#10
式場の外で、御手洗に行った紗雪を待っていると。
クラスメイトの女子数人が、つかつかと私の方に歩み寄って来た。不満げな顔をして、何か言いたいことがあるようだった。
「……ねえ、あんた」
「……何の御用でしょう?」
溜息をこらえながら声の主の顔を見ると、さっきスピーチをしていた学級委員と、その取り巻きだった。彼女らは、紗雪のことに関して妙な文句を言ってくる、自称・紗雪の友達。要はクラスメイト。去年の暮れ頃まで紗雪と仲良くしていたグループだ。それももう、過去のことだけれど。
葬式の直後だというのに、私が一人だと見るや声をかけてくるなんて、なんて節操のない。さっきまで、悲しくて悲しくて胸が張り裂けそうだとでも言いたげな顔をしていたのに。私以上に、彼女らの感情は偽物のようだ。言葉遣いも下品だ。紗雪の友人に、相応しくない。私に言えたことじゃないが。
「あ、あんたさ……紗雪といまどういう関係? 最近ずっと一緒にいるみたいだけどさ、去年まではむしろ避けてたじゃん。どういうワケなの?」
「どういう関係と言われましても、私達は双子……ただそれだけです。他に何か気になることでも?」
唐突で不躾な質問に、ただただ、丁寧に答える。彼女達は、単に淋しいだけなのだ。紗雪が自分達に微笑んでくれないから。私にばかり構うのが気に入らないから。芳香を放つ瑞々しい果実に群がり、貪り食おうとする蛆虫のように浅ましい。その果実が何を養分に実っているのか、知ろうともしない。無責任な。いや、蛆虫なんてそんなものか。
紗雪の秘密を知らないくせに、知っても抱えきれないくせに。紗雪から与えてもらうことしか考えていない、彼女らのもの欲しそうな顔を見ると虫酸が走る。だが、それを態度に出さない程度には、私は利口だ。
「だってさ、おかしいじゃん! ずっと避けてたくせに、いきなりやたらとベタベタしてさ! さっきなんて……て、手繋いでたし……」
学級委員が顔を赤らめ、吃る。どうやら、私達が何か良からぬ関係だと邪推しているようだ。なんて下劣な。そんなことしか考えられない連中と同じ空気を吸っていると思うと、いや、そんな連中と同じ空気を紗雪に吸わせていたと思うと、吐き気がする。苦い唾を飲み込み、それにぐっと耐えて。
「……佐藤裕太君は本当にお気の毒でした。彼の命は、何の前触れもなく無残に奪われました。痛ましいことです。お母様やお父様のお気持ちも、察するに余りあるものがあります」
「なっ……なんの話?」
私が突然饒舌になったことに驚いている学級委員。中学二年生なんて、所詮こんなもの。興味を持てないわけだ。
「……紗雪も、彼の死を悲しんでいました。それが私の目には、とても、辛そうに見えました。だから、姉として、家族として紗雪を支えたまでです。なにか、問題がありますか?」
「そ、れは……」
「ありませんよね。なら、もうお引き取り下さい。私の方からあなた方へは、何も言うことはありません」
本当は、もっとはっきり言いたい。紗雪に近づくな、汚らわしい餓鬼ども。お前達に、紗雪に微笑んでもらう資格などない。紗雪は優しいから、お前達が欲心まる出しでいれば、気がついて笑いかけてくれることもあるかもしれない。だが、そのとき紗雪に、少なからず気を遣わせ、負担をかけていることを忘れるな。私も大概だが、お前達よりは紗雪のことを思っているつもりだ。
そう、言いたかったけれど、それで彼女らの嫉妬に火をつけて、付き纏われたりしたら、儀式の遂行が難しくなる。それだけは避けねばならない。だから、抑えた。
「なっ……えと……」
学級委員はもう文句の種がなくなったのか、赤くなったり青くなったりして、口をもごもごと動かしている。感情に任せて、衝動的に来てしまっただけのようだ。複数人でいると気が大きくなるのだろうか。自分がいかに愚かだったか、たった今気がついたかのような、間抜けな面だ。これ以上同じ空気を吸っていると、馬鹿が伝染してしまう。早く何処かに行ってくれ。私はお前達に、はなから何の用も無いのだ。
そんなことを思いながらも表情は一ミリも変えない私と、頭が真っ白になってしまったのであろう、ボソボソと何かを呟きながら冷や汗を流し、挙動不審になっている学級委員との、膠着状態が続く。学級委員の取り巻きはまさに木偶の坊で、ずっと黙ったまま。言い負かされた仲間を庇ってやる程度の思いやりもできないのか。卑怯者。矢面に立った学級委員の方が、まだマシだ。
学級委員との睨み合いにも飽き、ふと、紗雪まだかなと思ったとき。
「……陽葵ちゃん、遅くなってごめんね」
紗雪がハンカチで目元を拭いながら、小走りで私の元にやって来た。途端、いそいそと去っていく学級委員達。いい気味だ。
「……ううん。大丈夫、別に遅くないよ」
さっきまで学級委員に向けていた鉄仮面を脱ぎ、微笑みを零す。私の微笑も、私の身体も、私の心も、私の魂も、紗雪だけのもの。他の人間に割くぶんなどありはしない。
「さっき、誰かとお話ししてたみたいだけど……だぁれ?」
紗雪には学級委員の顔が見えていなかったらしい。学級委員達は、私の背後から来た紗雪に、私より先に気がついたということか。私に難癖をつけに来たと紗雪に悟られる前に、逃げたのだろう。
「……クラスの人だよ。でも、ただ挨拶しただけだから」
反射的に嘘を吐く。本当のことを知れば、紗雪はきっと、自分を責めてしまうから。
「……そっかぁ。じゃ、帰ろっか」
「うん……そうだね」
式場を振り返り、佐藤裕太の死を悼む黒い葬列を、視界の中央に捉える。
彼を殺したことで、これだけの人を悲しませたのだ。私の罪は重い。紗雪も。
だが、私は地獄行き、紗雪は天国行き。これは絶対。罪が罪であることを知っている私の方が、罪深いから。
とっくに覚悟はできている。だから、今はただ、紗雪と過ごせる幸せを、噛み締めたい。
「……行こう、紗雪」
紗雪と私はいずれ、天地に分かたれる。そのときが訪れるまで。
私達は、双子だから。