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異世界で俺と握手!  作者: 醍醐郎
3/20

第三話 なくしたモノ、覚えていたモノ

登場人物


主人公(俺):異世界に強い憧れを抱く14歳の世間知らずな少年。

ある日、怪しい紳士に誘われるまま異世界に転移したが、ある事件をきっかけに大切なものを失う…。

移住者補正で力や体力などが底上げされているが、活かしきれていない。


メティアナ:秘境の村、アンムルで育った薬師の少女、通称メティ。

美人で気立ても良いが人一倍気が強い、赤い刺繍のローブがチャームポイント。

兄妹の妹の方。


エムバラ:秘境の村、アンムルで一番の弓使い(自称)、本名はンバラだが呼び方はどっちでも良いらしい。

すぐに他人をおちょくりたがる悪癖がある。

兄妹の兄の方。


怪紳士:本名不明、主人公を異世界に誘った張本人。

主人公の能力に興味があった、との事だったが…?


リーリア:アンムルの少女。

メティになついているらしい、真っ赤な頬が可愛い。


熊親父:本名不明、熊のような髭と薄い頭髪の大男、悪い人ではなさそうだが…?




あらすじ


異世界に憧れ、異世界に誘われた主人公だったが、ほどなくして魔物に襲われ、敗北を喫する。

メティとエムバラの兄妹に辛くも命を救われたが、その代償はあまりに大きかった…。

俺の…名前…?


「おいおい、なに悪ふざけしてるんだよ、まさか名前がないわけじゃないだろ?」


「俺……俺…。」

「ちょっと待ってよ兄ィ、なんか様子がおかしいよ…。」


メティがそっと俺の肩に手を置く。


「大丈夫…?思い出すのが辛かったら無理に思い出さなくて良いからね…?」

「おい、どういう事だよメティ…。」


すっと立ち上がり、エムバラを見つめるメティ。


「たぶん彼は記憶を失ってるの、記憶喪失だよ。」

「記憶…喪失……!?」


俺は、名前を失ったのか…。

世界が一瞬暗くなる、それまで有って・認識出来て当たり前だったものが…ある時突然なくなる。


こんな恐怖が世の中にあるのだなぁ、と、この時思い知らされた。




異世界で俺と握手! 第三話【なくしたモノ、覚えていたもの】



「モンスターに襲われた時に頭を強く打たなかった?」


そう言えば…あの時、魔物のボスに後頭部を思いっきり殴られて…。


「…あの時…!」

「思い当たるみたいだね、他にも外傷を受けていたし、結構な心理的ストレスがあったんじゃないかな…。」


やっぱり彼女は医者なのだな、優しく語りかけると共に、冷たく・平然と病気に向き合う冷静さも持っている。


「頭を強く打ってなったんならさ、こう逆側からパカーン!とやれば思い出さないか?」


「バカ兄ィ!患者の前でなにワケわかんない事言ってんの!!」

「なはははっ、冗談だって!みんなして深刻な顔してたから、場を和ませようとしただけだ。」

「ほんっとバカ兄貴!信じらんない!!」


エムバラがヘラヘラと謝ると、メティは余計に激昂する。


「いいよメティ、別に俺は気にしてないから…。」


気分が浮かない、人と顔を合わせているのが辛くなってきた…。


「わりぃ二人とも、ちょっと外の空気が吸いたい、二階のテラスを借りるよ。」

「あっ、えっ、う…うん……。」


俺はおぼつかない足取りで扉を出ると、そのまま階段をフラフラと力なく上がった。


―――――――――――――――――――――


「ふぅ…。」


ひとつ、ふたつと深呼吸して落ち着こうと試みるが、そう簡単に割り切れる物でもない。


「まったく、空の野郎が青いぜェ…。」


空を見上げながら無意味な独り言を呟く……、余計に虚しい気分になり「はぁ…。」と溜め息が漏れる。


「おっ、怪我人くんじゃねぇか!溜め息なんてついて、メティちゃんにでもフられたか?」


熊のような髭、薄くなった前頭部。

朝、俺の寝ていた診療所に来ていた熊のような大男が通りから呼び掛けてきた。


「あ、さっきの…。」


―――――――――――――――――――――


「ほぉ、記憶がなくなるなんて病気があるんだなぁ、記憶がなくなるのなんてオレぁベロンベロンに酔っぱらった時ぐらいなもんだけどなぁ!がっはっはっ!!」

「俺の国では割りと有名な病気だったけど……まさか自分がなるとは思わなかったな…。」


「がっはっは、まぁ病気っていうのはそんなモンさ!!絶対ならないと思っていた奴に限ってなっちまったりってなぁ!!

まぁ気ィ落とすなよ!!」


熊親父にバンバンと背中を叩かれる。


「いてて…腕に響くからやめてくれ…。」

「おぉっとすまねぇ、だがなぁ考えようによっちゃあソイツはチャンスだぞ。」


熊親父がよくわからない事を言い出す。


「名前ってのは普通親が勝手に付けてくれるものだ……自分の名前が気に入らなくても、おいそれと変えられるものじゃない。」


「まぁ……そうだな。」

「だがな、名前がわからなくなった以上は、自分で好きな名前を名乗っても構わないって事だ、自分が気に入ったカッコイイ名前を名乗っていいんだぞ?」


熊親父は髭をフサフサと撫でながら笑う。


「こんな愉快な体験はそうそう出来る事じゃないぞ、まぁ世の中考え方次第って事さ!!なっはっは!」


そう言い残すと、熊親父は仕事道具を担いで歩き出した。


「名前が決まったら教えてくれよ!」

「あ、うん……。」

空を見上げてもう一度腹一杯に空気を吸い込む。


「世の中考え方次第……か。」


顔に生気が戻ってくる。


悪い事をいくら悩んでいても、良くはならない。

それだったら、悪い状況の中から楽しい事柄を見出だすべきなのかも知れない。


「新しい名前……なにか考えてみよう。」


熊親父の嫌になるぐらい前向きな姿勢が今の俺には眩しい。


―――――――――――――――――――――




「ただいま―…で良いのかな?お邪魔します、か。」


メティたちの家に戻ってきた。

悩むのはやめだ、悩んでいる暇があったら、新しい自分の名前を考える為の時間にしよう。


「あれ?誰もいないのか?」


部屋を見回すと、部屋の奥からスパイシーないい匂いがしてくる。


「なんだろう、カレーに似た匂いがしてくるけど…。」


「あっ、おかえりー、朝ごはん作っておいたからね!」

メティが鍋をテーブルの中央に置く。

鍋と蓋のすき間から先ほどの良い匂いがしてくる。


「あれ、エムバラは?」

「兄ィはあっちの作業部屋にいるんじゃないかな?悪いけど呼んできてもらってもいい?」

「ああ、わかった。」



俺は奥の部屋までエムバラを呼びに行く、歩数にして数歩歩いた所でエムバラの顔が見えてきた…。

部屋の中には真剣な面持ちで木を握っているエムバラがいた。


「おーい、飯だってさ。」

「………。」


集中しているからか、返事が帰って来ない。

見ると、アルコールランプのような火で木材をあぶっては、一生懸命鉄型に押し当てている。


「これは……?」

「弓を作ってるんだってさ。」


俺の後ろにメティが立っていた。


「へぇ、こうやって作るんだな、初めて見たぞ。」

「今後、貴方が外に出る時に必要でしょ?」

「え…?俺の?」


なんだか奇妙な感じがする、見ず知らずの人間になぜここまでしてくれるのだろうか。

嬉しさと照れくささで涙腺がツンと痛くなる。


「……がとう。」

「ん?」

「いや、まぁなんだ……飯食おうぜ。」

「あぁ、そうだったね、せっかくの料理が冷めちゃうよ。」


メティアナは思い出したようにハタと手を打つと、エムバラの部屋につかつかと入る。


「兄ィ、ごはんだよ。」

「……悪い、先に食っててくれ。」


「冷めちゃうよ?」

「………うん。」


「いらないの?」

「………………うん。」


「ほっぺたつねっていい?」

「……………………うん。」

「はーい、ご飯にしましょうね~。」


空返事を繰り返すエムバラに痺れを切らして、メティアナは頬を思いっきり引っ張る。


ギュムムム……!



「いふぁい!いふぁい!ふぁにするんだバカ!!」

「うわぁ…痛そう…。」

「兄ィが適当な返事するからだろぉ!メシだよメシ。」

「ふぁかったから、離へ!!」


―――――――――――――――――――――



「さぁて、ごはんですよー。」


「いちちっ、メティのヤツ……!まだ顔がイテェよ!」


エムバラが頬を抑えて恨めしそうな顔でメティを睨む。


「今日の朝食は野菜とキノコのスープとハーブのバケットですよ~。」

「へぇ、旨そうだな。」

「お口に合えばいいんだけど。」


メティが赤髪を掻き分けながらにこやかに応える、やっぱりいい娘だよな…、それに美人だ。


「えー、肉はないのか~!この前コボルトの群れを狩ったじゃねーかー!!」


エムバラが何やら文句を垂れ始める。

コボルトと言うのは、この前の黒い小鬼たちの事だろうか?


「わがまま言わないの、あれは加工屋さんに売っちゃったでしょ!」

「ブーブー!」


エムバラの声に、メティがつっけんどんに返す。

この二人は仲が良いのか悪いのか…。


「ほら、文句言ってないで、お祈りの時間ですよ…。

豊穣の神に母なる大地に感謝して…いただきます。」


「いただきま~っす!」


各人目の前で手を組む、左手でグーの形を作り、右手で包み込むような形だ。

俺も見よう見まねで同様のポーズを取る。


「…いただきます。」




野菜スープが皆の前に一皿ずつ盛られている。

俺は手元にあった木匙を手に取り、スープにそっと口を付ける。


「んっ…このスープは……。」


口馴染んだ香りが鼻を抜けていく。


「……カレーだ、これ、カレーの匂いがするぞ…!!」

「「カレー??」」



兄妹はいぶかしげな顔をして首をかしげる。


「あ…ああ、俺の国にも似たような食べ物があってさ、このスープに入ってる種みたいなのがカレーって料理と同じ匂いがするんだ。」


「カレー、へぇ…。」

「種……ああ、クムヌシードだね、胃腸の薬にも使われてるんだ。」


メティは顎に指を当てて少し考え込んでから、口を開く。


「ねぇ、記憶喪失でも食べ物の記憶は持っているの…?」

「え、ああ…そう言えば…。」


「もしかして、あなたの国の食べ物を再現して行けば、それをヒントに記憶が戻ったりしないかな…?」


俺とエムバラは互いに顔を見合わせる。


「そう言うモンなのかねぇ。」

「他にヒントもないんでしょ!だったら試してみるべきだよ!」

「ああ、だけど…。」


「私、決めた!食べ物をヒントにあなたの記憶を元に戻してみるよ!!」


メティの目は真剣だ。


「あーあ、一度こうなっちまうとメティは頑固だぞぉ…。」


エムバラは面倒くさそうに頭を掻く。


「一度受け持った以上は貴方は私の患者だから、医者の決め事にはある程度従ってもらうよ!」

「……。」


俺は返事できないままメティの顔をボーッと見つめる。


「とりあえずメシを食っちまおうぜ、せっかくのスープが冷めちまうからな。」


エムバラはメティを制すような口調で続ける。


「最終的な判断は本人がすべきだろう?

今後どうして行くにしても、まずは食うもん食って体力付けないとな。」


エムバラは周囲に言い聞かせるように、低く通った声を響かせた後、皿の縁に口を付けて一気に飲み干す。


「うん、うまい!お前らも早く食っちまえよ。」


「…ああ。」

俺はその声に静かに頷く。


メティは俺の顔を見つめた後、少し表情を曇らせながら野菜スープをちびちびと食べ始めた。


「(食事を通して記憶を取り戻す…、そんな事が出来るんだろうか…。)」


―――――――――――――――――――――


食事が終わった後、俺は煮え切らない頭を抱えながら近くの川辺を歩いていた。


「そう言えば…エムバラはどこに行ったのかな。」

食事が終わると、メティはさっさと食器を洗い始めていたな。

手伝おうか尋ねたところ、物凄い剣幕で断られたので引き下がらざるを得なかった。



エムバラは食事が終わると「仕事の準備」と称してさっさと家を出て行った。

それからと言うもの、家には戻ってきていない。


メティに「リハビリに近場を散歩してくると良い」と促されるままに、近所をフラついていたが、どうにも手持ち無沙汰だ。


たまに通りかかる村人から「怪我人さん」とか「患者さん」と声を掛けられるのもどうにも居心地が悪い。


「このまま“患者さん”が名前になっちゃったりしてな、ハハハッ。」


つまらない冗談が水音に掻き消されて行くと、どうしようもなく虚しさが募る。


俺は、この世界に悶々とした気持ちを抱えたまま散歩する為に来たんじゃないんだぞ…!!




おもむろに近くの小石を拾い上げて水面へ投げた。

一回、二回と水を切った後に石は川底へと沈んで行った…。


「クソォ!!このウダウダした感じは俺らしくねぇ!!」


頭を抱えてジタバタしていると…。


「あっ、お兄さんだ!おーい!」

と、後ろから声が掛かる、リーリアだ。


「何してたの?踊りの練習?」

「ああ、人生と言う名の踊りの真っ最中だったのサ!!」


我ながら意味がわからない。


「ところでリーリア、エムバラがどこにいるか知らないか?」

「ンバラ兄ちゃん?えーとね、村外れのねー、焼き窯のとこにいると思うよー!!」


リーリアは遠くで細く狼煙のように立ち上る煙を指差す。

煙を辿ればエムバラに会えるのか…暇だし見てこようかな。


「ありがとうリーリア、ちょっと行ってみるよ。」

「うん、またねー。」


俺は焼き窯とやらを目指して、煙の立ち上る場所へと赴いた。


―――――――――――――――――――――


遠くからでも、薪のパチパチとはぜる音が聞こえる。

細い煙突は懸命に白煙を外に吐き出している。


煙の下を辿ってみると、割りとすぐにエムバラの姿を見つける事ができた。声を掛けようと近付いてみると…。


「誰だっ!!」


気配に勘づき、弓矢をこちらに構えて来た。


「お、おいおい…俺だよ!!」

「なんだ、お前か…驚かさないでくれよ。」


それはこっちのセリフだ!

ともかく、エムバラは俺の姿を確認すると、弓を収めて窯へと向き直った。


「この場所がよくわかったな。」

「リーリアに教えてもらったんだ。」

「リーリア?ああ、鉄器職人のガンテさんちの…。」


エムバラは何かを思い出したようにニヤリと笑う。


「あの親子本当に似てないよな、あの熊みたいな父親の子があの丸っこくて小さいのだとはとても思えないよなぁ。」

エムバラは口角を吊り上げながら笑みを堪える。


「え ぇ ー ー っ ! ! ?

あの二人って親子なのか!?」


生命の神秘だ!突然変異だっ!カッコウの託卵かぁっ!?

俺は驚きのあまりよろめきながら叫ぶ。


エムバラはひきつった表情を浮かべて俺の口を両手で塞いできた。

そんなに聞かれちゃマズイ会話だったかなぁ?


「…おいっバカ、あんまりデカイ声出すなって、村外れはたまにモンスターが迷い込んでくる事があるんだぞ…!」


…なるほど、だから弓矢を携帯していたのか、妙に納得する。




――すると、その時。

「グゥ゛ゥ゛ーーッ…。」

どこからか、低い風音のような音が響いてきた。


「カーッ、ツイてねぇな……本当に来やがるとは。」

「うわっ、マジか……。」


――先日の苦い記憶が蘇る。


「静かにしてれば何とか立ち去ってくれないかな…。」

「いや、無理だな、この声はゾンビだ。

このテの奴はタチが悪い……俺たちを見付けるまで探し続けると思うぜ、ここで下手に撒いたりすると、さ迷った挙げ句俺たちの村を襲うかも知れない。」


「そんな…。」


「ビビってる場合じゃねぇぞ、テメェのケツはテメェで拭くもんだ。

俺たち二人で何とかするぞ。」



―――――――――――――――――――――――




村外れの森の静寂の中、薪の燃える音と虫の音、そして………。


「クヴゥーーーッ……。」


おおよそそこには不釣り合いな化け間の声がこだまする。


「(声…段々近づいて来てるな……。)」


窯のやや横、かがり火の真横にエムバラが陣取り、弓を構える。

俺は薪の陰に身を潜め、声の主を今や遅しと待っていた。


『―――いいか?音から察するに、声の主はおそらく1体だ。』


『奴らゾンビは、痛覚は鈍感だが音と臭いには敏感に反応する、その習性を逆手に利用してやろう。』


「(上手く行きますように……上手く行きますように……。)」暑くもないのに背中を冷や汗が伝う。


日が傾き、森を夕闇が包み始める。

視界が悪くなるほどこちらが不利となる…。


ガサッ!ガサガサッ!!


来たか……!!


茂みの中から醜く緑色に変色した人間の頭部が見えた。

あれがゾンビ…!


ゾンビはエムバラを見付けると緩慢な動きで徐々に距離を詰めていく……。


「今だっ!!」


エムバラが叫ぶと、俺は手に持った二本の木炭を激しくぶつけ合った!!


カァーン!!カァーン!!カァーーーン!!



周囲に甲高い金属のような音が鳴り響いた。


「ヴォォ――――!!」

音がするなり、ゾンビは進行方向をこちらに変えてじわじわとにじり寄ってくる。


「(ナイスだ!)」


エムバラは片手を振り上げてこちらにポーズを取ると、無防備になった化け物の側頭部めがけて矢を放った!!


ザクッ!ガキン!


「なっ!?」

素早く放たれた二本の矢の一つはゾンビの腕に突き刺さったが、もう一つは頭部に弾き返されてしまった。


「なっ!!?」


ゾンビはまったく怯む様子も見せずに俺の方に一直線に向かって来る!!


「おい、エムバラ!!話が違うぞ!!」


「まいったぜ、コイツはオークゾンビだ、樫の木の化け物が死体に寄生しているんだ!!」


「オーク…ゾンビ!?」


「木に寄生されてるから、所々木の幹みたいにガチガチになってるんだ、こいつには普通の打撃は通じないぞ!!」


まごついている間にゾンビはどんどんこちらに近づいて来る。


バシュッ!バシュッ!

エムバラは続けに矢を放つが、いずれの矢も奴の動きを止めるに至らない。


「ああっ!!クソッ、釜の火を使え!!薪に火を着けてヤツを焼くんだ!!」


エムバラが叫ぶ。


そうか!!火だ!!

相手が木の化け物なら焼き払ってしまえば良いんだ!!


俺は手に持った木炭を紅く燃え盛る窯の口に突っ込んだ!!


「バカ野郎!!炭なんかじゃ役に立たねぇよ!!薪に布を巻き付けろ!!」


「そうなのか!?」

俺は慌てて炭を手放すと、近くの薪を掴み、窯に向けて走る!!


その時。


……ズシャア!!

「ぐわぁっ!?」


視界が突然ひっくり返る。

足場の泥に足を掬われて転んだのだ…。


「おい、なにやって…!?」


俺は歯を食い縛って薪を掴んで立ち上がり、上着を脱いで薪に巻き付ける。


「くそぉ!!ほどける……!!」


…が、焦りから手が震える、上手く布を巻き付けられない!!

ゾンビはすぐ後ろまで来ているのに…!!


「でりゃあ!!」


パキィ!!

エムバラが手近な枝でゾンビを殴り付ける…が、まったく効いていない…!!

木の枝は真っ二つに叩き折れてしまった。


「ヴオオォォ……。」


ゾンビはクルッと首を回すとエムバラに視線を移す。

「俺が引き付けておく、早く火を!!」


「すまねぇ!!」


俺はようやく薪に服を巻き付けると、薪を燃えたぎる窯の中に突っ込んだ!!


「頼む!!着いてくれえええぇ!!」



祈るような気持ちで薪を持ち上げると、先端には煌々と火が灯っていた…!!


「着いたぞ!!」

「早く来てくれ!!もう保たねぇよ……!!」


エムバラはゾンビの爪を紙一重でかわしている。


「化け物め、これでも食らえェ!!」


俺は火の灯った薪をオークゾンビの後頭部に叩きつける!!


ドガァ!!

「ヴォォオオォウ!!」


叩きつけた勢いのまま、ゾンビの頭を地面に抑え込む!!

すると、ゾンビはうつ伏の姿勢のまま地面に伏すと、めちゃくちゃに手足をバタつかせて暴れ始めた…!!


その勢いに気圧され、一瞬たじろぐが、薪だけは離してなるものかと懸命に食らい付く。


「頼む…!早く燃えてくれぇ!!」


ゾンビの暴れる手が頬を掠める度、顔から血の気が引くのがわかる。

怪我が癒えぬままの腕がジンジンと痛む。



―――その時。


「二人とも、どいて!!」

高く透き通る声が周囲に響く。


「な、なんだっ!?」


俺が声に戸惑っていると、薪を横から叩き落とされ、そのまま地面にもんどり打つ。


わけもわからず視線を起こすと、エムバラが俺を抱えて横っ飛びをしていたのだ。


「おせぇんじゃねぇか、メティ。」


エムバラがニヤリと笑う。


「ごめん兄ィ。」

いつの間に駆け付けたのだろう、メティが小瓶を魔物に振り掛けると、途端にくすぶっていた火が燃え広がる!!


「ヴオオオオォォォォ!!」


魔物は断末魔の悲鳴をあげながら炎の中に包まれ―――。

動かなくなった…。


「まったくもう、キミねぇ…病み上がりなんだからこんな村外れまで来ちゃダメじゃない…。」


ん、俺の事か…?

全身に被った泥を払って身を起こす。


「ああ、えっと、すまない。」

「キャッ……!?ねぇちょっと、なんで上半身裸なの!!」

メティが赤面しながら顔を背ける。


「ああ、火を着けるのに布が必要で……。」


メティは恥ずかしそうにしながらも、時々視線をこちらの身体へと向けてくる。

なんだかこちらも恥ずかしくなってきたぞ…。


「ぬははっ!!なんだぁお二人さん、夕焼けみたいに真っ赤だぞ!」


エムバラがすかさずちゃちゃを入れる。


「うっさいバカ兄ィ!!助けなきゃ良かった。」


おいおい、そりゃちょっと言い過ぎじゃないか?


―――――――――――――――――――――



「ぶぇくしょい、ちくしょう!!」

「兄ィ親父くさいよ!」

「しょうがねぇだろ、火の番とはいえちょっと冷えるんだよ。」

結局、エムバラの上着を俺が借りる事になった。


「悪いな、エムバラ。」

「まぁ良いって事よ、着ててもらわないとキャーキャーうっさいのがいて仕事にならないからな。」


「むっ、誰の話をしてんの。」

メティは少しむくれる。


「ない胸に手ぇ当てて聞いてみ。」

「あんだとぉ!?ぶっ転がしてやるうぅ!」


エムバラの減らず口が戦いのゴングだ、兄妹がまた取っ組み合いをはじめる。

これが彼らの愛情表現なんだろうな、と受け流す事にした。


「なぁところでエムバラ、この窯はどの位様子を見ておく必要があるんだ?」

「まぁ、そりゃ一晩だろうな。」


「マ ジ で っ ! ?」


驚きで思わずオーバーリアクションを取ってしまった。


「おいおい、大声出してるけどまた魔物と鉢合わせだけはゴメンだぜ。」

俺だってそうだ、極力静かに努めなくてはいけない。


「…あぁ、ごめん。」

「まぁ、村外れまで魔物が来る事なんて滅多にない事だったんだが、最近は結構増えてるらしいからな。」


「だね、最近は行商の馬車も減っちゃったよね…。」


メティも不安そうな顔をして頷く。


「まぁ、俺としては、食えるモンスターだったら大歓迎なんだがな!!ゾンビじゃあ煮ても焼いても食えやしねぇしなぁ。」


メティは呆れた表情を浮かべる。


「もう、ほんとバカ兄ィ、そんな事ばっか言って、今にモンスターに食べられちゃってもしらないんだからね!!」

「食われるかよ、俺の弓矢は無敵だぜ?」


「知らない!!」


メティは怒ったような悲しそうな表情を浮かべてポツリと呟く。


「人がどれだけ心配してるとおもってんのさ…。」

「お、おいメティ…?」


メティは物憂げな表情を浮かべたまま、静かにオークゾンビの焼け跡に歩み寄った。

思わず俺もその後を追っていた。


「…この人にもきっと家族や兄弟がいたんだろうね。」


メティは、もはや人の形を失い、灰となった物に向かって手を合わせる。

やはり左拳を右手で包み込むような仕草だ。


俺もそっとメティの隣に行き、たどたどしい手つきで手を合わせる。


「俺の国の合掌とはちょっと違うんだよな、なんかまだ違和感があるというか…。」


メティはそっと顔を上げてこちらを見つめる。


「きっと、成り立ちを知れば覚えるよ。」


メティは優しい口調で続ける。


「左手は心臓、神様への供物で、右手は私たち生ける者の手。」

メティは慈しむような表情で俺の手を包み、“彼女たちの合掌”の手を作る。


「神様から頂いた命、あなた様から頂いた命、私が天に返るその日まで、いただきます。」


「なるほどね………あのさ…。」


何かを彼女に伝えたかったのだが、イマイチ考えがまとまりきらない…。

ええい、考えていても仕方ない、思ったままの事を伝えよう!!


「俺はメティみたいに信神深くはないから、よくはわからないんだけどさ…。

悪い気分はしないなって、そう思った。」


「うん、そうだよね……誰かの為に祈るのも、悪くないよね。」


その瞬間、天に立ち上るかがり火の炎が仄かに優しく揺らめいた……そんな気がした。




第三話 完

以前、カオスノベルと題して短編を書いた事があるんですが、その時のPVが6でした。(笑)

初出しだったもので、勝手にもっと伸びるものだと思っていたんですが、蓋を開けてそりゃあガッカリしたものです。


今回、2話を投稿した時点でPVが既に30、やっぱり異世界ものは需要があるんですね。

PVの伸びが目に見えるのは非常にモチベーションになります。


感想、レビューは随時お待ち申し上げております。

そして、ある程度感想が付くようになったらキャラ人気投票とかしてみたいなぁ…。(遠い目)


さて、前回2話、メティアナさんの呼称がリティになっていた箇所がありますね。

まだまだキャラが定まっていない証拠ですね、でも彼女のおっぱいがちっちゃいのは決定事項です、サイズ変更する予定はありません!!!!!!!!!!


追記:誤字はその後修正しておきました。


今回も書いていて、窯が釜だったり鎌だったり誤変換が凄まじく、修正に手間取りました。

まぁ素人がイソイソとやったものなので、大目に見てもらえると嬉しいです。


それではまた。

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