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第二話

 あたしは、人間じゃない。

 格好は、人間のそれと同じなんだけど、人間の世界の住人じゃない。

『神聖魔界』ってとこの住人。ひょんなことから『人間界』に落っこちて来ちまった。って言えば偶発的な産物にも聞こえるかもしんないけど、現実には、あっちでちょっとした問題起こして、実の母親に追放されたっていうていたらくだ。

 実際には、あたしの『神聖魔界』と『人間界』の住人に違いはない。ちょっと体付きが大きいとか、たまに尻尾があったりするくらい。見てくれじゃ、その違いなんてわかりっこない。

 あたし達が、常日頃、生活の為に使うものに『魔力』ってのがある。これは、火を使ったり、道具に仕事させたり、身体能力を上げたりして使うんだ。

 こっちみたいに、やれ電気が無いと使えないとか、自動車が無いと遠くへ行けないなんて不便なことは無い。遠くへ行きたきゃ、足を速くしたり、遠くまでジャンプすりゃ良いだけの事。

 あ、話が見えないね。

 さっきのホウヤのこと。

 あの子は、どう見ても人間だった。確かに、変な違和感を持った子ではあったけど、あたしと同じ様な異世界の住人とは思えなかった。

 どうしてわかるかって? あたし達のように魔力が生活の一部になってると、その魔力や、それに類似した力に敏感になる。魔力を使う者は、その臭いみたいなものを持ってるし、怪力揃いの『鬼神界』の住人なら、頭に数本の角を生やしてるから一目瞭然だ。その他の世界の住人は、少なからず魔力を使う。使わないのは、この世界くらいなものだ。

 つまり、あたしのような異世界人が人間を見間違うことはないけど、人間からあたしが異世界人だってことは、わかるはず無いんだ。

 確かに変な力を持ってる人間もいるけど、それってあたし達の魔力からすれば微々たるもの。あたしと拮抗するような力なんて、とんと御目に掛ったことが無い。

 それをホウヤは、僅かなやりとりの中で、どうやって見破ったんだろう?


 そんなことをヘボ探偵事務所に帰って、愚痴のように慎一郎に話していると、のん気なコヤツは

「人間にだって霊能力者ってのがいるんですよ。子供の力は、大人のそれより強いし敏感だとも言いますからね。きっと、そんな子だったんじゃないですかね」

だって。

 んなわきゃないだろっての。

 霊能力ってのも、この世界に来て初めて知ったけど、ありゃ大いなる勘違いってもんでしょ。人間は、死ぬと霊になる? そりゃ、思念体っていうやつだろ。云わば心の燃えカスみたいなもの。ある程度の意思や力があったりもするけど、それも僅かな時間で消えてしまう。

 霊現象なんてオカルトをやってたりするけど、何年にも渡って祟るだの呪うだの、有り得ませんから。

 想いは、心残りがある分、深くなる。それだけに、数日もの間、思念体が残ることもあるだろうけど、無くなった実体は、変わらない事実だからね。水に溶けるように消えていくものなのさ。

 何処へ行くかって? そんなことまでは、知らないっての。

「まぁ、いいや。どうせ、もう会うこともないだろうしな。ところで、じいさんの話ってのは、何だった?」

「え? ああぁ、確か今朝のニュースでやってましたね。あの、中学校の毒殺事件についての調査です」

「あ? あれに、変なものが係わってるっていうのか?」

「どうでしょうね。詳しくは説明してくれませんでしたが、中々難しい毒物らしいですね。おじいさんの言うには、この世界でもかなり入手するのが困難なものらしいですし、作り出すこともかなりの特殊な手順が必要らしいんです。それに、毒殺された生徒達も、無差別ってわけではなさそうだと」

「ってことは、特定の人間を狙って、その難しい毒を盛ったってことか?」

「んん〜、わかりません。まぁ、それを調べてくれってのが、おじいさんの依頼ですし。早速、行ってみようかと思ってたんです」

 死者が出ている以上、単なるガキの悪戯ってわけでもないだろう。

 でも、ガキの仕業だったとして、無差別でなく、意識して特定の人間だけを毒殺するような巧妙な真似ができるんだろうか?

 それ以前に、ちゅうがっこうって確か給食とかいう、みんなが同じものを食う制度じゃなかったか? みんなが配膳係を決めて、それぞれに配るみたいな。となれば、犯人は確実に配膳係の誰かだろう。

 一応、それも慎一郎に確かめてみたが、その配膳係も全て死んじまってるとのこと。

 配膳係が自殺の道ずれにクラスの人間を毒殺。良い線かもしれないけど、シュールだな…。

「んで? あたしも、それに付いて行けばいいのか?」

 考えても仕方ない。事実がわかんない以上、考えることは時間の無駄ってもの。とりあえずは、行動しかないよな。

 って考えてたんだが、慎一郎は、ちょっと難しい顔をした。

「いえ。マミさんには、ちょっと独自に調べていただきたいことがあるんです」

 なんか嫌な予感だねぇ。じいさんの臭いがする。

「それって、じいさんの差し金か?」

 恐る恐るきいたんだけど、慎一郎の奴、にべも無く頷きやがった。くっそ。

「都心の孤児院施設で、一年前に毒殺事件があったそうなんです。その時は、二人が死亡しましたが、数名の被害者は生き残ったそうなんです。今は、その施設は無いそうなんですが、責任者も生きてますし、被害者も健在らしいんで、そちらの方々から話を聞いてきて欲しいそうです」

「んだとう! また、地味な聞き込みかよ。なんか、こう、派手な捜査ってのになんないもんか?」

「あのね、マミさん。全ての捜査に無駄も無ければ、地味だとか派手だとかの区別なんてないんです。基礎は、聞き込み、張り込みってのが常識ですから」

 あ、このやろ。今、溜め息だったろ。

 わかってるっての。地味な捜査の積み重ねが、真実を導く鍵となるってんだろ。けどなぁ、こう身体を動かすことまで地味じゃ、あたしの身体能力まで錆び付きそうなんだよ。トホホ。


 結局、慎一郎は、あたしとの話を早々に切り上げると、身支度を整えて事件のあった千葉の街へと出かけて行った。

 あたしはと言えば、夕刻も深い時間になりつつあったんで、その日は行動せずに翌日へと日を延ばした。

 慎一郎は、朝になっても帰らなかった。食事の世話係がいないと、この事務所じゃメシが食えないあたしは、昨日のうちに慎一郎から奪い取った金で、軽くギュウドンなるものを三杯ほど腹に入れて、じいさんが残して行ったっていう住所を頼りに、電車に乗って都心へと向かった。

 まぁ、合いも変わらず電車ってのは、結構な人混みで、良くこんなもんで移動しようって思うもんだよ。人間て奴は。臭いし、暑いし、動けねぇし。おまけで、人の尻だの胸だのに手を伸ばしてくる奴らはいるし。

 大概の奴らの指を引っつかんで、ポキポキしてやったから、しばらくは箸も持てないだろうけどな。

 電車を降りて、しばらく歩くと、大きな寺に着いた。

 じいさんの残した住所は、間違いなくそこだ。大きな門構えに、瓦屋根が黒光りしてる。そこから、中に石畳のような通路が母屋ってのかな、続いてて、これまた大きな釣鐘を脇に置いて、境内がそびえてる。恐らく、テレビで見たブツゾウなるものが、この中で瞑想してんだろうけど、人間って変な物に頼ってるよな。神様、仏様、キリスト様って、自分でどうにもできんことを、他の力に頼ってどうすんだろうね?

 いかん、いかん。今日は、そんな話で来たんじゃなかったっけ。

 中途半端な聞き込みして行ったら、それこそ軟弱慎一郎が、ここぞとばかりに叱りつけてきやがるからな。やることは、やらねば。

 あ、これって慎一郎に弱いってことじゃないぞ。こと、仕事に対しての慎一郎は、厳しいってこと。

「参詣の方ですかな?」

 いきなり後ろからの声に驚いた。もしかしたら、軽く飛び上がったかもしんない。ちょっと、恥ずかしい。

 振り向いてみれば、竹箒を片手に、丸坊主の老人が佇んでいた。どうやら、釣鐘の裏にいたらしい。

「あ〜、あの、ここに清水さんて女性がいらっしゃいませんか?」

 とりあえず、軽く頭なんか下げてみたりして。でも、こういうしゃべりは、あたし向きじゃないな。なんか、舌かみそうだ。

「清水さんですか?」

 ありゃ? あからさまに不信顔じゃないですか? どうやら、ここでの清水っていう人への訪問は、歓迎されてないみたいだな。

「清水さんとは、どういったご関係ですかな?」

 あ〜、完全な拒否態度。

 関係ってもなぁ。別に親戚でもないし、面識もないんだから赤の他人だよね。ここは、正直に言うべきかな? それとも、見え透いた嘘をつくべきか?

「どうされた? ご関係をお聞きしておる。答えられんのですかな?  よもや、どこぞの週刊誌風情ではありますまいな!」

 おいおい、語尾が荒くなってますよん。とりあえず、愛想笑いかな?

「ヘラヘラしておるのではない! 何者かと聞いておる!」

 あらら、竹箒を振り上げてしまいました。

 こんな丸剥げじじぃの箒なんぞに当たるわきゃないけど、ここは穏便に済まさなきゃ手掛かりの清水にも会えんちゅうわけだろ? まずいじゃん。

「あ〜、いやぁ、何て言うかな、探偵ってわかる? ちょっと、昔のこと聞きに来ただけで、別に悪さしに来たわけじゃないんだけど」

 ホントのことだよな。

「探偵だと〜。ふざけたことをぬかすでない! 良いか。清水さんはな、預かっていた子供達を亡くして、心に深い傷を負ったのだぞ! 歳月を経て、今、ようやく立ち直ってきているというに、またその傷を開こうというのか?」

 ブンブン振り回すなっての。まったく困ったね。

「和尚さん。いいんですの。お話を聞きましょう」

 本堂の方から、やわらかい声の女性が、石段を降りて来た。どうやら、騒ぎを聞きつけて、当の清水さんとやらが出て来てくれたらしい。

「いいや。清水さん。こういう輩は、人の弱みを面白い話題くらいに思っておるのだ。ここで性根を叩き直さねば、同じ痛みを持つ者を餌食にしてしまう。さぁ、小娘、覚悟しろ!」

 って、おいおい。竹箒を構えるなっての。しょうがないねぇ。

 ブンっとばかりに振り下ろされる箒をヒョイとかわして、その手を軽く叩く。ほんとに軽くだよ。痣にもならない程度だっての。なのに、

「アイタ! 暴力を振るいおったな! 警察じゃ! 清水さん、暴漢ですぞ!」

ときたもんだ。

「話が聞きたいだけだってば。とにかく、話だけでもきいてくれっての」

 まぁまぁと両手を大仰に上下させて、興奮した丸坊主をなだめた。まったく、手に負えない。

「いいじゃありませんか。和尚さんも居てくださるんでしょう?」

 二人のやりとりを見て、くすくすと笑いながら清水さんは取り成してくれた。

「おお、もちろんですとも。不遜の若者などに、清水さんをどうこうさせませんぞ」

 この丸坊主め。どうやら、この清水さんに下心がありやんな? 見え見えだっちゅうの。

 まぁ、無理も無いか。清水さんっていう人。年の頃は四十を越えたくらいだろうか。すらっとしたスタイルの良い女性だ。顔や髪は、歳相応に見えるが、持っている雰囲気が凄く甘い。甘いって表現で合ってるかな? 慈愛の空気が漂ってる。恐らくは、怒るよりも泣いてしまうタイプの人なんじゃないだろうか。だからこそ守ってあげたくなるって心情がわかってもらえるかな? 清水さんってのは、そんな人。

「良かったな小娘。だが、不埒なことを聞いたら容赦はせんぞ!」

 まだ言うか? 丸坊主。

「はいはい」

「目上に向かって、何と言う言い草だ! はいは、一度であろう!」

「は〜い」

「うぬ〜、ふざけておるようだの。まずは、年上を敬う精神から叩き込んでしんぜよう!」

「けっこうだっちゅうの」

 またも箒を振り上げる丸坊主を、くすくすと清水さんが笑って毒気を抜いてくれた。

「ま、まぁ、なんだ。ここでは、何だから、本堂へ入りなさい」

 バツが悪そうな丸坊主が提案してくれたが、あたしとしてはここで済ませたい。

 今度は、丁寧にお断りして、清水さんに向き直った。うるさい丸坊主は、この際無視だ。

「実は、千葉の方で毒殺事件がありましてね。清水さんがいた施設でも、過去に似たような事件があったとか? んで、その詳細を聞いて来いってのが、目下あたしのしごとなんすけど」

 それを聞いた清水さんの顔は、一気に翳った。

 少しおろおろするような態度で、一度丸坊主を見た後、あたしを上目遣いで見る。動揺には感じられない。きっと過去の忌まわしい事件が、彼女の精神を蝕むんだろう。

「やはり、そんなはなしであったか! 小娘!」

 丸坊主が気色ばんで肩を揺すったが、

「いいんですの、和尚さん。そろそろ、あたくしも覚悟を決めて立ち直らなければ。良い機会なのかもしれません」

 清水さんは、深い溜め息を吐いて目を閉じた。

 そして、顔を上げると忌まわしいであろう過去を話し始めた。







                     つづく





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