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異世界で俺と握手!  作者: 醍醐郎
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第十八話 鳳天旅団(ほうてんりょだん)

あらすじ


異世界への転移が常識となった未来の話。

転移に憧れた少年が移った異世界は“打ち捨てられた世界”と呼ばれる過酷な大地だった。


転移先で記憶の一部と名前を失った少年は、いつしか自らの事をカムドと名乗るようになる。


異世界で助けてくれた兄妹と行動を共にしていたある日、彼らの恩人が謎の女性に殺害され、彼らは仇討ちを決意し、彼らは故郷の村を捨てて旅立つのだった………。


握手した相手に“共感”を与える能力と共に、少年は打ち捨てられた世界を駆ける!!




登場人物


カムド(主人公)

異世界に憧れ、異世界に誘われた少年。

自らの記憶を失い、カムドと名乗る。

情に篤く、非常に涙もろい。

握手した相手に“共感”を与える能力を持っている。


メティアナ

辺境に住まう兄妹の妹、あだ名はメティ。

非常に優秀な医者で美しい赤髪をした才色兼備の女性。


イブ

謎多き銀髪の女性、洋館に閉じ込められて過ごしていた。

華奢な見た目からは信じられない程の身体能力を持っている。


エムバラ

辺境に住まう兄妹の兄、現地読みでは“ンバラ”らしい。

狩人としても職人としても一流のウデを持っているのだが、非常に口が悪い。


ミゲル

火術使いの魔導師、金髪の美少年。

幼くして両親を地球人に惨殺された過去を持ち、またメティに対して恋心を持っている。


リック

リチャード・ハーパー、地球・アメリカ出身。

理知的で分析力に長けており、カムド一行の潤滑油的な存在。

「なぁ、旅立ったのはいいけど……俺たちはどこを目指してるんだ……?」


アンムルの村を出てかれこれ3日ほど移動したが、行けども行けども代わり映えのしない景色が続く。

元来、熱しやすく冷めやすい所のある自分は、このゆったりとした馬車の旅に早くも飽きを感じ始めていた。


この馬車、乗り心地は悪くないものの、馬車を引いている“ギルギル”と呼ばれる動物が非常にゆったりした速度で進む。


一頭で大きな荷物を引いているとはいえ、速度で言うと人の早歩き位のスピードだろうか。

非常にスローペースだ。


「確かに快適ではあるんだけど……俺たちはバカンスに来てる訳じゃないんだよな……。」

「文句言うなよ、僕なんかほぼ一日中馬車を操縦してるんだぞ、魔術師から馭者ぎょしゃに転職した気分だよ。」


一人ブー垂れていると、手綱を握っているミゲルからお小言を頂戴する。

たしかに、ここに至るまでミゲルとメティが交代で馬車を操縦していた。

彼らの事を思えば、文句を垂れるのも彼らに申し訳ない。


「すまん…退屈で、つい……。」

「気分はわかるけどさ、のんびり風景でも見ててくれよ。」

「そうするわ……。」


空は青く、鳥は謳い、雲は空を泳ぐ。


平和だ。

とても平和だ。


平和すぎて退屈だ……。

元の世界にいたときと代わり映えがないくらいに……。


遥か前方を見ると、先頭のエムバラだけはひとり颯爽さっそうと馬にまたがり悠々と駆けていた。


「なぁメティ……なんでエムバラだけ馬に乗ってるんだよ。

不公平だ……。」


馬と共に風とひとつになる、ギルギル馬車では味わえない爽快感が何とも羨ましく感じる。


「うーん、馬は一頭で50万ビーツはするから数は買えないんだ、ごめんね。

あと、兄ィはああやって偵察や警戒の為に馬に乗ってるんだよ。」

「警戒ぃ?」


「うん、ギルギルは見ての通り機動力がないじゃない?

兄ィがああやって偵察することでモンスターや野盗が迫ってないかを確認してるんだよ。」


「まぁ、この馬車の速度じゃ敵から逃げるのはまず不可能だもんなぁ…。

だけど、本当にモンスターとか野盗なんて出るのか?」


街道は草が茂り、路肩には白や黄色の花たちが風に揺られていた。


馬車の後ろの方ではリックがイブに対して文字の読み書きを教えている。


とても穏やかで牧歌的な光景だ、こんなのどかな場所に魔物や野盗など………。


「ん?メティアナさん、ンバラの様子が…!!」


突然馬車を操縦していたミゲルが大声を出す。


前を見やると、エムバラは弓を掲げてこちらに見えるように左右に振っている。


「あの合図は……たしか……!」


エムバラの合図にミゲルが色めきたつ、あれはなんだったっけ…?


旅に出る前にエムバラが説明していた気がするが、あのときはあまり真面目に話を聞いてなかったからなぁ…。


「大変、野盗が来たみたいだよ……!」

「………マジ?」



異世界で俺と握手!【第十八話 鳳天旅団】




エムバラは身を翻してこちらの馬車に駆け寄る。


「おいでなすったみたいだぜ、旗印はたじるしを見るに、おそらくこの辺を根城にする鳳天旅団ほうてんりょだんの連中だろう。」


「どうするンバラ、ギルギルで振り切るのは難しいぞ。」


「もちろん金貨を奪われてもしゃくだ、応戦あるのみ。」

「やっぱりやらなきゃダメか……。」


場合によっては人を殺す事になるかも知れない。

わかってはいた事だが気が重い。


「なに言ってんだ、殺すのは簡単だ。

俺が物陰に潜んで雨の矢を降らせればあんな連中一網打尽さ。


そんな事よりも、噂では奴らの中に風術使いが紛れていると聞く、そいつを生け捕りにしてほしい。」


「本気かンバラ!野良とはいえ魔術師が混じっているならこちらも本気を出さないと危ないぞ!」

ミゲルはエムバラに必死の形相で訴えかける。


「おいおいミゲル、先生の弟子ともあろう者が泣き言か?やるしかないならやるっかねぇだろ。


一応これでもお前の術師としての才能は買ってたんだが、見立て違いだったようだなァ。

怖かったら今からでもアンムルに帰って坊さんにでもなれ。」


「………っ!!黙って聞いていれば

なにもそこまで言うことないじゃないか!!

わかったよ、やってやろうじゃないか!!」


「よしっ、その意気だ!

一応こんな時の為に作戦は考えてあるから、みんなも耳貸せ。


今回の作戦の要はずばり、ミゲル……お前だ。」




―――――――――――――――――――――




ドドドッ…ドドドッ………。


遠くから馬の蹄が土を叩く音、いななく声が聞こえる。


それも一頭や二頭ではない、二十騎はくだらない大所帯だ。


先ほどまで意気込んではいたが、いざ彼らの姿を前にしてミゲルは表情を強ばらせていた。


「大丈夫だ、大丈夫だ……。

僕は大丈夫だ、ややややれる、きききっとやれる。」


蒼白な表情で冷や汗を吹き出すミゲル。

眼の焦点が定まっていない。


「おい、ミゲル。」トンッ


「アッピャァッ!?!?」

ミゲルの肩に手を置くと、彼は奇声を発しながら3センチくらい飛び上がる。


「や、やめろよカムドー!脅かすんじゃないよー!!」


「あ、ああ……悪い、酷い顔してたから、つい。」

「酷い顔ってどういう意味さ!!」

そのまんまの意味だよ。

言葉を出し掛けて飲み込む。


「ともかく腹をくくるしかないだろ。

上手くやれなきゃパーティはここで離散だ、作戦のキーマンがブルってちゃみんなまで不安になっちまうぜ。」


「う゛っ………!」


ミゲルは蒼白い顔を更に紫色に変色させる。

俺の余計なひと言のせいで、かえって気負わせてしまったかもしれない。


「お前なら出来る!もし上手く行かなくても俺たちがフォローしてみせる!


だから、頑張ろうぜ!!へいっ!へいっ!」ビシッ、バシッ!


そういってミゲルのケツを二、三発平手でひっぱたく。


「いてててっ!なっ、なにすんだよ!」


「へいっ!!

上手く行くおまじないだ、騙されたと思って頑張れ!!」

そんなおまじない聞いたこともないけれど、嘘も方便だ。


…ふと自分の腕を見ると、俺の腕もかすかに震えている事に気付く。

不安なのは俺も同じだった。


「でぇぇぇい!」ピシャーン!

今度は自分の頬を両手でピシビシと鳴らす。


「っしゃあ!!仇討ちを果たすその日まで俺らは負けねぇ、死なねぇっ!!

俺たちは持ち場に付くから、しっかり頼むぜミゲル!」


自慢じゃないが、この世界に来てから度胸だけは付いた。


度胸がつくまでには随分酷い目にもあってきたけれど、それでもまだこうして五体満足でいられている。

その事実が、今俺の背中を強烈に後押ししてくれている。


そして、なにより、こちらにはエムバラの作戦がある!



――――――――――――――――――――――


…………。


『手筈はこうだ、まずイブの引き寄せの能力を使って奴らの馬だけをを引き寄せる。』

『…そうか!馬を奪って騎兵戦に持ち込むのか!』

『バカ言うな、敵の馬をいきなり乗りこなせると思うのか?頭を使えよ。』

『………。』


悪し様に言われてカチンとするが、主張が正しいだけに反論も出来ない。


『捕縛するってハンデがある上に、頭数の差がある。

この状況だけ見たら俺たちが圧倒的に不利だ。』

『じ、じゃあどうするのさ…。』


『敵の戦力を削ぎつつ、士気しきを下げる、それには………。』


…………。



ガン!ガン!ガン!

ガアアァァァァン!!


聞いていた通りだ、鳳天旅団は手元のドラのような鉄具を打ち鳴らしている。


これは自らを盗賊団であることを示し、敵を威嚇する為の儀式だと聞いている。



「来ました!」

「こっちは準備いいよ!!」


メティがイブに手を振る。


「よし、引き寄せてくれ!」

「いきます!!」


「ヒヒヒィィン!?」


イブが手招きすると、盗賊団の馬たちがイブの目の前に引き寄せられた。

イブの持っている能力、引き寄せの術だ。


術により、突然主人から引き離された馬たちは何事が起こっているのか理解できずに戸惑っている。


「ぐわぁっ!!」

「うげぇっ!!」


ズダダダッ、ザシュッ!!


突然馬を奪われて空中に投げ出された乗り手たちが地面に叩きつけられ、うめき声をあげている。


奇襲作戦の第一段階が成功した、次は俺たちの番だ。


「いくよ、カムド!!」キュポン!

「任せろ!!」


数頭の馬がひとところに集まったところでメティと俺は小瓶の蓋を開けると……。


バシャァァッ!!


中の液体を馬たちにふりまいた!!


…………。


『馬を取り上げたらパニックを起こさせるんだ。

お前ら二人はそこの高台から酸の小瓶を浴びせて馬をバラバラに逃げさせるんだ。』


『…逃がすのか?

もし馬を追われたらまた乗られちゃわないか?』


『ああ、ある意味そこがこの作戦の狙い目だ。

馬は高級品だからな、奴らも馬が逃げ出せば必ず馬の後を追う筈だ。


まさか俺たちが大金を持ってるとは思わないだろう、俺たちへの襲撃と馬を天秤にかけた時に、奴らはきっと馬を取り戻す事を選ぶだろう。』


…………。



「ブヒヒヒヒィィン!?」


小瓶の中の酸を浴びせられ、馬たちは一通り火傷の痛みに悶えた後、パニックを起こして散り散りに逃げて行った。


「お、おいっ!!………く、くそっ、待てェ!!」

「ちくしょう、俺の馬がぁ!!」


エムバラの目論見もくろみ通り、賊は自らの馬の後を追いかけだした。


「クソッ!馬を逃がすな!!」

「う、うわああああぁっ!!」ドガァァッ!!


慌てて馬の後を追う者、取り乱した馬に激突されて運悪く落馬する者と様々だ。


ここまでは驚くほど順調だ、既に相手の戦力を半分以下まで削ぐことに成功した。


「おのれ、ひるむなっ!」

「くそっ、奴らの中に術師がいるぞ!

見たこともない術だ……希少種か!?」


「ならばこちらも術と投石で応戦するまで………あっ………。」バシュウウゥッ!!


突如、指揮を取っていた賊の頭部が吹き飛び、周囲に血飛沫ちしぶきが飛び散る。


エムバラの矢だ。


「ひいいいぃぃっ!!か、かしらァーーっ!!」


「くそっ、伏兵か!!

………一体どこにっ……!!」


賊たちは顔にベットリとこびりついた血のりを拭いながら蒼白の表情を浮かべる。


「伏兵なぞ知った事か、ここまでコケにされて手ぶらじゃ帰れねぇぜ!!撃て撃てェ!!」

「風の刃逆巻きて、彼の者を引き裂かん、風鎌殺ふうれんさつ!!」


賊の詠唱に合わせて突風が巻き起こる。

風が渦巻きながら大きなフラフープのような輪を形作ると、次の瞬間こちら目掛けて低空で飛来する。


殺傷力を持った空気の輪は、ギュルギュルと風を引き裂きながら馬よりも早くこちらに迫って来てきた!!


ミゲルはその様を見据えながら、ぶつぶつと小さく独り言を呟いていた…。


…………。



『追い詰められれば奴らは必ず切り札を切ってくるだろう。

…風術での攻撃が考えられる、ここが今回の作戦の一番の鬼門だ。』


『どうやって迎え撃つんだ…?』


『本当なら術を使わせる前に敵を殲滅するのがセオリーなんだが……。

今回は捕縛が目的だ、奴らの術を真っ向から叩き潰して………心を折る。』


『……そうか、そこでミゲルなんだね。』

リックが何かを察したような表情を浮かべる。


『ああ。』



…………。



「怒り、猛り、吹き上がれ!!噴流爆破ふんりゅうばっぱ!!」


……。


『ミゲル、六小節以上の術は使えるな?』

『大魔法か?

……た、たぶん……いける…………と思う………。』


『多分じゃ困るぞ、それがこの作戦の要なんだからよぉ。

炎の勢いと上昇気流で風術を相殺そうさいするんだよ。

見た目もなるだけ派手な方が奴らの士気も削ぐことが出来るだろうよ。』


『大魔法…………僕に使いこなせるだろうか……。』


……。


「いっけええええぇ!!」


ボゴボゴボゴボゴ………。


ドッゴオオオォォォオオォォッ!!


ミゲルの咆哮ほうこうが周囲に響き渡る。


その声に呼応するかのように地中から三本の火柱が突き上がり、煌々(こうこう)と揺らめく。


太陽の元でもハッキリとわかるくらいに鮮烈なだいだいほのおは…!!


ギュオオオオゥ!ビュルルルッ!!


火柱は空気の刃を絡め取ると、そのまま天高く打ち上げ。


彼方へと弾き飛ばした!!


「なっ、なにぃっ!?」


「エムバラの狙い通りだ!

噴火の勢いと熱による上昇気流が術を飲み込んで空に打ち上げているッ!

あの風術の威力では炎の壁を抜ける事は不可能だ!!」

リックは俺とメティの背後からひょっこり顔を覗かせ、握りこぶしを固めて力説している。


「お、おう……。」

彼の熱のこもった解説に微妙な返答をしてしまう。


「大魔法だと、そんなバカな……!」


賊たちは天高く立ち上る火柱に圧倒され、馬を止める。

誰もが空中で霧散する風の輪を呆然と見つめる事しか出来なかった。


「見たか三下!!我こそは大魔道師・ダルムマルカス様の弟子、ミゲル=レヴィナだ!!

命が惜しくば素直に退散しろ、そうすれば今回は見逃してやる!!」


「(ん?レヴィナ……?)」


ミゲルは不敵な笑みを浮かべながら意気揚々と口上を述べる。

そこにはつい先程までの怯えきった少年の姿はなかった。


「どうした!?もう終わりか!!」


「……なんだよミゲルのやつ、あんなにブルってたのに、ノリノリじゃねーか!」


「レヴィナだと?………あいつ、火術研の…!

どうりで………!!」


術師のリーダーが歯噛みしながらこちらを睨んでいる。


「チッ、運が悪いぜ……こんな所で命張れっかよぉ!!」

「あっ、おい!待て…!!」


「ひいぃぃっ…!!」


指揮官を失い、術も通用しない事がわかると、瓦解するのは早かった。


賊の一人が逃げ出すと、それに追随するように他の残党も次々に逃げ出して行き、今や数名を残すのみになった。


「おっ、おい、ハキーム!!俺たちも退散しよう、このままじゃ殺されちまう!!」


「クソッ、どいつもこいつも腑抜ふぬけばかりか!

首領を殺され、馬を奪われておめおめと逃げ出すのかっ!?」


「おっ、お前こそ一度拾った命を誇りなんかの為に捨てるのか!?

俺はごめんだね!!」


「おいっ、待てっ!!クソッ!!」


残った賊たちも、口論の末に一人を残して蜘蛛の子を散らすように逃げ出してゆく。


「なんだろう?内輪揉めかな……?」


「さぁな………だが、何にせよ当初の予定通りだ。」


ミゲルは自信たっぷりに賊の残党に呼び掛ける。


「残るはお前一人のようだな!

観念して投降すれば命までは奪わないと約束しよう!」


「ふざけるな!我が首領の仇だ!

この鳳天旅団の副団長・ハキーム、我が命燃え尽きようとも貴様らの命をもって償わせてやる!!」


しかし、残る一人はあくまでこちらに抗う構えのようだ。


「そうか、根性気に入った!

だがあんたにゃ死なれちゃ困るんだよ………イブ!!」

エムバラが馬でこちらに駆け寄りながらイブへと合図を送る。


「はい!」

エムバラの声に合わせ、イブは引き寄せの術を使った。

イブの手招きに合わせて賊の体が引き寄せられる。


「ぐっ…!!」

―――賊は咄嗟とっさに防御の構えを取ったが……!


ボグゥ!!

「がはァァッ!!」


既に気付いた時にはイブの拳がみぞおちにめり込んでいた。


よろめきながら飛びそうになる意識を必死で保っていたが…。


「ごめんね!」

イブの横に立っていたメティに口元に布を押し当てられた。


「くっ………これは……。」

ぐらりと彼の上体が揺らぐ。


まもなく彼はバランスを失い…。



ドサァッ………!!


そのまま力なく地面へと倒れ臥した。


「うん、睡眠薬だよ。

……悪く思わないでね?」


睡眠薬を嗅がされた男は………そのまま意識を失った。



―――――――――――――――――――――




――――数時間後



「ぐっ……………ゲホッゲホッ!」

「……あっ、気付いたみたいだよ。」


「そうか…………。

俺はコイツと話がある、お前らは遠くに行ってろ……。」


鳳天旅団、残党・ハキームはあばらの軋む痛みに目を覚ました。


ギチッ…………ギリギリ…。

身体を動かそうとするが、全身と腕を縛られているようだった…。


「くっ、縄か……。」

「よぉ、随分と遅いお目覚めだな。」


エムバラはハキームの目の前にどっかりと腰を降ろす。


「いいか?お前は捕虜だ、おかしな真似はするなよ。」

「なぜ殺さなかった?生き恥を晒すくらいなら私は死を選ぶ………!」


「……お前には道案内を頼みたいからだ………知ってるんだろ?この辺に風の秘術を扱う村がある。」


それを聞き、ハキームはニヤリと笑う。


「道案内………ふふ、それで私の口を塞がなかったのか……!それが貴様の失策だ!!

掻き切れ!風牙ふうがッ!!」


ハキームが呪文を詠唱するが、何も起こらない……。


「な、何故だ………呪文が使えない……?」


「何の考えもなく術師の口を塞がないわけねえだろ………。

悪いがお前の左手、風術の紋の所にちょいと傷を仕込んである…傷が治るまでは術は使えない…。


………そんでもって…!!」

ボコォ!!


エムバラの突然の回し蹴りがハキームの左頬を張り飛ばす!!



「ハッ………ガッ……………!

あっ……………アガッ……………。」


ハキームは頬の中を切り、口から血を吐き出す。


「お兄サァン、俺おかしな真似すんなって言ったよなぁ?

………聞こえなかったか?」


エムバラの冷酷な声にハキームの表情から血の気が引いていく。


「………………てくれ。」

「あ?」


「殺してくれ…………故郷の場所は言えない………。」



「ああ、そっか。



…………わかった。」バキッ!ミシミシッ!!



「ぐあああああああっ!!あああああああっ……………

ぎっ………くあっ………。」


ハキームの小指が嫌な音を立ててあり得ない方向に反り返る………。


ハキームは白目を剥きながら涙を流していた………。


「賊が楽に死ねるなんて思うなよ?

……教える気がねぇってんならいたぶって殺す。」


ピクッ!

「賊……だと………?

貴様、王都を命を賭して守ろうとした戦士に向かって………!!」


ハキームは怒りのこもった表情で睨みつける。


「なに粋がってるんだよ、賊だろ、実際よぉ。」


「我らは異世界人の侵攻から王都を守ろうとした戦士だ!!

おかしいのは我らを見捨て、いち早く退却した王政の連中だ!!


あいつら、我ら義勇兵を前線に張り出させ、叶わないと見るや我らを盾にして第二都市に逃げ延びやがったんだ!!


それでも最後まで勇敢に戦った我ら残存兵に、報酬を払うでもなく労うでもなく奴らは何と言ったと思う!?

『勇猛に命を投げうった仲間を見捨て、おめおめと逃げてきた裏切り者』『異世界人に取り入って命を救われた敵軍の狗』こう言いやがったんだ!!」



「ふぅん…………それで?」



「っ…………!」


「だから自分たちを裏切った国には何をしてもいいってか?


それで、てめぇら無関係の人間からいくら奪ったんだ?


何人の女を犯したんだ?


一体何人の罪もない旅人を殺したんだ?


王都が落とされたのが3年前、その間にお前らみたいな境遇からカタギに戻った連中を俺はたくさん知ってる。」


「っ……!」


「大体、なんで王都じゃなくて地元近くまで帰ってきてこんな稼業やってるんだよ、復習なら王に対してだろ?」


問い詰めるエムバラにハキームは黙ってうつむく。


「いいぜ、言い当ててやるからそのまま黙ってろ。

お前らは異世界人、あのアームストロング一味が怖いんだ。」

「黙れ……。」


「国を恨んで、戦わなかった連中を逆恨みして、復讐してやりたかった。

でも、第二王都近くに根城を構えていたら、再び王都が異世界人に侵攻されて巻き添えを受けるかもしれない。

お前らはそれが怖くて逃げ出した臆病者だ。」


「黙れッ!!」


「黙らねぇよタマナシがァ!!


おめおめくにに逃げ帰るわけにもいかず、勝手な逆恨みからこんな居直り強盗みてぇな真似してたんだろうが!!

地元近くでやってんじゃねぇよ、おっかさん悔しくて泣いてるぞ、オイ!!


兵と認められなくなった今も旅団やら義賊やらを名乗ってるんだって?


自分たちを捨てた軍隊に未練タラタラじゃねぇか!?

恥ずかしい連中だな、ああぁん!?」


「黙れええええぇっ!!」


ザンッ!!

「黙るのはテメェだ、クズ野郎…。」


エムバラはそう言いながら、馬車の床に突き立てたナイフを引き抜くと、額に沿わせてギチギチと傷を作っていく。


「ぐっ…………。」

「ほれほれ、さっきまでの威勢はどうしたんだ?

死ぬ前に言い残した事があれば聞いてやるぜ?」


表皮からダラダラと溢れた血は、皮膚を伝い目の中に入り込んでくる。

ハキームはたまらずまぶたを閉じてうつむく……。


「おい、人が話してる時に目を閉じるヤツがあるかよ。」パカァン!!


エムバラはハキームの顎をつま先で蹴りあげて無理矢理に上を向かせる。


「知ってたか?こうやって上を向けば血が目に入らないんだぜ?」ダァン!ギリギリ……。


エムバラは彼の顎を蹴り飛ばし、仰向けにさせると、そのままのど仏を踏みつける………。


「はっ………………はっ…………ぐひゅ……けひゅ………。」


ハキームは口角から泡を吹きながらながら、いびきのような声を出してうなる。


「あ……………ぐ…う………げ…………。」ヒュ………ヒュ………


「あ?何か言ってるのか?きこえねーよ。」


エムバラは足をどけてハキームの髪を鷲掴みにする。


「あぁ?なんか言ったかぁー?

さっきから声がちっちゃくて聞こえやしねぇよ!!」


「ひゅっ…………がはっ!げほっげほっ…………!はぁ………はあ………。」

エムバラの足がどけられたハキームは一通りむせ込んだ後、夢中で肺の中に空気を詰め込む。


苦痛と恐怖から涙をダラダラと流していた………。


「たす………助けて…く………れ………。

もう……許してくれ。」


「ハァ?助けてくれだぁ?さっきまで死ぬとか殺せだとか息巻いてたのはどこの誰だァ?」

エムバラは彼の胸ぐらを掴み顔を寄せる。


「き、気が変わったんだ………知りたい事は喋る…………だから助けてくれ………!!」

「………死にたくないって事か?」


「…………………死にたくない。」


エムバラは乱暴に手を振りほどくと嘆息する。


「なら怪我だらけになるまで強がってないで最初からそう言え、この大バカ野郎!!

無駄に暴力なんか振るわせやがって、ぶん殴るぞてめぇ!!」




「め、滅茶苦茶だ……!」


「どっちが滅茶苦茶だ、テメェの命より大事なものなんざあるわけがないだろうが!!

そんな事もわからないで強がってるヤツを見るとなぁ、俺はブッ殺したい程イライラするんだよ!!」


理論も何もない破綻しきった意見だが、言い返せない圧がある。


「はぁ…………。

まぁ心配すんなよ、アンタの故郷がわかった所で、こっちも職人に用があるだけだからよォ…。」


散々怒り散らしたおかげか、エムバラは少し落ち着いてきた様子だ。



「えっと………兄ィ、もういいかな?」

その時、馬車のホロの外から中に向けておそるおそる声が掛かる。


「ああ………強情なヤツでな、かなりコッテリやっちまったから、頼むわ。」

「あーあ、もう酷い……。

兄ィったら、こんなになるまでやって……痛かったでしょ……?」


メティはグシャグシャに曲がったハキームの指に優しく触る。


「……っっ!!あガァッ!!」


痛みに堪えかねて悲鳴を上げずにはいられないようだ……。


「うわぁ………これはかなり痛むね………。

カムド、ミゲルくん、聞こえるー?」


「お、おう……。」

「は、はい……。」


俺とミゲルは馬車の影からゆっくりと身を覗かせる。

平静をつとめるつもりでいたが、やはり気まずさは表情を伝って表に出てしまう。


「ったく………荒っぽくやるからガキ共は離れてろって言っただろうが!

お前らその様子じゃ全部聞いてやがったな?」


「だ、だって……!」

気になったのだから仕方ないだろ!

反射的に二の句を継ぎたくなったが、思っていた以上の暴力的な内容に彼の言う事を聞いていればよかったと少し後悔していた。


「だってじゃねぇ!!」

「わ、悪かったって……。」


「兄ィ、お説教はあとだよ!!


二人ともちょっと手伝ってもらっていい?

ミゲルくんは器を持ってきて火の準備、カムドは水を鍋に開けておいて!

お湯が沸いたら器を煮沸するよ!!」


「わ、わかった!!のわっ!」

「は、はい!!うわっ!」


二人一斉に動き出したものだから、タイミングが重なり衝突する。


「き、気を付けろよなー!」

「むむっ、カムドこそ気を付けてくれよ!!」


そう言って二人、バタバタと別の方向へと駆けて行った。


「君は…………医者なのか?」

ハキームはメティを見つめて問う。


「えっと……は、はい。」

メティはおどおどとした表情で答える。


「アンムル村の兄妹の噂はこちらまで及んでいる。

恐ろしく腕の立つ猟師の兄と、高度な薬術を使う医者の妹……。」

「……………。」


ハキームの問いかけにメティは表情を強張らせる。


「…怯えなくて大丈夫だ、今の私に君をを傷付ける事は出来ない。

それに、君たちの先代は私の村の恩人でもあるからな………。」

「恩人……?」


「ああ、30年前の伝染病の大流行……君も一度は聞いたことはあるだろう?」


「そう言えば母から聞いたことがあります、風の一族の隠れ里。

以前は近隣の村民たちにも場所が知られていたのが、ある事件を境に人里から身を隠すようになった…。」


「そうだ、伝染病は私たちの村で猛威を振るった…。

当時は私もまだ幼い子供だったが、病を恐れた近隣の村民達からはそれはむごい仕打ちを受けたものだ…。


まだ病気に掛かっていない者も他の村への移住は叶わず、潜伏していることがバレれば容赦なく火あぶりで殺された。」

「酷い………。」


メティは悲痛な表情で話を聞く。


「…しかし、そんな時に私たちの村を救ってくれたのが、君の母上たちのペルムル医師団だった。

奇妙な白い装束を纏い、見たこともない薬を使い、伝染病をたちどころに治してしまったのだ……。」


ハキームはメティに頭を深々と下げる。


「君の母上たちにはいくら感謝してもし足りない、それなのに我々は君たちを襲い、あまつさえ君たちの金品を奪おうとした……。

知らなかったとは言え、いくら恥じても足りない、本当にすまなかったな…。」


「えっ、えっと………わ、私は大丈夫ですから…どうか頭を上げてください……!

むしろこっちこそ……兄がごめんなさい……。」

メティは突然の彼の謝意にたじろぎ、逆に謝り返す。


「ああ、思い出してきた…………。


私は彼女たちのように、君たちの母上のように、見ず知らずの誰かの役に立ちたかった…自らの危険も省みず、誰かの役に立てるならと……。


だから、彼女たちの高潔さに憧れて首都防衛の兵に志願したのだ……。」


「…………。」


ハキームは静かに涙した、メティはその様子に黙って頷く事しか出来なかった。


「それなのに………私は………恩人の子に対し、このような非礼を働いて………まったく………何をやっているんだかなぁ………。


まったく……………情けな…………………い………………。

でも……全てが遅すぎたんだ………。」


ハキームは嗚咽混じりにに心境を吐露する。

野盗の残党としてではなく、誇り高き風術使いの一人としての彼自身の心境を。



「うん……………うん。」

メティは意図せず、自らもまた涙を流していた。



「大丈夫です…………貴方はきっとやり直せます。

自らの行いを反省して、未来を向いて生きて行けるなら……きっと……。

だから………遅かっただなんて……言わないでください!」


ハキームの背中に優しい手の平がそっと置かれる。

慈愛の気持ちに満ちたメティの温かな手が…。


「貴方が気を失っているとき、兄が言っていたんです…。

『術の才能もあるし、最後まで逃げないで根性もある、盗人にさせるには勿体ない人間だ。』って……。


兄はきっと、貴方に改心してもらいたくてわざと貴方を試すような事を言ったと思うんです………。」


「………盗人には勿体ない…か。

まったく、買い被られたものだな…………。


だが………私も………。

出来ることならばもう一度、人として正しい道を歩んでみたいものだ………。」


「きっと………出来ますよ………!


貴方は正しい事がわかる人です。

だから今も、そうやって涙しているんです、私はそう信じています…………。」


「く……………っっ。」



ハキームはかつて理想に燃えていた若き日の自分の姿を思い出し、声を殺し涙した。


メティも、またその様子を目にし、涙で頬を濡らしていた。



………そして、馬車の外で話を聞いていた二人の少年たちも、決意を新たにするのだった。


「………ミゲル、物が用意出来たんなら持って行ってやれよ。」

「………カムドこそ。」


「…………。」

「…………。」


「ミゲル、俺、決めたよ……。

イブの件が片付いたら、俺は都を滅ぼしたっていうアームストロングの連中と話をしてみようと思う。」


「……………!!


本気か………?」


「こんな事を冗談で言ったりしないさ。


……俺は同じ異世界人として、そいつらに悪さをしないように説得する責任があると思う。


お前のご両親も、王都を守った人たちも、そいつらが襲わなければ不幸にならなかった筈だから……!!」


「………お前が責任を感じるのはおかしい、お前がやったわけじゃないだろ?」

「そりゃそうだけどさ………!」


「……だから、一人で行こうなんて思うなよ?

行くときは必ず僕も連れていけ、カムドと違って僕には奴らとの因縁があるんだから…!」


ミゲルは固く拳を握りしめる、その瞳にはとても強固な思いを宿しているのが感じられた。


「ミゲル………。」


「嫌だって言っても無理やりついていくぞ!」


「ははっ……今更そんなこと言うかよ。


……その為にはまずあいつの怪我を直してやって、風の一族の村を見つけないとな。」


「ああ!」



こうして、俺とミゲルの心の地図には新たな旅の目的地が刻まれた。

それは無垢なるが故の純粋な願いだった、この時の俺たちはとても純粋で、真っ直ぐで……そしてとんでもなく愚かだった……。


愚かさ故の決意が、後にあんな事態を招くなんて、この時はまだ予想すらしていなかったんだ………。



第十八話 完

どうも、醍醐郞です。


約3週間、お待たせしてしまって申し訳ありませんでしたが、今回のパートは書いていて自分でも辛かったです。

話を考えている間も、ここまで過激な表現を盛り込むべきなのかどうか、本当に悩みました。

話が思ったほど面白く書けない苦しみと、必要か否か自分でもわからない暴力表現に振り回されて、自分自身も相当病んでしまいましたw


ですが、アームストロング一味の悪行がどのように世界に波及しているのか、エムバラなりの正義と彼の非情さを描く為に、消しては書いて消しては書いての繰り返しで現在のような形になりました。


書く時間が取れずに悩んでいるうちに、世間の様々なニュースが流れて………特に京都アニメーションのあの火災があってですね…。

本当に被害に遭われた方には心よりご冥福をお祈り申し上げます。


あの事件から、ミゲルの炎の能力…今後これに絡めた暴力表現も出てくるだろう事を考えて、なんだか鬱々とした気分になっておりました。


今も暴力的な描写への抵抗は抜けないのですが、リアルさや綺麗事だけじゃ生き残れない世界を描く為、また自分ならきっと面白い話が作れるという事を信じて、今後も頑張っていこうと思います。


今後も相変わらず遅筆だとは思いますが、お付きあいいただければ幸いです。

それではまた。




追記:続きを待っていた方がいらっしゃるかはわかりませんが、一応近況を報告致します。


この話を投稿した後にかなり病んでしまいました。

書きたい事はあるのに表現力が追い付かない事、この回の暴力描写が本当に必要だったのか、等。


グジャグジャ悩みまくった末に出た結論としては、文章力を磨いて、この物語と真剣に向き合う事でした。


年間の投稿数はガクッと減ると思いますが、投げ出す事だけはないように頑張ります。

どこまで足掻いても拙作は拙作に変わりはないのですが、少しでも面白いと感じて頂ければ駄文作者の名利に尽きます。


それではまた。

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