第十五話 宝物
あらすじ
異世界への転移が常識となった未来の話。
転移に憧れた少年が移った異世界は“打ち捨てられた世界”と呼ばれる過酷な大地だった。
転移先で記憶の一部と名前を失った少年は、いつしか自らの事をカムドと名乗るようになる。
異世界で助けてくれた兄妹と行動を共にしていたある日、彼らの恩人が謎の女性に殺害され、彼らは仇討ちを決意する。
仇討ちの旅に出る為、一行は路銀集めに勤しんでいた。
握手した相手に“共感”を与える能力と共に、少年は打ち捨てられた世界を駆ける!!
登場人物
カムド(主人公)
異世界に憧れ、異世界に誘われた少年。
自らの記憶を失い、カムドと名乗る。
情に篤く、非常に涙もろい。
握手した相手に“共感”を与える能力を持っている。
メティアナ
辺境に住まう兄妹の妹、あだ名はメティ。
非常に優秀な医者で美しい赤髪をした才色兼備の女性。
イブ
謎多き銀髪の女性、洋館に閉じ込められて過ごしていた。
華奢な見た目からは信じられない程の身体能力を持っている。
エムバラ
辺境に住まう兄妹の兄、現地読みでは“ンバラ”らしい。
狩人としても職人としても一流のウデを持っているのだが、非常に口が悪い。
ミゲル
火術使いの魔導師、金髪の美少年。
幼くして両親を地球人に惨殺された過去を持ち、またメティに対して恋心を持っている。
リック
リチャード・ハーパー、地球・アメリカ出身。
理知的で分析力に長けており、カムド一行の潤滑油的な存在。
物事を瞬間的に記憶する能力を持っている。
「どうだメティ!だいぶ上手くなってきただろ?」
完成したロウソクを自慢気にメティに見せる。
最初のうちは仕上がりのあまりのガタガタさ加減から「売り物にならない」とまで言われたが、何度か作っているうちに我ながらまともな仕上りになってきていると感じる。
「うんうん、いいね!あとは周りを研磨すれば商品になるかもね!」
「よっしゃ!」
メティからお墨付きをもらえた事で自信が深まる。
「どうだエムバラ!俺だってやれば出来るんだぜ!」
「良かったな、タヌキの器に入れて売りに出すか?」
「なっ!?」
「「「タヌキ?」」」
「タヌキ……………ぷふっ……うっくっくっくっ………!」
イブやミゲルは状況を飲み込めずきょとんとしている。
メティは思いだし笑いを堪えるのに精一杯といった様子だ。
タヌキの白磁………。
あれはメティやエムバラと会ってすぐの頃。
気まぐれに焼き物への絵付けをやらせてもらったのだが、モチーフをタヌキなんかにしたのがいけなかった…。
結局絵はグチャグチャに潰れ、見るも無惨な怪物の絵になってしまったのだ…………。
「お、お前しつこい奴だな!」
「みんなも見るか?コレは何度見ても笑えるぞ。」
「ふ、ふざけんなよ!」
「そんなに騒いだら逆に気になる……。」
しかし、俺のこのかたくなな態度を見るとかえって気になるのが人情だろう。
皆、興味津々といった表情でエムバラに見入っている。
「だああああっ!断固阻止だ!」
「ぷはふぅ!お願い兄ィ!ひゃっは……もうやめ、もうやめて……!ぬひひふふふ……。」
よほどツボに入ったのかメティは笑い崩れている。
なにもそんなに笑う事ないじゃないか……。
異世界で俺と握手! 第十五話【宝物】
「みんなのおかけで結構な数のロウソクが作れたよ、ありがとうね。」
「メティアナさんに喜んでもらえるなら僕、例え火の中、水の中!頑張っちゃいますよ!!」
「あ、あはは……。」
無駄に張り切るミゲルと愛想笑いを返すメティ。
なんだかこの様子にも見慣れてきてしまっている自分がいる。
「兄ィ、余ったミツロウとハチミツをちょっと貰いたいんだけど。」
「ああ、いつものを作るのか?」
「いつもの?」
「うん、石鹸をね。」
「へぇ、石鹸。」
この兄妹は本当に色々なものが作れるのだなぁ。
思わず感心してしまう。
「め、メティアナさん、是非僕にも手伝わせて…。」
「ごめんねミゲルくん、危ない薬も使うからしばらく私の部屋に来ないでね。」
「あっ、メティアナさん……!」
そう言ってメティはそそくさと自室の研究室へと向かい、そのままとじ込もってしまった。
「危険な薬なんて………気になるなぁ、大丈夫かなメティアナさん……覗いちゃおうかなぁ………。」
なんだか鶴の恩返しの一幕を見ているようだ。
「しかし石鹸とは驚いたな、火術研究室で二種類の灰を調達していた時はもしやと思ったけど……。
彼女たちの知識は相当のものだね。」
「そうなのか?」
「うーん、石鹸を作ること自体はそんなに難しくないんだけど、彼女の場合は苛性ソーダから作っているようだからね。」
「火星………ソーダ???」
頭のなかをクエスチョンマークが満たしていく。
「水酸化ナトリウムの事だよ。」
「あー、水の電気分解の実験で使った事あるなぁ。」
「高濃度のアルカリ性で素手で触ると火傷する劇薬だよ、皮膚に付くとヌルヌルするのは皮膚が溶けるからだ。」
「えぇっ、あれってそんな危ない薬だったの!?」
今知らされる衝撃の事実だ。
「うーんと、二人の会話が難解すぎてあまり意味がわからなかったんだけど……これからメティアナさんは超キケンな薬を使うって事か?」
「まぁそう言うことになるね。」
「………はっ!?そ、そんな危ない事を一人でさせるわけにはいかない!!」
ミゲルがガタッと席を立ち上がる。
「一応聞いておくぞミゲル、何をするつもりだ?」
「知れたことだ、メティアナさんを助けに行くに決まっているだろ!」
エムバラの問いにミゲルは目をギラつかせながら答える。
気分はすっかり姫を助けに行くナイト様のつもりだろうか。
「アホか、邪魔だから来んなって言われてただろ。」
「いやだ!応援するんだい!」
「ヴァカ野郎が!!それが邪魔だっつっとるんじゃい!」
「なんだとガルルル…!」
「なんだよガルルル…!!」
エムバラとミゲルがにらめっこを始める。
こうして彼らのじゃれあいを見ていても退屈なだけだろう……ならば。
「リック、イブ……~ミゲルは任せた、メティの部屋に行きそうになったら二人も止めてやってくれ。」
「ハハ、善処するよ。」
リックが苦笑いを浮かべている。
「入りそうになったら引き寄せればいいですね?
……ところでカムドはどちらへ?」
「裏庭。
何かあったら呼んでくれ。」
俺はそう言い残して裏庭に出る。
向かうのはもちろん弓の練習場だ。
――――――――――――――――――――――
最近、以前とは比較にならない程弓が上達している事を自分でも感じる。
特別に練習をこなしたかと言えばそんな事はないのに、だ。
何が上達の要因だったのか、練習を通せば何かがわかるかもしれない。
何故、短期間でこれ程成長できたのか、自分自身でも知っておきたかったのだ。
矢を一本掴み、弓を構える。
自分でもはっきりとわかる、構えが以前の物とは比べ物にならないくらいにしっかりとしている。
足の指先まで感覚が行き渡る、まるで覆地面を噛んででいるかのようにどっしりと安定している。
下半身の安定感が上体まで伝わるから、弓を引き絞った時にも手元がブレない。
矢を引く手元も“しっくり来る感覚”を自然に体得しているのを感じる。
以前であれば弦を引く事ばかりに神経が向いていたが、今は矢の掴み方と弓を持つ妻手がブレない事を無意識のうちに注意できている。
今のように姿勢がブレなければ、滅茶苦茶な姿勢で矢を放つ事もグッと減らせる筈だ。
「ふっ!!」
ビュオッ!!……ストン!
そのまま弓を放つと、矢は見事に的を捉えた。
「よし、悪くない感じだ。」
矢を放った瞬間に手応えを感じる。
闇雲に矢を射掛けて、滅茶苦茶に放っていた頃とは天と地ほどの差がある。
……しかしここで疑問が浮かぶ、このような技術を俺自身いつの間に体得したのだろうか。
たしか、ゴブリンの群れとの戦いの時は矢を放つのが難しい馬上だったとは言え、馬やメティにも当たり兼ねないヘッポコな矢を飛ばしていた。
『ビュン!!………スカッ!』
構えも姿勢も狙いに至るまで、全ての動きが実にでたらめだった。
「俺、あの時は本当に酷かったなぁ………。」
思い返しているだけで恥ずかしくなる。
……ではいつから弓が上手くなったのだろうか?
一昨日の晩、エムバラの練習に付き合った時には既に遠くの的を狙える程度には弓が上達していた。
その間に俺が経験した事を思い出していく。
いくつか記憶を逡巡していく中で、宿屋の娘のアメリアさんやミゲルと戦闘になり、勝利した事を思い出す。
「あそこで戦闘経験を積んだから弓が上達した………いやまさか。」
あの時、期せずして戦闘の経験を積むことは出来たが、俺自身あの時は弓を一切使っていない。
戦闘をこなしたから使っていない弓まで強くなった?
いや、そんな都合のいい事があるはずはない。
これはゲームなどではないのだ。
「エムバラの弓を見ているうちにコツがわかったとか?」
あり得ない話ではない、多くの職人は最初は仕事を見て盗む所から始めるという。
型を見る、癖を見る、姿勢を見る、エムバラの弓を見ているうちに自然と弓の扱いを覚えた部分はあるかもしれない、だが………。
「でも、それだけじゃ説明がつかないくらい弓が上達していると思うんだよな、最近の俺……。」
おもむろにもう一発矢を放つ、矢は真っ直ぐに飛ぶと、ストッ!と的のほぼ中心を射抜く。
やっぱり間違いない、ほぼノータイムで矢を放ってこの精度、これはもはや弓が上手い下手の次元ではない。
何らかのきっかけでエムバラの能力の恩恵を受けているように思える。
「握手の力………もしかして他人の能力を真似られる副効果があるのか………?」
俺はいても立ってもいられずに家にメティたちの家に飛び込んだ。
「エムバラ!!」ガチャアアッッ!!
乱暴に扉を開く。
「俺と握手してく………れ?」
「うるせぇ!今取り込み中だ!!」
部屋に入ると、そこではなぜかエムバラとイブが部屋の中心で睨み合っていた。
「わかんねーヤツだな、お前の姉を追うにしても旅の資金が必要になるって言ってんだろうが。」
「……ですが、こうやって冗長に準備をしている間も、姉は人を食べて着々と力をつけているかもしれないんです。
彼女が今より強くなってしまった後では私たちで止める事は難しいと言っているんです。」
珍しく語気を強めてエムバラに食ってかかるイブ。
「ど、どうしたんだ?」
近くにいたリックに小声で訊いてみる。
「あ、ああ…イブが早く彼女の姉を追いたいと言い出したんだが、どうもエムバラの考えと食い違っているようでね……。」
リックは困惑したような表情を浮かべている。
「だから、そんな心配はないって言ってるんだよ。」
「なぜそうだと言い切れるんですか?」
イブはどこか哀しそうな目でエムバラをキッと見やる。
「それもさっき説明しただろ、ヤツはダマ先生を食うって目的の為に何ヵ月も火術研究所に忍び込んでいたからだって。
アイツは食うべきターゲットを厳選して周到に準備を進めるタイプだ。
相手が誰でも良ければわざわざリスクを犯さないで弟子の誰かを食っていた筈だ。」
言われてみれば確かにそうだ、彼女は最初からダマ先生に狙いを絞って周到に準備をしていたのだ。
「食って奪える能力の上限数は決まっているって言ったのはお前だろ?
アイツは誰彼構わず闇雲に能力を奪ってキャパシティを圧迫するような真似はしない。」
聞けば聞くほどエムバラの意見に納得してしまう。
俺がのほほんと構えている時も彼はそこまで考えていたのか…。
「ですが、もし先の失敗から見境なく相手を食べるようになっていたらどうするのですか!?」
「ハッ、ショボい能力なんていくら使えようが俺の相手じゃないね。」
「あなたは彼女を甘く見すぎです!」
「甘く見ているのはどっちだよ!!」ダァァンッ!!
エムバラが机を強かに殴り付ける。
あまりの音に耳の奥に残響が残る。
「アイツの恐ろしいほどの力、直に目にしたから慎重になってるんだろうが!!
俺は今のパーティから人死にを出すような真似はしたくないんだよ!!」
「それは…………もちろん私も同じ気持ちですが……。」
「はっ、どうだかな、それなら犠牲者を出さない為の作戦のひとつでもあるんだろうな?
当然俺には考えがある、お前はどんな作戦があるんだよ、みっつ数えるから今すぐこの場で言ってみろ!!
3、2、1、ハイ!!」
怒鳴りながらエムバラがまくし立てる。
「それは…………。」
イブは何も答えられずに黙り込む。
「それ見たことか、お前には”こうしたい“って気持ちばっかりで考えや理念が何もないんだ。
一人じゃ力任せに暴れる事しか出来ない癖に偉そうに!」
「え、エムバラ………ちょっと言い過ぎじゃないか?」
あまりの剣幕に思わずイブに助け舟を出す。
「なんだよカムド、お前もこの女の肩を持つ気か?
自分一人じゃ何も考えられない、仲間を危険に晒すことも何とも思ってないこのバカ女の事をよぉ!!」
「くっ……………!!」
イブは奥歯を噛みしめながら目に涙を浮かべている。
「お、おい……。」
「なんだぁ?反論出来なきゃ今度は泣き落としか?
考えもなく自分の為にわめいて泣いて、まるでガキだな!!」
ダッ!!
イブはひとすじ涙を流すと、そのまま身をひるがえすと、そのまま外に飛び出して行ってしまった。
「おっ、おいイブ!!」
辺りは先ほどまでの喧騒が嘘のようにシーンと静まり返る。
そのままだれひとり口を開けないでいた。
時間に直せば数秒の出来事だっただろうか。
それでもその沈黙は無限に続くかのように長く感じられた。
最初に音を発したのはミゲルだった。
「はぁ………………………。
エムバラよう、お前の意見は確かに正論だった。
だがな、僕は正直お前の事を見損なったぞ………女性に対してあのような物言いをするヤツがどこにいるよ。」
ミゲルが静かに首を横に振っている。
俺もミゲルと同じ意見だ、あれはどう考えても言い過ぎだった。
「………ああ、そうだな。」
「そうだな、じゃないだろ、今からでも謝って来い。」
「いやだね。」
「はぁっ!?」
今度はミゲルが怒鳴り声をあげる。
「俺の意見は絶対に曲げるわけにはいかん、俺が先に謝ればあの女の意見に妥協する必要が出るかもしれない。
……俺から謝るのもなんかキモいし。」
「お前なぁ………イブが心配じゃないのか?」
「ほっとけば帰ってくるだろ、どうせ行くあてもないんだ。」
エムバラはそっぽを向きながら言う、まるで子供が拗ねた時のようだ。
いつもは大人に見えるエムバラがいつになく子供っぽく見える。
「まったく…………わーったよ、俺が見に行くよ。
ケンカなんてイブも望んでいないだろうし。」
このままイブを独りにしていては可哀想だ、かといってここで彼らの話を聞いていても一向にラチがあかないだろう。
……で、あれば、俺が出向いて彼女を説得するのが一番だ。
あまり使いたくない手ではあるが、最悪は握手の力で彼女を連れ戻す事も出来る。
「カムド…………お前、やっぱりいいヤツだな………。」
ミゲルは何だか感動したような表情を浮かべている。
心なしか涙声だ。
「き、急に変なこと言うなよ!むず痒いだろ!!」
しかし、どうにも照れ臭すぎる!
俺はその場にいるのが何だか恥ずかしくなり、さっさと扉に手を掛ける。
「カムド!」
そこで不意にエムバラから呼び掛けられる。
「なんだよ、何と言われようが俺は行くからな。」
「そうじゃねぇよ!
そうじゃなくて………………すまないな、カムド。」
「ん?あ、ああ…………。」
エムバラからこんなにしおらしい言葉が来るとは思わず、逆に動揺してしまう。
口悪く言っていたが、あれはエムバラの本心ではなく皆を心配するあまりに出てしまった言葉なのだと感じた。
「はは、エムバラらしくねぇな、まぁこの件は任せてくれ。」
振り返らずに片手を振る。
大丈夫、イブならきっとエムバラの気持ちもわかってくれる、そんな気持ちを乗せて外への歩みに力を込めて進んだ。
――――――――――――――――――――――
春、雪解けの水がせせらぎとなり小川を流れる季節。
それはこの異世界でも変わらず、特にアンムルの小川は詩人にも詠まれる程に美しいと評されている…………らしい、これらは全部メティたちの受け売りだ。
そして、人は何故か悩んだり迷ったりしたときに海や川などの水の流れを見たくなるものだ。
それはこの異世界でも変わる事ではないらしい。
イブは一人、沈んだ気持ちのまま川の流れにひとり目を向けていた。
「………。」
特段、独り言を喋るわけでもなく、それでも憂いの目でうつむき加減に川を見つめる表情から容易に今の気持ちは読み取れる。
端から見れば恋に悩む女性のように映るのだろうか。
淀みなく流れ行く春の川面にただ目を向けていた。
時折、上流から流れてくる木の葉が水流にもてあそばれて、くるり、くるりと揺れ躍り、小石とぶつかり、再び下流へと流されてゆく。
その中のひとつに奇妙な形をした木の葉が混じっていることに気づく。
葉っぱ同士が折り重なり、逆さまに放物線を描いたような形の葉っぱ。
ゆらり、ゆらりとぎこちなく揺れながら、水流に乗ってぷかりぷかりと浮かんでいる。
ひとつ、ふたつ………みっつ。
イブは葉の正体が気になり、ふと目線を上げると、その先には葉を折り畳み、川へと流す動作を繰り返すカムドがいた。
「カムド………。」
呼び掛けたわけではない、自然と小さく声が洩れ出る。
しかし、カムドはそれに気付くと、イブの顔を見ながらイタズラっぽく笑った。
「久しぶりに作ったけど、どうだ?なかなかよく出来てるだろ?」
カムドはイブに向けて手の中の葉っぱを見せる。
「カムド……これは?」
「笹舟だよ、まぁ笹なんてないからそこの細長い葉っぱを使ってるんだけどさ。
だからなんかの葉っぱ舟だな。」
「なんかの葉っぱ舟………。」
「いや、テキトーだから!テキトー!なははっ。」
カムドは照れ笑いを浮かべている。
「カムド、私もそれ………やってみたいです。」
「おう!どんどんやれ!」
そういうと、カムドは近場に生えていた丈の長い草を一本引き抜き、イブに手渡した。
「説明下手だから見ながらやってくれ。」
そう言うとカムドはスッ、スッと葉っぱの端を折り畳み、中央に手で切り込みを入れていく。
「こうですか?」
「そうそう!それから………こう!」
袋状になった葉っぱの片端をもうひとつの葉の中に差し込み、引っ張り、折り畳む。
「……難しいです。」
「そうかな?出来てると思うけど……。」
イブから葉っぱを受け取ると、ちょいちょいと触り問題ない事を確認するカムド。
「うん、大丈夫。
これを反対も同じようにする。」
「わかりました。」
イブはさっきより慣れた手つきで葉を折り返し、切り込み、差し込む。
「うん、いい感じじゃん!よっしゃ、競争させようぜ!!」
「あ、えっと………。」
「あそこの大岩に先に辿り着いた方が勝ちだからな!よーいどん!」
有無をも言わせない、イブがもたついている間に俺は葉っぱ舟を川に流した。
「………もう、強引ですね。」
イブはためらいつつも手元の舟を川へと投じた。
俺が先に流した舟を追いかけるようにして川を流れていく。
「へへっ、このままリードを保てば俺の勝ちだな!」
「カムドの舟を引き寄せれば……。」
「そういう無粋な真似はダメだぞー!
………って、のおぉぉっ!?」
カムドが何事か声を上げて目線を川に戻すと、彼の舟は岩場地帯に出来た水の渦に巻き込まれてグルグル回った後、岩壁にぶち当たって推進力を失った。
「ああーっ、俺の舟がぁ~~!」
そうこうしているうちにイブの舟は脇をすり抜けて行くと、目標の岩に先に辿り着いた。
「あー、くそっ!イブの勝ちかー!!もう一回やろうぜ!」
カムドは頭を掻きむしりながら少しだけ悔しそうにしている。
「………ちょっと待っててください。」
「ん?」
見ると、イブは川に流した舟を引き寄せ、手元へと取り戻していた。
「どうしたんだ?また新しいのを作れば…。」
「いえ、これがいいんです。私が初めて作ったもの、これじゃなきゃダメなんです。」
イブは赤ん坊でも抱きかかえるかのように舟を優しく持つと、慈しむような眼差しを送る。
「ふーん、そういうもんか。」
カムドは不思議そうな顔をしながら頭の後ろで手を組む。
「カムドにも……大事なものはありませんでしたか?」
「あー、子供の頃はお気に入りの怪獣の人形とか持ってたなぁ。」
「私にとってはこれが宝物なんです…友人とこうして遊ぶなんて初めてですから……。」
「宝物ねぇ、でもオモチャって気付いたらなくなってたり壊れたりするもんだ。
あんまり大事にし過ぎても仕方ないと思うぞ。」
カムドはどこか寂しそうな表情を浮かべている。
「カムドの宝物……なくなってしまったんですか?」
「俺の宝物?そう言えばどうなったんだっけ…………。」
カムドは記憶を巡らす、幼少の頃とても大切にしていた特撮ヒーローのソフビ人形、どうなったんだ?
子供の頃、誕生日に買ってもらったものだった筈だ…。
なんだか頭の中がモヤモヤする。
………。
『……………ゅ……や!!何度………たらわ……の!片……な……い!!じゅ………!
片付けないなら捨てるよ!!』
『やめて!やめてよお母さん!!』
………。
「あ…………。」
カムドは呆然とした表情のまま、頭を抱え涙を浮かべていた。
「……なんだろう、今の。」
「カムド?カムド!
………どうかしましたか?顔色が悪いです。」
「あ、ああ………悪い、なんか頭痛くて。」
「カムド!帰りましょう!」
「あ、う……ん……、エムバラがイブの事心配してたよ……。」
「そんなのどうでもいい!カムド、今はあなたが!あなたです!」
「はは……なんだそりゃ…………。
あ……やべ…頭いてぇな………。」
「歩けますか?捕まって!」
イブがカムドに手を貸す。
カムドはフラフラとよろめきながらイブの手を申し訳なさそうに握った。
「ああ………ごめん、悩んでたのはイブの方なのに………情けねぇ。」
「いいから、来て。」
イブの心配をしてここまで来たのに、今や逆にカムドの方が介抱されている…。
なんだか、情けないやら恥ずかしいやら。
カムドは申し訳ない気持ちでイブをチラリと見やると彼女もうっすらと涙を浮かべていた。
「イブ……お前……。」
泣いているのか?
彼女の心配そうな、真剣な眼差しを見た後ではとても二の句を継ぐ気にはならなかった。
きっと彼女の手を取ったから、今の情けない気持ちが彼女にも伝搬したのだろう。
カムドはそう納得してイブの肩にもたれるようにして帰り道を歩いて行った。
―――――――――――――――――――――――
頭の芯が熱を持ち、意識が朦朧としている。
ふと気付くと俺はメティの診療所のベッドに横たわっていた。
「頭いてぇ………。」
まだ頭の奥にかすかに鈍痛が残っているのを感じ、なんとなく顔を右手で覆う。
「あっ!カムド!気付いたんだね!!」
「メティ……。
ごめん、心配かけたよな?」
頭に濡れた手拭いが置いてある、きっとメティが看病してくれたんだろう。
「何言ってんの!無事そうで良かったよ……。」
熱を測るためだろうか、額にそっとメティの手が添えられる。
優しい感触と、うっすらとハーブのような香りが鼻まで届く。
まだ判然としない頭であの後の事を思い出す。
あの後イブに連れられて倒れるように診療所になだれ込んだところまでは覚えている。
「メティにはいつも助けられてばっかりだな…。」
本当ならメティを助けてカッコいい所も見せたいのに。
「一応病人なんだから、余計な事考えないで治すことに集中しなよ?」
「お、大げさだよ、大丈…………。」
「それを判断するのは医者の役目だよ!」
口もとに人差し指が添えられ、口を塞がれる。
口答えは許さないって事だろうか。
「わ、わかったよ。」
「よろしい!」
「ったく、メティにはかなわねーよな。」
互いに見つめ合って苦笑する。
そうこうしていると、診療所の入り口がガチャリと開いた。
「カムド!もう大丈夫なのか?」
声の方を見やると、手前からミゲル、イブ、リックが並び、いずれも心配そうな顔を浮かべてこちらを見てくる。
「大丈夫ですか、カムド?」
「あ、うん、もう平気だ、ありがとうイブ。」
「おーい、僕も心配したんだからなー!!」
「わーったって!ミゲルもリックもみんなありがとう!!」
「うふふ……。」
その様子を見てイブが微笑する。
「そうだ!俺なんかよりイブはエムバラと仲直り出来たのか?」
「ええ、まぁ…。」
「誰かさんが倒れたから、それどこじゃなくなっちゃってたけどな、あはは。」
「そ、そりゃ悪かったな。」
ミゲルがからかいっぽく冗談を飛ばしてくるが、こちらとしては本気に受け取ってしまう。
「私の事などより、カムド、あなたの方が大事です、あなたに何かあってはメティに顔向け出来ません。」
「メティにって、なんでだ?」
イブの発言に思わずきょとんとした表情を浮かべてしまう。
「なんでって………。」
「はぁ~~、カマトトぶってさぁ、僕はカムドのそういうとこは嫌いだな。」
「は、はぁ?な、なんの事だよ!!」
「いや、さすがに今のは私も白々しく感じたなぁ。」
「リ、リックまでなんだよ!!」
皆して責め立ててくる。
一体俺が何をしたって言うんだ!
「め、メティ!みんながなんかおかしいんだけど、お前からも何か言ってやってくれよ!!」
いたたまれなくなり、思わずメティに助け船を求める。
「…………。」
「め、メティ……?」
しかしメティはうつむきながら赤面している。
「カムドくん、メティは君の事を寝ずに看病したんだ、君が男なら何故かわかるだろ?」
「い、医者だからだろ!?メティはすげぇと思うけどさ………。」
そりゃ何となく意味はわかるけど……。
公衆の面前で大っぴらにそれを認めるようなこっ恥ずかしい真似はできないだろ!!
「あーもう、カムドのバカタレ!メティアナさん、こんなヤツの事もう捨てて今からでも僕の……!」
「カムド、朴念仁も程ほどにしないと軽蔑されますよ。」
「だーっ!!うるせっ!うるせっ!病み上がりの人間はいたわらんかい!!」
非難轟々、あちこちから文句の声が上がり、思わず怒鳴り返す。
そんな声で部屋が満たされていたが……。
バアアアァァァン!
「たのもーーー!!」
喧騒を破るように突然扉が開け放たれる。
誰もが何事かと音の方を振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
俺と同じくらいの年齢だろうか、少し小柄だが、金髪で目つきの鋭い気の強そうな女性だ。
「えっ、カララ!どうしてこんなところに!」
メティは驚きの声を上げる。
「知り合いか?」
「カララ……、どこかで……。」
ミゲルは小首を傾げて何かを思い出している。
「メティ先輩!聞きましたよ、異世界人とつるんでるんですって!?」
「ど、どうしてそんな…。」
「やっぱり!!悪いですけど私、異世界人とメティ先輩を引き離しに来ました。」
「えっ、ええええーーっ!?」
「なんだ、あいつ……?」
突如現れたカララと呼ばれた少女、彼女は一体何者なのか。
俺たちパーティに何やらもうひと波乱ありそうだ……。
第十五話 完
また少し投稿空いてしまいました。
今回は書きかけのを二度消して書き直しました。
楽しみにしていた方いるのかはわかりませんが、いたらごめんなさい、です。
まず私のスタンスとして、書きたいシーンがいくつもあって、そのシーンの点と点を線で繋いでいく為に付属の物語も出来ていくという作り方をしています。
でもずっと書きたいと思っているシーンも、いざ書いてみたらクッソつまらないなぁと思う事も結構あります。
今回なんかはシーンが二つも没になって、なぜか笹舟のエピソードが出てきました。
苦しみましたが、まぁまぁ良さげなエピソードが作れたので個人的には満足です。
実は当初は、物作りの描写をもっと細かく入れたいとは思っていたのです。
でも、苛性ソーダでの石鹸作りもミツロウキャンドルも実際に作った事なんかないので、最終的にはメティやエムバラのようにわかる人たちに勝手に作ってもらうのが良いのかな、となりました。
実際の製法と逸脱する作り方をどや顔で書いて、結果陳腐な描写になんてなったら、読む側も作る側も苦痛ですからね。
あとは、身も蓋もないこと言うと、先週末ちょうど何とかDASHで石鹸を作っていたので、文字見るよりはこっちを見た方が面白いなって(汗)
みんなで鉄腕なんとかを見ましょう。
でも不思議なのが、じゃあ戦闘や魔法の描写が難しいのかというと、ゲーム、アニメ、漫画、場合によっては映画や演劇で結構戦闘シーンを見てるので我ながらそういう描写は出来ているのかな、と感じています。
もちろん拙作には変わりないのでご指摘ツッコミ添削などは引き続き募集しています、どんどんお願いします。
戦闘は作品の華です、そこが微妙だったらその作品も微妙と言われても仕方ないですからね。
早く戦闘シーンが書きたいよう!
長くなりましたが、それではまた。




