開戦の狼煙
いよいよ人間との戦争が始まる。
我々魔族にとっては天敵である聖剣を振るう勇者。
攻撃、防御、補助、治癒といった全ての魔法を極めたという聖女。
片手で山亀を持ち上げるほどの豪腕だという竜殺しの戦士。
この三人が人間側の切り札である。
それに対し、魔王軍の戦力は我一人だけ。
あくまでも、この三人に対抗できそうな戦力は、だがな。
数で圧そうにも、そもそも人間の方が圧倒的に多い。
魔族は頑丈だし、長寿でもあるが、流石に首を跳ねられたり、心臓刺されたらサクッと死ぬ。
不死族も確かにいるが、やつらは基本的に弱い。
日光浴びただけでアウトだったり、魔力で動くだけの骨だったり、肉が腐ってて脆かったり、霊体だから物理無効(お互いに)だったりする。
例外と言えば、騎士団長のデュラハンと宰相のリッチくらいなものか。
大昔に居た真祖は反則レベルの強さらしいのだがなぁ。
そして肝心の我だが・・・・
聖剣?斬られれば絶対痛い。物凄く痛い。
魔法?我は極めるまでいってない。ビバ接近戦。
山亀?流石に持てん。ギリギリ数ミリ動かせるかもしれんが持てるわけがない。
「なあ、今更だが勝ち目なくね?これ」
「魔王様には魔剣がありますでしょう?」
「・・・・あるにはあるが、これだぞ?」
宰相の「魔剣があれば負けん!」的なドヤ顔がウザいが、我の手に握られた「それ」を見せてやる。
実際、魔剣としては能力も悪くない。
使い勝手も・・・・まぁ、そこそこ。
「それは魔剣・・・・というより魔『細』剣でしょうか?」
「うむ。形状としてはレイピアが一番近いのか?まぁ、ミスリル程度ならまだしも、聖剣相手に打ち合えるような代物ではないな。たぶん折れる」
我の言葉に表情を曇らせる。
当然だ。
『打ち合いが出来ない』
これは聖剣での攻撃は防ぐ手段がないと同義だからだ。
・・・・回避しようにも限界があるしな。
「まぁ、噂とは尾ひれがつくものだ。聖剣ではなく光の魔法剣かもしれん。魔法を極めたというのも人間基準ならたかが知れている。竜殺し?人間はワイバーン程度ですら竜扱いしているではないか」
一応、宰相を安心させてやる為に希望的な意見も言っておく。
山亀の件には触れるな。
文字通り山だぞ?やつは。
「つまり、噂が真実であれば勝利はないが、嘘であれば敗北はないと?」
「むしろ嘘ならば勝利しかないな。だが、最悪を想定して動くに越したことはあるまい。・・・・話しているうちに狼煙があがったな。お前も避難しておけ」
「・・・・御意。どうか御武運を」
御武運を、か。
崖に立つ我が眼前に広がるは数万の人間の兵士共。
まだ距離はある。
部下は全員避難させた。
布石は既に打った。
残すは我がドでかい花火を打ち上げて、やつらをこの場に引きずり出すだけ。
「御武運もなにも、あの二人以外は、どれだけいようと暇潰しにすらならんのよなぁ」
我の口から出たのは不満と、呆れから来る溜め息だけだった。
そういや宰相の鼻、まだアーモンド刺さってたな。