一本のヒモ(ショートショート38)
寝転んでテレビを観ているとき、目のはしにチラッと何かしら赤いものが映った。
――うん?
見るに押入れのフスマと柱の隙間から、指の太さほどの赤いヒモが十センチほどのぞいている。
あんなものを押入れに入れた記憶がない。
――どういうこと?
オレは立ち上がると押入れの前に行き、そろりとフスマを開けてみた。
上段には服をぎっしり並べてかけてあるのだが、赤いヒモはその奥の壁の方へ続いていた。
ヒモをつかんで手前に引いてみると、ズルズルと一メートルほど出てきた。
――どうなってんだ、こりゃ?
ヒモの先は服の奥にあって見えない。引けば、まだまだ出てきそうだった。
と、ここで引き返される。
押入れの奥にだれかいて、オレと同じようにヒモの一方を引いているみたいだ。
両手でヒモをにぎり直し、オレは腰を入れて手前に強く引いた。すると服と服の隙間に、ヒモをつかんだ手が現れ、続いて見知らぬ若い女が顔をのぞかせた。
――ふむ。
なかなかの美人である。
その女と目が合った。
「キャー」
女が悲鳴をあげる。
――うわっ!
かたや、オレはうしろ向きに転がった。
手からはなれたヒモが、押入れの奥にズルズルと引きこまれてゆく。
そして消えた。
再び押入れをのぞくに女は消えていた。
服をかき分けてみたが、どこにも女の姿はなくヒモも消えていた。
ヒモは赤かった。
――運命の糸?
もしやと思った。
それにしてもひどいではないか。
女はオレの顔を見て手をはなしたのだ。しかもいきなりだ。
その後。
ヒモが二度と現れることはなかった。