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第二十話

 溜める勢いが急速すぎるために、身体が真っ赤に発光しだす。

 その光りが灼熱色に変化し、やがて黒っぽさを帯てきた。身体全体から汗が噴き出す。 一気にここまで溜めた事がないから、この先どうなるかはわかんない。ただ、これじゃ片手落ちなんだ。今、溜めた魔力を剣へと送り込む。一度、真っ赤な光りを放ち、剣はドス黒い色と光りを帯てとどまった。

 これじゃあたしの身体の分がない。もう一度、溜めに入ると視界が点滅するように明暗しだした。真紅の光りを超えて、黒っぽい光りが混ざりだした頃には視界はボヤけ全身が水浸しのように汗が流れた。

「嬢ちゃん! それ以上はいかん!」

 クラクラする頭にじじぃの声が響いてきた。既に耳から聞こえてるのか頭に直接響いてるのか判断できなかった。

 けど、これじゃ足りないんだ。悪いけど忠告は無視させてもらう。

 光りが黒い炎のように揺らぎだした頃、汗とは違うヌメって感触が額から落ちてきた。それが合図だったように、腕、足、首、指と皮膚が細かい爆発を起こしたかのように弾け、火花のよいな血飛沫が飛んだ。

 魔力の溜めすぎだ。紙の袋に限界以上の物を詰め込めば破れてしまう。今のあたしがそれだ。

 だが、無理矢理でもなんでも、このくらいじゃなきゃ翼龍とは闘えない。

 視界が真っ赤に染まりだした。眼球の網細血管が切れて内出血した結果だな。

 薄く笑えた。この闘いが終わったら、あたしの身体ってどうなってんだろ?

 うつ伏せに倒れてる慎一郎とやっと目覚めたみたいで心配そうに見つめるじじぃを交互に見て、あたしは地を蹴った。

 ドンという音が足の下でした時には、あたしは翼龍の眼の前で剣を振り被ってた。

 頭上から切り結ぶ剣は、翼龍の大鎌に弾かれる。けど、弾かれた軌道を円形に変えて、今度は下から切りつける。左手の小鎌で受けられた。同時に大鎌があたしの首筋に迫る。逃げないで剣を押し込んだ。

 意外なほどあっさり翼龍の身体が揺らいだ。力負けしてない。受けられたままの剣を上に滑らせて、跳躍しながら振り切る。微かな手応えが切っ先に残った。

 翼龍を飛び越え、背後に降り立ち、横殴りに剣を振る。スッと前進して避けられる。

 追い掛けようかと思ったけど止めた。僅かな隙にでも魔力を溜めに入る。消耗が早い。

「やっと対等…いや、速さなら俺様より上か。楽しくなりそうだ」

 一瞬の攻防で何を悟ったのか、翼龍は笑って振り向いた。その右側、嘴の脇から血が流れている。あたしの切っ先は確かに届いていたんだ。

 効果があるとなりゃ、続けるしかないでしょ。

 限界を超える魔力の溜めは、繰り返すことであたしをも傷付けていく。新たな傷が増え、いたるところから出血しだす。けど、我慢。

 翼龍が両手を広げて飛び込んできた。あたしを掻き抱くかのように大鎌、小鎌が閉じてくるのを、一歩下がってかわす。空振りして交差する腕に隙が出来る。入り込んで剣を振る格好を途中で止め、右の回し蹴りを側頭部に叩きつける。

 ふっ飛ぶ翼龍を追い掛け、足の付け根に剣を突き出す。キンっと弾かれて浮いた隙を突かれた。

 翼龍の身体が反転して大鎌があたしを掬い取るかのように下から襲う。無傷じゃ避けきれない。左腕を盾にして身体をかばい、遅ればせながら剣を左腕に押し当てる。大鎌の刃が食い込んで止まるのを確認してから、刃とは反対方向に蹴り飛ばした。

 大鎌が抜けた左腕は、辛うじて骨の手前で止まっていた。輪切りにならないで良かったけど、神経や健が切られたらしい。指が動かないし、感覚も感じない。腕自体は動くけど、手首から下は無いと考えた方がいいな。

 グッと魔力を溜めながら飛び出す。剣を振り出し受けに来たのを逆に払って、身体を捻って輪切りなりかけの左腕で肘撃ちをかます。腰を折る翼龍の嘴を肩で跳ね上げ、逆手に剣を持ち変えて身体ごとぶつかるように切りかかった。

 飛ぶ血飛沫。が、奴もただじゃ切らせてくれない。高い位置を優位にとって、左の小鎌で背中をひと掻きされた。痛みはないけど熱い。

「やっぱり速いな。反応が遅れるとこれだ。オマケに攻撃も無茶苦茶だから読めやしない。俺様の足をどうしてくれる」

 ボヤケた眼で見てみりゃ、翼龍の左足が付け根でプラプラしてる。切り落とせなかったのは残念だ。

 笑ってやりたいが、あたしの方もほぼ全身血の色だ。出血も半端な量じゃなくなってきてる。残った時間もそう長くない。

 一気にカタをつけさせてらう。

「それ以上は止めるんじゃ、嬢ちゃん! 身体が持たぬぞ!」

 新たに溜めに入ったのを見たらしいじじぃが叫んでる。

「…マミさん…いけません…」

 苦しげなくぐもった声は慎一郎だな。良かった。まだ生きてやがった。もう少しだかんな、死ぬなよ。

 フッと短く息を吐いて右手の剣を翼龍に投げつけた。もちろん当たるなんて思ってなんかない。翼龍は首を傾げるだけで避けた。が、命とりだ。

 避けた剣の後ろには、あたしが既に到着してる。翼龍は驚愕の表情っていうより恐怖のだったかもしれない。

 千切れかけた左足を蹴り飛ばして胴体から切り離す。突っ込む勢いで腹に頭突きを喰らわして飛ばした先には、まだ大車輪のように回りながら飛ぶあたしの剣が待ってた。翼龍の右肩に喰らい付く剣をすかさず掴んで引き切る。ボトリと右腕が地に落ちた。

 驚いたことに翼龍の奴、片足になったにも関わらず、ちゃんと足で着地して転びもしない。可愛くないことにヨロケてみせることもなかった。

 でもこれで奴の行動は制限されたも同然。次の一撃で決める!

 そう自由に動けないと踏んで、翼龍の右肩から袈裟掛けに切りつけた。もちろん剣にありったけの魔力を叩き込むのも忘れない。

 渾身の一撃は、翼龍を真っ二つに断ち割っていたはずだった。そりゃあ、幾分剣に魔力を注ぎ過ぎて、身体の方が足りないとは思った。だけど、そんなの微々たるものだ。眼に見える程の差なんてなかったはず。

 なのにあたしの剣は空を切り、黒いアスファルトに深々と突き刺さった。それどころか翼龍自体を見失ってる。急ぎ剣を引き抜いて、ぐるりを見渡す。

 いない。と確認した瞬間に異様な空気に包まれた。

『蠱毒だ』

と判断は早かったが、息を止めるのが遅れた。横っ飛びで逃れたが胸の奥が焼けたように熱く、呼吸することさえままならない。

 がっくりと膝を付いたまま、立ち上がることも無理だ。ほんの僅かだけど肺に吸い込んだ結果だ。一息吸い込んでいたなら即死だったかもしんない。

「う〜ん、残念。もうちょっとで俺様を始末出来たのに〜」

 苦しい息で喘ぐあたしの頭上で脳天気な声が降ってきた。首だけ向けて見上げれば、何も無い空中に翼龍が片足、片腕で立っていた。風の元素が使えるんだ。羽根が無いくらいで飛べない理由にはならないって今更ながらに気付かされた。

「実に滑らかな作戦だと思わないか? 肉弾戦で優位に立たせておいて、最後の詰めってところで大逆転! ちょっと切られ過ぎだったのは計算違いだったけどよ」

 地上4メートル程の高みで自分を傷を眺めている翼龍は、あたしを見下ろして軽く笑った。

「プププ。動けないんだねぇ。好都合だな。暫くそのままでいろ」

 そう言って滑るように地上に舞い降りると、投げ出された自分の手足を器用にさらってあたしから10メートルほど離れた場所に降り立った。

 マズイ、治癒して復活するつもりだ。

 わかっていても自由がきかない。呼吸は整いつつあるけど、無理な使い方をした身体は血の流し過ぎと相まって動くことを拒否しつつある。試しに立ち上がりかけてみたものの、尻を持ち上げた途端に視界が暗くなって膝から崩れるように尻餅をついた。

「ケケケっ。無理に決まってんだろ。魔力の過剰使用に出血多量による貧血。それでまともに動けたら神憑り的だ。ここまで追い込めたように見えたんだ。満足だろ?」

 既に左足を付け終えた翼龍は、右手を押し付けるところだ。けど、じじぃの言う通りなら表面は付いたようでも中身までは完全でないはず。

 勝負所は今なのに、身体が自分のものでないように言うことをきかない。ちくしょう、このまま馬鹿にされたような終わり方なんて絶対に嫌だ。無理でも魔力を溜めてやる。

 四つん這いになって集中する。フワッとした感覚は幾らかあるものの、光りだすほどじゃない。…いや、魔力が溜まってこない。こんなこと有り得ない。ってか、経験がない。どんな状況になったって魔力だけは溜められた。それが無理って…。

「お馬鹿だねぇ。そんな状態で魔力なんか使えるわきゃないでしょ。自分の姿、見てみろよ。末梢血管は破裂して血がダラダラ。俺様から受けた傷で大出血サービス。武器に使った剣に送った魔力と同時に体内でも使う二重使用。満身創痍でリミッターが効いてんだよ。そんなこともわかんねぇとは、嘆かわしいね」

 んなこと、言われんでもわかってるわ。けど…けど、このままじゃ終われないんだよ。

「こんちくしょう!!」

 意地で立ち上がるって、やれば出来るもんだわ。それでも超情け無い格好だけどね。膝は笑ってるし、辛うじて剣の形を保ってるベルトを杖にしてるしで良いとこない。でも、立ち上がったんだかんな。

「おう? 見事だねぇ。それはいいけど、それからどうすんの?」

 …確かに、その通りなんだけどね。

 全身から滴り落ちる血は止めようがないし、走ることはおろか歩くことすら覚束ないってのに、翼龍と戦おうっていう気持ちだけで立ち上がったんだ。後も先もありゃしない。

 とうとう右腕もくっついちまった。どうすることも出来ないまんまかよ。

「さて、身体も元通りになった事だし、そろそろ終わりにして完全体になりましょうかね」

 付いたばかりの右腕をグルグルまわしながら、一歩二歩と歩み寄る翼龍にあたしは成す術がない。ただ黙って睨みつけるくらいが関の山だ。

 と、あたしの右手が自然と上がった。もちろん剣は握ったままだ。傍まで来ていた翼龍は、油断もあったのだろう、避けるなんてことも出来なかった。僅かにあたしの身体がグラついたんで軌道が逸れた。それでも付けたばかりの右腕に剣が喰らい付く。

 ボトリと再び翼龍の腕が地に落ちた。跳ね飛んで後退する翼龍が驚きの表情を見せている。

 そりゃそうだろう。今の今まで半死人みたいだった奴に切り付けられたんだから。あたしを半死人から復活させたのは、誰あろう慎一郎だった。

 二人羽織りよろしく、あたしの右手を上から握り、左手は後ろから腰を抱くように支えてくれてる。普通の武器じゃ通用しない翼龍への攻撃には、確かにこれしか無いわな。

「おい、大丈夫なのかよ?」

「わかりませんね。不意打ちなら何とかなったんでしょうが、二度目は至難の業でしょう」

 慎一郎がフェンシングの突きのような格好をしながら答える。っつうかさ、お前がそんな格好すると、あたしまで同じ格好になってしまうんですけど。あ〜、いやいや、違う。あたしが聞いたのは、そもそもそうじゃないってことだよ。

「お前の身体は大丈夫なのかって聞いたんだ」

「え? ああぁ、貧血気味ですけど大丈夫です。まだ、マミさんよりは動けますよ」

 けっ、頭のちょっと上あたりで声がするけど、にやけた顔が見えるようだぜ。けど、きっと激痛に歪んでいるはずなんだろうけどよ。

「慎一郎」

「はい?」

「奴の腕、切り刻め」

「は?」

 この馬鹿が。一度で反応しろっての。

「切り落とした腕をバラバラにしちまえってんだ! 恐らく再生ってことは出来ないんじゃないかと思う」

 翼龍は、切り落とされた部位を拾い集めて修復してた。再生能力があるなら、わざわざ拾う必要性が無い。つまり再生できない、もしくは出来てもかなりの時間が必要だってことになる。

 ここで右腕を返してやることはない。修復不可能なほどバラバラにしておけば、ほんのちょっとだけど有利にはなる。

「了解!」

 理解すれば行動は早い。それが慎一郎。けど、目論見を叫んじまったんで翼龍にもバレバレだ。瞬時に地を蹴って奪還に走る。

 地面に落ちた右腕に剣を突き立てるまでは、慎一郎が速かった。だけど思うように動けないあたしを抱いたままで俊敏な動きをしろって言う方が無理だ。あっと言う間に奪い取られちまった。

 だから一発目で気付けっちゅうの。

「ふう、あぶないあぶない。なんちゅう恐ろしいことを考えるかなぁ。まぁ、それもこれまでだけどね」

 再び腕を取り付けて、グルグル回し始める翼龍。これは、どうも分が悪いね。

 どうしたものか、なんて考える時間も無かった。時間を掛ければ、また何か仕掛けるかも知れないなんて考えたのか、翼龍の姿が消え失せた。と同時にあたしはアスファルトの上に倒れ込んでいた。

 降り掛かる液体は血の色。急いで振り仰いで見れば、ザックリと腹部を小鎌で抉られてる慎一郎の姿が飛び込んできた。

「慎一郎!!」

 思わず叫んでた。この馬鹿! あたしを突き飛ばしやがった。てめぇが身代わりになってどうすんだよ!

「まずは一人目。次は……」

 翼龍が顔を向けた方向には、未だ瞑想しているかのように胡坐で座り込むじじぃが居る。

「やめろ! てめぇ、ぶち殺すぞ!」

 あたしの怒号も意に介した風も無く、串刺しの慎一郎を投げ捨てて悠然と歩き出す。

 慎一郎は、二度ほど軽くバウンドして動かなくなった。馬鹿野郎、動けよ。死んじまったんじゃねぇだろうな。こんなことで死んだら許さねぇかんな。

 っくそ。考えろ。何とかなんねぇのかよ。考えろ…考えろ!

 そう思ってみても頭がぼやけてきてる。視界が暗くなってきて、廻りがよく見えない。これで終わるのかよ。ちくしょう、冗談じゃない。

 ああ〜、母さんなら、こんな時、どうすんだろうな。親父は直情馬鹿だかんな。力押しで玉砕するタイプだ。あれ? あたしと同じか。やっぱ親子だなぁ。でも母さんは、姑息でいやらしくて卑怯で、それでいて大胆で…。

 そういやぁ、昔に話してくれたことあったっけ。何だっけかな? 禁魔力がどうとか…。使っちゃいけないけど、使わなければいけない時があるかもって…。知らなくてもいいけど、知っていなきゃ使えないって…。

 え〜と、何だっけ? 確か……『命の魔力』!!

 そうだ、確かそんな名前だったような。って、どんなだったっけ? あれは、確かあたしが十歳の誕生日を迎えてすぐの頃。その時に母さんが教えてくれたんだ。

 思い出せ! そこに、いまあたしが出来る全てが詰まっている気がする。





                   つづく





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