第31話 タータン
『ありがとうございます。』
『着てみてください‼』
『…もったいないので、大切にします。』
『今すぐ着てみてください‼』
オリバーは、渡された高価な衣服に目を落とした。
ミラでは、貴族には、家ごとに模様がある。
パンジェンシー家の成人した男子にのみ許される正装を手に、オリバーは途方にくれていた。
『いやでもこれ、本当にすごい価値があるものでしょう?』
『はい!イルハンさまのとお揃いです!
最上級のウールです。一流の職人に頼みましたし、自信をもってお兄様にきていただけます‼』
『いやほら、じゃあやっぱり、ここぞというときに…ね?』
オリバーの力ない微笑みをうけて、
シアーシャはにっかりと笑った。
『じゃあ、パーティーをしましょうよ‼
隊長にも着てもらって‼
たしか、ブラックベリー家は黒色でしたよね‼
超セクシーだと思いますよ?』
『ごふぁっ』
『シアーシャ‼慎みなさいっ』
『いたいですわ!いたいですわ!
皆様だってみたいくせに‼
お兄様の絶対領域を‼』
オリバーは、意識を失いそうになるのを必死で耐えた。
いまここで、意識を手放したら何をされるかわからない。
オリバーはずっしりと思い、故郷の民族衣装を落とさぬようにうずくまった。
『あわわ‼お兄様のライフが‼』
『だれかー‼だれかー‼ってか、レイリーク様ー‼』
オリバーは、背中に暖かい大きな手が添えられたのを感じてから、意識を手放した。
☆
『裏切られた…。』
目を覚ました瞬間に、オリバーは風呂に放りこまれた。
『オリバーさま。動揺しすぎです。
修行が足りませんよ。』
オリバーは、シャンプーハットを被って
頭をわしゃわしゃとレイリークに洗われていた。
『だって、あれ、ハードルたかいです…。
リクも、あれ、着るんですか?』
『着ますよ。というか、年中着てますよ。
謁見に行くときとか。パーティーとか。演習とか。』
『…演習って…走るんですか…?』
『走りますし、跳びますし、演舞とかもしますよ。』
『…めくれたりしませんか?』
『動けばめくれますよ。だから、みえる位置にタトゥーをいれる兵士もいます。たぶん、お洒落で。』
『…』
『大丈夫です。オリバー様が気になさっているのは、足が露出することでしょう?上品に着付けて差し上げます。』
『ほんとうに?』
いつになく、子供っぽいオリバーのものいいに
レイリークは声をたてずに笑った。
『ええ、約束いたします。』
☆
『…似合わない。』
眉根を寄せてつぶやいたオリバーに、リクは穏やかな笑顔で首を振った。
『そんなことはありません。よくお似合いです。』
『これじゃあ、オリバーのコスプレ喫茶だよ。』
『ぶっ…』
横で紅茶を飲んでいたティルダが吹いた。
『ねぇパーパ。本当にパンツはかないの?』
『はいてるよっ‼』
『ぶふうっ』
さらにシアーシャが鼻血を吹いた。
オリバーの身に纏っている民族衣装は、重厚感のある豪奢な風合いだった。
パンジェンシー家のみに許された模様を織り込まれた最高級のタータン。
キルトも上着も最高の羊毛を、最高の職人が最高の技術で織った一級品だ。
そして中身のオリバーもそんじょそこらには居ないほどのイケメンである。
が。
『ちょっと皆さま。
そんな目で、オリバー様をみないでください。』
顔面を崩壊させながら食い入るようにオリバーを見つめる15人の公爵夫人にリクが苦言を呈する。
『ぶふっ…絶対領域ッ』
エマは白のハイソックスとキルトの間に見え隠れする
オリバーの真っ白な形の良い足を見つめながら、昏倒した。
フェリシティーの反応はともかくとして、オリバーの正装は概ね好評だった。
もう一人、尋常ではない反応を示したのはシッキムだった。
『あの小熊ちゃんがこんなに立派になって…!』
髭でもこもこの口を両手で押さえ、感極まったのか目を赤くして涙さえ浮かべていた。
そして、中空に手を差し出すと、どこからともなく豪奢な白銀の毛皮を取り出した。
それをレイリークに渡すとレイリークが肩にきせかけた。
美しい、ハイランダーがそこにはいた。




