2-A
青い空…久しぶりに見たなぁ、いやというか久しぶりに空を見上げたのかもしれない。地面を見つめていた訳では無いのだが…。懐から麻の袋を取り出すと、その中身を手の上に乗せた。梅干しの種ぐらいの大きさの翡翠の石だった。その石は青白く光っている。
「この石、光ると異世界人が来るんだけどなんでだろう?」答えのない問を呟いた。もう、三十人ぐらい拾いに行っている。そして今では異世界人はかなりの人数なはずだ。しかし、転生してくる理由も石が光る理由も分かっていない。ただ、難民が増えるのも迷惑なので保護している次第だ。また凡人なんだろうな…私に武術で勝った人いないのに引き受けている父さんもお人好しだよな〜。技術者になった人も数人いるけどそんなの一握りの人だよ…。そうボヤくと峠の眼下に街が見え始めた。あー、双葉さんちの唐揚げ食べたいなー。そして、気づいた。あれ、馬に乗ってくるの忘れた…。なんで気づかなかったんだろう。もう街の方が近い。仕方ない、徒歩で迎えに行こうか。というかそれしか選択肢は残されていない。
キラキラと光る湖の水面に目が眩みそうになりながら峠を下り街についた。街はいつも通りの雰囲気である。街道の交差点の街なのでかなり人通りもあり賑やかだが決して大きな街ではない。そう言えば山の上だから寒く感じていたとのだと思っていたけど、ここも寒いな…。街に入ると左手方向に湖があり、その先へ日は沈む。もうかなり日は落ちていた。今夜はこの街で泊まって明日迎えに行こう!という名分で、実は非常に眠かった。峠で寝ようかと思ったぐらいである。
「ごめんくださ〜い」いつもお世話になっている宿屋の暖簾から顔をひょっこり覗かせるとそこは一面ガラス張りで湖に沈む夕日が見られた。
「あ、いらっしゃ〜い」女将さんが出した。前来た時はこんなじゃなかったから改装でもしたのだろう。
「あらー、久しぶりね〜」いつも通りとても高い声だ。悪意はないのだが耳打ちのできないタイプでもある。
「一泊していくかい?今日はまだ部屋に余裕あるよ」いつも一部屋開けてくれているのはここだけの話。夕朝食を出してくれる。権力を振り回している訳では無いが、何故か皆金を取らないしそれ以上に優しくしてくれる。もしかしたら、ここが200年以上前から戦火に曝されてないのはうちのおかげだと思って恩返しとでも思ってくれているのかな?それならありがたい話、ありがとう、名前も知らない私の祖先の人たち!
「やったー!部屋が空いててよかった!お世話になります!」形だけでも精一杯期待に応える。それが私のできることだと思っている。
「2階の一番奥の左の部屋よ!そう言えばまた異世界からの人の救助?」いつもの私の定席である部屋の鍵を渡された。ていうか、救助ってことになってるの?
「救助って言うのかな…とりあえず明日の朝出発して迎えに行きます!今回は今までよりも光り方が強いので期待しているところです」常に敬語──義母さんに耳にタコができるぐらい言われたために身についた。これでも将軍家の娘なのだからしっかりしてないと!
「お疲れ様!これからもよろしくね」階段の上り際に言われた。はい!と元気よく答え客室へと向かった。
客室に着くとやることは決まっている。たすき掛けした風呂敷の中に下着といくつかの携行品が入っている。例えば簡易救急セットとか。
部屋についた掛け湯で体を洗うと部屋に夕日が差してきた。基本、窓は簾がかかっているので外からは見えない。それ故、しばらく裸でいても問題ない。夕日を受けながら部屋に置いてあるジュースを飲むのは至福である。飲み干すと下着を着て忍び装束から袴に着替える。圧倒的に忍び装束の方が動きやすいのだが明らかに怪しまれるのでとりあえず侍の正装にいつも着替えている。少しはマシなはず、と思っているのだがどう思われてるか知らない!そう心中で決着をつけると既に敷かれていた布団に飛び込んだ。仮眠、仮眠だよ…。
目が覚めると外は明るかった。反射的に右手を伸ばし刀を取ってしまうのは癖だろう。この癖は直すべきなのかな?将来お嫁に行くなら必要だろな…。そう思って部屋を見渡すと寝る前より部屋が整っている。あれ?もしかして朝?そう思うまでに時間がかかった。慌てて扉を開けて外に出ると街には魚や野菜が出回っているのが見て取れた。身支度を済ませて下に降りると女将さんが待っていた。
「ぐっすり眠れたかい?」はい!と頷くと、女将さんの奥に朝食が見えた。目玉焼きのようだった。異世界人が持ってきたパンという食材に挟んで食べると口の中にほのかな甘さが溢れてきて美味しかった。
「そんなに焦らなくてもまだ日が昇ってさほど経ってないよ」この世界では太陽と月の位置で時を示す。日が昇ってさほど経ってないということはまだ朝だということだった。
「えっ!そうでしたか!寝坊したと思って焦りました」ははは、と笑いながらに話すと昨晩の話をしてくれた。
「昨晩はね、前線のほかの城で合戦が起きたらしくて街道が夜だというのに騒がしくって…起きないなつめちゃんに何かあったかと思って夕食を皆が済ませた後でなつめちゃんの部屋に入ったんだよ。寝てたから少し片付けて出ていったわ、無断で入ってごめんよ」簡潔に話す女将さんが長く話したから心配してくれていたのだろう。
「ありがとうございます!でも昨日は爆睡してしまってて…忍びとして不覚です…」精一杯の敬意を込めて言った。
「ご飯食べ終わったらそのままでいいよ、私はそろそろ洗濯に行かなくっちゃ」ニコッと笑った後にそう言った。
「いつもお世話になっているので皿ぐらいは洗いますよ」いつも寝坊して放ったらかしで出ていっているので今回ばかりはちゃんと洗うべきだろう。
「あら、そう?なら自分の分だけでいいからお願いね」そう言うと女将さんは暖簾の奥へ消えていった。
朝食を食べ終わり、皿も洗い、風呂敷を肩にたすきがけにして、街に出ると日は確かに昇っていなかった。山の稜線を少し越えたぐらいか。山脈の狭間のこの地域は山の影に多くの時間太陽が隠れてしまうので時間感覚が狂ってしまう。とりあえず、この街から北上すれば転生者の来る柏の木に到着する。それはここから丘を越えてしばらく行ったところである。改めて何故馬で来なかったのかと後悔した。馬で来れば街まで半日とかからないしここから柏の木まで太陽が動いたか分からないぐらいで到着する。
悔いても仕方ないと言い聞かせ柏の木まで歩くことにした。
柏の木が見えてきた。幾度となく見てきたこの木はいつ見ても違和感しかない。というのも、周りに1本も柏の木はないしましてや木すらない。そんな木の下に今回は二人寝ていた。あれー?もしかして1人は一日近く待たせちゃったかな?とりあえず声をかけて見ることにした。
「やぁ、君はここで何をしているんだい?」あれ?失敗したかな?明らかに怪しまれてる気がする。
「警戒してるのかな?私はなつめ、よろしくね!」あれれー?私、声出てないのかな?
「あのー?聞こえてる?聞こえてたら反応してほしいな〜」自分が今話しかけている少年は明らかに困惑した。そして辺りを見回すと自分?と聞いているかのように指さしていたので大きく首を縦に振った。
「もしかして《コミュショウ》というやつですか?」前にこんな感じの人に出会ったことがあり、ほかの転生者から《コミュショウ》と言われていたから使ってみると当たっていたようでギクッとしていた。
「あ、あの、ど、どうも…ここの世界は…?」コミュ障の本領発揮かな?
「多分亡くなってこちらの世界に来たのだと思うよ!」この世界に来た人にはとりあえず死んだと告げることになってるが事実は分からない。
「あ、死んだんですね…お、俺は鷹、ヨロシクな!」あれ?あんまり死んだって言っても驚かないのか〜。
「へぇー!鷹くんか〜、ヨロシクね!さっそくなんだけど、そちらの方も一緒にうちへ来ない?」傍にいた少女もきっと彼の知り合いだろう。でも服が全然違うな…、でも全く知らない人が同じ時に転生したことは聞いたことがない。
「あ、あのー、だ、大丈夫ですか?」あ、鷹は女子に話すのが苦手なんだね…。ごめんね、鷹、忖度出来なかった。まず、知り合いでもないらしい彼の声に反応したのかそれとも自然なのか彼女は寝返りうった。これ以上鷹はアテにならないので仕方なく彼女を起こすことにした。
「うにゃー、何するのよ!って…何奴!!」寝ていた彼女は目にも留まらぬ速さで戦闘態勢に入った。腰を引き、今にも襲ってきそうな体勢だった。正直、私も構えようと思えば構えられるし、あと半秒でもあれば彼女の首に刃を当てることも出来る。ただ、それはやめとく…だって彼女は丸腰なのだから。
彼女は腰に手をやり、何かを取り出そうとしたが、腰には何もなかった。そして観念したのか、その場に跪き、手を上げた。
「殺すなら殺せ!この世に思い残すようなものは何も無い!」うっ、割と肝が据わってるな…。怯んでしまったのは不覚だ。ただ、かなり危険と隣り合わせの世界を生き抜いてきたらしい。
「まぁまぁ、落ち着いて…座って話しましょう?」母の声を真似して彼女を諭すと彼女は大人しくその場に座った。
「お知り合いではないの?」改めて鷹に聞いてみた。
「い、いや、し、知り合いでもない、あ、赤の他人です。」本当に女子と話せないようね…。
「同じくっ」少女はキッパリと答えた。
「へぇーこの世界に同時に召喚されたわけでもないのに同じような時間に転生するんだ~」正直初めてだった。第一、同じ時に2人以上来たことを見たことすらないのに。
「転生!?私は死んだの?」少女は目を丸くして私に迫ってきた。どこか悲壮感がありまたどこか嬉々とした物を彼女の目から感じた。
「死んだんじゃないかな?」足を組み替えながら言うと彼女は元の場所に座った。
「そっか…でも空爆にはもう遭わなくていいんだものね…前向きに捉えないといけないのかな…」彼女の目から感じた悲壮感はどこかに行ってしまったようだった。
「鷹は何をやってたの?あと…君はなんで死んだの?」何も話さない鷹をどうにか話に引き込みたかったがどう言ったらいいのか…。
「引きこもり。ヒザの怪我のあと引きこもりになったがその前はサッカーをやってた」ぶっきらぼうな返答だったが、これが鷹の限度なのだろう。
「男子は引きこもってないでお国のために命を捧げるんでしょ!でも、弾傷一つないし、5年近く前から蹴球禁止だから…。まさか未来の人っ?」未来の人と一瞬で考えを変えられる彼女に正直感嘆した。私はそんなに簡単には信じられない。
「あなた、何年から来たの?」
「え、えっと…2017年かな?」また振ってみたがやっぱり苦手なようだ。何か共有できることができるまで待つしかないかな?
「あ、あと君の名前は?」初めて鷹が自分から口を開いた。とはいえ、声は震えている。
「私はあずさ。1945年から来たわ」1945年はほかの人から戦争中だったと聞いたな…だから《クウシュウ》とやらを怖がってるのかな?
「城に戻れば1945年のことを知っている方が居られるはずだわ」少しは着いてきたくなったかな?
「なんか知りたいような知りたくないような…」あはは…とあずさは微妙な顔だった。それも仕方ないかもね…。
「ところで、あなたはおいくつ?ちなみに私は16よ」話の内容がわからないから歳の話を振ってみた、が、唐突すぎたかな?
「俺も16歳。」そりゃ、女子に耐性の無い男子が唐突に話しかけられてまともに話せるわけないよね。
「あら、なら弱々しい彼は年上ね。私は15歳になったばかりよ」は、はぁ。どうやら鷹は完全に見下されているようだった。