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第十三話

 結局のところ、慎一郎が買ってきたテリヤキバーガーを三人でパク付くことになった。

 まぁ、実際のところ気まずい話になりそうっていうか、気難しい話になりそうだったんで、慎一郎の登場は助け舟って感じではあったんだけどね。

 おやつの間中、慎一郎は軽い話でホウヤを始終、笑わせていた。自分の幼い頃の失敗談や女の子にフラれた話なんかで、身振り手振りを交えて軽い時間が流れていく。

 あたしにとっては、慎一郎の話なんか耳に入っちゃいなかったけどね。慎一郎が話す言葉に、年相応の笑顔を見せるホウヤが、なんとも愛らしくて見入っちゃった。えへっ。

 やっぱ、ホウヤって可愛いんだなぁ。こいつがイジメられてたのって、もしかするとこの様相美にも一端があったのかも知れないね。だって、あたしが同性の男だったら、この美貌に嫉妬しないとは言えないもんな。

 無理して淋しげに笑うようなホウヤより、可笑しい楽しいって無邪気に笑うホウヤの方が絶対に良い。

 ひとしきり食べて喋って、以前からの疲れもあったのか、ホウヤはおやつの後、ソファに腰掛けたまま寝入ってしまった。慎一郎がベッドに抱っこして運んでも起きないところを見ると、相当な疲労だったのかもしれない。

 そう考えてみて理解した。ホウヤは翼龍と肉体を共有しているんだ。翼龍が無茶な使い方をすれば、それはそのままホウヤの中にも蓄積されるんじゃないだろうか。

 泥のように眠るホウヤの寝顔も天使の寝顔のようだなぁ。ってしみじみ眺めた後で、あたしはさっきまでホウヤが寝ていたソファに腰掛けて、机に向かって難しい顔をしている慎一郎に話しかけた。

「なぁ」

「はい。なんですか?」

 けっ、慎一郎の奴、手元から視線も外さず返事しやがった。この野郎、仕事モードになってやがる。こりゃ、迂闊なこと言えないなぁ。逆に怒られそうだ。

「どうかしました?」

 呼び掛けたのに中々次を言い出さないあたしに不信顔を向けてきやがった。んん〜、完全な仕事モードだ。下手に馬鹿な質問でもした日にゃ〜、これでもかってくらいに馬鹿にされる。こんな時って、あたしの一撃も簡単に止めやがるから不思議な奴なんだよね〜。

「…いや…その…なんだ。ホウヤってよ、あ〜してると、ちゃんとした中学生だよな」

「年齢で性格までは測れませんよ。ホウヤ君は両親の無い子でしょう。心の成長は一般の子供より早熟でも不思議はありませんからね」

 パソコンと手元の資料を交互に見詰めつつ、慎一郎はあたしの方なんか見もしない。まったく、可愛くない。

「それでも、お前の笑い話にも良く笑ってたじゃん」

 先程まで、大袈裟だなって思えるほどにホウヤは笑顔を見せていた。無邪気って言葉が素直に当てはまるくらい。

「マミさんくらい単純だと、世の中苦労する人なんていないんでしょうけどね」

 溜め息混じりの独り言のように慎一郎が吐き出しやがった。なんだって? 人聞きの悪い奴だな。あたしが単純馬鹿だとでも言うのか?

「…てめぇ、どういう意味だ…」

 ちょっと怒りを込めたつもりだったんだけど、今の慎一郎には通用しない。くっそ、仕事モードのこいつは、やっぱ厄介だな。押しても引いてもペースが崩れない。

「ホウヤ君は、マミさんが心配してるくらい理解してますよ。どうにかして助けたいことも。けど、その方法も定かではありません。せめて僅かな時間でも安穏とした時間を分かち合いたい。幼心でもそれくらいは融通できるってことです」

 …ふざけんな。そんなことくらいわかってるっての。でもよ、ホウヤがそれを望んだなら、それを真っ当してやるのも大人なあたしの役割じゃん。負け惜しみじゃないぞ。わかってたんだからな、絶対!

「で? お前は何してんのよ」

 さっきからあたしのことを見向きもしないで一心不乱に調べ物してるみたいだけど。

「過去の資料から、翼龍の記述が無いか、伝記や逸話などでもいいですから、退治できるヒントが無いか調べてるんですよ。このまま、あの少年の人生まで犠牲にされて堪るもんですか」

 慎一郎。お前って奴は、ほんと良い奴なんだなぁ。ちくしょう、泣きそうになるじゃん。

「い、今更かよ。なんだよ、馬鹿だな、マユツバみたいな伝書に真実味なんかあるかよ。く、くっだらねぇな。もっと、現実味のあること調べろよ」

 やっべ。なんかけっつまづいた喋りになった。それに、今、チラッと慎一郎、こっち見たよな。くっそ。不自然に顔そむけたのバレバレじゃんか。

「……助けられんのかよ……」

 ああ、顔が熱い。鼻の奥が痛い。…ガマン、ガマン。

「…どうでしょうね。まだ、有効的なものが見つかりません。ヒントはあるようなんですが、如何せん、翼龍の目撃談や伝記が少なすぎます。今は、決定的なものが必要です。僕等が対峙してるのは、紛れも無い翼龍という存在なんですから」

「人間界での記述ってことか?」

 人間界に他ならず、他世界でも翼龍の目撃談は少ないと思う。というより、発見することの方が奇跡に近いように伝えられてるんだ。人間界なんかでじじぃが言ってた事例以外に、目撃されたとは考え難い。

 そもそも龍の血族は、歴史の中の忌憚に近い。実害が無ければ、単なるホラ話にされてしまっていてもおかしくはないんだと思う。それが、数百年単位でありながらでも語り継がれるには、甚大なる被害が、その裏にあることに他ならない。千年単位で調べれば、もしかしたらもっと鮮明な姿が浮き彫りになるのかも。

 ただ、それを調べるには、この人間界に居ては不可能だろう。せめて、神聖魔界か天上神界に居て可能になる話だ。人間界の生き字引、ソロモンでさえ決定的な知識を持っていないのでは、この世界の歴史に、翼龍が出で来ることさえ疑わしい。

「民話や寓話などにも、真実が隠されていることはあります。科学的根拠を排除すれば、足跡くらいはあると思うんですが…」

 そう。思うんですがってのが限界なんだ。そこから真実に辿り着くには、その中から嘘を見抜かなけりゃならない。そして、悲しいかな、記述に残ることは、大概に嘘が多い。

「…なんか、わかったか?」

 あたしの理性が否定することは置いておいて、慎一郎の答えを聞こう。そういった意味では、あたしも変に背伸びした子供かもしれない。

「どうでしょうね。古代記述まで遡って調べてみると、翼龍の目撃は砂漠に多いってくらいですか。後は、空中での目撃ですね。地上での確認は一件もありません。飛び去る姿や、飛来するのは幾つかあるんですが、着陸したり留まったりするケースはないようですね」

 あ? なんだ? 事例っていうか、目撃はされてるってことか?

「件数は?」

「そうですね。紀元前からだとエジプト、ローマ、中国、ロシア、アフリカ、インド、古代エルサレムなどですか。信憑性は疑わしいですけど」

 七件以上。どういうことだ? 神聖魔界じゃ、一件、それも民間伝書のような口伝に近いものだった。他の世界でも目撃談は数件、いや、一件あれば良い方なんじゃなかったか? なのに人間界では、こんなにも多くの記述が残ってるって。変な違和感が無いか? 人間界固有のものなのか。それとも単に、翼龍は人間界に偏って存在するのだろうか?

 ああ〜、うっとしい。考えるのって苦手なんだよ。それも出口の見えない迷路の問題だろ。推論や憶測が大半を占めてて、結局は答えなんて出ないことばかり。それって、考えるだけ無駄なことなんじゃないかって思えてくる。

「古代文字だって完全な解明されてないだろ? おまけに人間界での古代では異物や珍しい生き物を神仏化した傾向が強い。大鷲でも翼龍だと記されてて可笑しか無いんだぜ」

「そうかもしれませんがね。ことここまで事態が切迫してしまっている以上、選べる選択肢も限定されてしまいます。僕等が選ぶべき道は、少なくてもホウヤ君を救い出し、可能ならば翼龍を封印、もしくは抹殺することでしょう。けど、今の僕等には、そこまでのヒントすらありません。可能性があるのなら嘘の記述でも試してみる価値はゼロでは無いと思います」

「試せるものならな。いいか、翼龍は堕龍とは桁違いな強さに、半端無い頭の良さだ。無駄なこと試してる余裕なんて自殺行為と変わんないんだよ。一撃必殺ってなものくらいじゃなきゃ、試す価値さえないってこと。わかる?」

「……」

 なんだよ。反論さえ無いのかよ。っても、しょうがないよな。

 翼龍を倒した、そうでなくともそれに近い状況に追い込めたなんていう史実は無いだろうし、目撃された、もしくは襲われたくらいの話じゃ、恐怖に駆られた心情に冷静な判断力も無かったろうよ。

 結論。翼龍は倒せない。ってのが本音になっちまう。初めからすれば、敵の正体が解ったくらいが進歩だけど、結局、何ひとつ解決策が無いのは、初めから進んでいないことと変わらないってことだろ。

「だ〜!! イラつくな〜! 解決策はない。決定打はない。ホウヤを助ける手段もなけりゃ、ヒントすらない。ないない尽くしで、こっちは負傷者だらけときたもんだ。こんなんで、どうしろってんだ!」

「イラついてもどうにもなりませんよ。なんとか手掛かりくらい掴まないと、いつホウヤ君の中の翼龍が暴れ出すとも限りません。残された時間は、有効に使わなくてはならない状況なんです。そのことについては、直接対峙したマミさんの方が良く理解されてるはずでしょう」

「……」

 わかってる。わかってるよ!

 でもな、わからないことを永遠と考えてみたって、結局はわかんないままで終わることの方が多いんだ。

 …わかんない…。

 ………。そう、わかんないことが多すぎる。いや、違うな。疑問だ。何故だってことが多いんだ。

「まず…」

「はい?」

「蠱毒や獣王道なんてことが出来る奴が、なんで直接姿を現す必要があったんだ? あの時点じゃあたし達はホウヤを疑ってはいたが、とぼけられたら疑うことさえ無かったかもしれない」

「何を言ってるんですか?」

「あたしとじいさんを誘き寄せるような真似をしておいて、瞬殺出来たにもかかわらず、なぶるような真似をした。結果、どちらも殺せなかったうえに、自分までホウヤの中に引っ込む羽目になっちまってる」

「あの、解るように説明してくれませんか?」

「いくら完全体でないといっても、正体は翼龍だ。不慣れな地上戦を選ぶ必要がどこにあった? ホウヤの身体でも飛ぶくらい簡単だったろう」

「一体、何の話なんですか?」

「まだあるぞ。力を付けて来たんなら、何で完全体になれるまで人間を喰らってこなかった? 中途半端なままであたしやじいさんと対決する必要性がどこにある」

「…言ってる意味は、わかりますけど、わかりませんね」

「最大の疑問は、あたし等みたいな、まぁ、敵とみなして良いだろう存在が現れて、何故この場に留まって対峙する必要がある? なりふり構わなければ、地方に逃れて完全体になるまで待てば良い。都市ひとつ犠牲にされても、あたし等が到着する頃には、奴も遠くに逃げられるだろうし、その方が完全体への近道だ」

「何らかの意図があると?」

 その質問には、あたしは答えるべきものがな〜い。だって、疑問に思うことの羅列みたいなもんなんだ。翼龍にどんな意図があったにしても、そこを測ることなんてできゃしない。ただ、

「あたしには、そのどれも選択できないってこと。自分が不完全なら安全策をとることは常識ってか、当たり前の自己防衛だろ。その前に襲われたら、弱い相手で勝てる自信があったとしても、負ける確率が無くなるわけじゃない」

「ならば身体を完全にしてから戦う方が、負ける確率は限りなく低くなりますしね」

 慎一郎が、先を引き取って話す。その通り。だから、あたしなら選べない選択。それを翼龍はしてるってことになる。そこに何か意図が無いなら、余程の自信過剰か馬鹿だろう。まぁ、あれだけの力があれば、自信もあるんだろうけど。

「ヒントがあるとすれば、そこにあると思いますか?」

「わかんないねぇ。結局は翼龍の気まぐれってこともある。けど、ホウヤの意識を払拭できない以上、力を使い過ぎれば入れ替わりは必至だ。そんな爆弾抱えたまんまで戦うこと自体が変だ」

「確かに変なことだの」

 いきなり背後からの声に驚いて、ソファから尻がずり落ちた。だって、頭の真後ろからだぜ。髪が逆立つかと思った。

「ったく。心臓に悪いっての、じいさんよ」

「そう何度も驚いてくれるとヤリガイもあるわい」

 っけ、ご満悦かよ。まったく、気配すら消して来やがるんだから趣味悪いってもんだよ。

 けど、いいところに戻ってきてくれたぜ。このまんまじゃ、ちょっとあたしと慎一郎では荷が重い。頭使うのは、やっぱり年寄りの方が合ってる。慎一郎も悪くはないんだけど、所詮は長生きした奴には敵わないってもの。

「どうやらヒントくらいには、なりそうじゃの。しかし、その前にじゃ、翼龍を知っておくことも大事じゃ。過去世の話になるがの」

 そう言ってじいさんは、あたしの前に深々と座った。慎一郎が、気を利かせて飲み物を持ってきた。じいさんにボトルのワインとグラス、自分にコーヒー、あたしにはオレンジ・ジュースだ。

 ったく、子供扱いだよな。あたしだってワイン飲みたいのに。まぁ、今はいいや。

「で? じいさんは、何をしてたんだ? まさか寝に帰ったわけじゃないだろ」

 運ばれたワインをグラスに注いで、煽るように飲み干すじいさんは、まるで渇きを覚えた老人だ。それほど何かを必死にやってきたってのか? あんまり信用はできないけど、酔っ払う前に聞いておかないとな。

 答えを待ってたんだけど、このじいさん、二杯目を注ぎだしやがった。

「おい! 飲みに来たのかよ!」

「お? おおぉ、そうじゃったの」

 ってケラケラ笑ってるけど、現状はそんな雰囲気じゃないんですけどねぇ。やっぱ、このじいさん、緊張感ってものが欠落してんのかもな。

「お若いの。翼龍について、何かわかったかの?」

 やっと真剣に話し出すのかと思ったら、話の矛先を慎一郎に向けて、自分はまたワインを飲みやがる。くっそ、うまそうでやんの。

「あまり成果とは言えませんね。寓話や逸話程度のものがほとんどですし、近代のものは童話のようなものでしょう。信憑性はどれも薄いですね。古代のものも解析が雑なものばかりです。それに、目撃談はあっても、それ以上のものがありません。今以上の接触もあったようには思えませんね」

「だろうの。基本的には争いの痕跡は無い。しかしの、見られていて、それが記録に残るということは、何かしらの接触があったとも考えられる。それが争いとは限らんだけじゃ」

「どういう意味です? 翼龍は、どう転んでも禍々しい存在でしょう。人間と接触したとなれば戦いがあったはずでは?」

 慎一郎の疑問は尤もだ。翼龍が人間と接触するなら、間違いなく殺戮の惨状だろう。

「そうとも限らん。その前に、古代創世記のひとつを紐解かねばならん。そこに根源があるように思えるんじゃ」

 そう語り始めたじいさんは、あたしには退屈な『創世記』とやらを話し出した。

 年寄りは昔話が好きなんだ。こいつは、どの世界でも変わらないのかもしれないな。






                   つづく




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