第6話 案の定チンピラちゃんは問題を抱えているようです。
オリバーの住まいは、大きな森の中にある。
森のなかに、カフェレストランのついた大きなホテルがドーンと一つ、
不自然に立っている。
これには、訳があった。
実は、オリバーのホテルは、大きな穴をふさいでいるのだ。
世界に開いた大きな穴を。
そして、オリバーの本業は魔法使いであり
その穴を含めた森の守護者だった。
オリバーは、周辺の都市から派遣されてきた兵士達とともに、世界を守っているのだ。
たぶん。
カイラもそんな兵士の一人だった。
カイラの特技は一度見た図柄を正確に記憶して書き起こすことができること。
もとは諜報部にいたが、情報戦に嫌気がさして
境界領警備隊に志願してきたのだ。
カイラはベッドにスカーレットを押し込むと、
そのままオリバーの仕事部屋…
たぶん司令本部、に報告に向かった。
トントン…と、ドアノックをして心の中で10秒数える。
なぜなら以前三秒で開けたら、中でレイリークとオリバーがイチャイチャしていたからだ。
「カイラスです。スカーレット様は就寝されました。」
それから10秒更に数える。
「ご報告に参りましたが、出直しましょうか?」
そのあとすぐにドアがあいた。
「ごめん、ありがとう。おまたせしました。湯冷めしちゃうね。どうぞ入って。」
オリバーが申し訳なさそうな顔をしてカイラスを部屋にいれた。
「どうぞ、かけて。こんなプライベートなことに手を貸してもらって…その、お風呂までいれてもらって本当にごめんなさい」
「いいえ。一番信用して下さったわけでしょう。誇りに思いますよ。」
カイラスは普段の甘ったるい喋り方とは違うが、いつもと同じ穏やかな眼差しで微笑んだ。
レイリークが居心地が悪そうな顔をした。
「それで、そう。オリバーさまの気にされていたとおり、洗脳の処置の痕跡らしきものをみつけました。書くものをお借りできますか?」
スカーレットの体に刻まれた三つの図形を書き起こした。
3つ目の半分くらいを書いている頃に
「あああ…」
オリバーが苦しそうな声を漏らした。
「オリバー様?」
そばに控えていたレイリークがとっさにオリバーの手に手を重ねた。
オリバーの手が小刻みに震えたからだ。
「ええと、ええとですね…。」
オリバーは言葉を選ぶように目を彷徨わせた。
そして、ぎゅっと目をつぶる眉間にシワを寄せてしばらく考え込む素振りをみせた。
「ちょっと…。あー…。足りないかも知れないけど…。
でも…でもなー。」
「どうしたんですか?」
レイリークがここぞとばかりに顔を近づけてオリバーの瞳を覗き込む。
「その…ええと…
アスランとここを…これからも…お願いしていいですか?」
ぱちぱちと瞬きする黄金の瞳をうっとりと眺めながらレイリークは頷いた。
「もちろんです。は!オリバーさま、今のはもしかしてプロポーズ…?!」
レイリークは顔を赤くしてオリバーの手を握ろうとしたが
オリバーはそれをかわすと、すすすっと足早にドアまで移動して、そしてもう一度レイリークを振り返った。
「ご、ごめんね。」
そういうと、オリバーは部屋を出た。
「「オリバーさま?」」
残された二人はきょとんとしたが、いち早く我に返ったレイリークかすぐさまオリバーをおいかけた。
「オリバー様」
レイリークの声を無視することなんて、
普段は絶対しないのに、
オリバーは止まらなかった。
「どこへ…ああ、スカーレットさまのところですか?」
レイリークの後ろからカイラも小走りで追いかけた。
オリバーはスカーレットに割り当てられた部屋の前につくと、ドアに手をかざす。
『レット、起きていますか?
入りますよ。』
カギがガチャリて開く音がして、オリバーはノックもなしに、乱暴にドアをあけた。
「ああ、やっぱり」
オリバーは、そういうと、たしかに舌打ちをした。
後ろから見ていたレイリークとカイラスがみたのは
青い光に包まれて宙を浮くスカーレットと
そんなスカーレットに手を伸ばし、
何事か呟くオリバー。
そして、真っ白の光の渦と
そのあとすとん…と落ちてくるスカーレットを抱きとめるてベッドに寝かしたオリバー。
そして、健やかな寝息をたてるスカーレットと
その横に崩れ落ち、全く動かないオリバーだった。
「オリバーさま!?」
二人が駆け寄ると、オリバーの髪は真っ白になり、うっすらとあいた目からは、黄金色の瞳がのぞいていた。
レイリークはオリバーの呼気と心音をまず確認した。
微妙なラインではあったが、とりあえず、生きていた。
たぶん。
『カイラ、スカーレットさまは?』
『寝てるだけに見える。あ、刺青、消えてる‼』
『そうか、カイラは今晩はスカーレットさまを見ていてくれ。
朝には交代のものを用意する。』
『わかった。オリバーさまは、それ、大丈夫なの?』
『たぶん。風の禁で魔力を消費した後だったから、足りなかったんだろう。お髪と瞳の色が戻ってしまっているから、だいぶ無理もしたのかもしれない。』
『こりゃ、シッキムさまが慌てて帰ってくるわね。』
『助かるな。』
レイリークは、オリバーを抱き上げると部屋を出た。
出たところに、泣きそうな顔の子供と、困った顔の犬をみつけた。
『大丈夫ですよ。さあアスラン、手伝って。』
意識の抜けたオリバーは
あまりにもどこもかしこも真っ白でうすっぺらくて
まるで紙のようだった。