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第十八話

 眼には見えない水のカーテン。魔力も通さず、4大元素の力さえ遮るソロモン王だけが使える防御壁。

 こいつにどんな能力があるのか詳しくは知らないけど、人垣の前に降りた瞬間から人々がキョロキョロと辺りを見渡して騒ぎだすと、まるであたし達が消えてしまったかのように散っていく。代わりに通りの角を赤色灯を回転させてサイレンと共に現れたパトカーが3台。けど、そいつらもあたし等の前を通り越し、何処へ向かうものかサイレンの音だけを引きずって消えて行った。

 それを期にカーテンはその空間を一気に広げた。目の前の建物を飲み込んで半球体を作り出し、巨大なドームのように回りを包み込んだ。建物の中に居た人々もバラバラと出て来たかと思うと、ドーム空間の外へと消えて行く。パーティなんてやらかしてた脳天気な奴らも足下をフラつかせながらだが出ていった。

 恐らくはあたし達の姿を消す作用があるのと同時に強力な暗示効果もあるのかも知れない。あたしには無理な芸当だ。さすがはソロモン王。腐っても鯛ってこのことかな。

「ちっと、遅れたかの」

 不意に後方で声がした。振り返ってみればソロモンじいさんがフラフラ歩いて来るところだ。

 なるほど、これだけの空間を作り出した後だもんな。疲れてフラフラなのも当然だよ。 ソロモンじいさんはおぼつかない足取りで歩いて来る。慎一郎が何処からともなく現れて、じいさんの腕を取って支えたが、あたしの数メートル先まで来るとその場に崩れるように座り込んだ。

 途端に漂う酒の香り。じいさんの顔は赤く熱り、両目もトロンと眠た気だ。

 この野郎、疲れてるんじゃねぇな。

「酔っ払ってんのかよ!」

 何のことはない。じじぃを置いて来た時からあのまま呑み続けてたに違いない。単なる酔っ払ってフラフラなんだ。緊張感もなにもあったもんじゃない。

「ほっほっほ。すまんのう。ささ、遠慮せんで始めていいぞい」

 ったく、このじじぃだきゃ、何処まで本気なんだかわかりゃしねぇな。

 もう無視、無視。

 今一度、翼龍に向き直り、大きく一息吐いて気持ちを切り替える。

「空間隔離とは、さすがはソロモン王か。俺様の餌が逃げちまった。まぁ、マミおねぇさん一人で代用できるから、どうでもいいけどな」

 キモイ! そんな姿で『おねぇさん』言うな! 鳥肌が立つわ!

「どうしたんじゃ? 試合開始じゃぞ」

 今や観客にでもなったつもりなのか、じじぃが右手を振り回してがなる。ざけんなよ。試合じゃねぇっつうの。あたしには死闘だっつうの。翼龍には餌扱いだし。

「マミさん、ファイトー!」

 …慎一郎…お前もか…

 だぁー! もう、いいわ。これ以上外野に気分削がれて堪るか。

 あたしは両手を胸の前に組んで力を込めた。そのまま翼龍に突き出すように勢いをつけて半歩前にでた。途端にあたしの両手から火柱が伸びる。赤々とした炎が翼龍を包んで、骨さえ残さず燃え尽す…はずだったんだけど、炎は翼龍の鼻面手前で止まってしまった。

「…馬鹿にしてんのか? まさかこれが本気とか言うなよな。俺様に失礼だぞ」

 わかってるっての。とりあえずのゴングみたいなもんだよ。景気付けだ。

 んじゃ、次はもうちょっと変化球を。

 両手で上下に空間を作って、その中に指先ほどの青い光ができる。それを包むように白い光が繭のようにまとわりつき、野球の球くらいの大きさになった。ついこの前に思い付いた試作品。どうなるかはわかんない。

 身体を回転させながらそいつを投げ付ける。速度だって半端じゃないんだぞ。300キロ以上の豪速球だかんな。

 翼龍の足下スレスレに飛ぶそいつは、手前で破れて細長い氷柱のように鋭角になる。翼龍に触れた瞬間に弾けるように四散すると、瞬間に水蒸気のような煙りが上がり、物凄い冷気が襲う。

 絶対零度の氷結弾。弾ける冷気は全て内側へと収縮するように、一度球体を作って中心に向かって刺さり込む。たとえ厚い外皮があったとしても、細胞レベルで入り込む冷気は防げない。氷の彫刻になっちまう…はずなんだけどなぁ。

「んん〜、悪くはないんだけどな。俺様みたいに風の元素使えると効果は無いな」

 真っ白な冷気の球体の中、翼龍の声が聞こえてきた。途端に竜巻のような空気の渦があたしの冷気を巻き取って霧散してしまった。やっぱ飛び道具が通用するほど甘いわきゃないよな。作戦変更ってわけだ。クッソ、楽できねぇな。

「もうちょっと頑張ってもらおうか。これくらいはしてもらいたいな」

 堂々と元の位置から微動だにせず翼龍が言い放つ。あ〜、ちっと傷付くかなぁ。一歩も動かせないってのは。

 翼龍が大きく反り返り、首をもたげた後、あたしに向かって嘴を開いた。

 ヤッバイって思う前に身体は動いていた。横っ飛びに十メートル。それでも足りなく思えて側転も交えてもう十メートル飛んだ。次の瞬間、あたしが居た場所はアスファルトを大きく抉られて巨大な穴が開いた。

 翼龍が吐き出した風の結晶は、ソロモンじぃさんと同等に眼に見えないくらいの細かさで、あたしの投げた球の倍の速さで吐き出されたんだ。その堅さも半端じゃない。抉れたアスファルトがパウダー状になっちまってるところを見ると、物凄ぇんだろうけど考えたくはないな。

「反応はさすがだがなぁ。これ以上のスピードでも反応できんのか? あと続けて攻撃されても避けることできるんだろうな? 俺様は一歩も動いてないんだ。期待は裏切るなよ」

 ああ〜、はいはいってなもんですわ。結構っていうか、かなり本気モードなんだけどなぁ。翼龍にとっちゃ子供だまし程度なんだってことだろ。

「嬢ちゃん! 頑張るんじゃ! 効いてるぞい!」

 酔っ払いの観客が騒ぎ出した。うるさいわい。どうせこれ以上、手ぇ貸す気無いんだろ。黙ってろよ。

 さてと。飛び道具が通用しない以上、覚悟を決めなきゃなんなくなったわけだ。何のって? そりゃ、決まってんでしょ? 肉弾戦っきゃ無いでしょ? 直接攻撃でぶっ飛ばすしかないっての。

 ちょっと使い過ぎた魔力を溜める。それくらいは待ってくれそうだかんな。

 同時に両手、両足に魔力を注いで、運動能力も十分に上げる。こいつでどれだけ通用するもんかは怪しいもんだけど、手応えが直接返ってくるから判断はし易いってもんでしょ。

 んじゃ、遠慮なくいきますよっと。

 自然体のままから一気にダッシュして翼龍との距離を詰めると、直前で地を蹴って斜め上方に方向転換する。狙いは翼龍の首。一番細い頭の付け根あたり。

 今の速度とあたしの蹴り上げる速度が合わされば、大木がへし折れるじゃ済まないだろう。綺麗な切り口を見せることになる。振り上げる右足に躊躇なんかありゃしない。渾身の勢いで一撃必殺状態だ。

 が、それほど旨くは行かないやね。翼龍はあっさりと頭を引いてかわした。けど、かわされたからってそれで終わりなんて思うか?

 スカされた足をそのまま回転の力に変換して、今度は左足の裏を後ろ蹴りに変えて翼龍の側頭部に叩き込む。 当たるなんて思ってなかったよ。当然、避けられと思ってたんだけどね。一瞬、焦ったような表情したと見えたぞ。反応も遅れた。素早く動いたが爪先に確な感触が残った。だけど空中での勢いは消せない。回転しながらビルの壁まで飛んでった。

 身体に捻りを加えて反転すると、すぐ目の前にビルの壁が迫る。足で壁に着地って変な気分だけど、そのまま膝を折って反動を付け飛び出す。もちろん翼龍めがけてだ。

 今度は避けらんないぞ。なんたってデカイ図体目掛けてんだかんな。拳か蹴りか迷ったけど、そんな暇あるわきゃ無いんで、そのまま頭突きで突進じゃ。

 ズドンと大きな衝撃が全身を駆け抜ける。勢いがある分、跳ね返りもあるかと思ったけど、肉厚の身体が吸収したものかあたしのはその場にボトリと落ちた。

 足から着地したけど頭突きの影響かクラクラして視界に星が飛ぶ。ちょっとくらいヨロけても仕方ないだろ。

 んな暇も無かった。すぐに頭上から物凄い質量が降ってきた。ヨロけたままに身体を任せて避けた。あたしの身体スレスレを象の足が降下して地面を揺すった。

 肉弾戦なら当たるってのは実証された訳だ。効果のほどはわかんないけどね。

 その場でしゃがみ込んで両手を地面に付ける。そのまま身体を持ち上げて両足を伸ばして回転させる。人間サイズなら片足なんだけど、こいつサイズだと両足じゃなきゃ無理だろ。足一本払うのに両足なんてね。大木並の肉棒を両足で蹴り飛ばす。持ち上げるかと思ったが当たった。当たったんならオマケも付けるぞ。そのまま掬い上げるように上方向になぎ払う。

 翼龍の下半身が軽く持ち上がった。そんなら、もうちょっとオマケじゃ。一回転するあたしの身体を今度は浮いて見せた腹めがけて両足キックをお見舞い。

「うおあたっ!」

 変な叫びを挙げて巨体がクルリと宙に浮く。背中を下にして落ちる姿は壮快だね。っつても、転んだって程度かもな。

 転んで隙だらけなら、畳み掛けるしかないよな。

 地面を勢い良く蹴りだして右手に魔力を集める。手刀の形に突き出す。致命傷になるかはわかんないけど腹なら柔らかい。

 ズブリと肘までめり込んだ。生暖かい感触とヌルリとした奴の体液が滴り落ちる。

 意外。こいつ体液が赤い。人のような血の色だ。

 入った腕を払って傷口を広げてやろうかとしたが、翼龍の嘴が不意に迫ってあたしは後方に飛んだ。ちょっと焦ったんで、腕はそのまま引き抜いちまった。ちっ、惜しいことしたな。

 距離を取ったことで仕切り直しになっちまった。

 翼龍は素早い動きで立ち上がると、腹の傷を確かめるように覗き込んで溜め息を吐いた。

「んん、いい感じかな。動きも早いし無駄も無い。力不足なのもスピードと魔力で補えてる。この身体で格闘は不利かもな。俺様、的としてはデカイからな」

 そう言うと翼龍はゆっくりと後ろ足で立ち上がった。四つん這いだとそれと感じ無かったが、二本足になると思った以上にデカイ。頭までだと軽く10メートルを超すんじゃないだろうか。

 その身体が僅かに震えた。変化はゆっくりとだったけど、びっくりするほど着実だった。だってよ、縮んできたんだよ。長かった首が短くなって、象みたいな手足が細くなって指が生える。血を流す胴体がほっそりとして引き締まって腹筋まで盛り上がる。

 一分ほどであたしの倍位になっちまった。ほとんどが人の形に近い。

 違いは有りすぎるくらいあるよ。バケモンはバケモンなんだから。まず、両手は指が4本しか無いし短い。代りに長い鋭利な爪が鎌の刃のように並んでる。次に頭ってか、顔。デカイ時のまんまなんだけど。鳥みたいな嘴とヘンテコな角はそのままだ。後は足の関節だな。人のそれとは反対じゃないか? それだと、膝が後ろに曲がるよな?

 言いたいことはまだあるけど、全体的には人型だ。尻尾があるけどな。ムチみたいに細くなってるけど。

「これで動きには問題無くなったな。的も小さくなった」

「へん。腹に一撃食らっといて、今更だろ」

 あたしの言葉に翼龍は改めて自分の腹筋が浮き出た腹に視線を落とした。

「…ハンデと思えば問題は無いんだけどな。それももうすぐ無くなるが」

「なに言ってや…」

 言葉が続かなかった。流れ出す血の源、傷口を左手で覆った翼龍がニヤリと眼を細めた。僅か数秒、その手を振り払うと流れていた血が飛び散った。と、綺麗な8つに割れた腹筋が現れた。傷跡さえ見当たらない。

 こいつ、治癒魔法が使えるのか。

「魔法ではないの。自発的に再生するスピードを操れるようじゃの。風と水の元素には治癒効果もあるからの」

 じじぃが胡坐に片肘を付いて面白くなさそうに言った。

 なんだよ。結局は反則じゃねぇか。ってことはだよ、あたしの攻撃がどんだけ効果的だったにしたって、今みたいにパッて治せちゃうんじゃない。これって一番汚い反則じゃん。翼龍、せこい!

「嬢ちゃん。そう悲観することもないの。風の元素は水の元素に比べれば治癒能力のほどは雲泥の差じゃ。多少の表面は塞げても、中身の再生までには及ぶまい」

 じじぃが顎に当ててた手をヒラヒラさせて眠たげな眼を向けてた。先刻の面白くなさそうだったのは、眠気に襲われてたからか? どんだけお気楽なんだよ。

 まぁ、その情報が本当がどうかも妖しいもんだけど、言葉を聞いた翼龍が嘴の端で舌打ちしたってことは、そう間違ってもないってこったろ。

 ん? 待てよ。ちょっと気付いたぞ。

「おい、じぃさん。あいつが扱える再生能力って、あんたにも使えるって事なんじゃないのか?」

 だろ? 同じ元素を操れるなら、謎を解き明かし自在に行使出来たソロモン王にだって出来ない訳ないよ。そうなれば条件は同じ、いや、水の元素が使えるこっちが有利か? だはははは〜…。

「無理じゃの」

 だはは…はい? 今、なんと言うた?

「ふん。そいつは俺様から説明してやる。ソロモン王は確かに四大元素の根源たる謎を解いた。だが、使うことと解くことは根本から違う。四大元素には独自の意思みたいなもんがあってな、謎を解いたソロモン王に敬意を表して力を貸しているに過ぎない。俺様の様に自在に使える訳じゃないのさ」

 …マジ? チラっとじじぃを横目で見たら、翼龍にウンウンと深々と頷いているところだった。

「補足するならばじゃ、出来る出来ないも四大元素の気分次第。お願いしてみるまでは分からんのじゃな。今までで、治癒再生が聞き届けられたことは皆無じゃ。つまり出来んということじゃな」

 ケラケラと笑うじじぃを苦々しく思いながら、とりあえずは無視する。いったい何しにきたんだよ。泣くぞ!

「マミさん、ファイトです!」

 ああ〜、慎一郎、居たんだ。気付かなかったよ。的外れな声援、ありがとな。

 …無駄だって分かってるんだけど…一応、聞いておくかな。折角の声援だしな。

「あ〜、なんだ。慎一郎、お前、堕龍の時にやったみたいな呼び出しって出来ないか?」

「無理です」

 『ファイト』の名残で片手を突き上げた格好で、いともあっさり言うなよな。

「良く見てくださいよ。ここには木も地面も花もありません。あるのってペンペン草くらいですよ。足りない程度じゃなく皆無ですね」

 わかってたよ。お前も役立たずなんだってなぁ。何で、ここに居るんだか。本気で泣きたくなってきた。






                      つづく





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