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第三話

 清水さんの話しによれば、それは突然の出来事だったらしい。

「当時、わたしの預かっていた子供達は十八人でした。年長組と言われる十五歳から十八歳までの五人。年中組という十二歳から十四歳までの四人。そして、年少組の五歳から十二歳までの九人。当時は、年長組に少し問題のある子がいたんですけど、際立って悪いことをするようなことは無かったんです。ただ、その所為か、真面目な年中組とは仲が良くなかったんです。それで、食事は別々に食べるようになってしまっていて…」

 清水さんの話では、どうやら年長組という集団と年中、年少組という二つのグループに分かれてしまっていたらしい。仲の悪い者同士が顔つき合わせて食事もあったもんじゃないだろうと機転を利かせ、時間差で食事を取らせてた。年長組が年中、年少組の後に食事するって形だったらしいが、夜の長い年長組にも好評だったらしい。

 清水さん達、世話をする方にとっても、大人数を一度に相手しなくて良い分、好都合とも言えた。

 そんな中で事件は起こった。

「その…問題のある子がいきなり苦しみだして、泡を吹いて倒れたんです。もう、その後は……」

 言わずもがな、次々に倒れていく子供達に清水さんは右往左往だったことだろう。

「…警察にも調べられたんですよね?」

 酷な質問だなと思ったが、知りたいことは全て聞かないと、あたしが後で怒られる。

 清水さんは、昔の想いが蘇ったのか涙ぐみながら、気丈に頷いた。

「ええ…もちろんです。毒物による中毒ということでした。確か蛇毒と蜘蛛毒の混合だとか。どれも日本では手に入れるのも大変なものらしくて、捜査も遅々として進まないとかで…」

「蛇と蜘蛛? で、毒はどの料理に入ってたんです?」

「それが……」

 清水さんは、言い澱んだ。言い難い素振りじゃない。何か困惑しているような表情だった。

「…それが…全ての子がバラバラなんです」

「バラバラ?」

「はい…問題のあったヒトシ君はグラタン。アキラ君はロールキャベツ。トシハル君はサラダ。モロズミ君はコンソメスープ。サダヨシ君に至っては…水です」

「???」

 今度は、あたしが困惑顔をする番だった。

 そんなことが可能なのだろうか? グラタンはきっと一皿づつで焼いたものだろうから、そこに毒を入れるなんて手間を考えると、一鍋で済むコンソメスープに入れることの方が簡単だ。

「器ってことですかね?」

 使っていた食器に予め毒を塗っておくってことだろうか。

「いえ…器からは毒物反応は無かったようです。食べたそのものに入れられていあとの説明でした」

 いよいよ不可解っちゅうことですねぇ。

 ってことはですよ。食器に食べ物が入れられた後に、または食事がテーブルに並べられた後に毒は入ったってことでしょ?

 可能か? 料理の準備をしてる人間、食べようと待っている人間の眼を掻い潜って、不信に思われず毒を入れることって?

「でも、亡くなった子達には申し訳ないのだけれど、幸いなことに毒物が特殊であったことで、普通の人には入手することすら難しいという理由から、職員や他の子ども達に疑いが掛らずに済みました。結局は施設を閉めることになってしまいましたけど、あのまま他の子達まで被害に合いでもしたら、わたしもこうしてはいられなかったでしょうね」

 憂いをまとう清水さんの表情は、いくらか穏やかになったようにも見えて、あたし的にはほっとした。だって、昔の嫌な思いを思い出すってのは、いくら年月を隔てたって辛いもんじゃん。

「辛い、辛いのう。清水さん、心配無用じゃぞ。ここでの清水さんは、亡くなった子等の魂を毎日、弔っておられる。その子等もしっかり仏様の許に行っていることだろうて。それを、小娘! お前という不埒者が蒸し返して辛い思いをさせるとは何事だ!」

 ありゃりゃ、また火が付いたか。エロ坊主。無視無視。

「ありがとうございます。せめてものことですわ。残った子達もバラバラになってしまったけれど、健やかに過ごしているらしいですし、憂いはありません。正義感の強いタダスケ君、気弱なケンジ君、泣き虫なエイコちゃん、いたずらなリョウイチ君、病弱なタカトシ君、おませなサキコちゃん、優しいホウヤ君、内気なサオリちゃん……」

 清水さんの中で、心残りのまま手放してしまった子供達の顔が浮かんでは消えているのだろう。潤んだ目頭を押さえて俯いてしまい、その後の名前は聞き取れなかった。

「貴様! 清水さんを泣かしおったな! 菩薩のような清水さんを泣かすとは、悪魔のような小娘だ! 覚悟しろ!!」

 何にもしてないだろが。清水さんが、勝手に感傷に耽ってるんだっての。まったく色ボケた坊主は理屈なしだな。

 とりあえずのことは聞けたし、あたしは早々に立ち去ることにした。

 頭を清水さんに下げ、一応エロ坊主にも軽く会釈して背を向けた。

「こら、小娘! まだ、話は終わっとらんぞ!」

 なんてエロ坊主の声が追いかけてきたけど、そんなものに構ってられない。

 清水さんが並べた名前の中に、あたしの知っているものがあった。同一人物とは考え難いけど、嫌な予感は暗い陰のようにあたしの中に広がりつつあった。


 事務所に戻る頃には、昼の時刻を廻っていた。

 腹が減ってはいたものの、なんか食欲が湧かないっていうか、気分の重さが胃に来た感じで、食事をして帰るって気分じゃなかった。清水さんの悲哀がうつったのかも知れない。

 事務所のドアを開けると同時に

「あっ」

なんて、頓馬な声が聞こえた。と、香ばしい臭い。

 あっ、この野郎。あたしが居ないことをいいことに、分厚いステーキなんぞ食ってやがったな。普段はラーメンだハンバーガーだとセコイこと言っておいて、自分一人だとそうなるのか。いい度胸だ。

「いえ、あの、そんなんじゃなくてですね、なんていうか…ははは」

 はははじゃねぇっつうの。どっかんじゃ!

 派手な音で椅子ごとすっ飛んでく慎一郎を確認して、あたしは湯気を立てるステーキに向かった。

 まぁ、気分じゃないんだけど、食べ物を粗末には出来ないよな。あたしがおいしく食べてあげよう。

「あいたた。ひどいことをしますねぇ。ちゃんとマミさんの分もありますよ。ただ、帰りが何時になるか判らなかったものですから焼かなかっただけです。それ、食べたらマミさんの分は終わりですからね」

 腰と頭を擦りながら起き上がってきた慎一郎は、恨めしそうな顔付きだ。

「わかった。ング」

 肉の見込みながらの返事は辛い。ただ、約束はできないけどな。うふっ。

「それより、ちゃんと聞いてきてくれました? 前みたいに肝心なところが抜けてましたっってことないでしょうね?」

「あ〜うっさいなぁ。食事中だろ。そっちこそどうなんだ?」

 ふ〜って深い溜め息は何だ? あたしへの溜め息か?

「大体のことは掴めました。どうやら特定の生徒を狙った毒殺らしいですね。食器などでは無く、食べた生徒の食事に直接入れられたものらしいです。別々の料理から毒物反応があるのも、その証拠と言えますね。しかし、ここで捜査は頓挫ですね」

「あ? どうしてだ?」

 ふ〜って、お前ね、あたしに失礼だろ。何度も溜め息なんぞつくな。

「あの中学は、給食制度でしてね。生徒が各自で食事を配るシステムなんですよ。給食時間までは、大きな器にまとめて入れられてます。それを各自に配るんですが、実際、クラスに居た生徒は四十名。その眼を盗んで、目的の生徒の食事にだけ毒物を入れるなんてことは、完全に不可能ですね」

 なんか最近聞いた話に似てるな。規模が大きくなっただけで、同じ状況に感じるのは気のせいじゃないだろう。

 でも、まだ、肉の方が片付いてないんで、口には出さないけどね。入れる方が大事だかんね。

「理由は、それだけじゃありません。クラスが複数なんです。同じクラスだけでも不可能であろう事件なのに、クラスで四つ、人数にして六十三名。不可能なうえに有り得ない犯行です」

 ん〜、確かに不可能だ。でも、有り得ないってのは、有り得ない。

 実際に起こっていることに、有り得ないってことは有り得ないんだな。どういう手法で行ったかは、不可能、理解できなくても、起こした奴がいるなら不可能を可能に変えられるわけだ。って、言ってるあたしも良くわかんないけどね。あはっ。

 ん? 不満顔ですな。慎一郎くん。

「それで? そちらの調査は、どうだったんですか? もう、食べ終わったんですから報告してください」

 ちぇっ。仕事の顔になってやがる。こうなると、あたしの啖呵でもビビりゃしない。

 しっかたない。

「清水さんって人から、当時の状況は聞けたよ」

 あたしは、とりあえず聞いてきたことを素直に話した。エロ坊主のことは、一応、削除した。だって、関係ねぇし、不必要に長くなるなるからな。

 あっ、もうひとつ。施設に居た子供達の名前も言ってない。ちょっと、あたしの中で判然としない部分もあるからだけど、慎一郎に言っても仕方ないと判断したからだ。

「マミさんにしては、まともに仕事をしてきましたね。立派ですよ。でも、それだけですか?」

 ん? 何だ、随分と不信顔じゃないか。あたしは、嘘なんかついてないぞ。聞いた話は、ちゃんと伝えた…と思うぞ。

「マミさん」

 な・なんだよ。改まった顔すんなよ。

 マジマジと覗き込まれると、こいつ慎一郎って意外と迫力あるんだよな。あたしですら、ちょっとたじろぐ。

「聞いていないのなら仕方ありませんけど、今度の事件の中学には、その施設の子もいます」

 ちぇっ。バレてやんの。あたしって顔に出るのかなぁ。今度、鏡のあるとこで嘘ついてみるか?

 でも、施設の子が居たっていいじゃないか。確率は少ないとしても、都内近郊の学校には通っているはずだ。その中で、たまたま、施設の子が居たっていいんじゃないか?

「…本当は聞いて来たんじゃないんですか? 名前は“鹿島 鵬矢”カシマ ホウヤです。妹がいたようですが、どうやら亡くなっているようでしたね。ホウヤ君は、事件の前日から休んでます」

「おい! ホウヤが事件の犯人だってのか? あいつは、そんな奴じゃないぞ! 腹ペコの迷子みたいな奴だ!」

 言っちまってから、しまったと思ったが、遅いわな。

 これ以上無いってな深い溜め息を吐いた慎一郎は、ゆっくりと眼を閉じて、再び開いた眼は、真っ直ぐにあたしを見ていた。仕事用の顔で…。

「まったく、あなたは、大事なことを隠してしまう。ホウヤ君をご存知なんですね?」

 ぐっ。まぁ、仕方ねぇか。

 あたしは、以前にホウヤと出合った昼下がりを話した。





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