第十九話
堕龍との戦いで慎一郎がやった精霊の呼び出し。どの世界にも共通して存在していて、自然と融合して生きている唯一の存在。
そいつらは自然と融合しているが故か、あらゆる力を無効果してしまう。魔力はもちろん、四大元素の力も封じてしまえるのだから感服してしまうってもんだ。
その助けがありゃ、翼龍ですら手も足も出ないはずなんだけどなぁ。周りはコンクリートにアスファルト。自然のしの字も無いんじゃ、呼び出す精霊そのものが存在しない。
こりゃぁ本当に自分だけの力が頼りってことか。トホホ、心もとないねぇ。
そうだ、一応、聞いておくかな。
「そこの観客二人。あんた等、何か援護できんのか?」
「無理です」
「嫌じゃ」
…慎一郎の無理ですってのは許してやるとして、じじぃ、『嫌じゃ』って何だよ。ムカつくなぁ。
わかった。いいよ、いいよ。その代り、あんた等が危なくなったって助けてやんねぇかんな。
「ううぅ〜」
唸りながら魔力を急速に溜め込む。身体が発光しだして青から赤と色を変える。
完全な格闘となれば身体のガードもしなきゃなんない。全身に魔力を回し、運動能力も最大に引き上げなきゃ対抗することも難しいんじゃないだろか? 様子見るなんてしてらんない。いきなりの全開で行く。
フェイントを仕掛けるなんてしたところで無駄だろうから、構わす飛込んだ。翼龍のギリギリで身を沈め、先刻の傷があった場所に右フックを叩き込む。
当然のように弾かれた。が、そこから足を振り上げるように跳び上がって反転しながら蹴りを出す。サマーソルトキックだ。
「うぉっ!」
嘴をかすめはしたものの、当たりってほどじゃない。けど、驚いたみたいだ。
空振りした空中で、身体を捻ってバックナックル、裏拳入れてやるつもりだったけど、翼龍の方が速い。
無防備な腹を軽く突き上げられ息が止まる。そのまま2メートルも浮き上がったところに、奴が跳び上がって踵落としを背中にお見舞いされた。魔法防御してんのに骨が軋む音がして、一瞬視界が白くなる。それでも呻き声ひとつ出してない。意地でも出さん。
地面はアスファルト。叩き付けられる前に両手を出して受ける。落ちてくるはずの翼龍を蹴り返してやる。つもりだったんだけど、延びた左足を先に掴まれて横殴りにブン投げられた。跳び行く先はビルの角。ちゃんと計算してやがる。
頭から突っ込むのを反転して足を向けた瞬間、目前に翼龍の嘴が見えた。防御なんてしてる間なんて無かった。大きく振り被った右手があたしの右脇腹にめり込んだ。そのままアスファルトに叩き付けられる。肋骨の折れる音が何度か響いた。
強烈な痛みで星が飛ぶ。グッと堪えたけど、直ぐには動けない。そこにもう一発、強烈なショックが来てあたしは数十メートルすっ飛ばされた。
いったーい! って叫びたい。けど、我慢した。痩せ我慢だけど…。
だって、あんにゃろ、あたしの尻を蹴りやがったんだぜ。折れた肋骨も痛いけど、あたしだって女の子なんだぞ。その尻を蹴り飛ばすなんて、なんてデリカシーの無い奴だ。ぜって〜、お前は女の子にモテない。
「ぐるるる〜」
気持ちの高振りが獣の唸り声みたいになって溢れた。あんにゃろ、絶対許さん!
立ち上がって翼龍を睨み付けるあたしは、見る人が見りゃ真紅の怒りのオーラに包まれてることだろう。尻がヒリヒリするオーラかも知れないけど。
「ああ〜、駄目だな。スピードも防御も攻撃も中途半端だ。それが本気モードだとしたら、次で殺せるけど、どうする?」
ふんって感じで腰に手を当てる翼龍は、期待してたほどあたしが強くないって言いたいんだろ。
まぁ、馬鹿にされるのにも馴れたよ。お前等『龍の血族』の特徴だよな。他の種族なんて下等生物だと思ってんだろ。
まぁ、いいさ。あたしはあたしの意地ってもんを見せてやるだけだ。
痛覚神経を麻痺させるために背骨に沿って魔力を走らせる。これでしばらくは痛みに悩まされなくていい。
素早く腰に巻いたベルトを引き抜く。振り抜くと同時に魔力注入でベルトは硬質な剣の形に姿を変えた。あたしの必殺兵器で最終兵器でもある。岩をも切り裂く魔力の剣。
これが通用しないってことはないだろうけど、果たして今の翼龍に当てることが出来るかが問題。
とりあえずは運動能力を今まで以上に高めなきゃ話になんない。剣に送る魔力を最小限に抑えて、四肢に集中させる。これだと胴体がカバー出来ないけど、他に回してる余裕はない。
「ほほう、武器かい。中々良い判断だ。んじゃ、俺様も」
そう言って持ち上げた翼龍の右手は人指し指の鉤爪がニョキニョキ延びて、デカイ鎌のようになっちまった。長さは1メートルほど。柄が付いてりゃ死神の持ち物みたいだ。
ちょっと恐いけど、どのみち結末は二つしかない。あいつに勝つか、もしくはあいつの餌になるかだ。
斜に構えた剣を水平にして背中にまで回す。飛込むように翼龍の懐まで行くと、身体を捻るようにして剣を叩き付けた。翼龍からはあたしの身体が邪魔で剣の軌道は読めないはずだ。
キンっと金属の噛み合う音が響く。捻った身体が元に戻された。素早く翼龍が受けたと判断するより身体は素直に反応した。
あたしの剣を振り払った翼龍の身体は斜めを向いている。その脇腹に左の肘を叩き込む。手応えがあったところへ体重を掛けて重ね打ちした。右手の剣を下から切り上げ翼龍の右腕付け根を狙う。
切っ先が触れる瞬間、あたしの中で警報が鳴った。剣の軌道を途中で止め、真横に薙払う。キンキンと複数の金属音が後からした。
翼龍の奴、左手の鉤爪であたしの腹を狙ってやがった。
そのままで済むわけがない。真上から大鎌が降ってきた。剣を頭上に持って行って受けた。青い火花が散る。が、持ち堪えるには力が違い過ぎた。
膝が折れて地面に付き、両腕が畳まさる。頭を横にして大鎌を避けたけど、その刃はあたしの左肩に食い込んで止まった。
片膝を付いたお蔭で、剣の刃を受けた左の肘が左膝にぶつかった。手首が返ったんで肩に食い込んだけど、辛うじて止めたって言ってもいいだろ?
余裕なんて与えてくれない。両手が塞がってるのを見逃さず右から左手の小鎌4本が迫ってくる。狙いは顔面。完全に息の根を止める一撃だ。
受けてる大鎌を右手を上げて滑らせる。左肩の肉が持って行かれるが構うもんか。バランスを崩した上体に立ち上がる勢いも加えて右脇腹から左肩へ渾身の力を込めて切り込んだ。
翼龍の驚きなのか恐怖なのか分からない表情に、あたしも僅かな勝利を確信した。奴は、このまま真っ二つになってお終いだ。
驚愕はあたしだけじゃなく翼龍もそうだったろう。
勝利の一撃は、絶望の一撃に急変してしまったんだ。なんとなれば、あたしの振り出した刃は、翼龍の脇腹にめり込みはしたものの、皮膚一枚切ることも出来ずに止まってしまっているのだった。邪魔するものなど何もない。絶対的な好条件に、あたしの剣は無力だったんだ。
ニヤリと眼を歪める翼龍は、あたしを蹴り飛ばした。数メートル後退させられたが、転んじゃいない。ただ、左肩から流れ出る血で背中まで生暖かい。
「なんだ、がっかりだな。速さを重視すれば武器がヘナチョコ。じゃぁ、武器を強化すれば速さがヘタレになるのか? 全てに措いて中途半端。勝負にもなりゃしない。楽しむどころか余興にもなりゃしない。これじゃ、俺様が強いで終わっちまうじゃん」
…くっそ。返す言葉もない。
運動能力に魔力を回しすぎたってのか? だけど、あれ以下だったら今頃、肩の傷だけで済んでいられたなんてことなかったろう。
あたしの剣は絶えず魔力を必要とする。云わば魔力を放出しながら存在してるようなもんなんだ。よって魔力を溜めながら使うのが本来の使い方なんだけど、今回のような戦いだと身体に回しながら剣にも回す、尚且つ溜めるってことを同時にしなきゃなんない。
そんなの無理だ。溜めや剣に回すのが疎かになったって仕方無いって言えば仕方無い。余力が剣まで回せない。ってか、余力なんてありゃしない。翼龍に着いていくだけで必死にならなきゃなんないんだから。
「本気になってもそんな実力だろ? 俺様に勝つなんて夢また夢だ。アハハハ〜」
高笑いする翼龍を睨み付けてもどうにかなるわけじゃない。悔しいが…。
「しかしなぁ、俺様を不完全体にしてくれた礼はしとかないとな。俺様の気が済まない。マミおねぇさんには、絶望と自らの無力さを呪ってもらおうか」
言うが早いか、一瞬で翼龍の姿が欠き消えた。グッと膝を溜めた後だったから、瞬発力で見失ったんだ。
攻撃に備えて剣を持ち上げたが、翼龍の姿は意表を突いた場所に現れた。
「慎一郎! 避けろ!」
あたしの叫びに慎一郎が反応して振り向きかけた。だけど、遅い。振り下ろされた翼龍の左手は、辛うじて上げた慎一郎の右腕もろとも身体をふっ飛ばした。慎一郎は叫び声さえ無い。空中を飛んでビルの壁に叩きつけられて地に落ちた。空中で受け身を取る体勢は出来たみたいだったから死んではいないだろうけど、あの勢いに無傷とはいかないんじゃないだろうか。
「てめぇ! 相手はあたしだろが!」
翼龍に向き直り吠えた。けど、翼龍の方はケケっと笑って見せて消えた。
まさかと振り向いた眼にじじぃの後ろに立つ翼龍が現れる。
残念。じじぃは四大元素に守られてる。傷付けようたって無理だ。
あたしの気持ちを表情から見て取ったものか、翼龍の両眼がいやらしいまでに細まった。グッと右足を引いた。同時にじじぃの周りに球体のような水の幕が現れた。構わず翼龍が足を振り下ろす。
パンっと風船でも破れるような音がして幕は欠き消え、酔いに任せて寝ていたのか、眼を閉じていたじじぃの背中をクリーンヒットした。苦悶の表情でじじぃが飛び出す。
慎一郎みたいに受け身を取るなんて器用なはずない。ダッシュで回り込んで受けとめたが、かなりの距離を両足が滑った。
「大丈夫か?」
受け止めたじじぃに聞いたが反応はない。死んだのかと思ったが、安らかな寝息だった。くっそ、不死身かよ。心配して損した。
その場に手を放して捨ててやったが、信じられないことに空中で胡坐の形になって、落ちた時には座って寝息をたてだした。呆れるってより、感心するよ。
フウッて溜め息を吐いた途端に、腹に一撃もらってふっ飛んだ。警戒してなかったから息が止まる。アスファルトの上を滑って行っても呼吸が出来ない。苦しさに悶えるのを背中を叩いてほぐしてくれる奴がいる。はぁっと一息吸い込んで見上げてみれば、柔らかく微笑む慎一郎だった。
良かった。怪我は見えない。骨だとわからんけど、見える傷が無いのは良かった。
まるで子供でも見るように微笑む慎一郎がちょっと恐かったけど、頭を撫でられるとは思わなかった。てめぇ、こんな状況で何してんだ。
一発ひっぱたいてやろうかと思ったんだけど、その前に慎一郎は立ち上がっちまった。
「マミさん。選手交代といきましょう。僕が戦ってる隙におじいさんを連れて逃げて下さい」
精悍な面持ちを翼龍に向ける慎一郎は、いつになく逞しく見える。なんだよ、とうとう異世界人の本領発揮か? 出し惜しみしてやがったんだな。けどよ、逃がしてくれるほど甘くねぇと思うぞ。お前が余程強いなら別だがな。
もう一度、あたしの方を振り向いてニコっと笑うと、どこから持って来たのか1メートルほどの鉄パイプを片手に
「うりゃ〜!!」
って掛け声も雄々しく走り出した。
って、おい?
そりゃぁ確かに人間にすりゃぁ慎一郎は走るの速い方だよ。けどよ、それって人間レベルってことで、あたしや翼龍みたいってことじゃないんだよ。
お前、何でそんな人間レベルで突っ込んで行くわけ?
案の定、キョトンとした翼龍は振り下ろされた鉄パイプが届かぬうちに、慎一郎の顔面を左手の人指し指でデコピンしてあたしの元まで返してきた。
「ほぎゃ!」
かなにか呻いて滑って来たのを、とりあえず足の裏で止めてやった。頭だったけどね。
「あれ? マミさん、逃げて下さいって言ったじゃないですか」
「…行って数秒で帰って来た奴に言われたくねぇな…」
本当にこいつは何を考えていやがるんだか。
なんて呆れてる場合じゃなかった。眼の端にチラリと影が走った。急いで慎一郎の襟首を掴み、引っ張り上げて右手の剣を振るったが、あたしの反応が僅かに遅かった。
大鎌の銀線が閃いた時、あたしの剣はその軌道に届いてなくて、起こし切れずにいた慎一郎の背中を真一文字に駆け抜けた。
「うぐっ!」
という噛み締めたような呻きと苦悶の表情に慎一郎が受けた傷の深さを感じた。
ドッと後ろに倒れ込んで、慎一郎の背中を確かめる。どこか太い血管をやられたらしく、数秒と経たぬうちに上半身が赤く染まっていく。斬られた傷口を覗き込んでみたが、溢れてくる血の量が多くて確かめようがない。
急いで上着を脱がせて裂く。半分を傷口に押し当て、残りの半分で身体ごと巻いて縛る。気休め程度にしかならないけど、何もしないよりはマシだ。
「…てめぇ、慎一郎を狙いやがったな。こんな戦力にもならない奴を殺そうってか!!」
あたしの咆哮を翼龍は鎌に付いた慎一郎の血を舐め取りながらせせら笑った。
「はっはは〜。お前逹人型ってのは、身近な存在を傷付けられたり殺されたりすることに異様に反応するよな。悲しんだり悔しがったり絶望したり。ケケケッ。俺様に怒るくらいなら、自分で守ってみたらどう?」
くっ。言葉も無い。あたしの不甲斐無さが慎一郎をこんなにしたんだ。
「次はソロモン王だな。奴の守りも俺様には通用しな〜い」
じじぃ! 慎一郎で忘れてた。何処だ? って探すまでもない。先刻と同じ場所で、同じ体勢で眼を閉じてやがる。
「首を撥ねるか、頭から縦に裂いてやろうか。どちらが好みかな?」
首だけを廻らせてじじぃを見る翼龍は、邪悪な本性を垣間見せるようにニヤリと眼を細めた。
…悪いが、冗談じゃねぇ。慎一郎もじじぃも殺させやしねぇ。守ってみろってんなら、守ってやろうじゃないの。こうなりゃヤケだ。後先なんて考えてられるか。
この身体、どうなるかわかんないけど、ここまできたら仕方ない。
…限界超えだ!!
つづく