新しい自分として生まれ直せるんじゃないかって思うんだ…。」


「…でも、外の世界は大変だよ、狂暴なモンスターや心ない人たちもいる!

キミもまたこの前みたいに襲われて、今度こそ死んじゃうかも知れないんだよ。」


メティは顔を伏せながら続ける。

「料理を再現するだけだったらこの村でも出来る…………私は反対だな。」

「………。」


メティの言う事もよくわかる。

この“打ち捨てられた異世界”は俺の想像していた以上に、とても危険な場所だ。


コボルトやオークゾンビにも、俺ひとりだったら殺されていただろう。


「でも……俺は今の何も出来ない自分が嫌なんだ、旅をして、強くなって、誰かの役に立ちたい……こんな俺でも誰かの役に立ちたいんだ。」


「旅に出るだけで強くなるなんて幻想だよ、そういう甘い覚悟で旅に出て、死んだ旅人が何人いると思ってるの?」


「………。」

返す言葉もない、現に俺もそれで危うく死にかけたのだから。


「なら、死なない為の準備をすればいい。」


いつの間に起きたのか、エムバラが話に加わってきた。


「エムバラ…。」


「男児とわた毛はひと所にとどまってはいられない、そういうものさ。」

「なにその例え、センス悪すぎ。」


「な、なんだと!!お兄様に向かってなんて口の効き方だ!」


「だってそうでしょ、センス悪いよねー?」


メティがこちらに視線で同意を求めてくる。


「ああ…まあ、率直に言ってダサい。」

「てめぇ!!どこの世界に助け船を沈めるヤツがいるんだよ!!」


ごめんエムバラ、でもカッコ悪いものはカッコ悪い。



―――――――――――――――――――――――




「さぁ、研磨も終わって次は絵付け、模様付けだ。」


エムバラは器と筆を取り出すと、水に何かを入れてかき混ぜ出す。


「それは?」


「カムドさ、アンムル焼きの伝統的な染料、岩絵の具の事だ。」


「へぇ…岩絵の具か。」


エムバラは器用に器にちょろちょろっと模様を塗っていく。

俺はその様子をただ黙って、じっと見つめていた。


「……?なぁ、その模様、せっかく描いたのに消えてないか?」


器を指差す、さっきまで筆を滑らせていた場所に塗られた色が、乾くに従い色が消えていくのだ。


「あぁ、これはこんなもんだぜ、乾かすともっと見えなくなるんだ。」


「えーっ、それ塗る意味ないんじゃないか?」


エムバラは得意気に笑う。


「ははっ、これだから素人は困る、岩絵の具って言うのは焼いた時に色が出てくるんだよ。」

「えっ、そうなの!?」


俺はメティに視線を送って問いかける。


「うん、でも兄ィが発明したわけでもないのに得意顔するのはおかしいよね。」

「良いィんだよ!!」


「ふ~ん、カムドか……面白いなぁ。」

「だろ~?またこの主張し過ぎない色合いが良いんだよ。

そこの棚のが完成品だから見てみるといいぜ。」


「へぇ……なるほどなぁ。」


焼くと色を取り戻す絵の具かぁ。

カムドって名前もなんだか厨二心に引っ掛かるカッコいい響きだな……!



―――――――――――――――――――――――



「よっしゃ、絵付けも終わったし、次は乾燥だな。」


エムバラは器を乾燥棚に等間隔に並べる。


「えっと、俺が絵付けした奴はなんで端っこに避けられてるのかな?」


俺も練習として試しにひとつ描かせてもらったのだが、ひとつだけ離れた場所に隔離されている…なんでだ!?


「お前、あれは何を描いたつもりだった?」


「た、タヌキ…。」


エムバラは怪訝な表情を浮かべ、メティは笑っているのか肩を震わせながらソッポを向いている。


「タヌキってなんだ?モンスターか?俺はてっきり皮膚病のカエルかとおもったぞ、あんな……気味の悪い…。」

「ッフwwwうっくっくっくっwwwww」


あっ、ひでぇ、ついに堪えきれなくなってメティも笑いだした。


「ちぇ……、あんな事言ってらぁ。」


「ガキのお絵かきじゃねぇんだから、模様とかで良いのに…。」

「大丈夫だよwwww絵の才能なんてなくても生きていけ…ぶぁっ!はっはっwwwww」


「酷いなメティ、そんなに笑わなくても良いじゃないか!」


俺は子供っぽくぶすくれる。



「さて、乾燥するまで時間もありそうだな、なぁ暇だろ?ちょっと裏庭まで来な。」

「なんだよ急に。」

「まぁいいから顔貸しな。」


エムバラがちょいちょいと手招きする、一体何だろう?



―――――――――――――――――――――――



「オホン、さて、俺がこの村一番の弓使いであることは以前話したと思うが、結構ウデの良い弓職人だって事はまだ言っていなかったと……。」


「おぉっ!?ついに俺用の弓が出来たのか!!早くくれっ!!」

「くらぁっ、人の口上は最後まで聞かんかい!!」


「いいじゃん、早くくれ!!」

「こんのクソガキャー!!」

「早く!!」


両手の人差し指でエムバラの乳首を突き刺す。

ズドムッ!!


「はぅあっ!!」

エムバラが悶絶している隙に新しい弓を取り上げる。


「へえぇ、これが俺の…!!」

「てめぇ……許さん……グハッ!」ガクリ!



近くにあった矢を拾い上げ、見よう見まねで弦を引く。


「おぉーっ、めっちゃカッコイイ!!」


気分はすっかり指輪物語に出てくるエルフの弓兵だ。


「へぇ、思ったより固いんだな、これ。」


俺はそのまま弓を引き絞り、近くに備え付けてある的めがけて矢を放った!!

が、矢は予想に反してすっぽ抜けたような軌道を描き、的の遥か上を通過していった。


「あれっ?おかしいな…、今度こそ!!」



俺はすかさず矢をもう一本拾い、もう一度的を狙う。


ビュオン!!


スカッ!!


次の一射は遥か左の茂みの中に突っ込んで行ってしまった。


「くそーっ!!上手く行かない、エムバラどうしたらいいんだ?」


「つーん………。」


エムバラはすっかり怒って俺の声を無視している。

こりゃあ謝るのに骨が折れそうだ。


―――――――――――――――――――――――


「だからゴメンって。」

「無理でーす、ワタシ弓矢ワカラナイヨ~!!」


先程からこんな問答が続く。


「いい加減機嫌直してくれよー!!」

「嫌でーす、おととい来やがってくださいコンチクショー!!」


うわーーーーっ!!大人げねぇーーーー!!


しかし怒らせてしまったのは俺の情熱(パッション)が明後日の方向にほとばしってしまったせいだ、上手く謝って機嫌を直してもらわないと…!!


平謝りしてダメなら誉め殺しだ!!


「神様・仏様・エムバラ様、あなた様を弓の神と見込んでお願いします、どうか私めに弓の使い方を教えてください!

天才弓使いの技を、哀れな私めに!なにとぞ!!」


なにとぞって何だよ……あーあ。

多分こんなみえみえのお世辞じゃ断られるんだろうなぁ。


「しょうがねぇなぁ、そこまで頼まれちゃ断れねぇ!!」


ちょろい!!!!!!!!!!


「んー?なんだっけ?てんさ……?

あー、なに弓使いだって?もう一回言ってみ?」

「あ、え、……て、天才弓使い、エムバラ様!!」


「はぁ~、そんなに言っちゃうぅ?まぁ事実だから仕方ないんだがねぇ。」

「狙った的は外さない!よっ、天才!!控え目に言って神!!」

「はっはっはっ、くるしゅうない!!」


「………えっ、二人ともなにやってんの?」


俺たちが中々戻らないのでメティが見に来たようだ、この異様な光景を見てドン引きしているようだ…。


「ああ、今俺の弓の才能を再確認してたところサ!!」

「あ、うん、弓の天才エムバラさまー…………。」

エムバラはなんだかキラキラした不快なオーラを目からほとばしらせる。


「なんか…………キモイんだけど。」


女の人って胡麻すりに対して辛辣だよねーーーっっ!!


エムバラは謎のキラキラを発したまま硬直する。

俺も石のように固まる。


そのまま二人ともしばらく動けなかった。

メティはメデューサだったのかもしれない。




―――――――――――――――――――――――





「…いいか、何はなくとも下半身が大事だ、足は必ず肩幅より開け。

靴の底は地べたを吸うようにピッタリ付けろ、そうしておけばいざと言うときグラつかない。」


エムバラが弓のレクチャーを始める。

やはり弓の名人らしく指摘するポイントが適切な気がする。


「引く方にばかり気を取られるなよ、強く引くことよりも弓を支え手るがブレない事の方がよほど大事だぞ。」


エムバラが木の棒で弓や手をつんつんと叩き、フォームの矯正をする。


「人によって射つ時の目線は違うようだが、実戦を想定するなら手元より的に目をやるべきだ、目線を遠くにやる事でより姿勢も伸びる。」


そう、エムバラの指示は完璧だ。


「あっ………。」


ただひとつ、俺が実践できない事を除けば。


「うん、色んな奴の弓を見てきたが、多分お前が今までで一番下手くそだ!!」


ボロクソに言われているが、それも無理からぬ事だろう。

すでに2桁回数弓を引いてきたが、全く上達の余地がなかったからだ……。



「うーん、兄ィ、思ったんだけど弓が身体に対して大きすぎない?」


「はい鋭い、さすが弓の天才の妹。」

「その天才連呼やめて、何かゾワッとするから。」


「その弓は実は完成品じゃないんだよ、使用感を確かめながら段々微調整を掛けていこうって、それを最初に説明しようと思ってたのに………!!」

「ああぁー!!そうだったのかぁ~!!」


エムバラが恨み言を言いたそうにしていたので、わざと大声を出して話を切る。


「はぁ~未完成かぁ~、道理で上手く飛ばないはずだぁ~!!まぁ未完成じゃ仕方ないよなぁ~~。」


俺が下手なんじゃないぜ!と言わんばかりに弓を睨んでしかめっ面をして見せる。


「いや、大きくて取り回しにくいのは弓のせいだが、真っ直ぐ飛ばないのは素直に下手くそだからだぞ。」


「ひっでぇ!!」

「仕方ないだろ、お前は下手だ、ぶっちゃけリーリアより下手だ。」


ガガーン!

容赦のない一言に結構落ち込む。


「ちょっと兄ィ!言い過ぎだよ!」

「いや、だってほんっとに下手くそなんだよ。」


エムバラが困惑した様子で話す。


「教えられてるときは綺麗なフォームになるのに、射つ瞬間には滅茶苦茶な格好に戻ってるんだよ……こんなタイプのへっぽこは見た事ねぇ。

ハッキリ言って、モノになってもギリギリ戦力になるかどうかだと思うぞ…。」


ガガガガーン!!

目に見えてうなだれる、しばらく立ち直れそうにない…。


「ちょっと……大丈夫?」

「オケラになりたい……オケラになって暗い土の中をさ迷っていたい……。」


もう自暴自棄になりそうだ。



―――――――――――――――――――――――



「さて、絵の具の乾燥も終わったし、本焼きしてもらいに行くぞ。」

「本焼き“してもらう”ってどういう事だ?またあの窯で焼くんじゃないのか?」


俺は素朴な疑問をエムバラに返す。


「文字通りの意味さ、この焼き物は陶器じゃなくて白磁だ、白磁は燃焼温度が低いとしっかりしたものが作れない。」


「村外れの窯だと必要な温度まで上がらないから、本焼きは火術使いの先生にお願いしてるんだ。」


メティが注釈を入れる。


「へぇ……………ん?火術使い?」


「そう、隣村にね、火の魔法を得意にしてる人が住んでてね……彼の研究所にはこぉーんなでっかい火術炉っていう装置があってね、もうすっごいんだから!!」


「魔法……!魔法か!!やっぱり弓なんかよりも魔法だよな!!」

「なんかよりって何だよ!!自分が苦手だからって弓をバカにすんな!!」


エムバラが吠える。

しかし、そんなのどこ吹く風、俺の頭にはもう魔法の事しかなかった。


火術使いかぁ、上手くいけば俺も炎の魔法を教えてもらえるんじゃないか!?

クールな表情で自在に炎を操り、モンスターを次々になぎ倒す自分の姿を夢想する。


くうぅ、めちゃくちゃカッコいいぞ!

はやく炎の術を覚えたい!!

そんな期待だけが胸を占めていた。



―――――――――――――――――――――――




「なぁメティ、エムバラのやつ『移動の準備』がどうたら言ったまま帰ってこないけど、どうなってるんだ?」

「さぁ、そろそろ来ると思うけどね。」


メティは話は半分にバッグや薬ポーチの中をしきりに確認している。


「こっちはコレでよし、と。」

「俺、飽きてきたよ…。」


窓の外をボーッと眺めていると、こちらに向かって二頭の馬が走ってくる。


「お、珍しいな、こっちに来てから馬なんて初めて見た。」

「そっか、ところでキミは馬に乗るのは初めて?」

「えっ?」


メティの言葉の意図がよくわからずに戸惑っていると外からエムバラの声がする。


「おーい、二人ともー、準備が出来たぜー。」

「うーん、今行くー!!さぁ、キミも行こ。」


メティがバッグを担ぎ、俺を外に促す。


―――――――――――――――――――――――




「よし、二人とも揃ったな……。

ご主人、ここまでありがとうございました。」


エムバラは二頭の馬の片方に乗っていた口ひげの男に深々と頭を下げる。


「いえいえ、お気を付けて行かれますように。」


口ひげの男は帽子を取って愛想よくエムバラに応えると、来た道を引き返して行った。


「荷物もあるし、移動には馬を使うぞ。」

「へぇ、隣村に移動するのにも馬を使うんだな。」

「まぁな、馬を使えば一晩で着くけど、歩きだとこの荷物じゃ三日は掛かるからな。」

「それ隣村ってレベルじゃないな……。」


俺の中で隣村の概念が音を立てて崩れていく……。


「一頭には荷物用の馬車を引かせる、もう片方は二人乗りだ。」


「んん…?」


そこでふと疑問が浮かぶ。


「三人と荷物が乗れるでっかい馬車を借りてくれば一頭で済んだんじゃないか?」


至極当然の疑問だろう。


「まぁ知らないなら仕方ないのかね…。

それだけの重量の馬車を引かせたらどのみち二頭必要になるだろ?」

「そうなのか?」

「アンムルの血統は足腰が丈夫で傾斜には強いが、一頭一頭は小さくて馬力がないんだよ。」



「後はね…。」


メティが続ける。

「あんまり目立つ大きな馬車を引かせてると野盗に目をつけられる事もあるんだ、最近はそういう人たちも増えているって聞くし…。」


「…メティ?」

「なんでそんな事するんだろうね…真面目に働いていればきっと良いことだってあるのに…。」


メティの憂いを帯びた表情に少しドキッとする。

ここで「俺が守ってやる」なんて言えたらカッコいいのだろうが、今の俺の実力では俺が守られる方だ。


やっぱり真面目に弓を習うべきなのだろうか?


「さて、二頭しかいない馬の割り振りについてなんだが…お前、馬乗れるのか?」


「乗った事はない…けど乗ってみたい!」

率直な気持ちを伝える。


「………そうかい。じゃあ試しにそっちの一頭に乗ってみな。」


エムバラは一瞬何か言いたそうな顔をしたが、俺に馬に乗るように促す。


「わかった!」


俺は馬の背中に手を掛けて飛び乗ろうとする、……が、馬がブルブルと揺れて乗せるのを拒んでくる。


「お、おい、動くなって!!」


思わず馬の耳元で大声を出すと、馬はますます興奮して手綱を無茶苦茶に引っ張る。

「わははっ!どうやら馬にフラレたようだな、メティに前に乗ってもらえ。」

「ちぇー。」


「あーあ、そんなに引っ張ったらダメじゃない、馬が怖がってる……。」


メティは手綱を俺から受け取ると、もう片方の手で背中を「どうどう。」とさする。


すると、いままであれほど乗ることを拒んでいた馬が、リラックスした表情に変わる。


「大丈夫、怖くないからね。」

「ブルルッ!!」


「そっかぁ、あなたは女の子なんだね、女同士仲良くしようねー。」


メティの優しい声に馬はまぶたを閉じて頭を差し出す。


「うん、キレイなたてがみだね、よしよし。」


その情景をぼんやり眺めながら、ふと疑問がわき、小声でエムバラに問う。


「おい、エムバラ、馬って顔見ただけで性別ってわかるのか?」

「いや、俺はアソコを見ないと絶対わからんな。」

「だよなー。」


「こら男子!全部聞こえてるからね……ホンット下品なんだからもう…!」



―――――――――――――――――――――――




「よっしゃ、それじゃあ馬車を引く馬は俺が乗っていく、そっちは二人乗りでメティが手綱役だ。」


「よろしくね!」

「あ、ああ…。」


上手く乗れるだろうか?と、言う不安も去ることながら、この近距離でメティと二人乗りと言うシチュエーションに緊張している。


「どさくさにまぎれて変なトコロ掴まないでねっ、な~んて。」


なっ、考えが見透かされているのか!?

というか、今のは「絶対押すなよ」的な魔法の呪文なのか!?


そうすると、彼女は俺の事を 誘 っ て い る !?


ピンク色の妄想が頭の中をグルグルと駆け巡る。


「いや、掴むほどねぇだろ。」

「ぶちころがしますわよ、お兄様。」


「……………

ハイヨッ!!」

「あっ、逃げたっ!!」


エムバラは軽く手綱を引くと、そのまま馬はグングンと走りはじめた。


「まったくあのバカ兄ィ……子供なんだから。」


メティは呆れた表情のまま馬にまたがる。


「ほら、キミも乗って。」

「うっ……。」


「大丈夫、暴れなければ平気だよ。」


メティがこちらに手を差し出してきた。

俺はその手を掴むと、上に引っ張り上げてもらうようにして後ろの鞍へと乗った。


「の、乗れた…!!」

「そりゃそうだよ、さぁ私たちも早く追いかけないと。

……行くよ?鞍の取っ手に掴まっててね?」


メティが手綱を取り、足を軽く動かすと、俺たちの馬も走り始めた。


「ん~、風が気持ちいいね~。」


馬が走り出すと、蹄の音に合わせて爽やかな風が頬を撫でていく。


「ああ、本当だ。」


それに…、馬へ乗った時…なんだか不思議な感覚に包まれた、温かいような……嬉しいような…。

家族と……好きな人たちと一緒に…遠くに出掛ける時のような高揚感が……。



「あっ………。」


……。



『行くよ………や…、水筒は持った?』

『はーい、パパも一緒!!』

『はいはい、今行くからね。』


……。



今のはなんだろう……遠い昔の光景…?


俺、記憶が戻って来ているのか……?


「どうしたの…具合悪い?」

「いや………何でもない……と、思う。」


結局何かを思い出すには至らなかった……。

では今の光景はなんだ?俺の思い過ごしだろうか?


僅かに疑問は残ったが、ここで馬を止めてもらうのも申し訳ない。

俺は黙ったまま風の感触に身を委ねる事にした。




―――――――――――――――――――――――




時間にして30分ほど経っただろうか、アンムルの村はもう遥か後方で米粒のようになり、やがて見えなくなった。


逆に、前方で小さくなっていたエムバラの姿が段々はっきりと見えてくる程追いつきはじめていた。


「兄ィに追いつくのも時間の問題かな。」


メティはふ~ん♪などと上機嫌に鼻歌を漏らす。

やはり馬車を引かせている馬よりは、こちらの方が早く走れるのだろうか。


「兄ィを追い越したらさ、一緒に『おっ先にぃ~!』って言ってやろうねっ♪」

「あっ、それ楽しそう。」

「えへへ、でしょ~?」


二人で冗談混じりに話していると、突然前方のエムバラが立ち止まり、俺たちは数十秒後には彼に追いついた。


「追いついたぞ、バカ兄ィ!!さっきはよくも…。」

「シッ……!」


エムバラが手を水平に伸ばし、静かにするようにポーズを取る。


「……何かあったの?」

「あそこ、見えるか…?前の方に人影が見える。」


「ん………俺には何も見えないけどなぁ。」

「私も…。」


エムバラが指差す先、木の影らしきものがぼやーっ、と見えるだけで何も見えない。


「人がひとり……ヤバいな、ゴブリンに取り囲まれてるみたいだ。」


「………モンスターっ!?」


魔物の群れ…多勢に無勢………苦い記憶が蘇る。


「…た、助けなきゃ!!」

「当たり前だ!!」


兄妹は手綱を強く引き、あぶみを打ち鳴らし、並走する。


「おい名無し、当たんなくて良いからこの矢を天に向けて放て。

飛ばせば思いっきり音が鳴るから、奴らの注意をこっちに引けるはずだ!!」

「名無しって……俺の事か?……あ、ああ…わかった、やってみる!!」


エムバラは言い終わるや、赤い毛羽の付いた矢を一本こちらに寄越してきた。


「メティ、お前の方が足が速い、先に行っててくれ!

俺もすぐに追い付く!!」

「わかった!!」


「先鋒進め!!第二陣後に続く!!

突撃いいいぃぃぃッ!!!!」

「応おおおぉぉぉっ!!」


突然のエムバラの号令に身体の芯が痺れ、腕が小刻みに震える。


「助けてあげなきゃ……俺が!!」



いつか二人にそうしてもらったように!!

助けなきゃ!!



「いっけええええええ!!」

俺は……

震える腕を必死で押さえ付け…


力の限り弓を引き絞った……!!





第四話 完

薄ぼんやりとわかる モンスター辞典


・ゴブリン:人型の小鬼、RPGなどでも非常にポピュラーな雑魚モンスター。

木の枝や石、草の蔓など手近なものを武器とするが、中には殺傷力の低い物を携帯するアホもいる。

顔色が緑色の小鬼がこの世界のゴブリンの定義のようだ。


・コボルト:ゴブリンと同じく人型の小鬼、ゴブリンと混同されやすいが、彼らより少しだけ知性が高い。

稀に武器の調達のため人里まで来ては、洗濯竿やほうき等を盗んで行くため、主婦には大変嫌われている。

顔色が黒い小鬼がこの世界のコボルトの定義らしい。


・バーバリアン:コボルトを指揮し、奇襲を仕掛けてきた大鬼。

非常に残忍でどう猛、そして狡猾。

異種族のコロニーに寄生して、共生関係を築く事でも知られている。

爪は鋭いが武器を使うことの方が多い、じゃあ爪切れ。


・ゾンビ:死んだ人間の肉体がウィルス、霊魂、植物、悪魔などに乗っ取られるか、または操られた者の総称である。

低いうなり声が特徴だが、それらは新しい宿主への拒絶反応が原因と言われている。

死後の肉体の状態により異なるが、視覚が著しく衰えており、嗅覚・聴覚に基づいて行動していると考えられている、この辺すごく雑なオリジナル設定。


モンスターが増えたらまたやります。


それではまた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング←面白い!と思ったらポチってくださいm(_ _)m
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ