第十三話 団欒(だんらん)、アンムル村にて
あらすじ
異世界への転移が常識となった未来の話。
転移に憧れた少年が移った異世界は“打ち捨てられた世界”と呼ばれる過酷な大地だった。
転移先で記憶の一部と名前を失った少年は、いつしか自らの事をカムドと名乗るようになる。
異世界で助けてくれた兄妹と行動を共にしていたある日、彼らの恩人が謎の女性に殺害され、彼らは仇討ちを決意するのだった。
握手した相手に“共感”を与える能力と共に、少年は打ち捨てられた世界を駆ける!!
登場人物
カムド(主人公)
異世界に憧れ、異世界に誘われた少年。
自らの記憶を失い、カムドと名乗る。
不器用で純朴な少年だったが、段々と異世界への生活に順応してきている。
上に篤く、非常に涙もろい。
握手した相手に“共感”を与える能力を持っている。
メティアナ
辺境に住まう兄妹の妹、あだ名はメティ。
非常に優秀な医者ではあるのだが、やや優柔不断で若さも見せる。
美しい赤髪をしており周辺の村ではその美貌も評判の才色兼備。
身内に粗暴な面を見せる欠点を除けば完璧。
イブ
謎多き銀髪の女性、洋館に閉じ込められて過ごしていた。
彼女の姉が兄妹の恩人を殺した犯人。
相手を食らうことでその能力を奪えるという。
冷徹で頭のキレる人物ではあるのだが、幼い少女のような姿も垣間見せる。
華奢な見た目からは信じられない程の身体能力を持っており、物体をすぐ近くまで引寄せる“引寄せの能力”を持っている事だけわかっている。
エムバラ
辺境に住まう兄妹の兄、現地読みでは“ンバラ”が正確な発音らしい。
狩人としても職人としても一流のウデを持っているのだが、才能故に不遜な態度を見せる事も。
頼りになる兄貴分だが、非常に口が悪い。
放った矢が相手を追いかける能力を持っている。
ミゲル
火術使いの魔導師、金髪の美少年。
その年齢にしては恐ろしい程の魔力を秘めている。
幼くして両親を地球人に惨殺された過去を持ち、地球人に対して深い憎しみを抱いていた。
メティに憧れと恋心を持っており、周囲からは呆れと哀れみの入り交じった視線を向けられている。
リック
リチャード・ハーパー、地球・アメリカ出身。
理知的で分析力に長けており、カムド一行の潤滑油的な存在。
オッサンと呼ばれる事を嫌っているようだが、オッサンに片足突っ込んだ年齢であることは否めない。
物事を瞬間的に記憶する能力を持っている。
ガラガラガラガラ…。
馬車に揺られる事丸一日、未だにアンムル村は見えて来ない。
「カムドー、アンムルはまだなのかー?僕もう運転飽きたよー!」
手綱を持っているミゲルから泣き言が聞こえてくる。
「いや、おっかしいな、そろそろ着いてもいい頃なんだけど。」
このギルギルという生き物、ともかく足が遅い。
走るよりは多少は早いのだろうが、馬と並走するとどうしてもその遅さを痛感せざるを得ない。
今後も移動はこのギルギル馬車を使って行くのだろうか…それならばこの遅さは課題だろう。
異世界で俺と握手! 第十三話【団欒、アンムル村にて】
「到着…………。」
ミゲルの生気の抜けたような声が響く。
俺たちを乗せたギルギルの馬車はようやくアンムルに到着したのだ。
「お疲れ様ミゲルくん、大変だっただろう?」
「ふぁい……。」
ミゲルはリックからの労いの言葉にもどこか上の空で応じている。
「ミゲル、メティたちの診療所はもうちょっと先だった気がするぞ。」
「わかってる…。」
ミゲルも途中休む事なく馬車を操縦し続けて疲れているのだろう。
俺やリックが代わってやれればもう少し楽をさせてやれたんだろうか。
……。
後れ馳せながら、俺たちもメティの診療所の前にようやく到着した。
「あっ、お兄ちゃん!帰ってきたのー?」
何日ぶりだろうか、アンムルの元気幼女、ことリーリアから声が掛かる。
こちらに向かってブンブンと手を振る仕草がなんとも可愛らしい。
「おっ、リーリア!元気してたか?」
「うん、リーリアはいつも元気だよー!!今日はお客さんいっぱいだねー!」
彼女の元気な声に道中の疲れを忘れる。
「メティお姉ちゃんがゴハン作って待ってるってさー!」
「カムド!リック!もたもたしてないで降りろ!!
メティアナさんのごはんだ!!!」ガバァッ!
さっきまで死にかけのような表情をしていたミゲルに突然生気が戻る。
「そう言うとこわかりやすいなー、お前。」
―――――――――――――――――――――――
カチャリ、ギィィッ!
「ただいまー。」
「「お邪魔します。」」
「あ、カムドたちもようやく来たみたいだね、随分遅かったんだねー。」
一階の居間に入ると、奥の台所でメティが料理をしていた。
手前の居間兼問診所のテーブルの辺りをイブが物珍しそうに往復し、辺りを見回していた。
「あれ、エムバラは?」
「馬を返しに行ってるよ。
あっ、ごめーん、もうちょっとで完成するから、料理が終わるまでその辺でくつろいでてー!」
「わかった。」
俺は中央の卓の前に腰掛けると、リックも真似るようにして座った。
「メティ、失礼するよ。」
「どうぞー、大したお構いもできないけど。」
俺たちが座っている脇でミゲルはそわそわと落ち着かない。
「あっ、あの……メティアナさん、何かお手伝いする事は……。」
「ありがとう、でもお客さんはゆっくりしててよ。」
「あっ、うっ、はい……!」
ミゲルはまた卓の近くに戻って来るとそわそわ、そわそわとテーブルの周りをウロウロする。
そわそわ………そわそわ………。
時折台所を見ては、ウロウロ……そわそわ……。
窓の外を見て「はぁ……。」とため息をついては、ウロウロ……そわそわ………。
「だぁーーーーっ!鬱陶しいわ!!」
「だ、だって!」
「だってじゃねぇ!!」
ミゲルは慣れない環境のせいでどうにも落ち着かない様子だ。
「おい、ガキ二人、暇してるならちょっと来いや。」
丁度その時、ドアが開きエムバラが部屋の中に入ってきた。
「ガキ二人って…。」
「ひょっとして僕たちの事か?」
「他に誰がいるんだよ、ジャリガキ一号二号。」
この世界の成人年齢はよくわからないけど、自分だってまだ19そこらの癖に。
釈然としない気分ではあるが、何か言い返せばロクでもないリアクションが帰ってくるのは明らかだ。
ここは話に乗っかるフリをしてエムバラの出方に対し探りを入れてみよう。
「何するんだ?」
「薪集めだ。」
「薪ならたくさんあるだろ?」
「それじゃない薪が必要なんだよ、いいから来な。」
「あっ……、おい!」
結局ロクに説明もなくエムバラに袖を引かれ、俺も咄嗟にミゲルの襟首にしがみつく。
「ひょぐっ!?」
ミゲルは意表を突かれ、聞いたこともない悲鳴をあげながら後方へと引っ張られる。
「やめっ、はなせっ!!首が絞まってるから!」
「ええい、道連れじゃあ!」
「わかった!行くよ、行くから放してくれっ!!」
悪あがきもむなしく、俺とミゲルは強風に煽られる凧のようにジタバタと暴れながら外へと引きずられて行った。
―――――――――――――――――――――――
「ここだ。」
木の前までたどり着いた所でようやくエムバラが袖を放す。
見上げるとそこは針葉樹の林だった。
「あぁ、これ松林か。」
小さい頃よくこれの葉っぱを引っ張りあって松葉相撲をしたり、松ぼっくりを探して遊んだ覚えがある。
「松林?」
ミゲルは首をかしげる。
「術師様はこんなもんも知らないのか、タイマツの材料に使われる木だよ。」
そう言えばオークゾンビと戦った時にタイマツを使ってたっけか、少し前の事なのにとても昔の事のように感じる。
「ふ、ふん!僕ら火術師がそんな野蛮な道具を使うわけがないじゃないか!
照明が欲しければ呪文を唱えるさ!!」
「あぁそうかよ。」
エムバラはミゲルに取り合わず足元の枝を物色している。
「こういうのだ、まだ湿気があってずっしりしてる枝だけ探せ。
こういうカラカラのは着火に使う分だけあればいい。」
「わかった。」
俺もエムバラに続き、枝を選別しては次々にカゴへと投げ入れる。
「………お、おい。」
「あ?」
「ぼ、僕は何をしたらいい?」
「ちょっと見ればわかんだろ、ボーッと突っ立ちに来たのか?」
「な、なめるなよ!!僕だってそのくらいできるさ!!」
ミゲルはムキになり、闇雲に枝をカゴに投げ込み出した。
「バカ野郎、変なもん混ぜてんじゃねぇ!松の枝だけでいいっつーの!!」
「なっ、どっ、どれの事だ!?カムドォ…!」
ミゲルが捨てられた子犬のような目でこちらを見てくる。
「これ、このウロコみたいなヒビが入ってるみたいな柄の枝。」
「よしっ、これだな!どうだエムバラ!」
ミゲルが自慢気な表情で大きめの松の枝をエムバラに見せる。
「だからカラカラのヤツばっかり要らねぇつってんだろうが!!」
すぐさまその枝も投げ捨てられる。
「カムドォ…!小姑みたいのにいぢめられるよぉ!」
「あー、うん…………慣れろ。」
「誰が小姑じゃい!!」
――――――――――――――――――――――
一方その頃――。
「何か珍しいものはあったかい?」
リックが辺りを物珍しそうに眺めているイブに声を掛ける。
「はい、私は館の中の世界以外はほとんど知りません。
ですから、外の世界は見るもの全てが新鮮です。」
「ははっ、そいつはいいね、僕は逆に見聞きした物を忘れられない体質だから、段々関心の幅が狭くなってきているんだ。
だから君の事が凄く羨ましいな。」
「そういうものなのでしょうか?」
イブがリックを真っ直ぐ見据えながら小首をかしげている。
「実は私の能力のひとつに、遠くの物音を聞く力があるんです。」
イブがリックに向かって語り掛ける。
「へぇ、ラジオみたいだね、さながら異世界FMといった所だ。」
「らじお?」
「そうだよ、僕らの世界では人の話や音楽を聴ける箱があったのさ。」
「とても似ていますね、その、らじお。」
イブが僅かに微笑む。
「外の音を聞けるので、花の美しさや小川のせせらぎが心を癒すものだと言うことは人の声を通して耳では知っていたのです。
……ですが、実際に見てみて初めてその言葉の真意がわかりました。
外の世界はこんなにも広く、こんなにも美しく、でもこんなにも不安をも掻き立てるものなのだと。」
リックはアゴに手を当てて天井をぼんやり眺める。
「イブのように強い人でも不安になることはあるんだね。」
「ええ、外の世界が不安だからこそ…人は寄り添うのだと思います。」
「きっとそうだね、そしてきっと寄り添える相手を失った人は心に影が生まれるんだ。」
リックが何かを思い出すように遠くに目をやる。
きっと、ダマ先生やそれ以前の過去の事を思い起こしているのだろう。
それを見て、イブは不意に心細そうな表情を浮かべる。
「………リックは…リックはいなくなったりしないですか?」
「そうだね、皆といるのは楽しいし、私もそうありたいとは願っている…でもきっとそれは神様しかわからない事なんだよ……。」
イブはリックの言葉を聞き終えるとキュッと唇を噛みしめ、台所のメティの所に駆け寄り後ろから抱きついた。
トタトタ……ギュッ!!
「きゃっ!?ちょっと、どうしたのイブ!」
メティは突然の出来事に慌てる。
「メティは……いなくなったりしないですよね……?」
「何言ってるのイブ、私はここにいるでしょ?」
イブは黙ってふるふると首を横に振っている。
「ちょっと……もう、困ったなぁ、何かあった?」
「メティは……メティはいなくならないでください………。」
「うん、大丈夫だよ、ここにいるから。」
メティは困ったような笑顔を浮かべたまま、イブが落ち着くまで優しく腕をポンポンと叩く。
「人がどうなるかなんて、きっと神様しかわからない。」
リックは二人を眺めながら、誰に話すでもなく小さく繰り返した……。
――――――――――――――――――――――
「メティアナさん、ただいま戻りましたっっ!」
「おいこらミゲル、家主より早く家に入るな!」ビシッビシッ!
「いて、いてっ!やめろ、人様の尻を叩くんじゃない!!」
「おーい、中に入れないじゃないか。」
エムバラとミゲルが家の前でワチャつくものだから中々家に入れない。
「あっ、みんなおかえりー!」
「はははっ、君たちは元気だねー。」
「くぅー!家に帰るとメティアナさんの手料理が迎えてくれる、なんて満ち足りて幸せな生活なんだろう!」
ミゲルは大げさなジェスチャーを取りながら入り口で喜びを表現している。
だがコイツがこれをやっている限り俺たちは永久に家には入れない。
「うるせぇ、邪魔だっ!!」ズビシッ!ドカッ!
「入れないだろうが!」ベシズト!バシズドォ!
「痛い痛いっ!尻を叩くな、割れたらどうする!!」
「あっ、あはは…。」
メティは渇いた愛想笑いを浮かべている。
………。
夕飯は芋の塩ゆでとベーコンサラダ、小麦粉と塩と野菜を練り込んで焼いたお好み焼きのような料理だった。
「うげっ、これってゴブリンベーコン……?」
「うん……あんまり売れなかったみたいだから在庫処分、大丈夫?」
「いや、もう色々と慣れたよ。」
俺とメティは互いに苦笑いを交わす。
「結構うまそうじゃん、っただきー!」
「兄ィ、家での食事くらいちゃんとお祈りしてからにして。」
「わーってるよ、サクッと済ませて早く食おうぜ。」
エムバラが急かすので俺たちも皆で両手を組み合わせてお祈りの手を作る。
イブも見よう見まねで手を合わせていた。
「収穫を大地の神様に感謝いたします、また、多くのお客様をお招き出来た事を宴の神様に感謝いたします。
いただきます。」
「「「いただきます!!」」」
「さぁ、明日からの仕事に向けてじゃんじゃか食えよー!!」
明日からの仕事………?
何やらエムバラが不穏な事を口走った気がするが、その場は何も聞こえなかった風を装い食事を済ませるのだった。
――――――――――――――――――――――
「さて、今日の仕事について話すか。」
「いや、いきなりなんなんだよ。」
翌朝、朝食後の事だった。
何の前振りもなく、エムバラが唐突に仕事の話をはじめる。
「今後、ダマ先生の仇を追う為には絶対に遠征費が必要になってくる、6人だぞ?
何日掛けで追うことになるかも知れない、食事代宿代だけでいくら掛かると思ってる?」
「それはまぁ確かにそうかもしれないけど……。」
「そしてカムドとミゲル、あとそこの白髪女、お前らには現在ツケがある。」
「………ツケ??」
「借金だよ、借金。」
思わずキョトンとした表情になる。
「ミゲルと白髪女は4万ビーツだ。」
「白髪女って私の事でしょうか?なんかイヤです。」
イブは珍しく少しむくれている。
「カムド、お前のツケ分は40万ビーツだ。」
「は??いや、ちょっと待ってくれ、なんだその金額は!?
まったく身に覚えがないんだが!?」
思わず身ぶりもオーバーアクションになる。
「治療費、薬代で約28万ビーツ、宿泊費・宿代の立て替えで5万ビーツ、食事代3万ビーツ、武器代衣服代で4万ビーツ、その他・移動費や雑費は………ええい、出血大サービスで特別に値引いてやる!
そうすると、ざっくり40万ビーツ……これでも格安だと思うぜ。」
「出たよ守銭奴ンバラ……この辺じゃコイツのドケチは有名なんだ…。」
ミゲルがそっと耳打ちしてくる。
40万ビーツっていうと………出店の食事が100ビーツ、宿の食事が300ビーツ、草刈りナタが800ビーツ、宿が一泊1000ビーツ………。
単純計算でナタが500本買えて、レヴィナに400泊できる計算になる。
「た、たっかあぁぁ!!高過ぎるだろ!!」
「高くねぇよ、お前が昏倒中に使った薬、揃えるのに一体どれくらいの金と労力と時間を使ったと思ってるんだよ。
化膿止め、解熱剤、痛み止め、消毒液、同じだけのものを用意するのに一体いくらすると思ってやがる。」
「うっ、それは……。」
エムバラの言っている事も一理あるのかも知れない。
俺は薬の相場なんてわからないが、同じ治療を受けるのにもっと金が掛かってもおかしくない事だけは予想がつく。
「ちょっと兄ィ、やっぱりやめようよ……。」
メティは後ろめたそうな表情を浮かべてエムバラを止める。
「いいかメティ、お前もプロの医者なら仕事をしたらその分の金はもらえ、労力や準備への当然の対価だ。
俺はお前の医者としてのウデは一流だと思っているが、心構えの部分でまだまだ二流だとも思っている。
医者であれ職人であれ、金がなければプロとして継続的に良い仕事なんてできないんだ、必要経費は絶対にもらえ。」
段々頭が冷静さを取り戻し始める。
確かに彼女たちには助けてもらって、怪我の手当てをしてもらって、身の回りの世話や自立の為の支援をしてもらった。
その分の費用を払うのは彼女たちに対する当然の恩返しなのかもしれない。
でも40万はちょっと高いなぁ………。
「何も一括で払えなんて言ってない、俺たちの仕事を手伝いながらちょっとずつ返していけばいい。
あとは資金調達のアテもある、白磁作りもまとまった金を手にいれる為の前段階だ。」
「ああ……そういえばそんなものも…。」
なるほど、すっかり忘れていたが、あの焼き物作りには儲け話の準備の意味があったのか。
「お前らには今後、行商の手伝いをしてもらう、今日の仕事はその為の準備第一段階だ。」
「仕事はわかったけど、何をするんだ?」
「ふっふっふ、知りたいかね?」
エムバラはもったいつけた口調でタメを作っている。
「いいから教えろよ。」
「それは…ハチミツ集めさ!」
――――――――――――――――――――――――
「なぁ、ハチミツ集めってこんな格好するのか?」
俺たちは竹で編んだカゴのような被り物と、竹製の鎖かたびらのような鎧と、木製の手甲入りの手袋のサイズを確認している、狩りの際にはこれに更に毛皮を着込むらしい。
まるでこれから合戦に行くかのような格好だ。
「あのー、エムバラさん。」
「なんだ?」
「俺たち、合戦の準備してるんだっけ?」
「お前らの世界ではどうか知らないが、俺たちが相手するのはキラービーだ、大きいやつは手のひらくらいのサイズのもいる。」
「なんじゃそりゃ、オオスズメバチかよ!」
どうりで大仰な準備をしているはずだ。
実態を知った後はむしろこの程度の装備で大丈夫なのかと不安にさえなってくる。
「なんか心配になってきたな…。」
「ガクガクガクガク……どどどどうしたカカカカムド、ぼぼぼぼぼ僕はぜぜぜぜんぜんぜんここ怖くなんかないぞ!!」
「ダウト!!」
歯の根が合っていないぞミゲル。
キラービーと呼ばれるヤツらはそんなにヤバイのだろうか。
「まぁ心配すんな、ちゃんと準備さえしておけばちょっと痛い程度で済む筈だ。」
「……でも前に人死にも出るとか聞いたような…。」
「ひいぃっー!!?ぼ、僕おしっこ!!」
「…は、さっき行ってただろ。」
逃げ出そうとしているミゲルの首根っこがガッシリとエムバラに掴まれる。
「いやだあああああ!僕はまだ死にたくないいいいい!!」
「死なねぇよ、人間ってのは意外と丈夫に出来てんだ。
ツケの分もしっかり働け。」
「やめろおお!僕を君たちみたいな野蛮人と一緒にしないでくれよおおお!!うええぇーーん!!」
「ほーれほれ、成功したらハチミツたっぷりのパンを腹いっぱい食わせてやるから、観念してこっちに来い!!」
泣き叫ぶミゲルをエムバラが無理やり引きずっていく。
その様子を見ていると何だかこっちまで不安を煽られる。
「どうしよう、なんかスゲーこわくなってきた……。」
不安が震えとなってブルブルと足を伝う。
「カムド、大丈夫?」
「あ、ああ……メティ、見られてた?かっこわりーな、ヘヘヘ……。」
思わず照れ隠しで鼻の下をこする。
「本当に無理そうだったら遠くで手伝いだけしてくれればいいからね?
その時は私と兄ィだけで取ってくるから。」
誰が?メティたちだけで?
何を?キラービーの巣を?
「ばっ!!冗談だろ!これは武者震いだ!
ぜーんぶ俺が取ってくるからメティこそ後ろで見てろ!!………危ない事は俺に任せてりゃいいんだ。」
思わず見え見えの虚勢を張ってしまう。
きっとやせ我慢だと言うことは見透かされているだろうに……。
ああ、なんか余計恥ずかしくなってきた。
「ふ~~~ん。」
「な、なんだよ、さっさと行くぞ!!」
メティが後ろから俺の顔を凝視してくる。
さっさと他の話題に移ってくれないだろうか…。
「えいっ!!」ワシャワシャ!
「のわっ!?」
突然メティに後頭部をガシガシと撫でられる。
「偉いぞ、それでこそ男の子だ!頼りにしてるからね♪」
「やっ、やめ……!」
照れ臭いがそう悪い気分ではない。
振り払うのも何だか変だからなされるままに身を任せていると……。
「うーんいいねー、ティネジラバーだねー、青春してるねー。」
「きゃっ!?」
「うっ、うわぁっ!!リック!!いつからそこに!?」
後ろから突然リックの声が響く。
リックの後ろからイブもひょっこり顔を出すと、目を丸くして俺とメティを交互に見つめてくる。
「いつって、ずっといたんだけどなぁ。」
「リック、メティのあんなに嬉しそうな顔、初めてみました。」
「うん、あれが愛だよ……いいよねー、愛。」
「ちょっと……!」
「あれが…………愛?」
「だーーーっ!うるさい、今の全部ナシ!!」
覆水盆に返らず、ナシと叫ぼうが一部始終見られてしまったのだからもうどうしようもない。
照れ隠しするだけ恥ずかしさが募る、まるで晒し者になっている気分だ……。
メティの方を振り向くと彼女もリンゴのように頬を真っ赤に染めて恥ずかしがっているようだった。
くそう、この鬱憤は全部ハチミツ集めにぶつけてやる!
お陰さまで恐怖はすっかり吹き飛んだが、代わりに今まで感じたことのない種類の妙なテンションが身体を満たしていた。
――――――――――――――――――――――
――――ブブブブブブブ。
無機的な羽音が周囲に響いている。
ちょうど携帯電話のバイブレーターが何かとぶつかって擦れている時のような音だ。
「見ればわかるとは思うが、あれがキラービーだ。」
花々の中をいくつもの羽音が軽快に飛び交っている。
噂のキラービーは俺が想像していたものよりも更にひとまわり大きなサイズだった。
「いや、でかくね?」
「そりゃでかいだろうな、キラービーだし。」
エムバラが事もなげに言い放つ。
「本当にやる気なのか?」
「やる気じゃなきゃわざわざミツオイバナの群生地に来たりしないだろ。」
白い花たちはこちらの憂鬱さなど知るよしもなく、風にそよがれ心地よさそうに踊る。
ミツオイバナ、道中で聞いたがハチたちが特に好む芳香を放つらしく、ミツバチの巣を探すならミツオイバナを探せと言われたのがこの花の語源だそうだ。
確かに、風に花がなびく度に鼻孔をくすぐる甘い香りがこちらまで届く。
キラービーたちの黒みがかった体は白い花弁に重なるとその姿がはっきりとわかる。
「……で、どうするんだよ、まさか目視して追っていくのか?」
「そんな面倒な事は俺もごめんだ……さて、すばしっこいやつらを追っていくのは大変だ…。
さぁ、巣を探すにはどうしたらいいかな?」
エムバラが勿体つけた口調で話す。
何やら目も笑っている。
「………矢で探すんだろ、なに勿体ぶってんだ。」
「おおっと、今日も俺様大活躍ってわけかぁ~~~、かぁ~っ!才能がありすぎるってのも大変だなぁ~~~!!」
全身を反り返らせながらエムバラが威張り散らしている。
こういうのさえなければ頼りになるヤツなんだけどなぁ。
「なにやってんのさ兄ィ、バカやってないでパッパと済まそうよ。」
「違うだろぉ?キラービーの巣を探してください、頼れる素敵なお兄様ぁぁ!だろぉぅ?」
「ミゲルくん、軽く燃やしてやって。」
「承知。」
メティの合図でミゲルがパチパチッと火の粉をエムバラに飛ばす。
「あちちっ!!……ば、バカ野郎!本当に燃やすヤツがあるか!!」
エムバラは取り乱しながらパタパタと火の粉を払う。
「ぷははっ!なにやってんだよ。」
狙ってやっているわけではないのだろうが、なんだか今のやりとりで肩に入っていた無駄な力が抜けていく。
………。
俺たちはエムバラの矢の後を追って森の中へと歩を進めていく。
あれほど大きかったキラービーも、いざ森に紛れてしまうと意外と姿を探すのは難しいものだ。
「おかしいな、矢はこっちの方に来てた気がしたんだけど……エムバラ、次の矢は?」
エムバラに次の矢を催促すると……。
「しっ………!」
エムバラが真剣な表情で静かにするよう呼びかけてくる。
「ど、どうしたんだ……?」
小声で尋ねる。
「見ろよ、あんな所にある…。」
「えっ、どこだ……?」
エムバラの指差す方を見る、木々の間、上方の枝の所だろうか…俺にはよく見えない。
かわりにハチたちの羽音がかすかに鳴っているのがわかる。
「あっ、ホントだ……結構高いとこにいるね。」
「ダメだ、ぜんぜんわからねぇ……。」
「あの感じだと巣が木に食い込んでそうだ……こりゃ相当デカイな。」
依然俺にはハチの巣なんて見えないが、エムバラの反応を聞く限りではかなり大きな巣があるようだ。
「あそこまで登るのは危険だな、矢で打ち落とすか……?
いや、それだと拾いに行くときに取り囲まれて危険か……。」
エムバラが一人思案をしていると……。
「回収は彼女に……イブに任せてはどうかな?」
リックが提案する
「白髪女にぃぃ~~?」
エムバラはかなり嫌そうな顔をする。
そこまで邪険にしなくてもいいだろうに…。
「引き寄せか………いや、アリだな、それ採用。」
だが、案外あっさりとリックのアイデアが採用される。
「俺が巣を打ち落とすから白髪女………お前は巣だけ回収しろ、出来るか?」
「はい、目視できる所へ落として頂けるなら、後は私が引き寄せます。」
「決まりだ。」
話終えると、エムバラは背負っていた荷物の中から松の枝葉を束ねて中に詰めた網を取り出す。
「メティとリックのオッサンは離れたとこに馬車を出せる用意をしててくれ。
手始めにミゲルはコイツに火をつけろ、火がついたとこで俺はコイツを巣の脇に二個ぶち込む。
煙が効いてきた所で巣を打ち落とすから、手早く引き寄せろ。」
あれ、俺の名前呼ばれたか?
「ち、ちょっと待て、俺は何をしたらいいんだ!?
横で応援してたらいいのか?」
「んなわけあるか!!お前はミゲルと一緒に寄ってくるハチどもを払え。
…どれも大事な仕事だが、キラービーに刺されるも刺されないもお前らに懸かってる……ともいえる、まぁ抜かるなよ。」
「…ま、任せとけ!」
俺がしっかりしないとパーティーが刺されるかもしれない…!
地味な仕事だが責任は重大だ、俺はナタを持つ手に改めて力を込め、自らを奮い立たせるのだった。
第十三話 完
どうも、醍醐郞です。
たまに表記揺れで朗にもなったりします醍醐郞です。
なんとか一週間空けることなく次話投稿に漕ぎ着けられて良かったです。
当初、このキラービーのエピソードは最序盤に持ってくるか悩んでいました、なんならオークゾンビの所でハチミツ集めでも良いかなーとも考えていたわけです。
ですが、ミゲル………彼に見せ場を作ってあげたい気持ちからこのタイミングとなりました。
ミゲルには期待してます、カムドにとって、ダイの○冒険のポップのような理想の相棒に育ってくれる事を願っています。
いや、ハードル高すぎか…。
個人的な見解では、魅力的な作品は主人公以外の男性陣もカッコ良かったり、各々見せ場があるべきだと思うんですよね。
……完全に作品の好みの話ですね。
それではまた。




