第十話
あんまりな現実に泣きそうな弱気も相まって、高揚しかけた気分が萎えていきそう。
けど、ここで気持ちで負けてちゃ、それこそ活路は見出せないってもんでしょ。逃げるってのが最終目的になっても、そこに辿り着かなきゃ意味が無い。
とは言っても、完全な無策だしね。これという決定打も無いし、堕龍の時ですら瀕死になってんだ。それに、頼みの綱のソロモン王も使い物になんない。慎一郎でもいてくれりゃ、それなりの援護も期待できたのに、今はベッドの中ときてる。
あたしに打てる手段は、はっきり言って無いに等しいんだなぁ。
「もう、諦めたら? どの道、勝てるなんて思ってないんでしょ?」
ホウヤの姿のまましゃべるんじゃないよ。気分的にホウヤを相手してるみたいで気分が悪いっちゅうの。
「そうだな。勝てるなんて思えねぇよ」
ここは正直に言うしかないだろう。まぁ、ちょっと手探りだけど弱点くらい探すのがセオリーかな。
「ただ、はっきりしとこうぜ。お前、『翼竜』(よくりゅう)だよな?」
『翼龍』
あたしの世界では百年前に目撃されたっていう記録があるらしい。らしいってのは、記録自体が民間伝書みたいなもので、公式な記録になってないからだ。その記述によれば、大海の果てから飛来した翼龍は、港にあった大型小型の船を羽根の一振りで吹き飛ばし、近隣の建物を二振りで更地に変え、三振りで山の形を変えてしまったという。その後、忽然と消え去り、現在まで確認された記録は無い。
その時に出た犠牲者は数百名とも数名ともいわれているけれど、公式な捜査が行われなかったために定かじゃないってのも付け加えておく。
つまりは、突然出て来て、港一つと山一つ破壊して、また突然に消え去ったってこと。退治したとか戦ったとかいうことはないわけよ。どうしろっての?
ここは、少しでも情報が欲しいやね。まぁ、素直に弱点教えてくれるわきゃないけどさ。トホホ。
「ピンポーン。正解です。商品は何にしましょう。ハワイまで後二問で〜す」
ったく、馬鹿にしてやがんのか? 右手の人差し指を立てて笑いかけるホウヤは、無邪気な少年そのままって感じだ。はぁ、ハワイくらい行きたいけどね。
「では、第二問です。千葉の施設で、僕がマミおねえさんに会わなかったのは何故でしょう?」
瞳の色さえ変わってなけりゃ、可愛い男の子なんだけどなぁ。その血の色よりも濃い灼熱色は、完全にホウヤじゃない証拠なんだよな。
あたしは桜の木を背にしたまま、僅かに眼を閉じて魔力の貯めに入った。今のままの魔力じゃ、大したことできゃしない。身体能力を高める程度が関の山だ。
途端に突風があたしを持ち上げる。足元をすくわれるくらいじゃない。一気にあたしの身体を持ち上げると、逆に上から押しつぶすかの勢いで地面に叩き付けられた。辛うじて両手で身体を支えたものの、身体が地面に触れないってまではいかなかった。苦しくはないけど、胸は打ったぞ。
こいつ、あたしに魔力貯めさせない気か?
「反則ですよ、マミおねえさん。今は、クイズの時間でしょ? 答えは速やかにお願いしますね」
ねって、小首を傾げる仕草は可愛いけどね。あたし、遊ばれてる?
「まったく、冗談にも程があるぜ。こんな状況でクイズだと? 何か意味あんのかよ?」
ようように立ち上がって、服に付いたゴミを叩き落としながら聞いた。だって、こんなの意味あるように思える? 向こうにとっちゃ遊びかも知れないけど、あたしは限界突破するくらいの真剣モードじゃないと相手にさえなんないんだから。イライラしてくるっちゅうの。
「まぁ、遊びかな? ソロモン王が不甲斐無かったからね。変わりにマミおねえさんに遊んでもらわなきゃ」
ああぁ、疲れそうだ。無邪気な子供の遊びに付き合えってか? 冗談じゃないって言いたいけどね。力の差が歴然としてちゃ、断り難いんだけど。
でも、その裏にある真意くらい、あたしにだって予想は付くんだけどね。あんまりあたしを馬鹿にしてないか?
「さぁさぁ、答えて。時間がありませんよ」
「あんまり簡単なんで、答える気にもならんけど、お前が望むなら答えてやるよ。答えは『時間』だ」
わお、動きが止まってやんの。ちょっと目線も怖いぜ。
「お前は時間が欲しかった。どういう経過があったかは想像できないけどな。お前とホウヤは、身体を共有してるって言って良い。つまりは一つの身体に二人の意識ってわけだ。成長過程のお前は、ホウヤの意識を完全に払拭することが出来ないでいたんだ」
「ほほぅ。興味深い推理ですね。続きをどうぞ」
「あたしらが施設に乗り込んだ時、意識を支配してたのはお前じゃ無い。ホウヤの方だ。だから、あたしを避けるように施設を出た。その後、お前の意識に変わったんだろうが、それがあの犬猫の襲来ってわけだ。だけど、力を使うことで意識の支配力が落ちたのか、ホウヤの意識が強かったのか、途中で入れ替わり素直に犬猫が退散した。お前にとっちゃ誤算だったろうな。あそこであたしらを始末しちまいたかったのが正直なところだろう?」
「……」
けっ。何にも言えないでやんの。図星だろうが。
ありゃ? そうでもないのか? 不適に笑ってみせやがる。
「おもしろい発想だけどね。決定打じゃないな。でも、まぁ、正解にしといてあげるよ。さぁ、ハワイまで後一問。最後の問題です。僕が、ここまでマミおねえさん達を黙っておびき寄せたのは、何故でしょう? ハワイが懸かってます。慎重にお答えください」
ああぁ、うっとうしい。まだ遊ぶ気かよ。いい加減勘弁して欲しいんだけどね。
「それも簡単だな」
あたしは両手を腰に当てて仁王立ちになった。足元にソロモンじいさんが転がってる。悪いんだけど邪魔なんだよね。ちょっとあっちで休んでもらえるかな?
「げふっ!」
変な呻き声を残してソロモンじいさんが桜並木の向こうに飛んでった。車道もまたいで反対側の歩道に転がり止ったのは、あたしの正確な蹴りのお蔭だよね。感謝しな。
「ひどいことするね。トラックにでも衝突したら死んじゃうよ」
そんな様子を見ていてホウヤがのたまった。お前が言うな。
「とりあえず避難させたってこと? 無駄じゃない?」
「答えだ。ここまでおびき寄せたのは、あたしらがホウヤを探してもう一度会いに来ることを予想してたからだ。施設前で襲撃に失敗した副産物でソロモンじいさんが関与してることを知ったお前は、ソロモンじいさんとあたしを片付けることに切り替えた。慎一郎は並みの人間だ。力のある、この先自分の邪魔になる二人を始末する方が先決とはんだんしたんだろう? だけど、それにはホウヤの意識が邪魔になる。ある程度の時間は支配できても、不完全なお前では力を使うと意識を保てない。そこで、前問の時間が有効になったってわけだ」
言ってる間にホウヤの両目がまたも光を帯びだした。けっ、結局は単純なんじゃねぇか。図星つかれて逆上しだしたか?
「時間が有効とは、どういう意味かな?」
両目爛々とさせといて言うことかよ。お前は、最悪のシナリオで、今ここにいるんだろうが。でも、答えてやるさ。あたしの怒りを頂点に導くためにもな。
「……まずお前は、ホウヤの体内エネルギーで孵化した後、ホウヤの施設の仲間を殺すことで生体エネルギーを蓄えた。いや、喰ったのか。成長しかけたお前に、ホウヤは恐怖を覚え始め、一年は静かに生活した。だが、それではお前は急激に成長できない。ホウヤの生体エネルギーだけじゃ遅々としたもんだろうからな」
元来、あたしはこんなに喋る女じゃない。おしゃべりな女ってうるさいだけだろ。美的センスからいっても、あたし向きじゃないんだよ。こんなに一気にしゃべるなんて滅多にないんだけどなぁ。って、どうでもいいか。今のあたしは、かなりの怒り具合だかんな。
「そこでだ、お前はホウヤの意識を奪える程度の力を蓄えるために次の手段に出た。それがホウヤの妹、アカネの自殺だ。あの施設の親父のことだ、アカネには少なからず眼を光らせていたはずだ。お前が先刻言ったような虐めがあったとしても、あの親父が黙っているはずがない。少しの変化すら見逃さなかったはずだろう。そんな状況下でアカネが自殺する。本当に自殺だったのか? いいや、あたしには断言できるね。お前の仕業だったはずだ。アカネを喰らうことで、僅かながらに力は付いた。おまけにホウヤは妹を失ったショックで気弱になる。その時を逃さず今度の大量毒殺事件だ。一気に力を付けるチャンスだったが、ホウヤの意識はお前に怯えはしたが逃げることはしなかった。これ以上の力を付けさせないようにホウヤは事件現場から逃げた。それを制止出来なかったのは、力を使いすぎたからだろう? 逃げた先であたしと出会ったんだ」
「嫌だなぁ。深読みしすぎだよ。大体、アカネはホウヤの妹だよ。ホウヤの協力が得られないことを僕がするとでも?」
いけしゃあしゃあとよく言うぜ。だけど、それだけじゃないだろうがよ。
「そして、数時間前に戻るってわけだ。あたし達をうまく引き返えさせることに成功したものの、今度はソロモンじいさんの存在が明らかになった。堕龍のことを知ってるってことは、何らかの情報交換でもあったか? とにかく堕龍を倒した人物に間違いないとお前は踏んだわけだ。このままでは完全体になる前に堕龍の二の舞になる可能性もある。そう推測したお前は、ある決意をしたはずだ」
「言ってる意味がさっぱりわかりませんね。僕の力は、元から凄いんだよ。そんな小細工なんて必要ない」
溜め息混じりに吐き出した言葉みたいだったけど、そのどこに信憑性があるんだ? 堕龍の成長過程を直に見て、ある程度の『龍の血族』が育つ条件が解ったような気がする。
こいつらは、完全体になるまでは、何かに寄生しなければいけないんだ。そこである程度育たなければ完全体にもなれないってことだろう。そのために人や動物を喰らうか生体エネルギーを喰らう。
「……。お前、そんな力出せるようにいつなった? それもホウヤの意識を押さえ込めるほどの意識強化もしたな。……あの施設に何人いた!」
いきなり突風が吹き荒れる。あたしを地面からもぎ取ろうとするほどの突風だったけど、残念だな。あたしだってお前に気付かれないくらいゆっくりと魔力貯めることくらいできるんだよ。今までの話も無駄じゃなかったってことだ。
あたしの張った魔力の壁に突風が当たって火花のような閃光が走り回る。けど、そんなことにもう構ってられるもんか。こいつは、力を手に入れるために施設にいた子供や親父を喰らってきたに決まってる。
「良い勘してるね。当てずっぽうでもそれだけ当たれば大したもんだよ。その通り、あの施設だけじゃない。もののついでにあの辺り一帯を喰らってきてやったよ。お蔭でこの力だ。回りくどいことしないで、直接喰らうのが一番の近道だったな」
「てめぇの大喰らい自慢したいってか? それでも完全体じゃないんだろが。威張んじゃねぇよ!」
あたしは大きく右手を凪いだ。カマイタチのように見えない刃物がホウヤに向かって飛ぶ。触れれば大木すらも真っ二つにするはずが、ホウヤの手前で霧散した。
「ざんね〜ん。僕じゃなきゃ効果は期待できたかもね。でも、忘れてない? この身体はホウヤだよ。意識だって今は奥に引っ込んでるけど無くなったわけじゃない。今だってここにあるんだ。僕を傷つけるってことは、同時にホウヤも傷付くってことなんだけどな」
ぐっと拳を握り締めた。当然のことだけど、実際に聞かされると辛い。確かにホウヤは存在してる。翼龍を寄生させてはいるが、その本質はまだホウヤに違いないんだ。
きったない奴だぜ。人質取ったみたいなもんじゃねぇか。それでお前は攻撃できて、あたしは出来ないってことにする気なんだろ。あたしがホウヤを傷つけないって知ってるわけだしな。
「悪いんだけどさ。その魔力って魅力的なんだよね。最後の仕上げにはもってこいって感じなんだ。ちょっと食べさせてくれない?」
ったく、堕龍といい、こいつといい、あたしは食いもんじゃないってんだ。おとなしく喰われるわけにいくか。つっても、ホウヤから翼龍を出さない限りあたしからは攻撃できんしなぁ。ちょっと困った。ちょっとだけどね。
う〜んなんて考えてるところにホウヤは待ってくれるほど優しくなかった。ホウヤじゃないけどね。姿がホウヤだからさ。
跳躍のように地を蹴ると、あたしまでの距離を一気に詰めてきた。身構える右手は、ホウヤ本来の手ではなく、中三本の指が濃い緑色に変色して、そこから伸びる鋭い鉤爪があたしの喉笛目掛けて横殴りに振り込まれる。躊躇なんてしてらんない。後ろに倒れるようにかわしながら、左足を振り上げる。ホウヤの鳩尾辺りを狙ったんだけど、ふわりとかわされて後ろに廻られた。
まっずいと思いながらも倒れ込む身体は止められない。大仰に構えたホウヤの右手が、あたしの顔面に振り下ろされる。
地面に残ってた右足で地を蹴って身体を跳ね上げる。トンボを切るような形でホウヤの脇を抜けて、桜の木の幹に足を付けてそのまま飛んだ。ホウヤの後頭部めがけて頭突きじゃ。
途端に下から突風に煽られて、あたしはあらぬ方向に飛ばされた。っけ、ちきしょう。風使いだってこと忘れてた。身体能力高めた位じゃ対応不可能だね。
両手を大きく振って膜を張る。そのままちゃんと足から着地して、ホウヤの出方を待った。
「これじゃ勝負がつかないかもね。ちょっと趣向を変えるよ」
にかって笑うな。ホウヤに笑い掛けられたみたいでドキドキすんだろがよ。
ホウヤの両目が灼熱色に光りだす。大きく両手を左右に広げて、羽ばたくように二度振った。直後に起こった現象に度肝が抜かれる。つむじ風のような小さな竜巻が出来上がったかと思う間も無く、それは数倍に膨れ上がり巨大な竜巻に変化した。その威力たるや想像を絶するものだった。地面がえぐれてるじゃん。それも半端な深さじゃない。あたしの背丈くらいはある。その土や草を巻き込んで今や竜巻は黒々とした大蛇のようだ。
かわせるように思えて横っ飛びに十メートルほど移動してみたけど、翼龍の作った竜巻だ。ちゃんと追尾してきやがった。一瞬魔力の膜で防いでみようかと思ってはみたけど止めた。絶対に無理だ。あっさり引きちぎられて巨大洗濯機に放り込まれるのが想像できる。ってことは、攻撃は最大の防御ってことでしょが。
時間は無いけど、両手を胸で組んで一気に魔力を高める。青く光るのを飛び越えて白色に変化した身体を大きく揺らして両手に集める。そのまま地面に押し当てて強くひねって飛び退いた。途端に立ち上がる土塊の竜巻。翼龍の使う風の元素とはちょっと違うけど、同じようなことは出来なくもない。
直前に迫った翼龍の竜巻にあたしの竜巻が衝突したのは一秒後位だったか。二つの竜巻はお互いを拒絶するように数秒ためらった後、一つに解け合って四散した。あたしの逆回転の竜巻は、翼龍の竜巻を予想通りに打ち消したんだ。まぁ、このくらいは朝飯前って感じだけどね。
油断してる場合じゃない。今ので魔力はほとんど使い切った。改めて貯めねば。ってことが、あたしの弱点ではあるんだよね。それを待つほど翼龍は甘くないってこと。
ぐっと貯めに入る体勢をとる瞬間に、肩口が裂けて血を吹いた。痛みが灼熱の炎となって後から追いかけてくる。振り返ったあたしの眼に、右手を舐めるホウヤの姿が映った。
つづく