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第二十四話

 どうしようなんて迷う暇なんて無かった。瞬発力なら魔力全開のあたしと同等くらいに速いんだ。

 頭の中で一瞬のイメージだけを描いて試みる。魔力がどうのなんて言ってたら、あたしの頭が縦に輪切りになっちまう。

 捕まえてた親父を後ろにブン投げて、そのまま後ろに倒れこむように身体を落とす。と同時に覆いかぶさる翼龍の身体を右足で蹴り上げる。魔力があっての超反応だったはず。なのに、自然と身体はその通りに動く。

 ドゲンっと重々しい音と共に翼龍が空に舞い上がった。どうなってんだ、こりゃ?

 逆さになった身体を左手一本で支えて一回転して着地する。そこは、行き倒れのように人間達が倒れてる場所だった。まったく、邪魔臭い。

 身体が魔力と同じ反応したせいで、魔力が無いっての忘れて腕を振る。突風でこいつら吹き飛ばすつもりだったんだけど、振り始めてから気付いた。魔力無しで出来るわけないじゃん。けど、突風は足元から吹き上がり、倒れた人々を巻き込んで通りの向こう側まで運んでしまった。

 なんじゃ、こりゃ? 魔力が無いのに、ある時みたいに反応してる。こんなの、有り得ない。って今日、何回目だ?

 上空からいきなり空気が変わる。翼龍の蠱毒だ。息を吸い込んだら終わる。魔力の余裕があるなら身体の周りに空気の層を作って避けるところだけど、剣を使ってる時は余裕なんかない。はずなのに、思ってただけであたしの周りは正常な空気に包まれた。

 ここまできてようやく理解した。魔力じゃない。じゃないけど、同じような力が使えてる。それも余裕があるってもんじゃない。多分だけど、あたしの魔力なんかより遥かに強い力なんじゃないだろうか? 理由はいっぱいあるけど、今はそんなこと語ってる場合じゃない。

 バック転でその場を離れる。飛ばした人達とは反対方向なのは言うまでも無いよな。

 上空を振り仰ぐと、翼龍は飛ばされたまま浮いてる。野郎、こっちが飛べないと思ってやがんだな。まぁ、今はそれでもいいか。

「降りて来ねぇのか? そこからどんなことができるんですかねぇ?」

 ふん。先刻のお返しじゃ。挑発するのは、結構得意かもね。

「全力でやらせてもらうって言ったはずだ。ここからでも十分に殺せるぞ」

「空威張りじゃないよな。期待させてもらおうかな?」

 ここまで言われて我慢できるか?

「減らず口を…。死んで泣くなよ」

 言い終わらないうちに竜巻のような突風が頭上から降ってきた。中身は全て見えない刃物。巻き込まれたら身体なんてズタズタだろう。横に飛んで避けるけど、思った通りに付いて来やがる。普段ならどうするか? 簡単なこと。魔力でもって反対の竜巻を作って無力化する。出来る可能性は、五分五分。回転もや規模も同じに合わせなきゃならないから結構難しいんだぞ。

 左半身になって左手を上げる。疑っちゃいけない。絶対に出来るって信じなきゃダメ。あたしには、魔力より強い力が…何故だか味方についている。左手が淡い光りを放つと大きく空気がうねりだした。あれ? って思う間も無く翼龍の竜巻はうねりに吸い込まれるように消えてしまった。

 ちょっと〜。あたしの考えてたのと違うんですけど。あたしは、逆の竜巻を当てるつもりだったのに、それ以前の問題だろ。完全無力化じゃん。まぁ、結果は同じだからいいけどさ。

「…驚いたな。そんなことも出来るのか? こいつは参った。これじゃあ、本当に本気じゃなきゃ勝てそうもないな。手段は選ばないけど、悪く思うなよ」

 あ〜ん、申し出は嬉しいけどね。まだ慣れてないんだよね、この力。

 戸惑う時間なんかくれるわけが無いよね。いきなり突風が吹きつけたかと思うと、眼の前に翼龍が現れた。眼くらましなんてナメた真似してくれんじゃん。大振りな左手が右から襲う。さすがに本気って前置きするだけある。先刻のやり取りより僅かに速い。たぶんオーバーフロー状態のあたしと同等なくらいか、僅かに速いかも。

 本当なら残像っていうか、一瞬の線のようにしか見えないだろう。それを勘と経験と魔力の察知で対応するのが普段のあたし。だけど、今のあたしって、見ようと思うだけで見えちゃう。あっつ〜いなんてこともない。スローモーションとまではいかないけど、普通に見えるわ。こんなん、上半身の移動だけで避けられる。

 翼龍の身体が反転すると後ろ足が蹴り上がる。あたしの移動してない下半身を狙ってることなんて分かり切ってる。一歩引くだけでOK。

 さて、お次はどうする? って余裕っていうより油断だった。連続の回し蹴りが飛んできたところを、もう一歩下がって避けるつもりが、背中から物凄い圧力が襲う。翼龍が操る突風に押されて下がれない。剣を振るおうとも思ったけど、両腕でブロックしてみた。

 予想よりかなり重い衝撃が全身を打つ。飛ばされるかと思ったけど、その辺は奴も考えてる。風っていうより空気の板みたいなもんが背中にぶち当たって息が止まる。やっべぇ、動けなくなる。

 時間の隙間を置かずに下から舐めるように大鎌四本が迫る。クッソ、今度は受けるわにはいかない。剣を両手に持ち、ゴルフのスウィングのように振る。綺麗な金属音と共に、大鎌が破片へと変化する。

 まだまだ。地を蹴ってスウィングの余韻の残る身体を回転させて翼龍へと突進と同時に剣を突き出す。これで串刺しだろ。が、甘い。上からの空気の壁に押しつぶされるように地に落とされた。それでも、片手で剣を頭上に降り抜く。鈍い手応えが返ってきて、奴の左手首が落ちてきた。

「だぁ〜っ。両手が無くなったじゃねぇか! もう、ダメだ。あったまきた! ここら一帯、血の海にしてくれる!」

 あ〜、いてぇ。剣振ったせいで着地に手使えんかった。アスファルトに顔面ぶつけたじゃねぇかよ。クソ。にしても、とうとう切れたか。

 あたしが起き上がる頃には、翼龍の奴が数歩下がって上空に舞い上がるところだった。あたしの廻りを風の刃物が乱舞しだす。こいつははっきり言って参った。数も数百、数千なら、その方向性もバラバラだ。どれ一つ同じ動きをしてない。予想して避けるなんて無理だ。無効化するにも、どれに定めて良いんだかもわからない。一直線に切り落として進むにしても、無傷じゃ済みそうもないな。

 だけど、襲ってくるような気配もない。あたしの動きを封じるように周囲を飛び回ってるだけだ。

 理由はすぐに判明した。遠く近くで犬の遠吠えや唸りが聞こえ出す。猫の低い声もしだしてる。あの野郎、反則技使いやがるな。

 間違いない『獣王道』とかいうやつだ。動物を意のままに操る魔術。ただ、前回はあたしが目標だったが、今回は違うみたい。四方八方で犬猫の怒りの声が上がると、それに呼応して人間の悲鳴も付いて来る。んなろう! 無差別攻撃に切り替えやがったな。

 一刻も早くここから出て、翼龍の奴を何とかしないと、奴の言う通り血の海になるのも近い。動き出そうとするあたしに、センサーでもあるのか風の刃物が次々に襲い掛かってきた。一気に全部来るなら一瞬の対処で済むのに、こいつら時間差で数十って単位できやがる。お蔭で、そいつらを切り払い、無効化しながら進んでもジリジリとしか前に出れない。

 その間にも悲鳴と唸りはあちこちで湧き上がる。こんなんじゃ、間に合わないじゃねぇかよ!

「はっは〜。そんな悠長なことじゃ、ここまで来る間に何人死ぬかな?」

 悔しいけど、その通りだ。切り払いながら進んでも、その分補充もされるのか、風の刃物は一向に減っていかない。焦りともどかしさに手元も狂う。数枚の刃物を切り落とせなかった。身をよじってかわす。

 その間にも悲鳴と獣の唸りは止まない。こんなんじゃ駄目だ。

「なかなか進まないねぇ。俺様には好都合だがな」

 いつの間に拾ってきやがったんだか、翼龍の奴は両手をくっ付けてヒラヒラさせてやがる。

 うう〜。イライラしてきやがる。走り抜けようとすれば眼の前に数百の刃物が乱舞する。切り払おうとするとスッと引く。こんな繰り返しだ。ジリジリ進めば小分けに飛んできやがる。

 数分のやりとりが永遠の長さに感じる。人々の悲鳴が断末魔に変わりつつある。獣の咆哮も多すぎて何処に何が居るのかも分からないほどの高鳴りになってる。

 このままじゃ、本当に死人が出る。もううかうかしてらんねぇ。今の自分の力を信じるしかない。

 あたしは剣を持つ手に力を込めて、四方にぶつけるイメージで横薙ぎに振り抜いた。お願い、何とかして!

 ザワリと地面が丸く盛り上がると噴水のように水が吹き出た。空中でそれは霧散するように広がると、風の刃物を包み込んで地面に落ちた。びっくりしたけど驚いてる場合じゃない。地を蹴って翼龍に切りかかる。

「おっとっと。そんなこともありかよ。でも、それじゃあっちまでは助けられないだろ」

 なんなくあたしの剣をかわして、翼龍は悲鳴の続く廻りを指していた。

 翼龍の気をあたしに向ければ、操る力も削がれるかと期待したんだけど、やっぱ無理か。ちっくしょう、こうなりゃ、もう一回、あたしの中の力に期待するしかない。

 地面に着地すると同時に、左手に力を込めて堅いアスファルトをぶん殴る。イメージとしては、犬猫達を殺さない程度に吹っ飛ばす。だって、翼龍に操られてるだけで、こいつらって悪い奴等じゃないだろ。

 堅いはずのアスファルトが波紋のように波打って四方へ広がっていく。途端に響く獣の悲鳴。近くから遠くへと広がり、木霊のように尾を引いて聞こえなくなった。人々の悲鳴も聞こえない。苦しげな呻きはしてるけどね。

「……馬鹿馬鹿しくなるな。これ以上はさすがの俺様も力不足を認めなきゃならないよ」

 へへん。あたしの訳わかんない力を認めるってことだな。って、あたしにも分かってないんだから認めるもクソもないんだけどね。

 スッと地上に降りて来た翼龍は、一気に仕掛けてくるかと思ったが、意外なことにスタスタと辺りを歩き始めた。何をする気なのかと疑問に思ってしまったことが隙になった。

 あっと思った時には、ひとっ飛びで倒れる人々の中に入り込み、手近な人間を両手に引っ掴んで丸呑みにしちまった。その数、二人。

 急いで切り込んだものの、奴は空いた両手にもう二人掴み上げて、あたしの剣の届かない場所へと逃げる。あたしの見てる前で、もう二人が丸呑みされちまった。悲鳴を上げる暇もなかったろう。けど、恐怖に満ちた両目が、あたしの方を向いて救いを求めていたのは間違いない。その眼を、あたしは忘れない。

「これで、少しは力が付いた。今まで以上のことが出来る。覚悟しろ」

 丸々と膨らんだ腹を、軽く二三度叩くと、膨らみが萎んでいく。消化されちまったってことだろう…。

「……てめぇ…あたしの眼の前で人を喰うなんて……本気で怒り心頭だ! こらぁ!!」

 怒りのせいなのか、あたしの中の力のせいかは知らないが、あたしの髪の毛が逆立つ。もう、許せん。ホウヤもこんな奴の中で生きてたとしても、こんなことが本望なわけない。

「ふん。怒りで怒髪天とでも言うつもりか? 冷静さを欠けば勝負にもなんないと思うがな」

 言い終わらないうちに翼龍が両手を振る。突風なんてもんじゃない。数十トンの塊が飛んできたような感じだ。けど、あたしは避けない。喰われた人達の痛みが少しでも感じなきゃ、あたしの気が済まない。当たると思った瞬間、それは眼の前でそよ風に変わった。

 驚いたのは奴の方。眼を剥いて二発三発と繰り返すが、結果は同じだった。

 焦れたのか翼龍は飛び込んできた。指全てを鎌の刃に変えて大振りに振り回す。上体を引くだけでかわして剣で弾く。鎌の刃全てが粉々に散った。

「こんなことが……。くそっ!」

 跳ねるように下がって両手を見詰める翼龍の視線が横に流れた。野郎、また人を喰う気だな。

 脱兎のごとく身を翻す翼龍。目的は倒れてる人々だってことは分かってんだ。行かせるもんかよ。

 握り締めた剣に力を込めながら、翼龍の先へ回り込む。意外に簡単だ。そのまま下段から切り結ぶ。避けきれないと悟ったのか、翼龍は右腕を出してガードした。それが切り落ちる。驚きの現象は続いて起きた。切り落とした傷口が火を噴いた。ボウッと燃え上がる炎が翼龍の腕を焦がす。

「なっ、なんだ!?」

 すかさず切り落とされた腕を引っ掴んで下がると、火の付いた腕をくっ付けようとする。

「なんだ? なんで付かない? どうなってる?」

 何度も試してみるが、空しく腕は地に落ちて、翼龍の身体に戻ることはなかった。

「その傷は治せんぞ」

 いつから居たのか、あたしの脇にじじぃが腰を曲げて立っていた。

「治せんだと? どういうことだ?」

「お前さんの力は風の元素に依存されとる。四大元素は確かに独立した力ではあるがの、それらは助け合い反発しあいながら共存してるものじゃ。言うなればそのひとつだけを単体で使うこと自体、異質なことなのじゃ。風の元素で治癒していたお前さんは、今、火の元素に切られた。残念じゃが、風の元素は火の元素を助けはするが勝てはせん。火の元素に切られたお前さんの腕は、二度と風の元素では治癒できん」

「ば、馬鹿を言うな。そいつが四大元素を使ってるとでも言うつもりか?」

「嬢ちゃんから魔力を感じんじゃろ? 無条件で風の元素が使えるお前さんには分からんかもしれんがの、先刻、わしがやっておったのは、四大元素全てに許しをもらっておったんじゃ。嬢ちゃんに力を貸してくれるようにの。うまくいくかは定かでなかったがの、嬢ちゃんはしっかりと受け入れ、四大元素も認めてくれたようじゃ。全てと調和できんお前さんではなく、全てを慈しむ嬢ちゃんには資格があったんじゃ」

「そんな…そんな馬鹿なことがあるか!!」

 叫び一驚、翼龍は左手を大鎌四本に変えて襲い掛かってきた。

 あたしの力がどうとか知ったこっちゃない。あたしの覚悟は決まってる。降り掛かる鎌を剣で粉砕して、返す刀で首を狙ったが、かわす翼龍も超人的な動きで身を引いた。が、剣は奴の左肩を捕らえて吹き飛ばした。紅蓮の炎が後を追う。

 止めを刺すのは、今。突進するように翼龍の後を追って、狙うは頭。如何に翼龍といえど頭を真っ二つにされて生きていられるもんか。渾身の力と速さを加えた一撃は、狙い違わず翼龍の頭上へと迫った。

「冗談ではない!」

 翼龍の口から言葉が発せられたと同時に、あたしの身体は跳ね飛んだ。翼龍の突風とかじゃない。まるで電気の塊にでも触ったかのように痺れたと感じたら、そのまま吹っ飛ばされたんだ。

 十メートル以上も飛ばされて、着地しようにも痺れた身体がままならず、しこたま背中を打ち付けた。

 やっとの思いで身を起こすと、そこには想像もしなかったものが浮かんでた。

 黒い塊だ。丸い球体で、二メートルほどの大きさ。それが翼龍の眼前に浮かんでいた。どうやら、あれに弾かれたようだな。

 まさか、こんな隠し玉があるとはね。そいつでどうするつもりだ。

「今回は仕方ない。完全体でない以上、これより上の力は得られない。時期が悪すぎると言う他ないな。だが、いくら俺様を倒したところで『真龍』は目覚める。時間の問題だ。幾分遅れたところで、大した違いがあるわけじゃない」

「その『真龍』、いつ目覚めるんじゃ?」

「さあな。ただ、十年も二十年も後ってわけじゃないだろうぜ」

 う〜ん、背中が痛い。腰も打ったかな? 立ち上がろうにも、ちと辛い。

「それで、お前さんはどうするつもりじゃ?」

「勝てないと分かった以上、これ以上の戦いは無意味だ。逃げようにも速さでも負けてる。ってことは、追ってこられない場所に逃げる他ないってことだ」

 なに? 逃げるだって? ちょっと、待て。そんなことさせないぞ。てめぇには、ここできっちり落とし前付けさせてもらうんだかんな。

「どこへ逃げる気じゃ?」

「龍の血族が優遇されてることはもうひとつある。世界の扉を開けるってことだ。まぁ、今の俺様は不完全だから、どこに繋がってるかはわからんがな。おっと、マミおねぇさんが復活しそうだ。今回は負けといてやる。時期が来たら雌雄を決しようじゃないか。じゃぁな」

 くっそ。一歩及ばず。

 あたしのダッシュで近づけはしたものの、翼龍が黒い球体に飛び込む方が速かった。あたしの剣は空しく球体のあった場所を切り裂いただけだった。

「じじぃ! あいつを追う方法は?」

 振り向き様にじじぃを睨み付けたけど、じじぃの方は意にも介さず

「そんなものは無いの」

と言って背を向けちまった。この役立たずが。




             つづく



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