第33話 上司にプロポーズされました
あと一時間くらいで脱出しなくちゃなーなどと
オリバーが思っていると、
遠くからレイリークに呼ばれた。
『オリバー様‼』
レイリークは黒地に銀の模様が入ったキルトをまとっていて
美しい筋肉の様子が見てとれるその姿は、
それはそれはセクシーだった。
『オリバー様‼こちらにいらしてください。』
オリバーは手を振った。
『いーよ、いーよ。若い者同士騒いでなさいよ。私は最初にご挨拶したし。』
一応、境界領の領主というていなので、
乾杯の挨拶をしたのだ。
『個人的にお願いしたいことがあるんです。来ていただけませんか。』
珍しく、レイリークは自分がたっている場所から動かなかった。
『ええー。まあ、リクにはお世話になりっぱなしですからね。
いまいきますよ…って、どうしたんですか。』
オリバーが動き出すと、いつのまにやら後ろにイルハンとシッキムとエディンがいた。
エディンが、なにやらフワッとしたものをオリバーに被せた。
『なんです?これ。レース?』
『綺麗だぞ‼オリヴィエ‼』
『えぇ?』
『兄上、シッキム様の腕に捕まって歩いてもらえますか。』
『なんで?』
『いいから、さっさと。』
『ええぇ?…パーパもマーマも…何で泣いてるんですか。』
オリバーはシッキムとエディンの突然の涙に面食らっていた。
『小熊ちゃん…』
幼少のとき、たしかに、よく小熊ちゃんと呼ばれたが…
『な、なんだか、よくわかりませんが…腕に捕まればいいんですね…はぁ。』
オリバーは、よっこいしょとかいいながら、
シッキムの肘の辺りをなんとなく掴むと
舞台までの道を歩いた。
…なぜだか、道ができていたのだ。
両脇には涙ぐんだ駐留軍のメンバーがいて、拍手している。
なぜだか、楽器の得意な面々が、どこかで聞いたことのある音楽を奏でている。
たんたかたーん、たんたかたーん、たんたかたーんたか…
前を見れば、頬を紅潮させたレイリークが待っていて、シッキムからレイリークにオリバーは引き渡された。
あぁあ…。オリヴィエなら喜びそうだけど…。
と、オリバーが自分の心の中の女の子な部分をおもいだしていると…
『オリヴィエ様の正装はいま仕立てています。』
レイリークがそっと囁いた。
『へ…』
二人が一段高い舞台に上がると
イルハンが布に包まれた長い荷物を持ってきた。
そして、恭しい手付きで布をはぐと、
中から出てきたのは、水晶とみまごうような輝かしい細身の剣だった。
『なにこれ。』
『うちで一番由緒正しいと思わしき剣です。
ちなみに兄上のですよ。
スターライトベルといいます。
代々長子に相続される宝剣です。』
『えぇー。そんなん…。イルはそんなん持ち歩いてんの?』
『私がこれを手にしたのは今が初めてです。
城で大切に保管していました。
今回は神官の資格を持つ妻に持ってきてもらいました。
ごちゃごちゃ言わずに持ってください。
見た目より重いからしっかり握ってくださいね。
本物ですから、落としたら怪我しますよ。』
『ええー。真剣なんて持ったことないよ。怖いなあ…。あ、そんなに重くないじゃん。もしかして筋トレの成果かな!?』
オリバーはぶつぶついいながらも剣を受け取った。
それを見守っていたレイリークが、そっとかがみ床に膝をついた。
その瞬間、周囲から音が消えた。
『オリバー様、騎士叙任をお願いいたします。』
『じょにん?
これ、結婚式じゃないの?
だいたいレイリークはもう立派な騎士じゃないですか。』
『まだプロポーズしていただいていません。
私はオリバー様だけの騎士になりたいんです。
そのために、その宝剣をイルハン様に持ってきていただきました。
それは、オリバー様のものです。』
あの夢の中で
少年のオリバーが手にした水晶の剣。
実際のオリバーには、あまり連れ戻された時の記憶はないのだけど。
『ええ…。
んー、つまり、この剣で叙任されたいのですか?
それが、プロポーズに…。
ぷ…プロポーズ…。
きゅうこん…。
…きゅうこんして、いいの?』
『はい。』
『………………わかりました。』
オリバーは、剣で、そっとレイリークの左右の肩に触れた。
レイリークは頭を垂れたまま動かない。
『レイリーク・カイン・(中略)・ブラッドベリー、あなたは私の騎士になってくださいますか?』
レイリークは、動かなかった。
『私の騎士に…なって、ください。
…私とともに、生きてください。』
オリバーが言い直すと、レイリークは顔を上げた。
オリバーは、上からレイリークの顔をまじまじと見るのは初めてだった。
白いはだに紅潮した頬、ストロベリーブロンドの睫毛に縁取られた若草色の美しい瞳が、やや潤んでいるように見えた。
ああ綺麗だな、とオリバーは思った。
『喜んで、お受けします。』
レイリークが答えた瞬間
二人の足元から、細かな星が溢れだし
銀色の美しい模様を描きながら
周囲に広がった。
ガランゴロ~ンと鐘の音も。
『え‼』
オリバーは明らかに原因と思われる燦然と輝く宝剣を見た。
『それ、スターライトベルっていう銘の伝説の宝剣なのですわ。
それを持って、本当に愛する人に告白して受け入れられると、星が溢れて幸福の鐘が鳴るという伝承があるんですけど、本当なんですね。』
シアーシャが未だに輝く星屑をうっとりと眺めながら解説した。
『え!アスラ、ちょっとこっち側においで。』
オリバーはシアーシャの横にアスラを見つけると
剣を近づけないように利き手と反対側に呼び寄せた。
そしてしゃがんで、アスランの目をのぞきこんで
しみじみとささやいた。
『私はアスランのことが大好きだよ。』
『僕もパーパ大好き‼』
しゃらららららんっっと先程とはまた違う音色のベルがなり、またも大量の星屑があふれた。
『うわ、これ、本物だ…』
『オリバー様‼』
『え?あ、リク、ごめん。足しびれた?』
『しびれました。手を貸してください』
オリバーは、足元にスターライトベルを置くと、
レイリークの手をとり、立ち上がらせた。
『オリバー様。』
レイリークは、オリバーの両手に、救うように己の手を重ねた。
『私からも贈りたいものがあります。』
『?』
レイリークは、息をゆっくりとすった。
そして、一音一音、丁寧に音を確かめるようにうたいだした。
低音の豊かな彩りある声で紡がれるのは
子守唄のような旋律。
二人を包むように出現する金色のシャボン玉。
それは、イルハンが披露した、双子の魔法…
『改造したんです。』
こともなげにレイリークは言った。
イルハンとオリバーに何度か再現させて、カイラが図面に起こしたものをレイリークは分析した。
『リク…。あの、本当に…』
オリバーは、余計なことをいわないように
引き寄せられ、口を塞がれ
大歓声のなかレイリークに抱き締められた。




