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異世界で俺と握手!  作者: 醍醐郎
10/20

第九話 ダマ先生を追って

登場人物


カムド(主人公)

異世界に憧れ、異世界にいざなわれた少年。

思い込みが激しく、好きな事に対しては周囲が見えなくなるトラブルメイカー。

自分の名前をはじめとする記憶の一部を失っており、自らをカムドと名乗っている。

握手する事で他人と気持ちを通わせる能力を持っている。


メティアナ

秘境に住む赤髪の美少女、あだ名はメティ。

優しい性格で、優秀な薬師でもある事から近隣の村人たちからは非常に好かれている。

…が、身内に対しては粗暴な一面も見え隠れするのがタマに傷。

兄妹の妹の方。


エムバラ

秘境に住む狩人、ンバラが正確な発音らしい。

抜群の弓の腕を持ち、多芸で頼りになる兄貴分だが、自らの才能故に不遜な態度を取ることも多々ある。

兄妹の兄の方。


リック

本名・リチャード=ハーパー、アメリカ人。

カムドと同じく地球人であるとの事。

普段は大人しいが、洞察力に優れている。

隣村の火術研究所で居候いそうろうしていた。


ミゲル

火術研究所の下っ端術師、金髪の美少年。

メティに恋心を抱いているが、本人には全く伝わっていない。

嫉妬深い性格からある事件を起こしてしまう…。


ダマ先生

火術研究所の所長。

メティやエムバラの両親とも浅からぬ縁があるようだ。

二人にとっては恩人のような存在でもある。


ニール

火術研究所の術師。

他の術師からは一目置かれる存在のようだ。




あらすじ


異世界への移住が当たり前となった未来の話。

異世界に対して強い憧れを抱いていた主人公の少年はついに異世界への転移に成功するが、そこは“打ち捨てられた異世界”と呼ばれる過酷な大地だった。

モンスターとの戦闘により記憶を失った少年は自らをカムドと名乗り、徐々にこの世界での生活にも慣れはじめていた。


そんなある日、隣村レヴィナの火術研究所にて、異世界人に対して強い恨みを持つというミゲル少年との決闘を行う。

決闘に辛くも勝利した主人公を待ち受けていた新たな運命とは…?

「ふぅ、正直死ぬかと思ったぜ…。」

ミゲルとの死闘を終えて満身創痍でその場にへたりこんでいた。


「まったくもう、あんな受けなくてもいい決闘なんか受けて、こっちこそ生きた心地がしなかったよ。」

メティは火傷に薬を擦り込みながら膨れっ面をしている。


「わ、悪かったって、でもあのまま引き下がる事は難しかったし…。」

「……キミが死んじゃったら、私…どうしようかと…。」

「えっ……あっ、ああ。」


その場で手を握りあいながら互いを見つめ合う二人、気恥ずかしさから少し伏し目がちになる。


「あっ、あのぐらいじゃ俺は死なな…のわっ!?」

「ヘイ、生きてるか?」

ベシン!ベシン!

唐突に後頭部を平手が襲う。


「いってぇ!なにすんだエムバラ!」

「やめてよバカ兄ィ!怪我人相手に何してんの!」

「なんだ、元気そうな怪我人だなァオイ。」

ニヤニヤと笑うエムバラ。


「それだけ元気ならついてこれるな?」

「ついていくってどこへ?」

「そうだな、ミゲルをおかしくした犯人の元へ…かな。」



異世界で俺と握手! 第九話 【ダマ先生を追って】




「ふーん、ミゲルの……………ん?どういう事だ?」

エムバラの言っている事が理解出来なかった。


「こいつは俺の推論から来るカンなんだが、ミゲルにお前との決闘をそそのかしたヤツがいる。」

「なんでそんなことがわかるのさ。」

「だからカンだって言っただろ。」

エムバラに頭をボスボス叩かれる。


「だが証拠がないわけじゃない、あいつの持っていた私闘血判しとうけっぱん、あれは数十年前に俺たちの親父とダマ先生が村を挙げて集めた筈のモノだ。」

「…集めたって、まさかあんなものがゴロゴロしてたって事じゃないよな?」

「その“まさか”だ、だからここにいた全員が私闘血判あれの存在を知ってたんだ。」

「マジかよ…。」


あんな恐ろしいものが村中にゴロゴロしていた…ぞっとしない話だ。



「ん?待てよ、集め終わってたんなら燃やしちゃえば良かったんじゃないか?」

「当然試そうとしたんだろうさ、その為にわざわざこんなバカでっかい炉まで作っちまったんだからさ。」


「だがな…。」とエムバラが続ける。


私闘血判あれには悪霊系のモンスターの魂が取り憑いている、その悪霊こそがあの紙に呪いの拘束力をもたらしている、そしてそいつは普通に燃やしたくらいじゃ消えてくれない…。」

エムバラの顔が陰る、メティに至っては蒼白な表情で冷や汗を浮かべている。


「なっ、なんだよ…急にどうしたんだよ二人とも。」

「以前、ダマ先生たちもなんとか私闘血判あれを燃やせないかと試したんだ、高温で燃やせばきっとモンスターも浄化されるだろうと思ってな…。」


「ゴクリ…。」思わず喉が鳴る。


「…ど、どうなったんだ。」

「失敗した。」



――――――――――――――――――――――――



「失敗……?」

「ああ、しろを失った亡者たちは周囲にいた人間を手当たり次第に襲い始めた、女も子供も老人も関係なくな…。

何十人もの犠牲者が出たため、魔物の討伐隊にアンムルからも応援が呼ばれた。」

「エムバラの親父さんもか……?」

「ああ…。」


エムバラは小さくため息をもらす。

あまり聞くべきではない話だったのだろう…二人の反応を見るに、きっと彼らの親父さんもその時……。


余計な事を聞かなければ良かっただろうか…なんだかとても後ろめたい気持ちで一杯だ。


「少し話が過ぎたな、ともかく…それ以来あの紙は誰にも渡らないようにダマ先生の手で厳重に保管してあった。」

「誰にもって、弟子たちにもか?」

「当然な。」


エムバラの話からある恐ろしい結論が導かれる。


「…そ、それじゃあミゲルをそそのかして私闘血判を渡した犯人は、ダマ先生!?」

そんな、あんなに善良そうな老人がそんなことをするだろうか?


「まだそうと決まったわけじゃないが…その可能性もあり得る、俺は今から真相を確かめる為にダマ先生の後を追う。」


エムバラがキリッと締まった表情でこちらを見てくる。


「巻き込まれたお前も当事者だ、戦力としてちったぁマシになったみたいだし、当然来るだろ?」

「ちょ、ちょっと待ってよ兄ィ、カムドはさっきまでの傷が…!」


俺はメティの方にそっと手をやり、やんわりと制する。

「大丈夫だメティ、俺も行きたい、行って何があったのかを確かめたい。」

「よっしゃ、そうこなくっちゃな。」


エムバラが手を伸ばしてハイタッチを求めてくる、俺は数拍置いてからその求めに応じて パシン と手を返す。

エムバラと意気投合し、何となく胸の中が勇気と充足感で充たされる。


「オホン!オホン!」と咳払いをしてメティが割り込む。


「わかった、もう止めないけど…ひとつだけ条件があるよ、私もそこに連れていくこと、これは主治医としての命令だよ!…いいね?」

「へいへい。」

「最初っからついてくるつもりだったんだろ?」

「だよなー?」


茶化すように俺とエムバラが笑う。


「も、もう!二人とも一緒にいるうちになんか似てきたんじゃない!?」


メティが両拳を掲げてわーわーと叫ぶ。


「あ、あの…。」

「……………ん?」

「それなら僕やニールも連れていってほしいんだが…。」


後ろから声が掛かり振り返る、声の主はリックだった。


「あ?ニールはいいけど、オッサンもか?」

エムバラが露骨に嫌そうな顔で「足手まといだから来るんじゃねぇ」というオーラを前面に出している。


「だ、大丈夫だ…自分の身は自分で守るから…私もダマ先生の真意が聞きたいんだ…。」


エムバラがリックを睨む、リックは威圧感に少したじろいだが視線を逸らそうとはしなかった。


そのまま二人の奇妙なにらめっこは数秒続いた。


エムバラは何かを察したように大きくため息をつきながら肩をすくめる。

「くそっ、こんなことしてる時間が勿体ねぇ………わーったよ、その代わり何かあっても助けないからな?自分の身は自分で守れ!」

「あ、ありがとう!」


リックは一瞬喜びの笑みを見せると、安堵に胸を撫で下ろす。


「ところで、後を追うと言っても、どのように探すつもりだ。」


ニールが首をかしげている。


「そこで、希少種【狩人の神・アグム】の能力を使うのさ。」


――――――――――――――――――――――――



「アグムの能力?」

思わず疑問が俺の口をつく、確か魔法の形態を説明された時に聞いた単語だ。


「ああ、俺やメティのような希少種セミブランクは強力な属性魔法を使うことは出来ない、その代わりに帰属する神に応じて様々な能力が使いこなせるって事だ。」

セミ…ブランク……また新たな単語だ、覚えきれる気がしない。


「いや、希少種の話は聞いたけどさ、だからどういう事だよ。」


エムバラたちから今朝聞いたばかりの情報だ、四属性の元素の神に帰属していない者は魔法に似た能力を使える。

たとえばエムバラであれば神様の恩恵によって弓の腕が上がっていると言っていただろうか。



「エムバラが弓の腕があるのはわかってるさ、それが人探しと何か関係があるのか?」

「ありもありあり、大ありだ、まぁごちゃごちゃ言ってないで着いてくればわかるぜ。」

「んー……???」

「我々もついていった方がいいのか?」

「当然だろ、ここじゃ手狭だしな。」


首をかしげる俺を尻目にニールたちはエムバラに従って次々と外へ向かう。


「ほら、カムドも行こうよ。」

「ああ…うん。」


未だに合点は行かないままだが、メティの手招きに応じて俺も彼らの後を追うことにした。



―――――――――――――――――――――――



「よし、じゃあ早速ダマ先生を探すとしようか。」


エムバラはそう言うが早いか、木製の先の丸まった矢を天に向けて掲げている。


「いや、ちょっと待てよ、何悪ふざけしてんだよ!」

おもちゃのようなチャチな作りの矢は弓の軋みに今にも折れてしまいそうだ。


「これが悪ふざけしているように見えるのか?」

「悪ふざけにしか見えないぞ。」

「…悪いが今は説明してる時間が惜しい、良いから黙って見てろ!」


ビュオォゥッ!

エムバラは怪訝そうな顔で見守る俺など意にも介さず、空高くおもちゃのような木の矢を天に放った!


矢は最高点に達すると同時に突然向きを変えて火術研究所と反対側へと飛んで行った。


「よし、追うぞ!」


俺たちはエムバラに促されるまま後を追う。


矢を見失った辺りの位置に来たとき、エムバラは再度おもちゃのような矢を天に向けて引き絞りはじめた。


「これは…何をやっているんだ?」

「見ての通り矢を撃ってるんだよっ!……ダマ先生を狙って!!」

「ダマ先生を狙うって………ええっ!?」


ビュオオオオオォウ!

おもちゃの矢が再び風切り音を上げて宙を飛ぶ。


「こっちだ!」


エムバラは再び矢の飛んだ方向へと歩き始める。


「この矢が飛んでる方向って、まさか!?」

「そうだ、この矢が向かう方向にダマ先生がいる……なんだよ妙な顔しやがって、だからだれかに当たっても大丈夫なようにおもちゃの矢を使ってるんだろ?」


エムバラは面倒臭そうな表情を浮かべてこちらの質問にはまともに取り合ってくれない。

「いいから急ぐぞ。」とだけ残してどんどん先へと進んで行ってしまった。


「なんだよ、もっとちゃんと説明してくれたって良いじゃないか…!」

「そっか、カムドは兄ィの失せものさがしをを見るのは初めてなんだっけ?」

メティが苦笑しながら問い掛けてくる。


「失せもの探し?」

「そうだよ、兄ィは人やモノを探すのが上手いんだ。

狩人の神様の祝福のおかげで、なくなったもの、どこかに行ってしまったものもああやって探せるんだよ。」

「へぇー、便利な神様もいるんだな。」


アゴに手をやり、狩人の神様の便利さに感心していると、ふと疑問が浮かぶ。


「でも人探しと狩人ってあんまり関係なくないか?」

「そんなことないよ、獲物を探すのは狩人にとって重要なチカラだよ、それに…。」


メティは少し誇らしそうにはにかむ。


「神様の加護のおかげで矢が獲物を追いかけていってくれるんだ、カムドも覚えがあるんじゃない?」

「矢が獲物を追いかける…!そういえば…!!」


今までの事を思い返してみる。

確かに矢が敵に弾かれた事はあったが、エムバラが弓を外した所は見たことがない。

暗がりであろうが、はるかかなたの敵だろうが、今までエムバラが撃ち漏らした所など見た事がなかかった。


今までは、単純に恐ろしく弓のウデが立つのかと思っていたが、魔法の

ような力が働いているのなら合点がいく。


「どうりでエムバラの弓矢はめちゃくちゃ当たるはずだ!…でもなんかそれってズルいなー。」

俺は皮肉混じりの冗談を漏らす。


「だよねー、でも前に私が同じことを言ったときは「狩人にとってズルいはほめ言葉だー!」とか言って喜んでたよ。」

メティは予想外に俺の皮肉に同調してきた。


「あははっ、でもなんか想像できるな、それ。」

「えへへっ、いっつもあんな調子なんだからね。」

「ほんとなー。」

などとふたりして談笑していると…。


「おい、後ろ二人!置いてっちまうぞ、しっかりついてこい!」

と先頭のエムバラからげきが飛ぶ。


「はーい、今行きまーす!」

「なにやってんだ、急げ!」

「エムバラのやつ……あんなに焦ってどうしたんだろう?」

「んー、兄ィの事だから何か理由があるんだと思うけど…何だろうね?」


お気楽な気分で後に続く俺とメティに引き替え、エムバラの表情はいつになく険しかった。

今にして思えば、エムバラは既にこの時事態を察知していたんだろう。


もしかしたらこの後に起こる悲劇さえも――――。



――――――――――――――――――――――――




「……うらァっっ!」

何本目の矢が放たれた時だろうか、天高く放たれた矢が前方に鬱蒼と繁った藪の中に突き刺さり、奥へと突き抜けて行った。


「や、藪…。」

リックは疲れきった表情を浮かべながら手で顔を覆う。


「なにほうけてるんだオッサン、ダマ先生はあっちだ。」

エムバラは意にも介さず腰に刺してあったナタを手に取ると、バサッ!バサッ!っと器用に藪を薙ぎ払っていく。


「待て、ンバラ!藪なら私の火の術で…!」

ニールがエムバラを呼び止める。


「誰の土地かもわからない丘を燃やすつもりか?森林火災になったらどうするんだよ。」

「うっ……。」

ニールが言葉を詰まらせる。


「ほれ見ろ、いいから俺に任せておけばいいんだよ。」

エムバラは誰の目から見ても明らかにイラついていた。

助力を申し出たニールにまで邪険にするような態度を取り出す始末だ。


「ちょっと兄ィ、そんな言い方はないんじゃないの?

ニールさんだって良かれと思って……。」

「しっ、静かにっ!……何か聞こえないか?」

メティがそう言いかけた所でエムバラが急に自らの耳の後ろに手を立てる。


「えっ…なにも聞こえないけど……いや…ちょっと待って、なんか焦げ臭くない?」

「くんくん…んっ、そう言われてみれば…何か変なニオイが!」

確かに、チクチクと刺さるような不快な臭いが鼻孔の奥を突くのが俺にもわかった。


「あっちだ!!」

「あっ、ちょっと!!」

エムバラは叫びだすや否や、まだ伐採の終わりきっていない藪の隙間に無理やり身体をねじ込ませ、奥へ奥へと進んで行った。


「あっ、おい!エムバラ!」

俺も慌てて後を追いかけ、藪の中に身を投じる。


だが、思いのほか枝が衣服にまとわりつき奥に進めずにもがいていると、鋭く尖った枝のひとつがザクッと顔に突き刺さる。


「ぐぇっ!?イテテテテッ!!」

「まったくもう、なにやってんの!!

…よかった、かすり傷だけだね。」

メティがホッとした表情を浮かべる。


しかし、こんな事をやっている間に既にエムバラの足音は聞こえなくなってしまった。


「あいつ、よくこんな中を通ったな…。」

「危ないから、私たちはちゃんと枝を払ってから行こう。」

「時間はかかるけど、そうするしかないか…。

行くぞ!でりゃあ!!」


俺は腰からナタを引き抜くと、藪の中央の幹へと刃を振るった!



―――――――――――――――――――――――――



「わかった?カムドはこうやって大きく振ってたけど、刃の重さを使って小振りで当てればいいだけなんだよ?」


メティは「こんなかんじで。」と言いながら小器用に次々と枝を落としていく。


「あとは反対の手を遊ばせない事、しっかり幹を持たないと木がしなって切りにくいからね。

今回は整地目的じゃないし一人通り抜けるスペースさえあればいいの、こうやって枝だけ打てば十分通れる、ね?」

「はい…。」


なかなか藪を切り抜けられない俺を見かね、気付けばメティがナタを取り上げていた…。

不甲斐ない状況に自然と肩も落ちる。


「むっ、そんな事よりもあそこ!館が見えないか!?」

背後からニールが叫ぶ。


指差した先には確かに建物の尖塔のような物が見えた。


「ホントだ、なんだろう?」

「もしかしたらあそこにダマ先生がいるのかも知れない。」


先ほどまで無言だったリックも口を開く。


「あっ、ねぇあそこ!兄ィがいるよ!………他にも、あれは誰だろう?」

「えっ、どこ?よく見えない…。」

「これ、返すねっ!私行かなくちゃ!!」

「あっ、えっ!」


そう言うと、メティは慌てて用意した俺の手のひらの上にポンとナタを置き、残りの藪をガサガサとかき分けて抜けて行ってしまった。


「ち、ちょっと待ってくれ!」

「お、おい!…行くしかないか。」


ガサッ!ガサササッ!

ズボォッ!


遅れること数拍、俺を含む男衆も藪を突き抜けて行った。



――――――――――――――――――――――――




藪を抜けてエムバラの元へと猛然もうぜんと駆け寄る。

近付いてみるとカーン!コーン!と鐘が鳴っているような音が響いている事に気付く。


エムバラは弓を構え、奥にいる何者かへ矢の切っ先を向けをている事がわかった。

奥の洋館からは黒煙が立ち上ぼり火の手が上がっている、先ほどの焦げ臭さの正体はおそらくこれであろう。


その威圧感から、遠巻きに見ても何か尋常ではない雰囲気であることが伝わってくる。


「メティ!エムバラ!!」

思わず大声をあげる。


「カムド、来るな!」


エムバラが怒声に近い声でこちらの動きを止める。


「うっ、なっ、なんでだよ!」


エムバラの奥に目をやると、二人の女性が槍のような鉄の棒をめちゃくちゃに打ち合っているのがわかった。


「あ、あれは……?待てよ、あれって研究所でダマ先生の侍女をしていた女性じゃないのか?なんであんな所で…!!」

「そんな事こっちが聞きたいぜ、俺が来た時にはもうこの状態だ!」

「か、彼女は……イブじゃないか!そういえば今朝から姿が見えないと思ったら…!こんなところに!」


ニールは呆然と目の前の光景を見つめている。


イブと呼ばれた女性と相対しているのは……やはり彼女そっくりの女性だった…!


「イブが、二人……!?」

「ん?あそこ、彼女たちの向こうに誰かいないか?」


目を凝らして二人の女性の奥を見ると、なんとそこにはダマ先生とおぼしき老人が力なく地面に伏しているのが見えた。


「あっ、あれは…ダマ先生!?」

「なにっ!?」


ニールが反射的に駆け寄ろうとした時…。


「だから来るなって言ってるだろうが!!!」


エムバラが目一杯怒鳴り声をあげる。

その剣幕に思わず立ちすくまざるを得なかった。


「で、でも…ダマ先生が!」

「俺だって行きたいのは山々だ、だけどあいつらの動きを見てみろ、目で追うのがやっとだ…。」


ゴキィン!ズバン!ガキィィン!


銀髪の女性二人が戦っている。

手に持っている武器は槍などではなく本当に無加工の鉄の棒きれである事がわかった。


お互いに型もなにもなく、ただ無茶苦茶に鉄の棒を振り回し合っているように見える。


だが、驚くべきはその速度だ、太刀筋がいくつも残像として見える。

自分であれば構えて振るのがやっとであろう鉄棒を、華奢な女性がいとも軽々と振り回しているのだ。


型もなにもない、剣舞や剣戟けんげきと呼ぶにはあまりに粗末でデタラメな動きだが、あの中に飛び込んで無事でいられるとも思えない。


その時―――!


バギイイイイイン!!


ひときわ大きい金属音が辺りに響き、双方の鉄の棒が火花をあげて砕け散った!



―――――――――――――――――――――――



「姉さん、もう止めにしましょう、あれ程多くの人に見られてしまっては私たちの存在もおおやけに知られてしまう。」


片方の女性が口を開く。

姉さん?確かに二人の女性はパッと見で見た目の区別がつかない程にそっくりだ。


「はぁ、研究所の奴らが虫のようにぞろぞろ集まって来たわけね……。

あんたのテリトリーの人間なんだから全員あんたが喰ったらいいじゃない。」


――――――ゾクッ!!


恐ろしく冷たく、感情の乏しい声に背筋が氷る。

全員と言うのはおそらくここにいる俺たちの事なのだろう。


「な、なに言ってるんだ、あいつら…!?」

恐怖心が言葉の理解を拒もうとする。


「姉さんが暴れたせいで私の館は焼けました…彼らを消した所でルールを侵して外に出た私はいずれマスターに消されるでしょう。」

「あっそう、あんたがやらないなら私が喰うだけだけど?」


姉と呼ばれた方の女性が突然目を見開いてこちら目掛けて跳躍する!

彼女はたった一度のジャンプで俺のすぐ目の前まで迫っていた!!


「うわっ!」

思わず反射的に頭を隠す。


「「カムド!」」

メティとエムバラが叫ぶ声が聞こえた。


ガキイィィン!!

間髪いれず、先ほどの渇いた金属音が再び周囲に鳴り響く。

短くなった鉄の棒が再度ぶつかり合ったのだ。


「いい加減にしてください姉さん、元はといえば貴女がルールをおかした為に起こった事態なのですよ?」

「チッ、引き寄せか!」


先ほどまで俺の眼前にまで迫っていた女性はなぜか跳躍前の位置にまで戻されていた。


「姉さん、この場は私が収めるので大人しく立ち去ってください。」

「うるさい!せめてジジイだけでも!!」


カキイイィィン!


「姉さん、わからないんですか?

ここに集っている人たちはあの老人を慕ってここまで来た人たちです、姉さんがあの老人を食べてしまっては収まる事態も収まらなくなるでしょう。」

女性は静かに、だが怒りのこもった口調で姉をさとしている。


「誰に向かって口をきいているの?」

「私はこのままマスターが来るまで戦いを引き伸ばしてもいいんですよ?

マスターに見つかった時、より厳しい罰を受けるのは私と姉さんどちらになるでしょうね。」

「チッ!!」


バキイイィン!

金属音を響かせて女性のうちの片方が飛び退くと、手に持っていた棒きれを投げ捨てる。


こちらを苦々しげに睨み、妹の様子を伺いながら二度、三度と後ろに飛び退いた後、そのまま茂みの中へと走って消えて行った。


「な、何だったんだ…一体…。」

俺は緊張からその場に尻餅をつくようにへたりこむ。


「カムド、気を抜くな、まだ終わっちゃあいねぇ!」


エムバラは弓を残ったもう一人の女性に向けて引き絞って叫ぶ。



―――――――――――――――――――――――



「おい!そこのお前!お前とアイツが何者で、ここで何があったか説明しろ。」

エムバラが強めの口調で女性に尋ねる。


「安心してください、あなたたちの態度次第ではありますが、私はあなたたちに危害を加えるつもりはありません。」

「ハッ、どうだかな。」


エムバラはなおも弓を引き絞る。


カラァン!コロコロン……。

「これで信用していただけますか?」


…驚いた事に、女性は手に持っていた武器を足下に投げ捨て、両腕を頭の後ろに上げた。


「………!

なんの真似だ?」


「私の事よりもその老人を看取みとってあげてください、私は終わるまでここを動きませんから。」


「……メティ、ニール、リック、お前らが行け!」


エムバラは弓を構えたままその場を動こうとはしなかった、依然警戒の表情を浮かべて女性の事を見ている。


指示されたメティたちはおそるおそる駆けはじめるが、女性が動かない事を確認すると一気にダマ先生の元に駆け寄った。


「師匠!!」

「ダマ先生!!」


地面に血の跡がある、おそらくあの血溜まりはダマ先生のものなのだろう…。

顔色は青ざめており、医学の知識などなくとも目に見えて衰弱している事だけはわかる。


……いや、もしかしたらもう…。

嫌な予感が頭をもたげる。


メティがそっとダマ先生の首もとに指を伸ばす、脈を見るのだろうか?

続いて呼吸を確かめ、静かに首を振る。


「そんな……!」

ニールが唇を噛みしめる。

メティは今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。


「いや、ちょっと待ってくれ、まだ息を吹き返すかも知れない。」

リックはそう言うと、静かに腕まくりを始める。


「何をするつもりなんです?…先生は…もう。」

「胸骨圧迫、心臓マッサージです!

メティは首を上に持ち上げて気道を確保してください、ニールはダマ先生の肩を叩いて名前を呼んであげてください。」

「わ、わかった!」


そう言い終わるや否や、リックはダマ先生の胸部をバン!バン!とリズムよく押し始めた。


「ダマ先生!ダマ先生!」

ニールは言われるままにダマ先生の名前を必死で呼ぶ。

メティは祈るような表情で先生の顔を見つめている。


四、五十回とマッサージを繰り返したところで、突然ダマ先生が「ガフッ!」と苦しそうな声をあげて咳込む。


「せ、先生!」

「先生!」

ニールとメティが歓声をあげる。


リックはなおもマッサージを続けている。


「はっ……はっ………ニールに…その声はメティか……?」

ダマ先生はうっすらとまぶたを開けたが、もう目は見えてはいないのだろう、焦点が定まっていない。


「先生!先生!」

メティが泣きながら手を取る。


「…おお…メティ、私はもう助からない…。」

「そんな事言わないでください!先生!」

「メティ……泣かないでおくれ…ジグムに……ようやく謝りに行ける。」


「師匠!!」

続いてニールが声を上げる。


「……ニールか、研究所は…お前が継いでくれ……ミゲルを……責めないでやってくれ……。」

「待ってください!貴方にはまだ教わりたいことが…!!」


二人の呼びかけもむなしく……ダマ先生の手は力なくダラリと下がる…。

そのまま老人は静かにまぶたを閉じると…………。


……そのまま二度と口を開く事はなかった。


「先生、先生!!いやああああああああ!!」




第九話 完

ゴーーーーールデンウィィィィィク!

やっほぅ!!


そんなこんなで、この大型連休を利用して執筆活動に勤しんでみたわけなのですが、まぁ筆が乗らない乗らない。


基本的に私にとっての創作活動っていうのは、嫌悪感とか嫉妬とか恨みとかの負の感情から出てくるものなんですよ、いや本当に。

妄想とか想像って、ゴムの木の樹液みたいに傷付いた所をなんとか補おうと溢れてくるものだと思ってます。

なので、そういう負の感情と相対する事の少ない連休期間っていうのは筆が乗らないものなんですよね。


できればみんなが暇しているであろう連休中にお届けしたいという気持ちから無理やり完成させましたが、いやはや何人の方に読んでいただけるのやら(汗)


まぁいいや、半分自己満足でやってるんだし、楽しませた人数じゃないよね!(現実逃避)


それではまた。




追伸:追記・修正しました。

折角侍女さんの伏線をあっためておいたのに記述を忘れるという致命的ミス…自分の無能さに吐きたくなる瞬間でした…。

やっぱり何事も焦って物事を行うのはよろしくないですね。

悔い改めて、どうぞ。

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