第8話 兄の部下に殺されそうです。
二人が降り立ったそこは、丘の上だった。
見上げれば青い空に雲が流れ、大きな木がバランスよく配置されていた。
涼やかな高原の空気。
遠くには海も見えた。
吹き抜ける風が心地よい、穏やかな場所だった。
『ここはね、オリヴィエが一番好きな場所なんだよ。』
ようやく結わけるようになったクリーム色の髪を、二つに分けて青いリボンで結んで、
まっしろいサマードレスを身にまとった少女が、にっこりと笑った。
風の館がある、風の丘だった。
『オリバー様?』
少女にレイリークは尋ねた。
『そうだけど、そうじゃない。
オリヴィエは、オリバーの一部だけど、全部じゃない。
あなたたちが探しているのは、大人のオリバーでしょう?』
『あにうえは、ここに、いるのですか?』
『ここだけど、ここじゃない。
…あなたは、イルなのかな?』
『そうです。』
『大人になれたんだね。良かった。』
『?』
『あのとき残されたあなたが、無事に生きていけるのか、
オリバーはいつだって心配していたんだよ。』
『わたしは、あにうえが亡くなったのだと信じていました…。
幽霊でもいいから、出てきてくれないかと思っていた。』
『でもね、同時に許せなかった。』
『え?』
『なんで、自分ばかりこんな目に遭うんだろうって、思ってた。だって、違うのは色だけ。
イルハンは武術を習い、オリバーは魔術を習ったけど、
大きな魔力をもつ子供は、器となる体を鍛えないと、
大人になることもできないんだよ。
それを、代々魔術で身をたててきた家の人たちがしらないわけはないんだ。』
『わたしは、魔法を使ったことは、ない。』
『イルハンだって、オルハンと同じだけの力を持っていた。
それを支えるための器も、作ってもらった。
選ばれたのは、イルハンだったから。』
オリヴィエは、泣かなかった。
『オリバーは本当はあの日、捨てられるはずだった。
黒の森の穴からでてきた厄災を倒し、穴を塞ぐための人柱として。
だけど、父様は最後まで迷って、オリバーを逃がした。』
オリヴィエは、泣けなかった。
『そして、自分の命を使って、精霊のシッキム様のところまで、連れていってくれた。』
オリヴィエは、息を大きく吸って、はいた。
『あなたは、はじめましてだね?』
オリヴィエはレイリークを見上げた。
『はじめまして。オリヴィエさま。
わたくしは、レイリーク・カイン・(中略)・ブラッドベリー。オリバー様にお仕えしています。』
レイリークは膝をつくと、オリヴィエの手をそっと持ち上げ、騎士が自分のレディに捧げる忠誠のキスをその手に落とした。
『…?』
『私はオリバー様の騎士ですから。
あなたの騎士でもあるのです。
もしできることならば、もっと早くにお会いして、お守りしたかった。』
オリヴィエは視界がにじむのを感じた。
『あなたに出会えるんなら、オリバーは旅に出てよかったね。』
『はい。
わたくしも、オリバー様に巡り会えたことを、
そして、小さなレディに会えたことを感謝しています。』
『オリヴィエも!
立派なレディにはならないけどっ
レイリークさんに会えて嬉しい。』
オリヴィエは、ポロポロと涙をこぼしながら笑った。
『あの森の中に、オリバーがいるよ!』
オリヴィエが指を指した先に、小さな芽がたくさん萌え出でて、にょろにょろと成長し、あっという間に深いもりが出来上がった。
『オリヴィエさま。』
『なに?』
『あなたは立派なレディにだってなれます。
そして、是非わたくしと踊ってください。』
レイリークの申し出に、オリヴィエは泣きながら笑って、頷いた。
『よろこんで。』
そして、真っ白なふわふわのスカートをつまむと
綺麗なカーテンシーを披露した。