第32話 PDCAの裏側で。
あの夜、泣きそうだったのは、むしろリクだった。
まるで、死神に心臓を掴まれたようだった。
この、世界の果ての美しい場所で、いつまでもいつまでも幸せに暮らすのだと思っていたのに。
☆
誰が世話をしているのか、館の中庭は年中美しい花が咲き乱れていた。
イルハンは、ベンチの隣に座る青年に声をかけた。
『レイリーク隊長は、都に戻る気はないのかい。』
レイリークは首を横に振った。
普段の凛とした様子とは違い、どこか頼りない様子で。
『もう5年もたってる。
ほとぼりもさめたし、多少の世代交代はしてる。
兄上のことは感謝している。
だけど、君には君の人生があるだろう。
多少は引き立ててあげられるよ。』
レイリークはもう一度首を横に振った。
『私の人生は、ここにあります。』
イルハンは、空を見上げた。
『…ここは、たしかにいいところだけど。
なんというか、すべてのものの色が鮮やかで。』
『ご飯も美味しいですよ。』
『たしかに、あの料理長は凄いな。
一つ一つの料理がものすごく美味しい。』
『大切な仲間もいるんです。』
『ああ…。』
『いま、離れたら、私はここに、戻ってこれない気がします。』
レイリークは、最愛の人と同じ顔を持つイルハンの目を、真っ直ぐみた。
『そうか。悪かった。
ただ、何かの役に立ちたかった。』
『では、力を貸してください。
ここにいる私と、都に帰るイルハン様にしか出来ないことがあります。』
☆
急遽開かれたパーティーには、ほぼすべての駐留軍のメンバーが顔を揃えた。
それは、ほとんどパーティーというよりは
閲兵式のような有り様だった。
『うそ、みんな、これ、着るの?
みんな、これ、持ってたの!?』
オリバーは、全員のキルト姿に唖然とした。
『一応、我が国の男性の正装なんですよ‼
冠婚葬祭に軍事演習、もちろん実践でも大活躍!
この布一枚まとっていれば、どんな風に死んでも、どこの誰かわかりますからね。』
カイラがひらひらとプリーツを揺らしながら笑った。
うちの模様は可愛いんですよーとかいいながら。
『そうなんだ…。寒い土地柄なのに…なんでだろうね。』
オリバーは遠い目をした。
『わー。足がすーすーするっ』
『はっはー。スカートすげぇ久しぶりにっ』
アスランのキルト姿は愛らしく、スカーレットのキルト姿は意外にも可憐だった。
らっしーも首にタータンチェックのスカーフを巻かれていた。
『にゃあー…』
ちなみにオリバーがシッキムに渡された毛皮の正体はウィンディーであった。
『まあ、なんか、ご飯豪華だし、いっか。』
オリバーはもこもことご馳走を頬張るアスランとスカーレットをみて、ふにゃっと笑った。




