第11話 王子さまは王子さまの口付けで目覚めました
『おかえり。』
オリバーが目を開けると、そこには懐かしい、シッキムの夜明け色の瞳があった。
『…』
オリバーは口を開けようとしたが、動かなかった。
というか、まぶた以外どこも動かなかった。
『こんな、無理を…しては、だめだよ、オリバー。』
シッキムまでもが泣いていた。
限界を越えた魔力を出力したあとの
払いきれない代償は、オリバーの命を奪おうとしていた。
オリバーの視界に、イルハンが入った。
『兄さん。』
唯一動くまぶたを、返事がわりに動かしてみる。
ぱちぱち
『わたしは、今まで一度も魔法を使ったことがありません。』
ぱちぱち
『だけど、ひとつだけ、まじない歌を習いました。
本当は6才の誕生日の時に、披露するはずで
言葉も、節回しもけして間違えてはいけないと
毎日、鍛練の始めと終わりに練習させられました。』
ぱちぱち
『あなたを助けたいと思った時に、使えと言われたおまじないです。』
ぱちぱち
『たぶん、私は今でも正しく歌える。』
イルハンは、さりげなくレイリークをどけて、オリバーの両手をとると、低く歌い始めた。
それは、どこか懐かしい、子守唄のような優しい旋律だった。
ふわりとしたまるい光が
いくつも二人の回りを漂った。
光は二人の回りに美しい文字を描き出した。
美しい黄金の魔方陣は二人をくるみ、そして光を溢れさせて消えた。
『言葉の意味はわかりません。
ただ、あにうえに、私の元気を半分分けてあげるおまじないだと習いました。』
オリバーは、人間らしい容貌に戻っていた。
髪が白いのと瞳が黄金色なのは致し方なかったが、
たしかに、血のかよう肌の色に戻っていた。
『ウィルフ…。すごいの、仕込んでたんだなあ…』
そう感嘆の声を漏らしたのは、シッキムだった。
『私はこれをおまじないだと習いましたが…
これは魔法ですか?』
『立派な…立派な魔法だよ。君たちだけのために、希代の魔法使いが二人がかりで練り上げたすごい魔法だ。』
『二人?』
『ウィルフとおやじさん…君らのお父さんとお爺さんだよ。』
『そんなこと分かるんですか?』
『…署名…とっ…メッセージが…魔方陣に入ってる…から。けふっ。』
かさかさの声で答えたのはオリバーだった。
レイリークが水差しでぬるま湯を含ませる。
『メッセージ?』
イルハンは、オリバーをみた。
顔が涙やその他でぐしゃぐしゃだった。
『っふ…』
嗚咽していて、話せる様子ではなかった。
シッキムが、自分も顔を手で押さえながら
震える声で静かにいった。
『最愛のきみたちへ。生まれてきてくれてありがとう。
お誕生日、おめでとう。…そう書いた、光のリボンが君たちのまわりをくるくるまわっていたよ。』
シッキムは、親友の顔が思い出されて、涙が止まらなかった。
最後に会ったウィルフの顔を長らく忘れていた。
『オリバーは限界まで力を出力する訓練を課された。おそらく、イルハンは限界まで力を貯める訓練を課されたんだろう。』
『…なるほど。私の魔力を半分兄さんに渡す魔法だったんですね。』
イルハンは、自分の体も軽くなっていることに気がついた。
『いくら頑強とはいえ、よくここまで持ちこたえたね。』
シッキムがイルハンを見上げた。
『イルハン、きみは、頑張ったんだね。』
イルハンはきょとんとした。
今まで、たくさんのことを頑張った。
オリバーよりも早く大人として生きなければならなかった。
なくしてしまった兄の分もと思い頑張ってきた。
…労われたのははじめてだった。
今日は涙腺が緩みっぱなしだと、涙ぐんだその瞬間…
『ちーっす』
突然あいた扉から、ちんぴらがゆらゆらと顔をのぞかせた。
そして、
『あれ、死んじゃったの?』
…縁起でもないことをいった。




