#8
ふと、我に返ると、校長の話が終わったところだった。どうやら寝ていたらしい。昔のことを、夢に見てしまった。先週の金曜日に見た佐藤裕太の死に顔が、頭の奥にまだこびりついているせいだろうか。それとも、今度こそ警察に嗅ぎつけられるかもしれないという不安からだろうか。
こんなときは、少し紗雪が羨ましくなってしまう。紗雪は彼の命を奪ったことに後ろめたさを感じていないし、能天気だから、私ほどの不安を感じることもない。私が決して逃れられない罪や負の感情を、紗雪は生まれながらにして免れているのだ。羨ましくないほうがおかしい。
だが。だからと言って、それを不公平だとか、不服だと思うことはない。仕方のないことだ。私は心の中に生贄達の残渣が蓄積していくことを、代償として受け入れていた。代償無しに、幸せを手に入れることはできない、と。
それに、その程度で心を病むような私ではない。死ねばいいのに、なんて言葉は聞き飽きているし、死にたいと思って死ねるほど、初心でもない。
紗雪が私を必要としてくれる限り、私は倒れるわけにはいかないのだ。
朝会は校長の話で終わりだったようで、起立、という声がして、生徒達は立ち上がった。
白鷺中学校、総勢六百六十九名。金曜日に一人減って、六百六十八名。こんな小さな集団の中で犯行を繰り返せば、尻尾を掴まれるのも時間の問題だ。次の対策を考えねば。
三島乃恵瑠が死んだあの日、私は気がついてしまった。紗雪は大量の血を、命が消えてゆく瞬間を見れさえすれば、別に直接手を下さなくても満たされるのだと。
ならば、私が紗雪の発作の周期を読んで、生贄を捧げればいいと思ったこともあった。
だが、発作の周期は変動しやすかったし、何より、情けないことに私には、人を殺めるだけの精神力が無かったのだ。三島乃恵瑠を突き落としたときも、その後数日間は、手の震えに悩まされたくらいだ。彼女を押したとき感じた羊毛のセーターのチクチクした感触が手に蘇って、何度も私を脅迫した。
いつか必ず、天罰が下るぞ、と。
天罰なんて怖くない。でも、紗雪を残して逝くことだけは、したくなかった。
既に何人も殺しているのに。ここまで堕ちてもエゴを手放せない自分が、本当に嫌だった。
紗雪は、私のそんな気持ちに敏感に気がついて、泣いて謝っていた。私のせいで、辛い思いさせてごめんねと。紗雪は悪くないのに。そんな優しい紗雪が、愛しくて愛しくて。
少し、冷静になって、私達は話し合った。どちらかを犠牲にすることのない、最良の道を探し求めようと。私は私にできることを、紗雪は紗雪にできることをして、どこまでも二人一緒に歩いて行くために。私達は、唯一無二の双子なのだから。
協議の結果。標的に目星をつけたり、周囲の確認、現場の証拠隠滅を行うのは私の仕事。紗雪は直接手を下すことが仕事になった。つまり、それぞれが得意なことを分担したのだ。
私は確かに、紗雪以外の人間に興味が無い。だからと言って、私が周囲の人間について何も知らないというのは大間違いだ。むしろ、目立たない人間にほど気を配っている。いつも一人で、ふといなくなっても、暫くは誰にも気づかれない……そんな彼らは私にとって、大事な獲物だ。
紗雪の方は……別に、力が強いわけでも、さして素早いわけでもないけれど、兎に角躊躇いがないから、大抵の人間はあっさり殺られてしまう。小さな、華奢で可憐な少女が自分を殺そうとしているなんて、誰も思わないのだ。相手が暴れたときのために、スタンガンも携帯している。紗雪の護身用にと、両親が買い与えたものだ。これについても、私は両親に感謝している。
と、朝会が終わり、生徒達がはけていく。私と紗雪も、それに続いて体育館を後にし、教室に戻り、いつも通りに授業を受ける。模範的ないち生徒として。
その日、家庭科室から金切り声がしたのは、二時間目のことだった。