第13話 過労死も目前です
『ああ、イル!ちょっと話が。』
館を走り回っていたイルハンは、
まさに、探し回っていたその人に呼び止められた。
真っ白な、肌は数日前よりもやや青ざめていた。
『兄上、具合がよくないんじゃ…』
『んーん。寝不足。もうすぐイルハンは帰ってしまうから、その前に頼み事をしたくてね。
資料を作ってたんだ。
今から話してもいいかな?』
『もちろんです。』
『おれはー?』
イルハンの後ろからひょっこり顔を出すスカーレットに、オリバーはにっこり笑った。
『ああ、スカーレット…。』
そして、壁から受話器をとると
珍しくきりっとした声で話した。
『脱走兵発見。0125区画にて、脱走兵発見。』
『ひっでー‼』
『だって、スカーレット。
みんな、君のために、すごく一生懸命考えてくれたんですよ。
ご飯も毎日美味しいでしょう?』
光の早さで駆けてくるのは、ツインテールも眩しいカイラだ。
『あ、カイラもちょうどいい。
スカーレットを戻したら、来てくれるかな?
公爵閣下に経費と人員の増強をお願いするから、一緒に囲もう。』
『いえっさー!』
カイラは野太い返事をすると、スカーレットを抱えて光の早さで駆けていった。
『囲まれるんですか…』
『そう。囲んで圧力をかけようと思ってる。』
☆
イルハンは囲まれていた。
オリバーを膝にのせたレイリークと
カイラと
シッキムに。
オリバーが倒れて以来、レイリークはオリバーへの執着を隠そうとしない。
そして、なんとなく、イルハンに対してケンカ腰だ。
『…我々はわりあい仲良くやって来たと思うんだけどね?』
『がるるるる…』
(その通りでございます、閣下。)
『ああ、りくったら、本音と建前が逆転しているよ。可愛いなあ…』
レイリークの肩口に額をこすりつけながらコロコロと笑うオリバーに、
シッキムが苦言を呈する。
『いまは、ちょっと、離れなさい。』
『あああ、申し訳ありませんッ。』
レイリークはシッキムにはへこへこすると
壊れ物のように、大切にオリバーを抱えあげて、
クッションを乗せた椅子におろした。
『それでは、話を聞こうじゃありませんか、兄上。』
☆
まず、カイラが紙の束をどさりとおいた。
『こちらをご覧ください。
現在、例の穴に被せてある魔方陣を100のパーツに分解したものです。』
一つ一つが精巧で美しい幾何学模様だった。
『ここ10年、オリバー様が一人で編み、一人で魔力を吹き込み、風の精霊のシッキム様の助けを借りて、穴に被せ、結界としてきました。
その結果、10年間での、魔力災害は、人為的なものをのぞけばゼロであり、それはその前には考えられなかった状態です。』
そこでオリバーが引き継いだ。
『この10年間、試行錯誤いたしまして、
今回使用中のこちらの陣は、分解が可能になりました。
また、図式に起こすこともいたしました。
これは、35年前に、先々代のパンジェンシー公爵家で遺失した禁呪の代替えになる、画期的な魔法です。』
『現在の形式、つまり、わたくし、オリバーが風の精霊シッキム様との契約において、一人で結界を維持できるのは、おそらくあと二年ほどです。』
そこでシッキムが挙手した。
『失礼。
余談ですが、私が契約しているのは、オリバー個人であり、この王国ではないので、このままオリバーが結界の維持で生命を消耗して他界した場合、
守護は打ちきり、祟ります。
話を中断して失礼しました。
続きをどうぞ。』
『祟るのは良くないですよ。
気持ちはうれしいけど。
まあ、そんなわけで、
このそれぞれの設計図から魔方陣を起こす工房の設立と、魔力を流し入れる人員の確保、風の精霊を都度召喚するための儀式の開催を
国の仕事としてやっていただきたいのです。』
イルハンは、手元の魔方陣に目を落とした。
『私は魔法の知識がないのですが、これを魔方陣に起こすというのはどれくらいの時間と人手がいるのですか?
それは、特殊な技術なのですか?』
オリバーはにっこり笑うと手のひらをそっと差し出した。
オリバーの手のひらの上に、
揺らぐように金色の光が立ち上った。
それはしばらくするとまばゆい金色の糸となり、
生きているかのように、うねうねと動いた。
『これは、パンジェンシー公爵家に代々伝わる金糸魔法です。魔力で編み出した糸をよって、魔方陣を編み、そこに魔力を流し込むことで効果を発現します。
この、一子相伝の技術を、受け継ぐ職人の集団を作っていただきたいのです。
このままだと、私の死亡を持って、この技術は消えます。』
オリバーの金色の瞳が、しっかりとイルハンの瞳を捉えた。
イルハンはさらに問いかける。
『当家以外にも魔法に優れた家はあります。マスカテル、モルティー、サロメチールの三つの公爵家には、その特殊な魔法はないのでしょうか?』
『おそらく、どの家も何らかの特別なものがあるのでしょう。
将来的に、それらが開示されれば、
それを基礎として、穴を永久的に塞ぐ方法をみつけることもできるかもしれません。
そもそも、あの穴を開けてしまったのが
行きすぎた魔法の開発競争の結果ですから。』
オリバーは、ふと目を細めた。
そしてそのまま、がくんとつっぷした。




