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Snow White Lunatic  作者: 天童美智佳
Chapter I
9/33

#9

 佐藤裕太の死体が発見されてからしばらく経った。

 発見時、遺体は死後二日ほど経過しており、死亡推定時刻は十二時から十三時の間。死因は出血性ショック死。背中から受けたとみられる、心臓まで到達するほどの深い刺傷が原因。男性の犯行か。遺体の側に、被害者のものと思われるシャープペンシルを発見。前の時間の授業で現場を使用した生徒であったことから、忘れ物を取りに来たところを襲われたと推測。現場の窓の鍵が一つあいており、外部の犯行の可能性が浮上。現場からほど近い焼却炉の灰の中から、現場の鍵を発見。証拠隠滅を図った可能性。床にそれらしき下足痕はなく、凶器と思われる刃物からも、指紋は出なかった。


 新聞にはそう書いてあった。よかった。警察は、生徒が犯人であるとの見方はしなかったようだ。今回はもう、肩の力を抜いても良さそうだ。やはり、包丁を深くねじ込んだのは正解だった。ああすればきっと、警察は犯人を力の強い人物であると考える。そうなれば、紗雪などは真っ先に嫌疑から外れる。なにしろ紗雪は、ジャムの瓶の蓋も開けられないほど力がないのだから。誰かを殺そうとしているときは、もう少し力が出るようだが。


 今日は葬式だ。クラスメイトということもあって、私達も出席する。皮肉なものだ。彼を殺した張本人が呼ばれるなんて。まあいい。クラスメイトらしく、しおらしく彼を送り出すことにする。紗雪の生きる糧になってくれた、そのことには感謝しているから。


 式場には、クラスメイト三十数人と数人の教師、親族、あと警察っぽい大人が数人いた。生徒は制服に身を包み、大人達は全身に黒を纏っている。佐藤裕太の母親らしき女性が泣いていた。一人息子だったようで、人前でも息子を失った悲しみが隠せないようだ。ハンカチで目元を隠していても、肩がぶるぶると震えている。父親らしき男性も、同じ。


 生前、佐藤裕太は内気で特に冴えたところもなく、学校では常に一人だったが、両親には愛されていたようだ。死んだぐらいで、あんなに泣いてもらえるのだから。私が死んでも、両親はきっと、溜息一つ吐いてくれないだろう。せいぜい、無償で雇える女中がいなくなったと思う程度だ。


 葬式で親族が泣いている。そんな普通のことで死者にまで嫉妬してしまう私は、本当に歪んでいる。だが、私の横で参列していた紗雪は、私のはるか上を行っていた。


 なんと紗雪は、佐藤裕太の母親からもらい泣きしていたのだ。もともと他人の感情に敏感だから、それ自体は別におかしくない。だが、自分が殺した人間の死を悼んでいる人に共感して泣くなんて、皮肉すぎてもはや笑い事にしかならない。


 佐藤裕太の棺桶の蓋が開かれ、哀悼の言葉が、親族、教師、学級委員、警察関係者から捧げられる。皆が悲痛な声と表情で、若い命が理不尽に奪われたことに憤っていた。生きている間に彼と口を利いたこともない者達まで。これは儀式。死者を弔い、彼岸での安息を祈るための。勿論私も祈った。お疲れ様、貴方の命で紗雪は助かったから、もう楽になっていいよ、本当にありがとうと。


 色とりどりの花々で飾られた彼の遺体は、思ったよりキレイだった。防腐処理(エンバーミング)をして死化粧をされたのか、顔は生前のように自然な肌色で、腐敗臭もなく、耳や鼻に脱脂綿が詰まっていることを除けば、眠っているかのように安らかな死に顔だった。死の直前、彼が私に向けていた怨念に満ちた表情とは対照的な。あの調子なら、彼が恨んでいるのは紗雪ではなく、私だろう。それでいい。彼を標的にすると決めたのは私なのだから。


 やがて別れの挨拶も終わり、彼は火葬場に運ばれた。遠ざかっていく彼の姿を、知らず知らずのうちに目に焼き付けながら、私はただ、いまだに泣いている紗雪の細い肩をさすっていた。


 こんなときつい考えてしまうのは、私が死んだら紗雪はどうするのだろう、紗雪が死んだら私はどうするのだろうということだ。


 私が残された場合、そんなのは決まりきっている。後を追って死ぬだけだ。生きる意味が見当たらないのだから。だが、紗雪が残されたら? 紗雪を残して逝くなど考えたくもないが、この先何十年と続いていく私達の人生を考えれば、あり得ないことではない。事件や事故に遭うかもしれないし、病気になる可能性だってある。幸い私は健康そのものだが、長い人生、何があるかはわからない。対策は必要だ。私の代わりに紗雪のことを支えてくれる人間を、探し出さねばならない。


 とはいえ、それが必要になるのはずっと先の話だ。今は、日々の糧を得るので精一杯だ。焦らず、慎重に生きていこう。全ては、紗雪のために。


 紗雪も、私のことを思っていてくれたのだろうか。式が終わったとき、私達はいつの間にか、固く手を繋いでいた。

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